ドグラマ3

小松菜

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本編

マルチプルベース

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夜になった。
魔人会の拠点である邸は、未だかつて無い重苦しい雰囲気に包まれていた。

従業員の女達にも衝撃が走っていた。
社長の唯桜が何者かに殺されたと言う噂で持ちきりだった。

ジンもチャコも信じられなかった。
クイーンは実はあまり唯桜の事は知らない。
と言うよりも、美紅以外には興味が無かった。
なので、他の面子ほどの衝撃は受けていなかったが、流石に美紅を含めた魔人会全体の雰囲気を見れば相当な事であるのは解る。

そこへ持ってきてロットとショーコの一件である。
ショーコはともかく、ロットはかなりの傷付き具合である。
鍛え抜かれた勇者ロットだったからこそ、この程度で済んでいると言えた。

常人であれば、三度は死んでいる傷であった。
そもそもロットがこれ程の負傷を負う事自体信じられない。
ビビアンが付きっきりで傷の手当てをしていた。

「美紅」

ゲニウスが美紅を呼ぶ。

「は。何でしょうか」
「ジオドグラマからマルチプルベースを呼べ」
「解りました。アクセスしてみます」

美紅はすぐさま衛星を介してジオドグラマにアクセスした。

「マルチプルベースとはコンタクト出来ました。ただ損傷も見られます。二十二%は機能を失っています」
「……ラボとファクトリーは使えるか?」
「ラボは使えます。ファクトリーは四〇%ほど機能しています」
「四割か……上等だ。直ちに呼べ」
「了解しました」

ゲニウスの言葉を受け、美紅はジオドグラマからマルチプルベースを発進させた。

「どのくらい掛かる?」
「おそらく十五分程かと」
「そうか。準備が出来たらまた呼ぶ。それまで待機。各々準備をしておく様に」

ゲニウスはそう言うと邸を出た。
邸の周辺には広大な農場と酒蔵がある。
それらを避けて十分に空いている広いスペースを探した。

「この辺りか」

ゲニウスはマルチプルベースの設置場所を決めた。
季節的にはもう冬になりかけている。
夜風は大分冷たくなっていた。
だがゲニウスはそんな事は全く気になっていなかった。
今や遅しとマルチプルベースの到着を待つ。

しばらくすると、背後から美紅と牛嶋がやって来た。
ゲニウスが振り返る。

「準備をして待機と言った筈だけど?」

ゲニウスが美紅に言う。

「解っています。我ら準備は何時でも整っています。いつ何時でも」

そう言って美紅が片膝を着いた。

「我ら改造魔人。お屋形様の命が有れば今すぐにでも」

牛嶋も美紅の横にならった。
ゲニウスはそこで初めてわずかな笑みを浮かべる。

「流石は僕の右腕達だ。だけど少し時間が掛かる。唯桜を探し出し、呼び戻す為にね」

ゲニウスがそう言うと、二人はハッ! とかしこまる。

「だから呼ぶまで待機と言ったんだ」

美紅が答える。

「解っています。それでも我らはここで総統をお待ちしております」

ゲニウスは美紅の言葉に微笑んだ。

「解った。ならば僕も急ごう。さあ、立ってくれ。君達の忠誠に僕は感謝する」

そう言うとゲニウスは二人を立たせた。
遠くからホバー音が近付いて来る。
それはやがて三人の頭上に到達した。

辺りに回転翼が発生させるダウンウォッシュの強風が吹き始める。
やがて移動式簡易基地『マルチプルベース』が着陸した。

ゲニウスが近付くと自動でハッチが開く。
ゲニウスはそのままマルチプルベースの中へと消えて行った。

「唯桜を探し出して呼び戻す……そんな方法があるなんて」

美紅が呟いた。

「お屋形様がやると言われた事は絶対だ。唯桜も帰って来る。そしてその時が奴等の最後だ」

牛嶋が答えた。

「それに、俺もアイツがくたばる所は想像出来ん」

自分で言って牛嶋は笑った。
確かに、あの唯桜がくたばるなんて想像も出来ない。
美紅は牛嶋の言葉に同意した。

「やあー、これはまた凄い! こりゃ一体何ですか?」

後ろから大きな声で近付いてくる者が居た。
振り返るとジン、チャコ、ロット、ビビアン、クイーンが向かってくるのが見えた。

「何、アナタ達……」

美紅が訝しむ。

「いやね、さっき外から凄い音が聞こえたから見に来たんですよ」

チャコはそう言いながら、ちゃっかり美紅の側に着けた。

「それに外は寒いですからね。これ、毛布持ってきましたよ」

用意周到に毛布まで持参している。

「おお、気が利くなチャコ」

ジンが喜んで手を差し出した。

「いや、これ一枚しか無いんで」

チャコがジンの手を拒む。

「さ、美紅さん」

チャコが美紅の肩に毛布を掛ける。

「あら、ありがとう。チャコは優しいのね」

美紅がチャコに微笑んだ。
ジンは呆れ返り、ビビアンは抗議の目を向け、クイーンは殺意を隠そうともしない。

「ところで、これは何なんです?」

ロットが尋ねた。
頭に巻いた包帯に血が滲んでいるのが痛々しい。

「簡単に言えば総統の個人的なスペースよ。これが総統の最大にして最強の武器って訳」

一同はマルチプルベース全体を見た。

巨大だ。
ヘッジ・ブルよりも一回り大きい。
建物以外でこんなに巨大な建造物は見た事が無かった。
当然、この時代にはこの様な物は無いであろう。

魔人会の底知れぬ力の一部を、また見せ付けられている様であった。
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