蒸気の中のエルキルス

上津英

文字の大きさ
上 下
43 / 48
第六章 不便な世界

1-42 「叔父さんに、ノアさんが、用?」

しおりを挟む
「電話、有り難うございました!」

 八つ当たりだと理解していても、教師に言う声の語気が強くなった。教師の顔を見ず、さっさと職員室を後にした。
 静かな廊下を歩き、歯が鳴りそうになるのを誤魔化すように顔を洗った後、ゆっくりと教室に戻りクラスメートの視線を受け席に戻る。授業なんて頭に入らなかった。
 ヴァージニアは連続連れ去り事件の犯人だ。
 そうではなくても、関係している事は間違いない。

 思えばイヴェットが落としたハンカチを届ける時、ヴァージニアにエルキルス教会に行く事を伝えたらこちらが驚く程反応していた。あれも、エルキルス教会に因縁があったからなのだろう。
 あの優しい笑顔も、面倒見のいい性格も嘘だったのだろうか。それとも何か理由があるのだろうか。一日待って貰えたとは言え、一日経った後自分はどうするのだろうか。
 電話の時よりも頭がいっぱいだった。話せる物なら誰かに話して考えを纏めたいが、事が事すぎてこんな事誰にも相談できない。

「……あ?」

 ふと小さな声が漏れた。
 そう言えば、誰かが相談に乗ってくれると言っていた。仕事なのだから事が事でも聞いてくれるだろうし、仕事なのだから多少は言葉を選んでくれるだろう。
 でもなあ、と机に突っ伏す。人を選んでいる場合ではないと理解している。それでも、ユスティンかよ、と心の中で叫んだ。



 机に突っ伏しているノアに何かを察したのか、クラスメートが声を掛けてくる事はなく、気が付けばホームルームの時間がやってきていた。号令と共に学校を出て、人で溢れている工業区を通ってエルキルス教会に向かった。
 橋を渡って少しした所にある白いタイルが敷き詰められた空間を見て、肩に幽霊が乗っかっているような気分に襲われた。
 足を踏み入れる前、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。少女の声が後方から聞こえたのはその時だった。

「あ、ノアさん!」

 名前を呼ばれて振り返り、視界の先に栗毛の少女と金髪の青年の姿を認め、緊張気味の笑顔を返す。丁度帰宅時間が重なったらしい。

「イヴェット。……とユスティン」
「やっほーうちに何か用? 制服ってことは学校帰り? どうしたの?」
「学校帰り。ちょっと教会に用があって」

 疑問符を浮かべて近寄って来たイヴェットと話していると、見るからに嫌そうな表情を浮かべているユスティンが追いついた。

「うちに? なになにー?」
「嫌なんだけど、そこの牧師様に用があんだよな。まーちょうど良かった」
「叔父さんに、ノアさんが、用?」

 自分の言葉にイヴェットが若葉色の瞳を不思議そうに丸める。どうやらこの少女にも自分がユスティンに用があると言うのが変に思えるらしい。当のユスティンも驚きの表情を浮かべていた。

「ノアさん。牧師に用がある場合は事前に電話するのがマナーですよ、ご存知無いんですか?」
「会えたんだし別に良いだろ!」

 イヴェットの隣に居る自分に冷たい目を向けるユスティンが、ふんと鼻を鳴らす。

「はいはい! とりあえず教会行こ? 話はそこで~」
「あ、ちょっとイヴェットさん!! ノアさん!!」

 早々にイヴェットに背中を押され、ユスティンと引き剥がされる。こんな図を見たらユスティンが怒るのではないかと一瞬思ったが、怒らせても良いかと思ったので押されるまま教会の入り口に向かって足を動かす。

「あのねノアさん、あたし今朝ご飯作ってみたの~初挑戦!」
「おっ、すげぇじゃん。でもどうしてまた?」
「えっへへ。一昨日も昨日も、同じ学生のノアさんが頑張ってるの見たら影響されちゃってさ、気持ちの切り替えも兼ねて。でも失敗しちゃったんだけど思ってた以上に楽しくて、やって良かったって思ってる。っと、叔父さんとはどこで話す? 家でも教会でもいいよー」

 扉の前に到着したので、イヴェットが背中から手を離し尋ねてきた。つまらなさそうに後ろを歩いていたユスティンも扉の前に並ぶ。

「んー……じゃ、教会にすっかな。相談があんだよ」
「おや? 誰がお前にすっかよ、という台詞を聞いたのですが?」
「いちいちうるせぇんだよお前は!」
「貴方もいちいちうるさいと思いますけどね。イヴェットさん、申し訳ありませんが先に牧師館に戻っててくれますか?」

 相談、という一言が効いたのかユスティンは比較的大人しくなり、ぶつぶつ言いながらも教会の扉を開けてくれた。

「うん、そうするー。じゃあね、ノアさん! 叔父さん、ノアさんの話ちゃんと聞いてあげてよ!」

 叔父に釘を差しつつ、イヴェットは植木鉢が並んでいる玄関を通って家の中に姿を消した。

「ではどうぞ。お茶が飲みたいので集会室で良いですか? 集会室は──」
「知ってるっつの、礼拝堂に面してる部屋だろ」

 ユスティンの説明を遮ってしたり顔で返す。青年は頬を若干引き釣らせながら「話が早くて助かります」と続け、教会の中にさっさと入っていく。その後に続きホールを通り礼拝堂から集会室に向かった。集会室は、オルガンが置かれている以外はキッチンのある普通の会議室だった。

「なあ、そのオルガン誰が弾いてんの? 飾り?」
「そんなわけないでしょう。礼拝時に使う物で、今はイヴェットさんかアンリが弾いています」

 自分は椅子に座ったが、ユスティンはキッチンで紅茶を淹れる支度をしていた。

「で。相談って何ですか? 背は向けていますが、牧師の心で聞いてあげますよ」

 含みがあった気がするが受け流しておく。改めて聞かれ、あーとしか答えられなかった。何から言えば良いものか分からなかった。

「なんつーか……なんつーの? 昼からずーっと悩んでて、答えが見付からなくて、モヤモヤしてんだよ」
「それは対人関係でですか? それとも進路?」
「対人関係だ。どう接していいか分からない人が居るんだよ」
「…………まさかとは思いますけど、イヴェットさんの事だったら私は聞きませんよ。勝手に悩んでてください」

 紅茶をティーカップに二つ注いだユスティンは、自分の前にカップをごつと乱暴に置き睨んでくる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

リ・ユニバース 〜もしニートの俺が変な島に漂流したら〜

佐藤さん
SF
引きこもりのニート青年・佐藤大輔は謎空間から目覚めると、どことも知らない孤島に漂着していた。 この島にはかつて生きていた野生生物が跋扈しているとんでもない島。これは新たな世界を舞台にした、ニート脱却物語だ。

銀河英雄戦艦アトランテスノヴァ

マサノブ
SF
日本が地球の盟主となった世界に 宇宙から強力な侵略者が攻めてきた、 此は一隻の宇宙戦艦がやがて銀河の英雄戦艦と 呼ばれる迄の奇跡の物語である。

―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――

EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。 そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。 そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。 そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。 そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。 果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。 未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する―― 注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。 注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。 注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。 注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

死んだ一人の少女と死んだ一人の少年は幸せを知る。

タユタ
SF
これは私が中学生の頃、初めて書いた小説なので日本語もおかしければ内容もよく分からない所が多く至らない点ばかりですが、どうぞ読んでみてください。あなたの考えに少しでもアイデアを足せますように。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...