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Prolog―プロローグ―
0 「違いますっ! 自分で喉を切ったんです!」
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Prolog―プロローグ―
「……し……死んでしまった、の……?」
突然生々しい鉄の臭いが周囲に満ちた。
原因は分かっている。ボタ、ボタと音を立てて雪に染み込む、頭から被った温かい液体のせいだ。己の歯が鳴る音が、どこか他人事のように聞こえる。
視界の下、赤に染まった動かぬ体。
それが何を意味しているのか、髪から垂れる血の温度がどんどん下がるにつれ理解していく。
「あっ……、貴方が、殺したのっ?」
震える声で、駆け寄って来た金髪の青年に尋ねる。湖に落ちていたのに髪がもう乾いている。
目を閉じる直前、彼の魔法が見えた。体が震えて来たのは寒いからなのか。それすら分からない。
「違いますっ! 自分で喉を切ったんです!」
返ってきた声は大きく、びくっと肩が跳ねる。
こんなに声を荒げて否定する魔法使いの青年――ウィルを見たのは初めてだ。表情から彼も混乱している事が伝わって来る。
首を大きく横に振って否定をしたウィルは、骸の喉に刺さった短剣を引き抜いた。夜空にオーロラが出ていて明るい為、虚ろな瞳と目が合い息が止まる。
動く事のないその瞳孔に、目の前の人物がただの肉になってしまった事をはっきり理解した。
「いや、嘘、どうして……っさっきまで、生きていたじゃない! 起きなさいよぉ!」
金切り声を上げ躯を揺さぶる。分からない事のが多いのも、この濃い鉄の臭いも、心を掻き乱して来る。
「アストリッド、落ち着いてっ!」
「だって! こんな事っ!」
「落ち着いて……」
ウィルが話し掛けてくると、頭から雪までを濡らしていた血がスッと蒸発していく。
魔法だ。感謝するべきなのだろう、が。今は、この青年が得体の知れぬ者に思えて怖かった。
優しいこの青年に、たった1つ嘘を吐かれていただけなのに。
「――止めてっ!」
バンッ! とウィルの腕を振り払う。力は弱かったが確かに拒絶した。
ほんの数秒の間と、僅かに見張られた青い瞳。
その表情に我に返った。
「あっ……ご、ごめん……有り難う……」
少し落ち着いたが、体はまだ震えている。ウィルの顔が見れない。
先程まで生きていた人が冷たくなり。信じていた人が嘘を吐いていて。
何が何だか分からない。頭が真っ白だ。
「火っ……火を出して……渡された手紙を読みたいの……読まないと…」
声はまだ震えていた。「……はい」とウィルが呟き、頭上に火の玉が現れる。
血も蒸発し周囲から鉄の臭いが消えた。取り出した木の封筒から手紙を取り出し、震えを堪えながら最初の1行に恐る恐る視線を落とす。
――時は19世紀、北部ノルウェー。人々は当時、首都をクリスチャニアと呼んでいた――
「……し……死んでしまった、の……?」
突然生々しい鉄の臭いが周囲に満ちた。
原因は分かっている。ボタ、ボタと音を立てて雪に染み込む、頭から被った温かい液体のせいだ。己の歯が鳴る音が、どこか他人事のように聞こえる。
視界の下、赤に染まった動かぬ体。
それが何を意味しているのか、髪から垂れる血の温度がどんどん下がるにつれ理解していく。
「あっ……、貴方が、殺したのっ?」
震える声で、駆け寄って来た金髪の青年に尋ねる。湖に落ちていたのに髪がもう乾いている。
目を閉じる直前、彼の魔法が見えた。体が震えて来たのは寒いからなのか。それすら分からない。
「違いますっ! 自分で喉を切ったんです!」
返ってきた声は大きく、びくっと肩が跳ねる。
こんなに声を荒げて否定する魔法使いの青年――ウィルを見たのは初めてだ。表情から彼も混乱している事が伝わって来る。
首を大きく横に振って否定をしたウィルは、骸の喉に刺さった短剣を引き抜いた。夜空にオーロラが出ていて明るい為、虚ろな瞳と目が合い息が止まる。
動く事のないその瞳孔に、目の前の人物がただの肉になってしまった事をはっきり理解した。
「いや、嘘、どうして……っさっきまで、生きていたじゃない! 起きなさいよぉ!」
金切り声を上げ躯を揺さぶる。分からない事のが多いのも、この濃い鉄の臭いも、心を掻き乱して来る。
「アストリッド、落ち着いてっ!」
「だって! こんな事っ!」
「落ち着いて……」
ウィルが話し掛けてくると、頭から雪までを濡らしていた血がスッと蒸発していく。
魔法だ。感謝するべきなのだろう、が。今は、この青年が得体の知れぬ者に思えて怖かった。
優しいこの青年に、たった1つ嘘を吐かれていただけなのに。
「――止めてっ!」
バンッ! とウィルの腕を振り払う。力は弱かったが確かに拒絶した。
ほんの数秒の間と、僅かに見張られた青い瞳。
その表情に我に返った。
「あっ……ご、ごめん……有り難う……」
少し落ち着いたが、体はまだ震えている。ウィルの顔が見れない。
先程まで生きていた人が冷たくなり。信じていた人が嘘を吐いていて。
何が何だか分からない。頭が真っ白だ。
「火っ……火を出して……渡された手紙を読みたいの……読まないと…」
声はまだ震えていた。「……はい」とウィルが呟き、頭上に火の玉が現れる。
血も蒸発し周囲から鉄の臭いが消えた。取り出した木の封筒から手紙を取り出し、震えを堪えながら最初の1行に恐る恐る視線を落とす。
――時は19世紀、北部ノルウェー。人々は当時、首都をクリスチャニアと呼んでいた――
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