ドグラマ3

小松菜

文字の大きさ
上 下
18 / 100
本編

ノープランデート

しおりを挟む
再びここは魔人会邸。

あれから三日が過ぎた。
意外な程、何事も起きないまま時が過ぎている。
ゲニウスはそれでも興味深く、唯桜とマキを観察し続けていた。

マキの唯桜に対する執着ぶりは相変わらずである。
もうお馴染みの光景になりつつある。
一人、ショーコを除いて。

「マキ」
「はい」
「退屈じゃないか?」
「いいえ」
「そうか」

唯桜による、今日三回目の質問だった。
特にする事も無い。

「マキ」
「はい」
「何かしたい事とかねえのか?」
「今してます」
「?」
「アナタとこうしてる事がしたい事です」
「……あ、そ」

流石の唯桜も返事に困る。
別に良いと言えば良いのだが、この調子で何事も無く一週間が過ぎてしまっては、何も解らず終いだ。
マキの秘密を少しでも解き明かさなければ、どうして取り憑かれているのかも解らない。

唯桜は方針を転換した。
ソファーから立ち上がる。
マキは唯桜を見上げた。

「どうしたの?」
「よし、出掛けよう」

マキは目をパチパチさせた。

「何処へ?」
「適当だ。町をブラつく」

唯桜は当然ノープランだ。
だが、じっとしているよりは動いた方が良いだろう。
そう思っただけである。

「私も行きます」

マキが立ち上がる。

「解ってるよ。一緒に行くんだ」

マキの顔がパアッと明るくなった。

「はい!」
「ちょっと待ってろ」

唯桜はそう言うとメイドを呼んだ。

「馬車を用意しろ。町まで出る」

はい、ただ今! と声がした。
ロットの声だ。
まあ、別に誰でも良いのだが。

「唯桜さん、準備出来ましたよ」

ややあって、ロットが呼びに来た。

「町まで頼む」
「お安いご用です」

唯桜の頼みを快諾すると、ロットは御者として乗り込んだ。
唯桜は先にキャビンに乗り込むと、手を貸してマキを引っ張り上げる。

「町に何かご用ですか?」

ロットが馬車を走らせながら尋ねた。

「いや、ただの散歩だ」

唯桜はそう言って窓の外を見た。
マキは相変わらず唯桜にくっ付いていた。
鼻をクンクンさせている。

「良い匂い」

いつもの事であった。
マキは何故か唯桜の匂いを嗅ぐ事が好きだった。
それに限らず珍しい物や、興味を示す物も時々クンクンしている。

そう言う癖を持っている奴はたまに居る。
唯桜は他人の癖をとやかく言うつもりは無い。
だからマキにも好きな様にさせていた。

町に着くと唯桜は馬車を降りた。
マキも両手で受け止めて降ろしてやる。
ロットは唯桜のその行為を見て意外に思った。
ちゃんと女性を扱える事に驚いていた。
普段の唯桜のイメージからは想像もつかない。

「夕方頃迎えに来てくれ。例の店の前で頼む」

唯桜はロットにそう告げると、マキを連れて行ってしまった。

「……だ、そうです」

ロットが言う。
馬車の側に二人の人影があった。

「解った。彼女にもそう伝えておいてね」

ゲニウスはそう言うと唯桜の後を着けて行った。
美紅がその後ろに付き従う。

ロットは、ゲニウスの乗って来た馬車の御者であるショーコにゲニウスの言葉を伝えた。

「解りました。では夕方頃、また来ましょう」

ショーコはそう言って馬車を引き返した。

唯桜とマキは特に目的も無く町を歩いた。
活気の有る表通りは、何も無くてもそれだけて楽しい気分になる。
店先から突き出た商品の棚に、所狭しと並べられた様々な商品がマキの興味を引いた。

「楽しいか?」

唯桜が尋ねた。

「とても楽しいわ」

マキは本当に嬉しそうに答えた。

「何か欲しい物があれば言ってみろ。買ってやる」

唯桜がそう言ってマキを見た。
しかしマキは首を横に振った。

「ううん。私、欲しい物は無いわ」
「遠慮してんのか? 心配するな、金はある」

しかしマキはやはり首を横に振った。

「違うの。本当に欲しい物は無いのよ。アナタとこうしたかっただけ」

殊勝な女はたまに居るが、本当に何も要らないのか。
さて、じゃあどうした物か。
唯桜は困った。

しばらく考えて何か思い付いた。

「よし、じゃあ服を買おう」
「え?」
「お前も良く見れば、その服は随分着古しているだろ。俺が新しいのを見立ててやる」
「でも、私……」
「いいから来い。俺が好きなのを選ぶだけだ」

そう言うと、半ば強引に唯桜はマキを引っ張った。
マキは唯桜にくっ付いて服屋へと向かった。

町に幾つか有る衣料品店のうち、ここは比較的高級志向の店だった。
他店の品揃えよりランクが一つか二つ高い。

「こんなお店、来た事無いわ……」

マキが呟いた。
唯桜は構わずマキを店内へと引っ張った。

「オヤジ、居ねえか」

呼ばれて奥から店主が現れた。

「おや、唯桜さん。ウチの店に来るのは珍しいね。何か入り用かい?」
「ああ。実はこの娘に似合いそうなのを見繕ってくれねえか。なるべく沢山見たい」

唯桜がそう言うと、店主はお安いご用だとばかりに次々と服を持ち出した。

「スタイルも良いし美人だ。何着ても似合うだろうね」

店主は嬉しそうに服を並べる。
これだけの相手だと、服屋冥利に尽きると言う物だ。

唯桜はその中から一つ掴み取った。

「これが良いんじゃねえか?」

シンプルながら上品なワンピースだ。

「おほっ、流石唯桜さん。お目が高いね。これは一見地味だが、素材に貴重な生地を使っていてね。通なら喉から手が出る程欲しがる一着だ」

「へっ。それは知らなかったが、アイツにはこれが一番似合う」

唯桜はそう言うとマキを呼び寄せた。
ワンピースをあてがってみる。

「オヤジ、これをくれ。あと靴もコイツに合わせてくれ」

唯桜は即決した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...