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Ⅲ Løy―嘘―
33 「はい。じゃあまた貴女をクララと呼びますね」
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最早懐かしいと思える顔を浮かべながらそんな事を考えていたら、ランタンの灯りの向こう肩を縮こまらせて歩く村人達が通りかかるのが見えた。
活動を始める人達が居る。もう朝が来たという事だろう。
「あ。丁度良いし、あの人達にカリンさん家の事を聞いて来る。ウィルはここ片付けておいて!」
これ幸いとばかりに立ち上がり、残りの白湯を一気に飲み干してから村人達の元に駆け寄る。素早く動いたからか、ウィルからの返事は耳に入らなかった。
「すみません! 聞きたい事があるんですけど」
出産の為カウトケイノに帰っているカリンに、夫であるルーベンからの手紙を届けに来た事を伝えた。夫婦の名前を出すなり「ああ~」と分かって貰え、家への道とそこの家は両親が早起きなのでもう訪問しても大丈夫、と言う事を教えてくれた。
「教えてくれて有り難う御座いました!」
村人達に礼を言って別れ、湖畔で後片付けをしているウィルの元に戻った。一纏めにされているコップも皿もきちんと水洗いされている。当たり前なのかもしれないが、この青年は日常生活でも自然と魔法を使うらしい。
「片付けてくれて有り難う。カリンさんの家聞いたよ、行こう」
「はい。じゃあまた貴女をクララと呼びますね」
「お願い。それにまた駆け落ちもしないとね?」
「えっ、あ、はい、そうですね、あははは……」
ふふっと冗談混じりに言うと返って来たのは、どこか照れ臭そうな笑い声。今はそんな表情にも腹が立たない。
気恥ずかしそうに頬を搔き荷物を持つ様子を満足そうに見ながら、教えて貰った道を歩き出す。
出産の手伝いを自分は経験した事が無い。カリンの両親に事前にやり方を聞いて勉強しなければ。
まだまだ暗く魔法があっても寒い中を進みながら、そう固く心に誓った。
30分程歩いたところにある、トナカイを囲っている牧場のすぐ隣。
教えて貰った青い家を見付けた時には、もうすっかり町が起き出していた。
窓から光が漏れている。それに野菜を煮ている匂いもする。住民がもう起きている証拠だ。
「貴方は大人しくしているのよ。こういうのは私の方が得意だと思うし」
「はい、それは俺も思っていました。では、お願い致します」
一度ウィルと顔を見合わせた後、玄関のドア紐を引っ張ってチャイムを慣らした。
「朝早くに申し訳ありません! ルーベンさんからの使いの者です。カリンさんに用があるのですけれど」
声を張って用件を伝える事少し。
「はいはい?」と嗄れた女性の声がし、ガチャリと扉が開かれた。中から現れたのは如何にも大人しそうな老婆だった。
「お早う御座います。今言った通りルーベンさんの知り合いの者です」
「ルーベン君の知り合い、ですか……? 若い女の子がどうしてあの人と。まさか……?」
「あ、いえ! 私は後ろに恋人も居ますので。えっと、ルーベンさんからの手紙を預っています。まずはそれを読んで下さい」
向けられた疑惑の眼差しを跳ね返すように勢い良く首を横に振る。とんでもない勘違いをされる前に、荷物から取り出した手紙を差し出した。
「ルーベン君の字だわ。本当に知り合いなのね、失礼しました。……ここにルーベン君が居ないという事は何か事情があるのでしょう。どうぞ上がって聞かせて頂戴な、外は寒いでしょう」
先程よりも目元が柔らかくなった老婆はそう言うと、部屋の中に戻っていく。
「カリン! ルーベン君の知り合いよ、貴女に手紙を届けに来てくれたのだって」
娘を呼ぶ声がこちらまで届いてくる。
「お邪魔しましょう」
隣でどこか懐かしそうにトナカイの牧場を見ていたウィルに話し掛け、「失礼します」と断りを入れ見た目より広い家の中に入った。
コーヒーを淹れに行った母親と入れ違うように奥の茶色い扉から、亜麻色の髪を三つ編みにした40近い妊婦が姿を見せる。気弱そうなその人がカリンだと言う事はすぐに分かった。船上で見たルーベンの絵にあった通りの人だ。
「いらっしゃい……あの人の知り合いなんですってね。私はカリン・ハンセン。先程は母が失礼致しました」
「いえ、こちらこそ突然失礼致しました。私はクララ、この青年はウィルです。……実は私達とルーベンさんが乗っていた船が海難事故に遭いまして、ルーベンさんは航海保険を貰う為出産には立ち会えないかもしれないんです。それで代わりにこっちの方面に行く私達が、ルーベンさんから貴女に、と手紙を預ったんです」
海難事故、と聞いた時カリンの瞳が大きく開かれ、青い瞳が不安そうに揺れた。が、航海保険を、と聞くなり安心したように息を吐いていた。
子供のように表情が変わる女性。きっとルーベンも彼女のこう言ったところが可愛いに違いない。目を細めながら「これです」と手紙を見せる。
カリンは一度緊張したように喉を慣らした後、「一緒に見ましょう」と行って開けた扉の中に戻っていく。後を着いて行き――部屋の奥にある使い込まれたピアノに視線が吸い込まれた。
「あ……」
しかし、今はピアノに気を取られてはいけない。
咳払いをし、広げられた手紙が乗ったテーブルの前に座った。読みやすい字で書かれた手紙の内容はこうだ。
海難事故に遭い命は助かったが、命しか助からなかった事。なので仕事が増え、出産には間に合わないだろう事。心配だから、共に海難事故を乗り越えた駆け落ち中の2人に出産の手助けを頼んだ事。親子3人で笑いたいから無事で居てくれ、と言う事が書いてある。
「駆け落ち中なんですか? うふふ、頑張って下さい」
活動を始める人達が居る。もう朝が来たという事だろう。
「あ。丁度良いし、あの人達にカリンさん家の事を聞いて来る。ウィルはここ片付けておいて!」
これ幸いとばかりに立ち上がり、残りの白湯を一気に飲み干してから村人達の元に駆け寄る。素早く動いたからか、ウィルからの返事は耳に入らなかった。
「すみません! 聞きたい事があるんですけど」
出産の為カウトケイノに帰っているカリンに、夫であるルーベンからの手紙を届けに来た事を伝えた。夫婦の名前を出すなり「ああ~」と分かって貰え、家への道とそこの家は両親が早起きなのでもう訪問しても大丈夫、と言う事を教えてくれた。
「教えてくれて有り難う御座いました!」
村人達に礼を言って別れ、湖畔で後片付けをしているウィルの元に戻った。一纏めにされているコップも皿もきちんと水洗いされている。当たり前なのかもしれないが、この青年は日常生活でも自然と魔法を使うらしい。
「片付けてくれて有り難う。カリンさんの家聞いたよ、行こう」
「はい。じゃあまた貴女をクララと呼びますね」
「お願い。それにまた駆け落ちもしないとね?」
「えっ、あ、はい、そうですね、あははは……」
ふふっと冗談混じりに言うと返って来たのは、どこか照れ臭そうな笑い声。今はそんな表情にも腹が立たない。
気恥ずかしそうに頬を搔き荷物を持つ様子を満足そうに見ながら、教えて貰った道を歩き出す。
出産の手伝いを自分は経験した事が無い。カリンの両親に事前にやり方を聞いて勉強しなければ。
まだまだ暗く魔法があっても寒い中を進みながら、そう固く心に誓った。
30分程歩いたところにある、トナカイを囲っている牧場のすぐ隣。
教えて貰った青い家を見付けた時には、もうすっかり町が起き出していた。
窓から光が漏れている。それに野菜を煮ている匂いもする。住民がもう起きている証拠だ。
「貴方は大人しくしているのよ。こういうのは私の方が得意だと思うし」
「はい、それは俺も思っていました。では、お願い致します」
一度ウィルと顔を見合わせた後、玄関のドア紐を引っ張ってチャイムを慣らした。
「朝早くに申し訳ありません! ルーベンさんからの使いの者です。カリンさんに用があるのですけれど」
声を張って用件を伝える事少し。
「はいはい?」と嗄れた女性の声がし、ガチャリと扉が開かれた。中から現れたのは如何にも大人しそうな老婆だった。
「お早う御座います。今言った通りルーベンさんの知り合いの者です」
「ルーベン君の知り合い、ですか……? 若い女の子がどうしてあの人と。まさか……?」
「あ、いえ! 私は後ろに恋人も居ますので。えっと、ルーベンさんからの手紙を預っています。まずはそれを読んで下さい」
向けられた疑惑の眼差しを跳ね返すように勢い良く首を横に振る。とんでもない勘違いをされる前に、荷物から取り出した手紙を差し出した。
「ルーベン君の字だわ。本当に知り合いなのね、失礼しました。……ここにルーベン君が居ないという事は何か事情があるのでしょう。どうぞ上がって聞かせて頂戴な、外は寒いでしょう」
先程よりも目元が柔らかくなった老婆はそう言うと、部屋の中に戻っていく。
「カリン! ルーベン君の知り合いよ、貴女に手紙を届けに来てくれたのだって」
娘を呼ぶ声がこちらまで届いてくる。
「お邪魔しましょう」
隣でどこか懐かしそうにトナカイの牧場を見ていたウィルに話し掛け、「失礼します」と断りを入れ見た目より広い家の中に入った。
コーヒーを淹れに行った母親と入れ違うように奥の茶色い扉から、亜麻色の髪を三つ編みにした40近い妊婦が姿を見せる。気弱そうなその人がカリンだと言う事はすぐに分かった。船上で見たルーベンの絵にあった通りの人だ。
「いらっしゃい……あの人の知り合いなんですってね。私はカリン・ハンセン。先程は母が失礼致しました」
「いえ、こちらこそ突然失礼致しました。私はクララ、この青年はウィルです。……実は私達とルーベンさんが乗っていた船が海難事故に遭いまして、ルーベンさんは航海保険を貰う為出産には立ち会えないかもしれないんです。それで代わりにこっちの方面に行く私達が、ルーベンさんから貴女に、と手紙を預ったんです」
海難事故、と聞いた時カリンの瞳が大きく開かれ、青い瞳が不安そうに揺れた。が、航海保険を、と聞くなり安心したように息を吐いていた。
子供のように表情が変わる女性。きっとルーベンも彼女のこう言ったところが可愛いに違いない。目を細めながら「これです」と手紙を見せる。
カリンは一度緊張したように喉を慣らした後、「一緒に見ましょう」と行って開けた扉の中に戻っていく。後を着いて行き――部屋の奥にある使い込まれたピアノに視線が吸い込まれた。
「あ……」
しかし、今はピアノに気を取られてはいけない。
咳払いをし、広げられた手紙が乗ったテーブルの前に座った。読みやすい字で書かれた手紙の内容はこうだ。
海難事故に遭い命は助かったが、命しか助からなかった事。なので仕事が増え、出産には間に合わないだろう事。心配だから、共に海難事故を乗り越えた駆け落ち中の2人に出産の手助けを頼んだ事。親子3人で笑いたいから無事で居てくれ、と言う事が書いてある。
「駆け落ち中なんですか? うふふ、頑張って下さい」
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