蒸気の中のエルキルス

上津英

文字の大きさ
上 下
29 / 48
第五章 工業区

1-28 「相談? んなの誰がお前にすっかよ!」

しおりを挟む
「それって凄ぇことだろ! この事件、被害者に共通点ないって話だったけど、本当はあった可能性があるってことか! で、どこで知ったんだ?」

 表情を明るくさせた自分とは対照的に、ユスティンは信じられないとばかりに困惑していた。

「教会、ですよ。教会と言っても礼拝ではなく、教会の外にいたのですが」
「……あ、リチェがお前が噂になってるとか言ってたアレか!」
「のようですね。最近人が減ったので私に飽きてくれたのかと思ったのですが、これって」

 呟きユスティンは顔をしかめた。物理的に来れなくなってしまったと考えたのだろう。

「それ警察に電話した方が良いだろ。店長、電話借りていいか?」
「え、ええ、もちろん」
「では……電話、お借り致します」

 ユスティンは頷き、店の隅でインテリアに溶け込んだ黒電話に向かった。その足取りは先程よりも重い。通話を始めた後ろ姿を見て、カウンターにいるヴァージニアに声を掛ける。

「こんなことってあるんだな」
「ね……」

 ラジオから心地良いクラシックが流れている中、自分と同じく反応に困っているヴァージニアが頷いた。ユスティンが気になってしまうが、もう店を出なければいけない。唇を噛み、ヴァージニアに断ってから家に戻ろうとした時、通話を終わらせたユスティンに話し掛けられた。

「電話、どうも有り難うございました。注文もせず申し訳ありませんが、教会に戻らせて頂きます。朝の礼拝の後イヴェットさんに話を聞きに来る時に私の話も聞いてくれるそうなので、早めに戻って準備をしなければ」

 受話器を置くなり扉に向かったユスティンは、外に行く前にふと足を止め振り返った。ガラス扉越しに馬車が走り抜けていく中、青い瞳がまっすぐに自分を映し反射的に身構える。

「その態度は腹立たしいですが、そうそう。イヴェットさんを助けてもらったお礼に一度なら貴方の相談に乗ってあげますよ」
「相談? んなの誰がお前にすっかよ!」
「私だって出来るなら嫌ですが、お礼ですから。貴方にも経験があるかと思いますが、人生には第三者に相談したくなる瞬間が度々訪れる物です。そういう時、牧師として貴方の話を聞く事を約束します。牧師はそういう事も仕事なので、まあ候補にでも入れておいてください。一度だけですけどね!」

 たしかに対人関係など、近しい人に相談しにくい事は度々ある。鼻を鳴らすだけで返すと、ユスティンはそのままあわただしく馬車が行き交う外に出ていってしまった。すぐには動けず、ヴァージニアの方を振り返る。

「……僕も行くわ」
「うん、分かった。気をつけてね」

 片手を軽く上げて返事をし、ノアは店の奥にあるカーテンをくぐって連絡通路に入り、一息ついた。エプロンを外して二階に上がっている今も、偉いことを目撃してしまったと心臓が音を立てて止まない。
 制服に着替えて気持ちを切り替えたつもりだったが、学校は遅刻してしまった。

***

「はぁぁっ!? 被害女性達の共通点が見つかった!?」

 廊下から刑事課に帰って来たばかりの小太りな課長の言葉に、リチェ・ヴィーティは素っ頓狂な声を上げていた。隅にあるデスクでは書類をクルトが作成している。

「まだ分からないけどね。ただ身に覚えがあるって人が現れただけだし……エルキルス教会のハンサムな牧師に、署の女性を始め色々な女性がキャーキャー言ってるの、リチェ知ってる?」
「勿論ですよ、昨日救出された被害者はその牧師の家族ですし。でも何でその話が出てくるんですか?」
「いやねー、一昨日渡したポスターあるでしょ? 被害が濃厚な女性達一覧。どうもその人達みんなその牧師のファンみたいでさ、牧師目的でよく集まってたみたいなんだよね」
「俺教会の事務員に共通点聞いたけど知らないって言われましたよ?」
「彼女達礼拝に出ずに外から牧師を見てただけらしいから、事務員に顔は覚えられてないんじゃないかな」

 あー! と大きな声を上げる。
 業務外だし、こういう事なら知らないのも当然かもしれない。事務員が知らないなら牧師が知っている筈がない。そう思い込みアンリに聞いただけで満足してしまった。

「ユスティン、あそこの顔のいい牧師ですけど、そこが絡んでるなら事件は無差別じゃなくて怨恨の可能性が高くなりますかね」
「うん、ハンサムなのも辛いね。じゃあこれから詳しい話を聞きに行ってくるよ。……ところでリチェ、大変な事になったよ」

 今までになく改まった顔付きで言ってくるので、リチェはん? と眼鏡越しに視線を向けた。

「リチェこの前さ。聞き込みじゃなくて監視の強化って捜査方針変えるよう頼んできた時、責任は自分のクビで、って言ったでしょ? 私もそれで話を進めたからさ。リチェのクビ、本当に飛ぶんじゃない? 上はそうやって責任を押し付けるの好きだし」

 返す言葉が思い浮かばず目を見張った。たしかにそう言ったのを覚えている。本当にそうなるとは思っていなかったし自信もあったが、どうやら状況が百八十度変わってしまったらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

銀河英雄戦艦アトランテスノヴァ

マサノブ
SF
日本が地球の盟主となった世界に 宇宙から強力な侵略者が攻めてきた、 此は一隻の宇宙戦艦がやがて銀河の英雄戦艦と 呼ばれる迄の奇跡の物語である。

リ・ユニバース 〜もしニートの俺が変な島に漂流したら〜

佐藤さん
SF
引きこもりのニート青年・佐藤大輔は謎空間から目覚めると、どことも知らない孤島に漂着していた。 この島にはかつて生きていた野生生物が跋扈しているとんでもない島。これは新たな世界を舞台にした、ニート脱却物語だ。

死んだ一人の少女と死んだ一人の少年は幸せを知る。

タユタ
SF
これは私が中学生の頃、初めて書いた小説なので日本語もおかしければ内容もよく分からない所が多く至らない点ばかりですが、どうぞ読んでみてください。あなたの考えに少しでもアイデアを足せますように。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...