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第六章 不便な世界
1-40 「あ、叔父さん。おはよー!」
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クルトに頼んだ物の結果が出るまでハッキリとは言えないが、死体があった工場にあのグミがあるのはどう考えてもおかしい。荒野に新品のハイヒールが落ちているような物だ。ヴァージニアが一連の事件に関与しているのでは、と考えたくない答えが頭を占めていく。
「あー駄目だ駄目だ!」
頭を過った考えが何かの間違いである事を期待し、ノアは頭を振り始業時間のチャイムが鳴る校舎に足を滑らせた。
***
ユスティン・スティグセンが起床後リビングに向かうと、キッチンに立っていたのは幼馴染ではなかった。
「イヴェットさん? 何をしているんですか?」
「あ、叔父さん。おはよー!」
キッチンの中で目の中に入れても痛くない姪が朗らかな笑顔を向けてくる。その笑顔につい頬が緩みながらも、首を傾げた。
「お早う御座います。アンリは何処かに行っているんですか?」
「ううんー。二度寝しに戻ったけど」
「はあ。では、朝食は……?」
姪の言っている事が起きたての頭ではいまいち理解出来ない。幼馴染が居ないとなると、朝食はどうなるのだろうか。
それが表情にも出ていたらしい。姪はどこか得意げに笑った後ふふんと胸を這った。
「叔父さん、心配しないでっ!! 今日の朝ご飯はあたしが作るよ!! アンリさんもそう言って追い返したんだからー」
得意げな表情を崩す事なく姪は続けた。数秒間姪を見つめ、ようやく言葉の意味が飲み込めた。寝耳に水を食らったかのように目を見開く。
「イヴェットさんが!? そりゃぁまあいつか姪の手料理が食べたいと夢見てはおりましたが……イヴェットさん料理出来ましたっけ?」
変わらずキッチンに立っている姪に不安を覚える。昨日までは買って済ませたり、出てくるのをただ待っていた子だ。嬉しさ半分、恐ろしさ半分、何とも言えぬ気分になった。
「ううんー出来ないよ? でもさ、料理ってまずやってみる事が大事だと思ってさ~だからあたし、挑戦してみる事にしたのー」
「そう思える事は立派です、応援したいと思います。……が。いきなりですね。何かあったのですか?」
ボウルに卵を割ろうと苦戦しつつも挑戦している姪の姿が眩しい。自然と笑みが込み上げてくるが、姪の心境の変化に物凄く興味があるので質問をする。
「んーとねー。最近あたし色々あったでしょ? ……本当に色々。ノアさんとかが頑張ってるのを見て、格好いいなーって思って」
あの赤毛の少年の名前が出てきた瞬間、己の表情筋が固まるのがハッキリと分かった。格好いいとノアの名前を口にした姪が誇らしげなのも癇に障る。
「だからあたしも頑張ってみようかな~って思って。料理から始めてみる事にしたの」
「へ、へえ、そ、そうなんですか、素晴らしい心掛けですね。はい。あ、私ちょっと教会に行って来ますので、出来ましたら電話で呼んで下さい」
「はーい、分かった! じゃあアンリさんと一緒に来てね~。ああぁ殻入ったっ!?」
キッチンの中叫ぶ姪を後ろに、教会の鍵を持って玄関に向かい外に出た。寝間着だが構わない。
鍵を開けて教会に入り、足音を立てて二階に向かう。久しぶりに踏み入れたそこは相変わらず雑然としていた。幼馴染が使っている部屋の扉を勢いよく開ける。
「アンリ!! アンリ!!」
ベッドの上で寝ていた幼馴染を問答無用で起こす。と、幼馴染の体が漫画のようにびくついて勢いよく目が見開かれた。
「っうわビックリしたっ! ってか勝手に入ってくんな!」
「緊急事態なんです許して下さい!」
嫌そうに眉を顰めて飛び起きたアンリの表情が、緊急事態という単語の前に神妙な物に変わる。
「イヴェットさんが、ノアさんの影響で朝食を作っているんです! 一体何なんですかあれは!」
「……なんだそれね」
ベッドの横に立ち険しい表情で詰め寄るも、イヴェットの名前が出た瞬間アンリが興味なさそうな顔で伸びを始めた。
「それね、じゃありませんよ! 挑戦をするのは良い事ですが動機が不純です! 一体なんでノアさんの名前が出てくるか、アンリ知りませんか?」
幼馴染は自分の話を熱心に聞くタイプではないが、こうもどうでも良さそうに聞かれるのも腹が立った。アンリは寝起きで気の抜けた表情に含み笑いを浮かべ首を傾げる。
「さあねえ……まーノア君は頑張ってる方じゃないの。昨日も会ってたし、イヴェットちゃんが何か思っても仕方ないよ」
「昨日?」
自分の知る限り昨日イヴェットはノアに会っていない。アンリの言葉に引っかかりを覚えて聞き返すと、しまったと言わんばかりにアンリが固まった。数秒間が空いた後、何事もなかったようにアンリが口を開いた。
「昨日じゃない、一昨日。イヴェットちゃんが誘拐されたの。ごめん」
「はぁ」
幾ら寝起きと言えそこを間違えるだろうか。釈然としなかったが、幼馴染は適当なところがあるので頷けた。
「お前もノア君を認めてあげたら? 他人任せのイヴェットちゃんの気持ちを変えたのは、他でもないノア君みたいなんだし。家族より好きな人の言葉のが、人間って成長しちゃうもんだよ?」
「好きな人って何ですか!?」
「ったく本当頭固いなあ……」
欠伸を噛み締めながら幼馴染が言った時、扉の外から電話が鳴る音が聞こえてきた。朝食が出来たとイヴェットが報せてくれたのだろう。瞬間アンリを問い詰めたい気持ちはどこかに行った。
「イヴェットさんに朝食が出来たら電話を下さるようお願いしたんです」
そう説明して電話を取るべくベッドから遠ざかる。
「でもノア君の影響なら昨日夕飯食べに来るような……」
ベッドから立ち上がった幼馴染がブツブツ言ってるのも構わず、部屋を後にした。
たしかに姪を成長させたという点ではあの少年は評価できるかもしれない、とどこかで思いながら。
***
結果が出た、と呼び出された科捜研の部屋の隅、出して貰った珈琲をチマチマと飲みながら、リチェ・ヴィーティは書類が出てくるのを待っていた。
窓から差し込む光を見て、今が午後だったことを思い出す。ここ最近家に帰って居ないので、時間の感覚がおかしかった。
「あー駄目だ駄目だ!」
頭を過った考えが何かの間違いである事を期待し、ノアは頭を振り始業時間のチャイムが鳴る校舎に足を滑らせた。
***
ユスティン・スティグセンが起床後リビングに向かうと、キッチンに立っていたのは幼馴染ではなかった。
「イヴェットさん? 何をしているんですか?」
「あ、叔父さん。おはよー!」
キッチンの中で目の中に入れても痛くない姪が朗らかな笑顔を向けてくる。その笑顔につい頬が緩みながらも、首を傾げた。
「お早う御座います。アンリは何処かに行っているんですか?」
「ううんー。二度寝しに戻ったけど」
「はあ。では、朝食は……?」
姪の言っている事が起きたての頭ではいまいち理解出来ない。幼馴染が居ないとなると、朝食はどうなるのだろうか。
それが表情にも出ていたらしい。姪はどこか得意げに笑った後ふふんと胸を這った。
「叔父さん、心配しないでっ!! 今日の朝ご飯はあたしが作るよ!! アンリさんもそう言って追い返したんだからー」
得意げな表情を崩す事なく姪は続けた。数秒間姪を見つめ、ようやく言葉の意味が飲み込めた。寝耳に水を食らったかのように目を見開く。
「イヴェットさんが!? そりゃぁまあいつか姪の手料理が食べたいと夢見てはおりましたが……イヴェットさん料理出来ましたっけ?」
変わらずキッチンに立っている姪に不安を覚える。昨日までは買って済ませたり、出てくるのをただ待っていた子だ。嬉しさ半分、恐ろしさ半分、何とも言えぬ気分になった。
「ううんー出来ないよ? でもさ、料理ってまずやってみる事が大事だと思ってさ~だからあたし、挑戦してみる事にしたのー」
「そう思える事は立派です、応援したいと思います。……が。いきなりですね。何かあったのですか?」
ボウルに卵を割ろうと苦戦しつつも挑戦している姪の姿が眩しい。自然と笑みが込み上げてくるが、姪の心境の変化に物凄く興味があるので質問をする。
「んーとねー。最近あたし色々あったでしょ? ……本当に色々。ノアさんとかが頑張ってるのを見て、格好いいなーって思って」
あの赤毛の少年の名前が出てきた瞬間、己の表情筋が固まるのがハッキリと分かった。格好いいとノアの名前を口にした姪が誇らしげなのも癇に障る。
「だからあたしも頑張ってみようかな~って思って。料理から始めてみる事にしたの」
「へ、へえ、そ、そうなんですか、素晴らしい心掛けですね。はい。あ、私ちょっと教会に行って来ますので、出来ましたら電話で呼んで下さい」
「はーい、分かった! じゃあアンリさんと一緒に来てね~。ああぁ殻入ったっ!?」
キッチンの中叫ぶ姪を後ろに、教会の鍵を持って玄関に向かい外に出た。寝間着だが構わない。
鍵を開けて教会に入り、足音を立てて二階に向かう。久しぶりに踏み入れたそこは相変わらず雑然としていた。幼馴染が使っている部屋の扉を勢いよく開ける。
「アンリ!! アンリ!!」
ベッドの上で寝ていた幼馴染を問答無用で起こす。と、幼馴染の体が漫画のようにびくついて勢いよく目が見開かれた。
「っうわビックリしたっ! ってか勝手に入ってくんな!」
「緊急事態なんです許して下さい!」
嫌そうに眉を顰めて飛び起きたアンリの表情が、緊急事態という単語の前に神妙な物に変わる。
「イヴェットさんが、ノアさんの影響で朝食を作っているんです! 一体何なんですかあれは!」
「……なんだそれね」
ベッドの横に立ち険しい表情で詰め寄るも、イヴェットの名前が出た瞬間アンリが興味なさそうな顔で伸びを始めた。
「それね、じゃありませんよ! 挑戦をするのは良い事ですが動機が不純です! 一体なんでノアさんの名前が出てくるか、アンリ知りませんか?」
幼馴染は自分の話を熱心に聞くタイプではないが、こうもどうでも良さそうに聞かれるのも腹が立った。アンリは寝起きで気の抜けた表情に含み笑いを浮かべ首を傾げる。
「さあねえ……まーノア君は頑張ってる方じゃないの。昨日も会ってたし、イヴェットちゃんが何か思っても仕方ないよ」
「昨日?」
自分の知る限り昨日イヴェットはノアに会っていない。アンリの言葉に引っかかりを覚えて聞き返すと、しまったと言わんばかりにアンリが固まった。数秒間が空いた後、何事もなかったようにアンリが口を開いた。
「昨日じゃない、一昨日。イヴェットちゃんが誘拐されたの。ごめん」
「はぁ」
幾ら寝起きと言えそこを間違えるだろうか。釈然としなかったが、幼馴染は適当なところがあるので頷けた。
「お前もノア君を認めてあげたら? 他人任せのイヴェットちゃんの気持ちを変えたのは、他でもないノア君みたいなんだし。家族より好きな人の言葉のが、人間って成長しちゃうもんだよ?」
「好きな人って何ですか!?」
「ったく本当頭固いなあ……」
欠伸を噛み締めながら幼馴染が言った時、扉の外から電話が鳴る音が聞こえてきた。朝食が出来たとイヴェットが報せてくれたのだろう。瞬間アンリを問い詰めたい気持ちはどこかに行った。
「イヴェットさんに朝食が出来たら電話を下さるようお願いしたんです」
そう説明して電話を取るべくベッドから遠ざかる。
「でもノア君の影響なら昨日夕飯食べに来るような……」
ベッドから立ち上がった幼馴染がブツブツ言ってるのも構わず、部屋を後にした。
たしかに姪を成長させたという点ではあの少年は評価できるかもしれない、とどこかで思いながら。
***
結果が出た、と呼び出された科捜研の部屋の隅、出して貰った珈琲をチマチマと飲みながら、リチェ・ヴィーティは書類が出てくるのを待っていた。
窓から差し込む光を見て、今が午後だったことを思い出す。ここ最近家に帰って居ないので、時間の感覚がおかしかった。
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