見知らぬ世界で秘密結社

小松菜

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 あれからどれくらい経ったのだろう。
俺は意識を取り戻した。
だが、思うように体は動かなかった。

 足が折れている。
それから全身打撲。

 傷が原因か、疲労が原因か、熱も有るようだ。
フラフラするしフワフワする。
俺は自分の体を確認するようにゆっくりと立ち上がることを試みる。

ザバァー

 水に浸かっていた体が一際重たく感じられる。
おぼつかない足取りで必死に川から上がる。

 水に落ちたのか。
死ななかった理由の一つだろう。
運が良い。

 しかし。

 ここはどこだ。
辺りを見渡すが全く覚えがない。
どうもかなりの距離を流されてきたようだ。
何とか逃げ切れた訳だ。
やっぱり運が良い。

 だが、ダメージは深刻だ。
このままでは早晩俺も死ぬ。
疲労が激しいのに骨折と発熱のせいで、体力は回復するどころか消耗していく。

 駄目だ、目が回る。

 俺は剣を地面に突き立て体を支えた。
とにかく移動しなければ。
どこかに人の気配は無いのか。

 もしも、誰にも出会えなければ多分死ぬしかない。
問答無用で命のチップを掛けさせられた気分だった。
拒否権は無いらしい。

 川沿いを歩きながら両脇を見る。
登るのは絶望的な高さの崖が続く。
つまりここは谷底を流れる川なのだ。
それでいて木々が生い茂り、まるで森の中の様でもある。

「ここはもしかして……」

 掛けさせられた命のチップを、否応なく『絶望』が巻き上げようとしている。

「緑の谷か……」

 緑の谷。

 誰も足を踏み入れぬ無人の森。
危険な動物達の住み処であり、ここへ来るにはあの崖を垂直に降りてこなければならず、そうまでして辿り着いたこの谷には何ら手に入れるべき獲物も資源も無い。

 危険なだけで得る物など無いこの地に、人の気配など有る筈が無かった。

 町や村とは完全に断絶している。
陸の孤島だ。

「終わったな……」

 無意識に声に出して呟いた。
これ以上歩けないし、歩く意味が絶たれた。

 「まさかこんな所が墓場とは……せっかく運が良かったと思ったのに……」

 立っているのも辛くなった。
膝を着きかけたその時。
木々の間から大きな建物の様な物が見えた。

 屋敷?
 こんな所に人が?

 いや、百歩譲って屋敷だとしても、今も人が住んでいるとは思えない。

 なら、かつて人が済んでいたのか?
何故こんな所に?

 疑問が沸き上がる。
だが、今となってはそんなことを考えて何になるのか。

 俺は希望を持たぬ様に好奇心を圧し殺した。
どうせ誰も住んではいまい。
あそこへ辿り着いたところで結局どうにもならんのだ。

 俺は早晩死ぬ。
希望を持つな。

 自分にそう言い聞かせながらも、何故か足は屋敷へと向かっていた。

少しずつ早足になりながら。
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