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第六話 クオナの幽霊
54 「セオドア、茶くらい飲ませてくれ」
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返事をしてじっと扉に視線を向ける。
「失礼致します」
しわがれた声は館に入る前に聞いたことのあるものだ。
「セルゲイさん?」
思ってもいなかった来訪者に目を見張り、老執事を映す。
「お話中申し訳ありません。クオナの方も戻って来ましたし、勝手ながらお茶を持って参りました」
湯気を立てているティーカップを二つとティーポットを乗せた台車を押し、老執事は堂々と部屋に入ってくる。
自領の城であるかのような立ち振る舞いに、この老執事がクオナともそれなりの年数を重ねてきたことが窺えた。
「セルゲイさん、もう話は済みました。お茶は大丈夫です。それよりも」
「セオドア、茶くらい飲ませてくれ」
使用人を呼んで貰おうと頼もうとした言葉を遮って、ラウルが口を挟んでくる。
「……分かりました」
ラウルの声は賭博で全財産を失った男のようだと思った。だから頷いた。
「お前も飲め」
言葉に出さず頷いてソファーに戻る。ソファーに腰を下ろし、向かいの男の顔を見た。
ラウルは相変わらず俯いていたので表情は見えなかったが、隣にいたリリヤがこちらを睨んでいた。
その視線から逃れるように先に配膳された紅茶に口をつける。
「あっつ……」
入れたての紅茶は熱く、思わず声に出して唸る。
だがこの熱さが美味しいのも事実なので、熱さに負けそうになりながらもう一口含む
「うっ」
同じように熱さにやられたのか、近くから呻き声が上がった。
やっぱり熱いとそうなるよなあ、と思えたのは一瞬だった。
手元に大きな影が落ちてきたのだ。は、と思った次の瞬間には黒い影が、自分に覆い被さるように落下してきた。
ドスンという鈍い音と同時に、影が落下した際に手から離れたティーカップの中身を零す。
「あつっ!」
腹部から膝上にかけて紅茶が広がっていく。
顔をしかめる程の熱さも、すぐに湯が布を濡らす不快感に姿を変えていく。
「なっ……」
なにが起こったのか確かめるべく顔を上げると、そこには今紅茶を注ぎにきた人物の驚いたような顔があった。
その顔には先程まで宿っていた瞳の光が消えており、見張った瞳が閉じられることもない。執事服の背中からは、短剣の柄が飛び出していていた。
紅茶とは違った暖かさが徐々に服に染みていく中思った。
この人は死んでいる、と。
自分は死体を見たことはそうそうなかった。幼い頃から知っている顔がこのように変わることなど、想像もしたことがない。
ひっと喉の奥から声のようなものが零れる。
生暖かさから逃げるように体をソファーに押し付けて、可能な限り遠ざかる。
「ラウル!」
今まで沈黙を守ってきたリリヤが見兼ねたように声を上げる。
名を呼ばれた伯爵は、リリヤが隣にいることなど知らないかのように少女を擦り抜けて立ち上がった。いくら足が悪いとはいえ、近くに台車があるのならそれを支えに立ち上がることは容易だ。
巨人が立ち上がるようにむくりと起き上がった男は、どこからそんな活力が湧いてきたのかと疑いたくなるくらい、素早くこちらに近寄ってくる。
逃げようと体が反応したものの、自分の上に乗っている躯があるため、咄嗟に反応ができなかった。
跳ね退けようと思っても、まだ温かい人を跳ね退けるのには抵抗がある。この一瞬の逡巡がまずかった。
いつの間にか目の前まで来ていたラウルが、倒れ込むように自分の上の躯を払い、そのまま己の首に手を食い込ませる。
「セオ! おいラウル、セオを離せ!」
「失礼致します」
しわがれた声は館に入る前に聞いたことのあるものだ。
「セルゲイさん?」
思ってもいなかった来訪者に目を見張り、老執事を映す。
「お話中申し訳ありません。クオナの方も戻って来ましたし、勝手ながらお茶を持って参りました」
湯気を立てているティーカップを二つとティーポットを乗せた台車を押し、老執事は堂々と部屋に入ってくる。
自領の城であるかのような立ち振る舞いに、この老執事がクオナともそれなりの年数を重ねてきたことが窺えた。
「セルゲイさん、もう話は済みました。お茶は大丈夫です。それよりも」
「セオドア、茶くらい飲ませてくれ」
使用人を呼んで貰おうと頼もうとした言葉を遮って、ラウルが口を挟んでくる。
「……分かりました」
ラウルの声は賭博で全財産を失った男のようだと思った。だから頷いた。
「お前も飲め」
言葉に出さず頷いてソファーに戻る。ソファーに腰を下ろし、向かいの男の顔を見た。
ラウルは相変わらず俯いていたので表情は見えなかったが、隣にいたリリヤがこちらを睨んでいた。
その視線から逃れるように先に配膳された紅茶に口をつける。
「あっつ……」
入れたての紅茶は熱く、思わず声に出して唸る。
だがこの熱さが美味しいのも事実なので、熱さに負けそうになりながらもう一口含む
「うっ」
同じように熱さにやられたのか、近くから呻き声が上がった。
やっぱり熱いとそうなるよなあ、と思えたのは一瞬だった。
手元に大きな影が落ちてきたのだ。は、と思った次の瞬間には黒い影が、自分に覆い被さるように落下してきた。
ドスンという鈍い音と同時に、影が落下した際に手から離れたティーカップの中身を零す。
「あつっ!」
腹部から膝上にかけて紅茶が広がっていく。
顔をしかめる程の熱さも、すぐに湯が布を濡らす不快感に姿を変えていく。
「なっ……」
なにが起こったのか確かめるべく顔を上げると、そこには今紅茶を注ぎにきた人物の驚いたような顔があった。
その顔には先程まで宿っていた瞳の光が消えており、見張った瞳が閉じられることもない。執事服の背中からは、短剣の柄が飛び出していていた。
紅茶とは違った暖かさが徐々に服に染みていく中思った。
この人は死んでいる、と。
自分は死体を見たことはそうそうなかった。幼い頃から知っている顔がこのように変わることなど、想像もしたことがない。
ひっと喉の奥から声のようなものが零れる。
生暖かさから逃げるように体をソファーに押し付けて、可能な限り遠ざかる。
「ラウル!」
今まで沈黙を守ってきたリリヤが見兼ねたように声を上げる。
名を呼ばれた伯爵は、リリヤが隣にいることなど知らないかのように少女を擦り抜けて立ち上がった。いくら足が悪いとはいえ、近くに台車があるのならそれを支えに立ち上がることは容易だ。
巨人が立ち上がるようにむくりと起き上がった男は、どこからそんな活力が湧いてきたのかと疑いたくなるくらい、素早くこちらに近寄ってくる。
逃げようと体が反応したものの、自分の上に乗っている躯があるため、咄嗟に反応ができなかった。
跳ね退けようと思っても、まだ温かい人を跳ね退けるのには抵抗がある。この一瞬の逡巡がまずかった。
いつの間にか目の前まで来ていたラウルが、倒れ込むように自分の上の躯を払い、そのまま己の首に手を食い込ませる。
「セオ! おいラウル、セオを離せ!」
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