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第六章 不便な世界
1-45 「言いたくないからだ」
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「知りたかったんだ! 店長がなんでこんな事に関わったのかを、店長の口から直接。……きっと僕が一番、店長に近い人だから。メディア経由で……動機を知りたくないんだ」
ヴァージニアは結婚しておらず、両親も既に亡くなっている。親族とも疎遠になっていて、一緒に住んでいるのは自分だけだ。
「だから店長……教えて欲しいんだ。どうしてグミがあそこにあったのかを、店長が何をしようとしてたのかを!」
先程よりも表情が出たヴァージニアに向かって切々と訴える。女店長の緑色の瞳が何かを決めかねているように揺れた。
返事はなかった。ラジオから笑い声が聞こえる以外、ポピーに音はない。その代わり先程からずっと自分の真意を探るような目を向けられている。
本当にヴァージニア次第で、これからの展開が変わる。
一度きつく目を瞑った時、向かいからヴァージニアの素の声が聞こえてきた。
「…………私、ね。昨日からずっと、こうなる事を覚悟してたの。怖かったわ。息子のように過ごしてきたノア君に責められるかと思ったら……警察に捕まるより何より怖かった。浴槽でこのまま溺れちゃおうかなって思ったくらい」
ぽつりぽつりと話すヴァージニアの声が、次第に今にも泣きそうな物に変わる。
「でもノア君は私を責めたりしないで、ただ聞きたいって言ってくれた。それって、物凄く嬉しい事なのよ? だから、そうね……聞いて、くれる?」
ヴァージニアが頷いた事が意外だった。真意が読めないままではあるが、話が聞きたい一心で頷いた。
「ノア君の言う通りよ。この連続連れ去り事件の犯人は私。……工業区の不良が協力してくれたけど……私が首謀者よ」
ついつい質問を挟みたくなったが、聞くと言った手前そこはぐっと堪えて、ヴァージニアの話に耳を傾ける。
「ノア君は知らないかもしれないけど、私昔美人だ美人だって持て囃されていたのよ」
脈絡のない話に返す言葉が浮かばなかった。が、ヴァージニアが若い頃美人だったのは想像できる。この人が授業参観に来てくれた時、クラスメートが羨ましがっていたくらいだ。
「だけど、この世界じゃ寄る年波に抗う術はないの。化粧品って昔は石油が入ってたし、製造過程でも当然エネルギーとして使われていたわ。でも今は……石油がないから。化粧品も高額になっちゃって、一般人には手が出せない」
何が言いたいのか分からず、黙って話を聞くしかなかった。付けっぱなしのラジオからは、何時の間にかジャズが流れていた。
「私は化粧品が欲しかった。年を重ねる毎に私を見てくれる人が減って寂しかったから。……そんな時、ある朝川沿いを歩いていたら、女の子達が凄い楽しそうにキャーキャー言って道を塞いでいたの。朝牧師が言ってた通り、彼女達は牧師目当てで集まってる子達だった」
悲しげだったヴァージニアの表情に、僅かに怒りが宿った。
「その一人にね、道を開けてくださいって言ったら……うるさいおばさんって言われて。……嫌だった。好きでおばさんになったわけじゃないのに! こんな道を塞ぐような子に、どうしてこんな事言われなきゃいけないの! ……って。その時それまでに感じていた寂しさや不満が爆発して、その子と喧嘩になった。その子、そんな時にまで牧師に見られたくないって言うから川辺に移ったの」
ヴァージニアの気持ちは良く分かった。自分だって道をクソガキ達が塞いでて逆ギレされたらムッとくる。その上成績を気にしだしたら尚更だ。
「川辺ならうるさくしても大丈夫だからって。……口論が激しくなって、気付けばその子のこと、石で殴ってた。動かなくなったその子を前に、事の重大さに気付いた私は震えていた。工業区の不良に見つかったのはその時よ」
ヴァージニアがこんな事を思っていたなんて知らなかった。こんな事があったことも知らなかった。息を潜めて話を聞く。
けれども、という想いも同時に募っていった。
「不良は、この死体をくれ、って言ったの。詳しい話を聞いたら死体の皮膚からコラーゲンを抽出してグミにする実験をしたいって。私その時いいな、って思った。そのグミ欲しいなって。そうしたら不良が、私が殺すなら材料は調達するから安く売ってあげるよって言うから……私、自分がした事も忘れて欲望に負けたわ。それで不良が連れ去って、私が殺す……そんな図式が完成したの。材料は、私が殺した子が持っていた手帳の連絡先に、教会ってあったからそこから選んだ。腹いせでもあったのかしら」
「……イヴェットは? イヴェットはユスティンに関係はあっけど、その連絡先には乗ってないだろ」
モヤモヤしだした気持ちを言語化出来ないまま、口を挟めそうな事だったので聞く。ラジオから流れているジャズが、クライマックスに差し掛かって壮大な響きになっていく。
「……あの子は特別だった。若くて可愛くて眩しくて、羨ましかった。その頃には私、止められなくなってたの。あのグミを食べるとスッキリしたから。この子に手を出すのは危険だって思ったけど大丈夫って気持ちもあって……、気付けば不良に電話をしてた」
あの日、ヴァージニアはイヴェットが誘拐される直前、確かに電話をしていた。ただの電話対応かと思ったが、違っていたらしい。続けるヴァージニアの声が、どんどん感情を露わにしたものになっていった。
「……この世界がいけないのよ。欲しいものが容易に買えないのだもの。ノア君、カレーを掛けられたって日言ってたじゃない! 空腹の時にカレーを差し出されたら食べるって。私も……私もそうだったの……」
続く言葉に眉間に皺を寄せる。
先程から感じていたモヤモヤの正体が分かった気がした。こんな台詞をこの人から聞きたくなかったのだ。本心から言っているのなら目を覚ますべきだ。
こうも思った。
ヴァージニアが話してくれたのは、決して乞われたからだけではないのだ、と。聞きたいと言ったらあっさり話してくれた真意も、自分に聞いて欲しかったからだ。
犯罪者の行く末を、自分が犯した罪を、こうも大人しいヴァージニアは分かっている。けれどヴァージニアは今、自分がどうすればいいのか踏ん切りを付けられずにいるのだ。
明日警察が来れば解決する問題なのかもしれない。だがきっと、警察より自分に言われた方が、何十倍も響き方が違う。ヴァージニアに真実を言えるのは、自分しか居ない。
これを言ったらヴァージニアはきっと悲しむだろう。出来るなら言いたくなかった。でも、自分が言わなきゃ始まらない。
覚悟を決めた瞬間、言いようのない悲しみに襲われた。
ラジオドラマに良く登場する、成長した養子に泣きながら血縁関係を打ち明ける両親の気持ちが分かってしまった。
口を開いた瞬間、涙が頬を伝うのが分かった。
「えっ…………なんでノア君が泣くのよ」
「言いたくないからだ」
返す声が震えている。頬を伝う涙をそのままに、ヴァージニアを見据えた。緑色の瞳が不思議そうに瞬いている。
「店長……責めるつもりなかったけど、言うよ。僕、店長は、店長はさ……悪いと思う。何かのせいにして、人を殺してさ。悪くないわけがない。店長は、間違えてる」
何とか最後まで言えた言葉に、ヴァージニアは一瞬酷く悲しそうに目を見開いた。暫く呆然としていたが、ふと自分の顔を見て微かに笑った気がした。初めて誰かが止めてくれた、とばかりに安心したように目元を和らげながら。
「じゃあノア君は……私にどうしろ、って言うの」
「……自首すれば良いんじゃねぇの、多分」
罪を認めた人が取る方法を口にすると、ふふっとヴァージニアが笑った。
「ノア君って、適当だよね」
「それ、この前クルトにも言われた」
自分を見ていた女性は、暫くしてそっか、と目を細めて笑った。
その表情にはもう怒りや寂しさはどこにもない。
昔自分が高校に合格したことを親よりも喜んでくれた女性の笑顔があった。
ヴァージニアは結婚しておらず、両親も既に亡くなっている。親族とも疎遠になっていて、一緒に住んでいるのは自分だけだ。
「だから店長……教えて欲しいんだ。どうしてグミがあそこにあったのかを、店長が何をしようとしてたのかを!」
先程よりも表情が出たヴァージニアに向かって切々と訴える。女店長の緑色の瞳が何かを決めかねているように揺れた。
返事はなかった。ラジオから笑い声が聞こえる以外、ポピーに音はない。その代わり先程からずっと自分の真意を探るような目を向けられている。
本当にヴァージニア次第で、これからの展開が変わる。
一度きつく目を瞑った時、向かいからヴァージニアの素の声が聞こえてきた。
「…………私、ね。昨日からずっと、こうなる事を覚悟してたの。怖かったわ。息子のように過ごしてきたノア君に責められるかと思ったら……警察に捕まるより何より怖かった。浴槽でこのまま溺れちゃおうかなって思ったくらい」
ぽつりぽつりと話すヴァージニアの声が、次第に今にも泣きそうな物に変わる。
「でもノア君は私を責めたりしないで、ただ聞きたいって言ってくれた。それって、物凄く嬉しい事なのよ? だから、そうね……聞いて、くれる?」
ヴァージニアが頷いた事が意外だった。真意が読めないままではあるが、話が聞きたい一心で頷いた。
「ノア君の言う通りよ。この連続連れ去り事件の犯人は私。……工業区の不良が協力してくれたけど……私が首謀者よ」
ついつい質問を挟みたくなったが、聞くと言った手前そこはぐっと堪えて、ヴァージニアの話に耳を傾ける。
「ノア君は知らないかもしれないけど、私昔美人だ美人だって持て囃されていたのよ」
脈絡のない話に返す言葉が浮かばなかった。が、ヴァージニアが若い頃美人だったのは想像できる。この人が授業参観に来てくれた時、クラスメートが羨ましがっていたくらいだ。
「だけど、この世界じゃ寄る年波に抗う術はないの。化粧品って昔は石油が入ってたし、製造過程でも当然エネルギーとして使われていたわ。でも今は……石油がないから。化粧品も高額になっちゃって、一般人には手が出せない」
何が言いたいのか分からず、黙って話を聞くしかなかった。付けっぱなしのラジオからは、何時の間にかジャズが流れていた。
「私は化粧品が欲しかった。年を重ねる毎に私を見てくれる人が減って寂しかったから。……そんな時、ある朝川沿いを歩いていたら、女の子達が凄い楽しそうにキャーキャー言って道を塞いでいたの。朝牧師が言ってた通り、彼女達は牧師目当てで集まってる子達だった」
悲しげだったヴァージニアの表情に、僅かに怒りが宿った。
「その一人にね、道を開けてくださいって言ったら……うるさいおばさんって言われて。……嫌だった。好きでおばさんになったわけじゃないのに! こんな道を塞ぐような子に、どうしてこんな事言われなきゃいけないの! ……って。その時それまでに感じていた寂しさや不満が爆発して、その子と喧嘩になった。その子、そんな時にまで牧師に見られたくないって言うから川辺に移ったの」
ヴァージニアの気持ちは良く分かった。自分だって道をクソガキ達が塞いでて逆ギレされたらムッとくる。その上成績を気にしだしたら尚更だ。
「川辺ならうるさくしても大丈夫だからって。……口論が激しくなって、気付けばその子のこと、石で殴ってた。動かなくなったその子を前に、事の重大さに気付いた私は震えていた。工業区の不良に見つかったのはその時よ」
ヴァージニアがこんな事を思っていたなんて知らなかった。こんな事があったことも知らなかった。息を潜めて話を聞く。
けれども、という想いも同時に募っていった。
「不良は、この死体をくれ、って言ったの。詳しい話を聞いたら死体の皮膚からコラーゲンを抽出してグミにする実験をしたいって。私その時いいな、って思った。そのグミ欲しいなって。そうしたら不良が、私が殺すなら材料は調達するから安く売ってあげるよって言うから……私、自分がした事も忘れて欲望に負けたわ。それで不良が連れ去って、私が殺す……そんな図式が完成したの。材料は、私が殺した子が持っていた手帳の連絡先に、教会ってあったからそこから選んだ。腹いせでもあったのかしら」
「……イヴェットは? イヴェットはユスティンに関係はあっけど、その連絡先には乗ってないだろ」
モヤモヤしだした気持ちを言語化出来ないまま、口を挟めそうな事だったので聞く。ラジオから流れているジャズが、クライマックスに差し掛かって壮大な響きになっていく。
「……あの子は特別だった。若くて可愛くて眩しくて、羨ましかった。その頃には私、止められなくなってたの。あのグミを食べるとスッキリしたから。この子に手を出すのは危険だって思ったけど大丈夫って気持ちもあって……、気付けば不良に電話をしてた」
あの日、ヴァージニアはイヴェットが誘拐される直前、確かに電話をしていた。ただの電話対応かと思ったが、違っていたらしい。続けるヴァージニアの声が、どんどん感情を露わにしたものになっていった。
「……この世界がいけないのよ。欲しいものが容易に買えないのだもの。ノア君、カレーを掛けられたって日言ってたじゃない! 空腹の時にカレーを差し出されたら食べるって。私も……私もそうだったの……」
続く言葉に眉間に皺を寄せる。
先程から感じていたモヤモヤの正体が分かった気がした。こんな台詞をこの人から聞きたくなかったのだ。本心から言っているのなら目を覚ますべきだ。
こうも思った。
ヴァージニアが話してくれたのは、決して乞われたからだけではないのだ、と。聞きたいと言ったらあっさり話してくれた真意も、自分に聞いて欲しかったからだ。
犯罪者の行く末を、自分が犯した罪を、こうも大人しいヴァージニアは分かっている。けれどヴァージニアは今、自分がどうすればいいのか踏ん切りを付けられずにいるのだ。
明日警察が来れば解決する問題なのかもしれない。だがきっと、警察より自分に言われた方が、何十倍も響き方が違う。ヴァージニアに真実を言えるのは、自分しか居ない。
これを言ったらヴァージニアはきっと悲しむだろう。出来るなら言いたくなかった。でも、自分が言わなきゃ始まらない。
覚悟を決めた瞬間、言いようのない悲しみに襲われた。
ラジオドラマに良く登場する、成長した養子に泣きながら血縁関係を打ち明ける両親の気持ちが分かってしまった。
口を開いた瞬間、涙が頬を伝うのが分かった。
「えっ…………なんでノア君が泣くのよ」
「言いたくないからだ」
返す声が震えている。頬を伝う涙をそのままに、ヴァージニアを見据えた。緑色の瞳が不思議そうに瞬いている。
「店長……責めるつもりなかったけど、言うよ。僕、店長は、店長はさ……悪いと思う。何かのせいにして、人を殺してさ。悪くないわけがない。店長は、間違えてる」
何とか最後まで言えた言葉に、ヴァージニアは一瞬酷く悲しそうに目を見開いた。暫く呆然としていたが、ふと自分の顔を見て微かに笑った気がした。初めて誰かが止めてくれた、とばかりに安心したように目元を和らげながら。
「じゃあノア君は……私にどうしろ、って言うの」
「……自首すれば良いんじゃねぇの、多分」
罪を認めた人が取る方法を口にすると、ふふっとヴァージニアが笑った。
「ノア君って、適当だよね」
「それ、この前クルトにも言われた」
自分を見ていた女性は、暫くしてそっか、と目を細めて笑った。
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