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第二話 死の恐怖
15 「今だ!」
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「それで上手くいくのかしら……」
視線だけでリリヤの姿を探している間も女中達の会話は耳に入ってくる。
「かしら、じゃなくて、成功させるの。私には子供がいるんだから、なんとしてもユユラングには生き残って欲しいのよ。クオナは圧政だって噂だけど、下手に荒れるよりずっとましよ」
自分を呼び捨てにする女中の声が切実なものに変わっていく。
「……そうねえ。私も孫には綺麗な体でいてほしいわ」
対する声も修道女のように真剣な響きを帯びていった。
そのやり取りを聞き目を伏せ、唇を噛んでいた。
見たくないなにかが頭にちらつき出して仕方ない。
「ちょっとぉ! 廊下にボヤが出てるの! 来て!」
その時、頭の靄を簡単に払いのけるくらい甲高い声が、廊下から聞こえてきた。
どうやら先程撒いておいた種が実を結んだようだ。
息を詰め周囲を見渡す。リリヤに頼らずに廊下に戻らなければいけない。
「えぇっ!?」
中庭にいる二人の女中から、驚愕の声が同時に上がった。
「なんなのよもうっ!」
感情的な吐き捨てが聞こえ、中庭から二人分の足音が遠ざかっていく。
「今だ!」
瞬間、リリヤの澄んだ声が耳に飛び込んでくる。
あの少女がどこにいるか分からないし、駆け出していった女中の背中がまだ見えるが、躊躇している暇はなかった。
「っ」
立ち上がって廊下目掛けて駆け出す。
二人の女中が台所に入っていくのを見ながら、リリヤが顔を覗かせている西廊下に駆け込む。
女中の一人はその際に立てた音が気になったのか一瞬だけ足を止めたが、すぐに水場へ向かってしまった。
「はあっ……ここにいたんだ」
先程と似た暗さの廊下に入り、ひとまず胸を撫で下ろす。無事に礼拝堂の前は通過できたようだ。
「常に先導していなかったらお前を守れんよ」
尊大な態度で言い放つリリヤの声がどんどん離れていく。おそらく先に廊下を進んでいるのだろう。
頼もしいはずのその声が、今はどうしてか皮肉に思えて苦々しく笑う。
「地下牢がある西棟は倉庫が多いからな、人は誰もいなかったぞ。もうちょっと頑張れ」
首を縦に振り、暗闇に身を隠しながら最後の曲がり角を進んだ。
この階段を下りれば一息つける。そう思い階段を下っていると、後ろから女中達の話し声が聞こえてきた。
最後の一段を下り終えた自分には何を話しているか分からなかったが、先程の女中達を見るにそう明るい話題ではない気がした。
みんな、生きたいのだから。
「ふぅー……、とりあえずお疲れ様」
上から見えない位置まで進むと、止めていた息を吐き出すかのように長い息を吐いたリリヤが声をかけてくる。
「うん」
それに頷いて答え、暗い通路を進んでいく。
人がいないこともあり、肩の力が抜ける。
「お前の作戦、上手くいったな」
「うん」
「中庭から離れる前に、女中達がアレクとアニーの名前を出していたが、あれは何の話をしてたんだ?」
「うん」
石段を下りた先に広がる牢屋の作りは単純なので、特に意識せずとも前に進める。
抜け穴がある牢屋は一番奥にある。
暗くても自分にはリリヤが見えているので、その後ろ姿を追っていれば大丈夫だろう。
「……ふん」
隣でリリヤが仕方なさそうに鼻を鳴らすのが聞こえた。それを聞きながら、自分がこのまま逃げることは正しいことなのかと考える。
ユユラングから逃げれば命は助かるだろう。
しかし命があっても、落ち延びたという事実を背負っていかないといけない。
なんとか稼いだ小銭で夕飯を食べ、生きたいと話していた女中の声を思い出す生活。
嫌だな、と思った。
死ぬよりも辛いことだと思えた。
「着いたぞ」
俯きながら歩いていると、それまで黙っていたリリヤが口を開き、それで初めて自分が扉を通りすぎかけていたことを悟った。
「っと」
我に返り立ち止まって牢獄の扉を開けると、リリヤが話しかけてきた。
「……なぁなぁ、お前のことセオって呼んでいいか?」
「なに。いきなりどうしたの」
扉を閉め、牢獄の入り口に立ったまま応える。やっと肩の力を抜けた気がした。
視線だけでリリヤの姿を探している間も女中達の会話は耳に入ってくる。
「かしら、じゃなくて、成功させるの。私には子供がいるんだから、なんとしてもユユラングには生き残って欲しいのよ。クオナは圧政だって噂だけど、下手に荒れるよりずっとましよ」
自分を呼び捨てにする女中の声が切実なものに変わっていく。
「……そうねえ。私も孫には綺麗な体でいてほしいわ」
対する声も修道女のように真剣な響きを帯びていった。
そのやり取りを聞き目を伏せ、唇を噛んでいた。
見たくないなにかが頭にちらつき出して仕方ない。
「ちょっとぉ! 廊下にボヤが出てるの! 来て!」
その時、頭の靄を簡単に払いのけるくらい甲高い声が、廊下から聞こえてきた。
どうやら先程撒いておいた種が実を結んだようだ。
息を詰め周囲を見渡す。リリヤに頼らずに廊下に戻らなければいけない。
「えぇっ!?」
中庭にいる二人の女中から、驚愕の声が同時に上がった。
「なんなのよもうっ!」
感情的な吐き捨てが聞こえ、中庭から二人分の足音が遠ざかっていく。
「今だ!」
瞬間、リリヤの澄んだ声が耳に飛び込んでくる。
あの少女がどこにいるか分からないし、駆け出していった女中の背中がまだ見えるが、躊躇している暇はなかった。
「っ」
立ち上がって廊下目掛けて駆け出す。
二人の女中が台所に入っていくのを見ながら、リリヤが顔を覗かせている西廊下に駆け込む。
女中の一人はその際に立てた音が気になったのか一瞬だけ足を止めたが、すぐに水場へ向かってしまった。
「はあっ……ここにいたんだ」
先程と似た暗さの廊下に入り、ひとまず胸を撫で下ろす。無事に礼拝堂の前は通過できたようだ。
「常に先導していなかったらお前を守れんよ」
尊大な態度で言い放つリリヤの声がどんどん離れていく。おそらく先に廊下を進んでいるのだろう。
頼もしいはずのその声が、今はどうしてか皮肉に思えて苦々しく笑う。
「地下牢がある西棟は倉庫が多いからな、人は誰もいなかったぞ。もうちょっと頑張れ」
首を縦に振り、暗闇に身を隠しながら最後の曲がり角を進んだ。
この階段を下りれば一息つける。そう思い階段を下っていると、後ろから女中達の話し声が聞こえてきた。
最後の一段を下り終えた自分には何を話しているか分からなかったが、先程の女中達を見るにそう明るい話題ではない気がした。
みんな、生きたいのだから。
「ふぅー……、とりあえずお疲れ様」
上から見えない位置まで進むと、止めていた息を吐き出すかのように長い息を吐いたリリヤが声をかけてくる。
「うん」
それに頷いて答え、暗い通路を進んでいく。
人がいないこともあり、肩の力が抜ける。
「お前の作戦、上手くいったな」
「うん」
「中庭から離れる前に、女中達がアレクとアニーの名前を出していたが、あれは何の話をしてたんだ?」
「うん」
石段を下りた先に広がる牢屋の作りは単純なので、特に意識せずとも前に進める。
抜け穴がある牢屋は一番奥にある。
暗くても自分にはリリヤが見えているので、その後ろ姿を追っていれば大丈夫だろう。
「……ふん」
隣でリリヤが仕方なさそうに鼻を鳴らすのが聞こえた。それを聞きながら、自分がこのまま逃げることは正しいことなのかと考える。
ユユラングから逃げれば命は助かるだろう。
しかし命があっても、落ち延びたという事実を背負っていかないといけない。
なんとか稼いだ小銭で夕飯を食べ、生きたいと話していた女中の声を思い出す生活。
嫌だな、と思った。
死ぬよりも辛いことだと思えた。
「着いたぞ」
俯きながら歩いていると、それまで黙っていたリリヤが口を開き、それで初めて自分が扉を通りすぎかけていたことを悟った。
「っと」
我に返り立ち止まって牢獄の扉を開けると、リリヤが話しかけてきた。
「……なぁなぁ、お前のことセオって呼んでいいか?」
「なに。いきなりどうしたの」
扉を閉め、牢獄の入り口に立ったまま応える。やっと肩の力を抜けた気がした。
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