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第五章 工業区
1-30 「リチェが、馬鹿なんだ。でも……助けたくて」
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思えば自分はリチェが捜査方針を変える提案をしてきた時、もう少し聞き込みをしても、と進言しかけた。が、結局は先輩であるリチェに同調してしまった。あの時自分がもっと強く言えていたらリチェがこんな目に遭わなくて済んだのではないだろうか。
「お前俺が居なくなっても強くやってけよ。ここの刑事課さ、目付きは悪いけどいい人が多いから……俺、俺どうっすかなぁ……」
張りのない声に顔を上げた。苦笑いを浮かべている先輩を見ると、何とか出来ないかと思う。自分の悪口を、この先輩は唯一言わないでいてくれた。その恩がある。助けたい。
先程課長は、メディア公開する前に解決すれば……と言っていた。リチェのクビを回避する時間は、ある。
「リチェ……大丈夫」
書類の上に置いた手を握りしめて言う。自分の言葉を聞きリチェは「え?」と言いたげに瞬いた。その時、ノックと同時に部屋の扉が開けられた。
「クルト君いる? リチェじゃなくてクルト君に用があるって赤毛の男子学生が一階に来てるけど」
自分に用があって来た事務員の女性の声に、ビクッと肩が跳ねた。こくこくと何度も頷いて返事をすると、女性は部屋を出ていった。
赤毛の男子学生。自分にそんな知り合い、一人しか居ない。
「ノア、だろうな。俺は呼ばれてないみたいだから行かないけど、行って来いよ」
リチェは続きを促すでもなく、現在置かれている状況が無かったかのように口端を上げて言ってくる。……それじゃあ、と断りを入れて部屋を出ていった。
相も変わらず薄暗い廊下に出て、クルトはどうやって事件を進展させるか考えたが、良い案は浮かばなかった。
***
警察署は相変わらず人が多い。
ノア・クリストフは学校帰りに警察署に寄った。広間の隅でクルトを待っている間、視線をあちこちに向ける。午後に相談に来る人は年配の人が多く、一昨日来た時とは雰囲気が違っていた。
「ノア……」
背後から自分を呼ぶ声が聞こえてくる。振り返ると、僅かに離れたところに制服を着た黒髪の少年が立っていた。いつも通り無表情だったが、今日はどこか焦っているように見えて首を捻る。その表情も気になったが、先に用件を済ますことにした。
「クルト! これ借りてた着替えだ、有り難うな」
「有り難う。……ノアのが早かったね」
まーな、と返して笑う。こちらは物を返せてスッキリしたが、変わらずクルトの表情は冴えなかった。
「何かあったのか? ちょっと暗くね? 具合悪ぃ?」
おかしい、と顔を覗き込んで話し掛ける。髪と同じ黒い瞳が自分を映し、言うべきか否か悩んでいるかのように揺らいだ。
やっぱり何かあったのだ。しかし、本人に言う気が無いのなら無理に聞き出すのは悪い。
顔を離して、開けたままのスクールバッグを閉めた。これ以上警察署に居るのもアレなのでもう帰ろうと思う。
「…………あったよ」
帰ると口を開こうとした矢先、だんまりだったクルトが徐に口を動かした。目を見張って相手を映す。
「リチェが、馬鹿なんだ。でも……助けたくて」
「リチェ? 馬鹿? 助ける? クルト、一つずつ説明してくれないか?」
あの陽気な人物に何かあったらしい事は理解できた。だがそれ以上が分からなく、詳しい説明を求める。
「リチェ……この連続連れ去り事件に、共通点が無いと思ってたんだ。でも本当はある可能性が出てきて」
「ユスティンか? ユスティン、今朝うちの店のポスターを見て電話したんだ」
「うん、でさ……リチェ、共通点無いと思ってたから、この前捜査方針を変えるよう自分のクビをかけて進言しちゃって、それで……」
「あー……クビ飛びそうってか?」
話の先が読めた。責任を押し付けられる。ラジオドラマで良くある展開になってしまったらしい。
「うん。リチェ、良い人なんだよね……不真面目だけど」
「チャラそうだけど、話を聞いてくれる人ではあるな」
クルトの言葉に頷く。カレーを掛けられた時も、工業区でぶつかった時も、ともすれば狂言になりかねない自分の話を最後まで聞いてくれた。
「今日中くらいに……事件を解決すればクビは飛ばない、って言われてた。だから俺、助けたくて……リチェ、俺の悪口言わないでいてくれたし」
ふむ、と頷いた。クルトの言いたいことは良く分かった。リチェにはイヴェットを助けて貰った恩があるし、話していて楽しい。自分も動きたいと思った。
「でもそんな都合良い方法ないから……俺、悲しくて」
「犯人を見つけて自白させりゃいいだろ! 僕も手伝う。クルト、お前犯人見てるだろ?」
「……昨日、裏口から逃げた人達のこと? ノアを信用して言うけど……あれ、犯人じゃなくて共犯者みたいだよ」
「共犯者でも良いって! そっから犯人に繋がるもんさ。で、どういう奴だったんだよ」
自然と広間の隅に行き声を潜めて話し合う。持っていたスクールバックはついでに地面に置いた。
「……マスクしてたり帽子被ってたりで良く見えなかった、けど……男。リチェが工業区の半グレは未成年だろうって言ってたし、そうなのかな……。一人、帽子からピンク髪が見えてた。……苺オレみたいな」
「苺オレ……」
具体的な色味を教えて貰ったので、想像しやすかった。
未成年で、苺オレみたいな赤毛。
ん? と思った。その特徴に当てはまり犯罪を犯しそうな人物を、どこかで見た。どこで見たのだろう、と思い出している時、至近距離を事務員が通過していった。
「あっ、すんません」
通行の邪魔になりかねないので、地面に置いておいたスクールバッグを足で近くに寄せる。スクールバッグの青い生地を見て目を見張った。
「あー!」
思わず大声を出した。箱の下に潜り込んでいたジグソーパズルのピースを発見した気分だ。
「お前俺が居なくなっても強くやってけよ。ここの刑事課さ、目付きは悪いけどいい人が多いから……俺、俺どうっすかなぁ……」
張りのない声に顔を上げた。苦笑いを浮かべている先輩を見ると、何とか出来ないかと思う。自分の悪口を、この先輩は唯一言わないでいてくれた。その恩がある。助けたい。
先程課長は、メディア公開する前に解決すれば……と言っていた。リチェのクビを回避する時間は、ある。
「リチェ……大丈夫」
書類の上に置いた手を握りしめて言う。自分の言葉を聞きリチェは「え?」と言いたげに瞬いた。その時、ノックと同時に部屋の扉が開けられた。
「クルト君いる? リチェじゃなくてクルト君に用があるって赤毛の男子学生が一階に来てるけど」
自分に用があって来た事務員の女性の声に、ビクッと肩が跳ねた。こくこくと何度も頷いて返事をすると、女性は部屋を出ていった。
赤毛の男子学生。自分にそんな知り合い、一人しか居ない。
「ノア、だろうな。俺は呼ばれてないみたいだから行かないけど、行って来いよ」
リチェは続きを促すでもなく、現在置かれている状況が無かったかのように口端を上げて言ってくる。……それじゃあ、と断りを入れて部屋を出ていった。
相も変わらず薄暗い廊下に出て、クルトはどうやって事件を進展させるか考えたが、良い案は浮かばなかった。
***
警察署は相変わらず人が多い。
ノア・クリストフは学校帰りに警察署に寄った。広間の隅でクルトを待っている間、視線をあちこちに向ける。午後に相談に来る人は年配の人が多く、一昨日来た時とは雰囲気が違っていた。
「ノア……」
背後から自分を呼ぶ声が聞こえてくる。振り返ると、僅かに離れたところに制服を着た黒髪の少年が立っていた。いつも通り無表情だったが、今日はどこか焦っているように見えて首を捻る。その表情も気になったが、先に用件を済ますことにした。
「クルト! これ借りてた着替えだ、有り難うな」
「有り難う。……ノアのが早かったね」
まーな、と返して笑う。こちらは物を返せてスッキリしたが、変わらずクルトの表情は冴えなかった。
「何かあったのか? ちょっと暗くね? 具合悪ぃ?」
おかしい、と顔を覗き込んで話し掛ける。髪と同じ黒い瞳が自分を映し、言うべきか否か悩んでいるかのように揺らいだ。
やっぱり何かあったのだ。しかし、本人に言う気が無いのなら無理に聞き出すのは悪い。
顔を離して、開けたままのスクールバッグを閉めた。これ以上警察署に居るのもアレなのでもう帰ろうと思う。
「…………あったよ」
帰ると口を開こうとした矢先、だんまりだったクルトが徐に口を動かした。目を見張って相手を映す。
「リチェが、馬鹿なんだ。でも……助けたくて」
「リチェ? 馬鹿? 助ける? クルト、一つずつ説明してくれないか?」
あの陽気な人物に何かあったらしい事は理解できた。だがそれ以上が分からなく、詳しい説明を求める。
「リチェ……この連続連れ去り事件に、共通点が無いと思ってたんだ。でも本当はある可能性が出てきて」
「ユスティンか? ユスティン、今朝うちの店のポスターを見て電話したんだ」
「うん、でさ……リチェ、共通点無いと思ってたから、この前捜査方針を変えるよう自分のクビをかけて進言しちゃって、それで……」
「あー……クビ飛びそうってか?」
話の先が読めた。責任を押し付けられる。ラジオドラマで良くある展開になってしまったらしい。
「うん。リチェ、良い人なんだよね……不真面目だけど」
「チャラそうだけど、話を聞いてくれる人ではあるな」
クルトの言葉に頷く。カレーを掛けられた時も、工業区でぶつかった時も、ともすれば狂言になりかねない自分の話を最後まで聞いてくれた。
「今日中くらいに……事件を解決すればクビは飛ばない、って言われてた。だから俺、助けたくて……リチェ、俺の悪口言わないでいてくれたし」
ふむ、と頷いた。クルトの言いたいことは良く分かった。リチェにはイヴェットを助けて貰った恩があるし、話していて楽しい。自分も動きたいと思った。
「でもそんな都合良い方法ないから……俺、悲しくて」
「犯人を見つけて自白させりゃいいだろ! 僕も手伝う。クルト、お前犯人見てるだろ?」
「……昨日、裏口から逃げた人達のこと? ノアを信用して言うけど……あれ、犯人じゃなくて共犯者みたいだよ」
「共犯者でも良いって! そっから犯人に繋がるもんさ。で、どういう奴だったんだよ」
自然と広間の隅に行き声を潜めて話し合う。持っていたスクールバックはついでに地面に置いた。
「……マスクしてたり帽子被ってたりで良く見えなかった、けど……男。リチェが工業区の半グレは未成年だろうって言ってたし、そうなのかな……。一人、帽子からピンク髪が見えてた。……苺オレみたいな」
「苺オレ……」
具体的な色味を教えて貰ったので、想像しやすかった。
未成年で、苺オレみたいな赤毛。
ん? と思った。その特徴に当てはまり犯罪を犯しそうな人物を、どこかで見た。どこで見たのだろう、と思い出している時、至近距離を事務員が通過していった。
「あっ、すんません」
通行の邪魔になりかねないので、地面に置いておいたスクールバッグを足で近くに寄せる。スクールバッグの青い生地を見て目を見張った。
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