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3 人殺しは裏レストランで
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二十五世紀、今日新しく殺しの依頼を受けた。
『この男を殺して下さい、お願いします』
空中ディスプレイという光の反射を利用した空中結像技術を通じての依頼は、ツインテールが良く似合う十代半ばの女からだった。
低い声の少女は、最近母親をその男――裏レストランのシェフらしい――に殺され、復讐がしたくて俺を頼ったらしい。
異常気象のため地下でしか暮らせなくなった今の時代、殺し屋に依頼をするなんてよくある事だ。
俺は人殺しが好きでこの仕事をしている。先日なんて仕事じゃないのについ人を殺したくらいだ。
食糧危機にある今、食事はブロックタイプの完全栄養食しかない。
しかし裏レストランでは、不法入手した食材で「本物」の料理を出しており、金持ちが狂ったように利用していると言う。
正直、なんでそんな物に需要があるのか分からなかった。完全栄養食なら何処にでも持ち歩ける上安いし、色々なフレーバーがあって飽きないし、災害下でもバランス良く栄養が取れるのは優れている。
完全栄養食はメリットだらけなのに、わざわざ栄養バランスの悪い料理を食べるとは不思議な話だ。
コネを使いその裏レストランの予約をした。
男は裏レストランから外に出ないので、どうしてもこちらから行くしかない。
「いらっしゃいませ~ご予約有り難う御座いますぅ! では奥の部屋へどうぞぉ」
出てきたのは水商売のように濃いメイクをした甘えた声の若い女。案内された部屋の椅子に座ると女は一度下がり、すぐに白い皿と紫色の液体が入ったグラスを持ってきた。
「予約の際承ったガーリックソースのチキンソテーが完成するまでこちらをお楽しみ下さぁい。三種のキノコのバターソテーと赤ワインです」
カトラリーの使い方を述べ、女は個室を後にする。この部屋の隣が厨房になっているらしい。
「ふーん……」
俺は出てきた料理をまじまじと観察する。どちらも完全栄養食のフレーバーで味わった事があるが、生を見るのは初めてだ。
予約に合わせて作ったのかまだ湯気を立てているキノコは、剥いだ皮膚やかさぶたのようにふにゃっとした気持ち悪い外見をしていた。隣のワインも、どす黒い紫色のインクを溶かしただけのように見える。
まあ、キノコはともかくワインは飲んでみようかと思った。食料は無いが水は一般的にあるので抵抗感も無い。グラスに口を付け一口飲み――俺は目を見開いた。
なんだこれ!? フレーバーなんて比べ物にならない芳醇さとまろやかさ。コクも桁違いだ。
これが本物の料理だと言うのか……俺の視線は無意識にキノコのソテーに向いていた。ゴクリ、と喉が勝手に鳴る。
次の瞬間、フォークを掴みソテーに深々とぶっ刺していた。束になったキノコも、今は照りの強い金塊に見えた。
「っはぁ……」
濃厚な味わいと、ブロック食では経験した事のない食感に溜息が溢れた。バターのなんて味わい深い事か。
もう止まらなかった。俺は夢中になってソテーを口に運ぶ。その度「本物の料理はこうだ」とばかりの未知の味の虜になる。
「あ……?」
しかしバターの風味豊かだったキノコのソテーは、気が付けばものの数分で食べ終わってしまった。
口寂しさを残念に思った直後、違う匂いが隣の厨房から漂ってきた。今までに嗅いだ事のない奥深い匂い。これが肉なのだろうか?
嗅いでいると思わず舌を舐めてしまう。こんな事初めてだ。
食材から調理するなんてナンセンスだと思っていたのに。今鼻腔の粘膜全てが喜びに震えている。
「あっ……あああ早く、早く……」
気付けばうわ言のように呟いていて、視線を扉から外す事が出来なくなっていた。
早く食べたい。
少しでも気を紛らわせる為にワインを飲む。
だけど意識は隣にばかり行く。何故裏レストランに需要があるのかを痛い程理解した。
厨房からの匂いと時たま聞こえてくる金属音が、こうも脳を支配する物だとは。
「お待たせ致しましたぁ~。ガーリックソースのチキンソテーになりますぅ」
手にトレイを持った女がにこやかに言い部屋に入ってくる。俺はテーブルに置かれた白い皿に釘付けになった。チキンにナイフを突き立てると、じゅわりと透明な汁が溢れてきた。
塊を口に入れようとした、その時。
「……そろそろかな」
今までの甘えた声は消え、低い声で女が呟いた。その声と同時に、突然体に力が入らなくなり椅子から崩れ落ちた。
「っ!?」
ナイフが落ちた金属音が部屋に響く。頭がガンガン痛むし吐き気もする。おかしい。どうなってる? 酔いが回ったわけでは無さそうだ。
「やった、やった! あれね、毒キノコだったのよ? 異常気象のおかげで今時の毒キノコは致死性が高いの。あんたもうすぐ死ぬわ! この前はよくもお母さんを殺してくれたね、ざまあみろ!」
段々と薄れゆく意識の中ピンときた。こいつ、あのツインテールの依頼主だ。メイクが濃くて気付かなかった。この前俺が遊びで殺した女の娘だったのか。
ああ、馬鹿をやってしまった。せめて最後にチキンソテーを食わせて欲しい……!
しかしそれを口にする前に俺の意識もぷつりと途絶えた。
「手伝ってくれて有り難う、おかげでお母さんの復讐が出来たわ」
厨房の空中ディスプレイに少女が映っている。こんな少女が裏サイトで殺し屋を探していたのに興味が湧き、「うちで働いてくれるなら復讐を手伝ってあげる」と持ちかけたのだ。
「いいよ、お疲れ様。あ、チキンソテーは拾っておいてね。じゃあ次の給仕をお願い」
自分は裏レストランという密室の王なので、人殺しの舞台を用意してあげやすい。一口食べたらみんな夢中になるので、毒キノコを混ぜても笑えるくらい不思議に思われないのだ。
「料理って面白いよねぇ」
数え切れない程の人を空腹から助けてきたのに、数え切れない程の命も奪ってきたのだ。そこにもきっと、さっきの男のように人を突き動かす魔力があるのだろう。
男は一度笑った後、掃除屋に死体の処理を依頼するべく空中ディスプレイをタップした。
『この男を殺して下さい、お願いします』
空中ディスプレイという光の反射を利用した空中結像技術を通じての依頼は、ツインテールが良く似合う十代半ばの女からだった。
低い声の少女は、最近母親をその男――裏レストランのシェフらしい――に殺され、復讐がしたくて俺を頼ったらしい。
異常気象のため地下でしか暮らせなくなった今の時代、殺し屋に依頼をするなんてよくある事だ。
俺は人殺しが好きでこの仕事をしている。先日なんて仕事じゃないのについ人を殺したくらいだ。
食糧危機にある今、食事はブロックタイプの完全栄養食しかない。
しかし裏レストランでは、不法入手した食材で「本物」の料理を出しており、金持ちが狂ったように利用していると言う。
正直、なんでそんな物に需要があるのか分からなかった。完全栄養食なら何処にでも持ち歩ける上安いし、色々なフレーバーがあって飽きないし、災害下でもバランス良く栄養が取れるのは優れている。
完全栄養食はメリットだらけなのに、わざわざ栄養バランスの悪い料理を食べるとは不思議な話だ。
コネを使いその裏レストランの予約をした。
男は裏レストランから外に出ないので、どうしてもこちらから行くしかない。
「いらっしゃいませ~ご予約有り難う御座いますぅ! では奥の部屋へどうぞぉ」
出てきたのは水商売のように濃いメイクをした甘えた声の若い女。案内された部屋の椅子に座ると女は一度下がり、すぐに白い皿と紫色の液体が入ったグラスを持ってきた。
「予約の際承ったガーリックソースのチキンソテーが完成するまでこちらをお楽しみ下さぁい。三種のキノコのバターソテーと赤ワインです」
カトラリーの使い方を述べ、女は個室を後にする。この部屋の隣が厨房になっているらしい。
「ふーん……」
俺は出てきた料理をまじまじと観察する。どちらも完全栄養食のフレーバーで味わった事があるが、生を見るのは初めてだ。
予約に合わせて作ったのかまだ湯気を立てているキノコは、剥いだ皮膚やかさぶたのようにふにゃっとした気持ち悪い外見をしていた。隣のワインも、どす黒い紫色のインクを溶かしただけのように見える。
まあ、キノコはともかくワインは飲んでみようかと思った。食料は無いが水は一般的にあるので抵抗感も無い。グラスに口を付け一口飲み――俺は目を見開いた。
なんだこれ!? フレーバーなんて比べ物にならない芳醇さとまろやかさ。コクも桁違いだ。
これが本物の料理だと言うのか……俺の視線は無意識にキノコのソテーに向いていた。ゴクリ、と喉が勝手に鳴る。
次の瞬間、フォークを掴みソテーに深々とぶっ刺していた。束になったキノコも、今は照りの強い金塊に見えた。
「っはぁ……」
濃厚な味わいと、ブロック食では経験した事のない食感に溜息が溢れた。バターのなんて味わい深い事か。
もう止まらなかった。俺は夢中になってソテーを口に運ぶ。その度「本物の料理はこうだ」とばかりの未知の味の虜になる。
「あ……?」
しかしバターの風味豊かだったキノコのソテーは、気が付けばものの数分で食べ終わってしまった。
口寂しさを残念に思った直後、違う匂いが隣の厨房から漂ってきた。今までに嗅いだ事のない奥深い匂い。これが肉なのだろうか?
嗅いでいると思わず舌を舐めてしまう。こんな事初めてだ。
食材から調理するなんてナンセンスだと思っていたのに。今鼻腔の粘膜全てが喜びに震えている。
「あっ……あああ早く、早く……」
気付けばうわ言のように呟いていて、視線を扉から外す事が出来なくなっていた。
早く食べたい。
少しでも気を紛らわせる為にワインを飲む。
だけど意識は隣にばかり行く。何故裏レストランに需要があるのかを痛い程理解した。
厨房からの匂いと時たま聞こえてくる金属音が、こうも脳を支配する物だとは。
「お待たせ致しましたぁ~。ガーリックソースのチキンソテーになりますぅ」
手にトレイを持った女がにこやかに言い部屋に入ってくる。俺はテーブルに置かれた白い皿に釘付けになった。チキンにナイフを突き立てると、じゅわりと透明な汁が溢れてきた。
塊を口に入れようとした、その時。
「……そろそろかな」
今までの甘えた声は消え、低い声で女が呟いた。その声と同時に、突然体に力が入らなくなり椅子から崩れ落ちた。
「っ!?」
ナイフが落ちた金属音が部屋に響く。頭がガンガン痛むし吐き気もする。おかしい。どうなってる? 酔いが回ったわけでは無さそうだ。
「やった、やった! あれね、毒キノコだったのよ? 異常気象のおかげで今時の毒キノコは致死性が高いの。あんたもうすぐ死ぬわ! この前はよくもお母さんを殺してくれたね、ざまあみろ!」
段々と薄れゆく意識の中ピンときた。こいつ、あのツインテールの依頼主だ。メイクが濃くて気付かなかった。この前俺が遊びで殺した女の娘だったのか。
ああ、馬鹿をやってしまった。せめて最後にチキンソテーを食わせて欲しい……!
しかしそれを口にする前に俺の意識もぷつりと途絶えた。
「手伝ってくれて有り難う、おかげでお母さんの復讐が出来たわ」
厨房の空中ディスプレイに少女が映っている。こんな少女が裏サイトで殺し屋を探していたのに興味が湧き、「うちで働いてくれるなら復讐を手伝ってあげる」と持ちかけたのだ。
「いいよ、お疲れ様。あ、チキンソテーは拾っておいてね。じゃあ次の給仕をお願い」
自分は裏レストランという密室の王なので、人殺しの舞台を用意してあげやすい。一口食べたらみんな夢中になるので、毒キノコを混ぜても笑えるくらい不思議に思われないのだ。
「料理って面白いよねぇ」
数え切れない程の人を空腹から助けてきたのに、数え切れない程の命も奪ってきたのだ。そこにもきっと、さっきの男のように人を突き動かす魔力があるのだろう。
男は一度笑った後、掃除屋に死体の処理を依頼するべく空中ディスプレイをタップした。
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