見知らぬ世界で秘密結社

小松菜

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「くっ……!」

 俺は足を引きずりながら、可能な限り全力で走った。
下りの斜面を倒けつ転びつ必死に逃げる。

 そう、俺は逃走していた。
おそらく仲間は全滅だ。
二つのパーティーで来たのに、生き残ったのは俺だけなのだ。

 甘く見ていた訳ではない。
慢心も油断も無かったと言い切れる。

 それなのに。

 後ろを振り返る。
追ってくる気配はない。
だが、立ち止まれる余裕など無かった。

 訳がわからなかった。
自分が少しパニックに陥っている自覚はある。
 だが、それが解る程度には冷静だ。

 追ってくる姿が見えない事は、足を止める理由にはならなかった。
何故なら、何処に隠れようとどれだけ逃げようと、奴は必ず背後に現れる。

 物理的な距離は関係ない。
魔法なのか。
アイテムなのか。

 いずれにせよ、俺の知らない何らかの方法で奴は確実に追ってくる。
 もしかしたら、犬の様に鼻が利くのかも知れない。まるで猟犬の様に獲物を追い詰めてくるのだ。

「……ォォォオオオオオオ」

 風の音なのか、動物の唸り声か、それとも仲間のうめき声か。

 気味の悪い声が辺りに響き渡る。
夜の静寂に恐怖を煽り立ててくる。

「はあっ、はあっ、はあっ……!」

 心臓が限界だ。これ以上走れない。
足ももげそうだ。
前には進んでいるが速度はもうほとんど出ていない。
これまでか。

 俺は鬼の様な形相で再び後ろを振り返った。

「ヒ……ッ!!」

 そこには血塗れの作業着を着た木こりが巨大な斧を手にぶら下げて俺の顔を覗き込んでいた。
顔が近い。

「クァッ……!」

 声にならない声とともに、俺は奴の横面を思い切り殴り付けた。

グシャッ!

 肉の塊を殴った感触だ。
人間の顔を殴った感触ではない。
奴は殴られたにも関わらず、微動だにしなかった。

 じっとこちらを凝視している。
その顔は散々斬りつけられ、殴り付けられ、焼き払われ、もはや人間の顔を保っていなかった。
耳も片方は削げ落ちている。
辛うじて目の様なものと口のような物が確認できるだけだ。


 そう、これらはほとんど俺達がやったのだ。
俺を含めた一〇人の冒険者が剣で斬り、メイスで打ち付け、ハンマーで叩き、火炎魔法で焼いた。

 にも関わらず今、俺達は全滅しようとしていた。
モンスターなのか人間なのかもわからない奴を相手に。

 こんな人間がいるのかよ。

 諦めがついたのか、俺は自分でも驚く程冷静にそんなことを思っていた。

 こんな依頼は受けるべきではなかったのか。
そんなことを今更言っても仕方がない。
俺は思わず鼻で笑った。

 奴がゆっくりと斧を振り上げる。
これまでだ。

 俺は開き直っていた。
せめてこれでも食らいやがれ。

「クソッたれめが!」

 俺は動く方の足で奴の腹を思いっきり蹴飛ばした。

「オオッ!?」

 反動でほんのわずかに後ろへ下がった。
ただそれだけなのに。

ズザザザザザザーーーッ!

 急に地面が消えた。
いや、俺が断崖から落ちたのか。
後ろは直滑降の様な斜面だった。

「オオオオオオオオーーッ!?」

 俺は自分の意思とは関係無く、谷底へと落ちていった。
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