アストリッドと夏至祭の魔法使い

上津英

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Ⅴ Love―約束―

52 「貴方を助ける為よ」

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 静まり返った家を歯痒く思っていた、その時。
 雪山を作って遊んでいた少年グループの1人に話し掛けられた。毛糸の帽子を被ったこの少年ならこの家の事を知っているのではないかと向き直る。

「あっ久しぶり。今日も元気ね」
「うん、まあまあね。あのね、お姉ちゃん。そこの家のおばあちゃん達、ちょっと前にクリスチャニアに引っ越したよ。今そこはおじちゃんが住んでるの」
「え!?」

 少年が教えてくれた言葉に目を見開く。
 確かに前々からそんな事は言っていたが、もう実行していたとは。最後の別れがあのような物になってしまい寂しさと申し訳なさで目を伏せる。
 同時に、この家にウィルが居る理由も分かった。
 老夫婦はきっとこの家を、先日の狼藉を理由に母親に売りつけたのだ。この家の新たな主人となった母親は、ウィルを一時的にここに隠す事にしたのだろう。
 自分が見付けるかもしれないグローヴェンの地下牢や、人の目に触れるかもしれない倉庫に人間を監禁しておくのは危険だ。だったらここ程良い隠し場所は無い。

「貴方、今日はずっとここで遊んでいたの?」
「うん、ここらではこの辺が1番綺麗に雪が積もるんだもん」
「ここに新しく住んだ人ってどんな人?」
「金髪で髭のおじちゃんだよ。連絡船で働いているんだって。ちょっと話した事あるんだけど、ハンメルフェストから来たって言ってた」

 返す言葉が見当たらなかった。
 金髪。髭。連絡船。ハンメルフェスト。
 それらの単語から連想出来る人物は、今朝船上で会話を交した人物しか思い浮かばなかったからだ。

「……私、ちょっとあの家に侵入するけど、変な事しないから安心してね!」
「えええっ!?」

 少年が戸惑いの声を上げたのと、黄色い家の窓ガラスを蹴破ったのは同時だった。ガラスを避けながら、家具が消え失せた部屋に入りそこから屋内を捜索する。

「ウィル!!」

 1ヶ月前までピアノが置かれていた部屋。今は物のないそこに、探していた金髪の青年は居た。
 猿轡をかまされ手首に縄を掛けられた姿で横たわっている。寝顔は穏やかだったが、しかし全くの無事では無さそうだった。
 足を怪我していたのだ。
 剣で刺されたような裂傷が出来ている。一体どうしたらこんな傷が出来るのか。想像するだけで眉間に皺が寄った。

「ウィル! ねえウィル!」

 名前を呼ぶが、目を閉じている青年が自分の言葉に反応出来るわけもなく。猿轡と手首の縄を外している最中、胸が上下していたので生きている事だけは分かった。

「起きなさいっ!」

 耳元で大声を出す。この声は外にも響いているだろうが構わなかった。
 暴力には訴えまい、と決めたので頬を張るのは堪え、黒いローブの胸ぐらを掴み上半身を持ち上げ前後に揺らす。意識のない男性の体はとても重い。

「起きて! このままじゃ殺されてしまうわよ!」

 ガクガクと揺さぶる事数十秒。
 閉じられていた瞳がゆっくりと開き、青色の双眸が姿を現した。自分の姿を認識するなり、まるで幽霊か妖精でも見たかのように瞳が大きく見開かれる。

「ア、アストリッド……!? どうして!?」

 驚きに満ちた瞳の持ち主は、自分が目の前に居る事が信じられないようだった。

「貴方を助ける為よ」

 意思疎通が問題無く図れる事に胸を撫で下ろす。

「あ、え……っと?」

 まだ何処か眠そうな青年は、合点がいったようないっていないようなボケッとした表情を浮かべていた。現状を少しも理解出来ていないようだ。

「ここは貴方と初めて会った日、私が地下牢に入れられる前にピアノを弾いていた崖上の家よ。貴方、レオンを治してくれたもののお母様に捕まったの。お母様は私に男を近づけたくない余り貴方を敵視していて、魔法使いです、ってクリスチャニアの大学に送ろうとしているの。このままじゃ貴方は良くて研究資料、悪くて殺されてしまうわよ、だから私、助けに来たの!」

 自分に命の危機が迫っていた事を知り、青年は目を見張る。その瞳は目の前に自分が居る事をまだ受け入れてくれていないようだった。物のない部屋に、数秒の沈黙が広がった。

「それ、を……どうしてアストリッドがするんですか。俺は……酷い事を、したのに」

 見張られていた瞳が何処か悲しそうに伏せられていく。
 当然の反応だ。最初にウィルを拒絶したのは自分なのだ。

「ウィル」

 青い瞳と真っ直ぐ目を合わせて自分が思っている事を、初めて会った時のように伝える。

「……カウトケイノではごめんなさい、私自分の気持ちでいっぱいになって貴方の気持ちを考えなかった。本当に、ごめんなさい」

 俯きそうになるのを堪えるように眉を顰め、海のようなこの瞳にまた自分を映して貰いたい一心で話し続ける。

「確かに貴方は嘘を吐いたわ。でもそれは貴方が酷い人間だったからではない。寧ろ良い人だったからよ。私、レオンの事を知りたがっていた癖に、熱があるけれどお母様が支援しないって本当に知らされてたら一生罪悪感を抱えていたでしょう」

 口を動かしている内に段々自分のした事の重みに気付いていった。令嬢が着飾る為に被る煌びやかな羽帽子よりも、心にしか感じないこの重さの方がずっとずっと重たい。自分に優しくしてくれた人に、味方でいてくれた人に、幾ら混乱していたとは言え自分はなんて酷い事をしてしまったのだろう。

「確かに貴方に勝手に判断された事は嫌だったけど……貴方は私の気持ちを慮ってくれたのでしょう? それに、レオンをわざわざ助けに来てくれた。私それが凄く嬉しかった。だってそれって、私の味方で居てくれようと思ってくれたからなのでしょう?」

 どこか驚いている半開きのウィルの表情。怒った訳ではなく、ただただ意外だったようだ。

「カウトケイノを出て馬車に乗ってゆっくり考えたのよ。貴方は悪くなかった。私、貴方がどんな思いで嘘をついたのか分かろうともしなかった。貴方の気持ちをもっと聞くべきだった。……本当にごめんなさい。許してくれる?」
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