10 / 13
第10話 中庭
しおりを挟む何時シルフェがこちらの部屋の様子に気がついてもおかしくないと言うのに。いや、もう気が付いて息を潜めて様子を窺っているかもしれない。
「……そんなん知るか」
一度隣室に視線を向けたものの、シオンは鼻で笑うなりずかずかと室内に入って来る。
慌てる僕の前に来て、「忘れ物だ」と歯切れ悪く言うと元のサイズに戻った黒いジャケット――妹達から貰った宝物――を差し出して来た。
マンションに忘れて来た奴だ。届けてくれた、のか? なんで?
「俺にも妹が居てな、だからまあ分かる。大切だろ、これ」
「あ、有り難う……?」
まさかこいつからこれを受け取るとは思っていなかったので、呆然とそれを受け取る。それにこいつは僕を殺す気じゃないのか。
どう反応していいか分からず、ただただ視線を向けてたからか。シオンが不服そうにこちらを睨んできた。
「安心しろ。分かっていると思うが事情が変わったんだ、今はお前を殺す気は無い。逆に守ろうと思っている。だから逃げるな」
その言葉に目を丸くする。
事情が変わったのは、確かにそうだろう。僕よりシルフェのが圧倒的に優先度は高いだろうから。
こいつが僕を守る、と言うのも頷けなくはない。今シルフェが一番必要としているのは僕だ。僕の近くに居ればいつかはあの長身の女性が姿を見せる――そう思っているんだろう。
だったら僕も、こいつと居た方が良い。下手に1人で逃げた方がシルフェに捕まって危険だ。
慎重にドアを閉め、聞いておきたかった話を小声で切り出す。
「……さっきの話の続きだけどさ。なんでそんなに人と協力したくないんだ?」
「俺が一番強いからだ。なら本国を守れるのは俺だけ、当然だろ。現にシルフェだってキリエを既に強化してるんだ。そんな奴、相手に出来るのは俺くらいだ」
こちらを見る事なく告げる人物のあまりに頑なな物言いに、ついつい返す言葉の語気も強くなる。
「お前干したカツオくらい頭固いよな。連携って言葉知ってるか?」
「初めて聞く言葉だな」
「お――っ!?」
鼻で笑う事じゃない。そう言おうとした時。
――床が抜けた。
「はああああっっ!?」
突然の無重力状態に大声が出て、頭に浮かぶのは疑問符ばかり。
何も出来ずに1階のロビーに落下していく。固く目を閉じてすぐにやって来るだろう衝撃に備える。
「っ……?」
が、一向に衝撃は襲って来なかった。
それどころか、自然と足が地面に着く感覚さえする。
気が付けば、正面玄関と中庭に通じる出入り口の自動ドアが無い為に、一際寒いロビーに立っていた。
2階から1階に落ちて、こんなに何事もなく済むわけが無い。……シオンのキリエか?
どこに居るかも分からない人物を探そうと視線を巡らせた時。
「シオッうわああっつ!?」
突然、突風が吹いて、ガンッ! と勢い良く横倒れて床に叩きつけられた。
全身をかけ巡る痛みに悶える暇もなく突風は続き、僕はゴロゴロと丸太のように転がっていく。急に眩しくなったかと思うと今度は思いっきり背中を何かにぶつけた。
「!」
背中を強打し呼吸が止まる。
口から出る悲鳴も声になっていない。良く分からない状況なのに確かに体は痛くて、確実に目に膜が張っていた。
肌を刺す寒さと、顔に着いたざらつきと、目を閉じていても伝わる眩しさ。
どうも僕は外に移動させられてしまったのだと気付く。
薄く開けた目で周囲を見てみると、ここは雑草が生い茂る中庭のようだった。
「っ」
涙の膜が張ったおかげで何時もよりクリアに見える視界。
ロビーに現れた赤い青年から僕を庇うように立っている金髪の女性――シルフェ――がすぐ近くに居るのが見えた。
「皇子、悠長にお話しすぎでしてよ?」
「お前が動くのを待っていたんだよ! 夏樹が言ってた隣室には居なかったからな、どこかに隠れてると思ったんだ」
少し距離のあるシオンに向けて喋っている背を見ながら理解する。
廊下から来たシオンが隣室を気にしなかったのはシルフェが居ない事を知っていたから、だと言う事を。
「彼はわたくしが唾を付けてるんですの。横取りしないでくださいません?」
長い金髪を靡かせ、ムッとした口調で続ける黒いローブの女性を見て、シオンの口端がにっと持ち上がった。
「誰が横取りなんかするか。それに夏樹はお前が捕まったらくれてやるっ!」
言うなりシルフェの足元に真っ赤な炎が立ち上がった。炎はあっという間に長身のシルフェを包んでいく。
「っ」
まだ起き上がれない僕の顔面にも熱気を感じ、思わず目を見張る。
「もっと本気でやって下さいませ!!」
火だるまと化したシルフェはしかし、見えない水でも掛けたかのようにすぐに炎を消していく。
「皇子を殺すのは偲びないけど……これも悲願の為!」
口元に笑みを浮かべたシルフェが、シオンの回りに僕を殺したあの黒い刃を出現させる。僕の時は四方だったけれど、今は八方。密度が上がっている。
「ふんっ……!」
苛立ったように叫んだシオンがやったのか、黒い刃は青年を傷付ける事無く霧散していく。が、シオンを貫こうとしている刃は次から次へと出現している。
直後。
「!?」
いきなり毛艶の良い巨大ライオンが中庭に出現し、シオン目掛けて大口を開け襲い掛かった。シルフェの声が弾んでいる。
「ふふ。命を作るキリエ、やってみたかったんですの! きゃあ皇族になったみたいっ!」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうぞご勝手になさってくださいまし
志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。
辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。
やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。
アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。
風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。
しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。
ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。
ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。
ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。
果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか……
他サイトでも公開しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACより転載しています。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
異世界でダンジョンと過ごすことになりました
床間信生
ファンタジー
主人公の依田貴大(イダタカヒロ-26)は幼い頃より父と母の教え通りに真面目に生きてきた。
学問もスポーツも一生懸命挑んできただけあって、学生時代も優秀な成績をおさめ大学も一流大学を卒業後は一流企業に勤める毎日を送る。
ある日、自身の前で車に轢かれそうになる幼い少女を見つけた彼は、その性格から迷う事なく助ける事を決断した。
危険を承知で車道に飛び込んだ彼だったが、大した策も無いままに飛び込んだだけに彼女を助け出すどころか一緒に轢かれてしまう。
そのまま轢かれてしまった事で自分の人生もこれまでと思ったが、ふと気づくと見知らぬ世界に飛ばされていた。
最初は先程までの光景は夢なのではないかと疑った主人公だったが、近くには自分が助けようとした少女がいることと、自分の記憶から夢ではないと確信する。
他に何か手掛かりは無いかとあたりを見回すと、そこには一人の老人がいた。
恐る恐る話しかけてみると、老人は自分の事を神だと言って次々に不思議な事象を主人公に見せつけてくる。
とりあえず老人が普通の人間だと思えなくなった主人公は、自分の事を神だと言い張る老人の事を信じて、何故自分が今ここにいるのかをたずねて見たところ…
どうやら神様のミスが原因で自分がここにいるというのが分かった。
納得がいかない主人公だったが、何やら元の世界へと生き返る方法もあると言うので、先ずはその老人の言う通り少女と三人で異世界に行く事を了承する。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」
そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。
彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
----
初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる