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第四章 廃工場のお姫様
1-23 「はい? 噂?」
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「どうしたもこうしたも、店長の通報で来てくれたんだろ!?」
「ああ、連続連れ去り事件の通報だけど……なんだお前、まさかこれにも関わってるのか?」
「そのまさかだ! イヴェットが攫われたんだよ、力を貸してくれ!」
「是非お願いします。私の歳の近い姪イヴェットさんが、今朝、中央公園横にある喫茶店の前で馬車に連れ去られたんですよ」
自分の代わりに掻い摘んだ説明をしてくれたのはユスティンだった。
「説明どうも。それで二人は何で工業区に居るんだ?」
「あーっとな科学の授業より難しい感じで、発信機と電波とラジオが色々あって、ざっくり工業区だろ、って目星がついたからだよ。とにかくイヴェットはここに連れ去られたんだ! 昨日のも工業区に向かったぽいし」
アンリの説明を自分なりに伝えてみたが、リチェは「はぁ?」と顔を歪めてしまった。いつの間にかリチェの後ろに隠れていたクルトが「無線のアレンジみたいな物……」と捕捉してくれたので、納得したらしい眼鏡の青年がふんふんと頷く。
「そのイヴェット嬢が工業区に居るとして。さっきクルトがすれ違った樽の中から不審な音を聞いてるんだ。そいつらを追いかけてたらお前にぶつかってって……タイミング的に怪しいと思わないか?」
「怪しいです、物凄く怪しいです! 私達もただ歩いていただけですから、不審な目撃情報があるならそれを調べた方が良いでしょう。案内して頂けませんか?」
「おう、多分こっちだ。っつかこの人ノアの友達か?」
「ただ面識があるだけです! ……申し遅れました、私エルキルス教会で牧師をやらせて頂いているユスティン・スティグセンと申します。姪がノアさんと顔見知りですし、ノアさんは目撃していますし、合同で探しているんです」
「あー。俺はリチェ、後ろのは後輩のクルトだ。ところで牧師さん噂通りいい男だな。あんたんとこの礼拝やっぱり女の子多い?」
「はい? 噂?」
リチェに話を振られたユスティンが目を丸める。自分に注意した二重敬語をリチェには言わない事が少し腹立たしい。
「エルキルス教会の新任牧師が格好いい、って女の子達が噂してるぞ。で、女の子多い?」
「リチェ」
ユスティンに繰り返し尋ねていた先輩を、後輩が名前を呼んで咎める。注意されたリチェはしれっと街並みに視線を向けていた。
その光景に笑いを噛み締めつつ、改めて通りの左右に視線を巡らせる。貸し倉庫が多く少し歩けば廃工場もある一画で、馬車の往来も人通りも少ない。
この辺りのどこかにイヴェットがいる確率が高い。ノアは緊張から一度、唾を飲み込んでいた。
「あ」
ラジオを聴いていたクルトが彼にしては大きな声を上げ、かつて羊毛工場だった前を歩いていたノアは足を止めた。
「どうした?」
「聞こえた……音。複数人の話し声がするけど、よく聞こえない」
「ちょっと貸してください!」
間を割って入ってくるユスティンに迫られ、見るからにクルトが肩をびくつかせた。不良に恐喝された優等生のように戦々恐々と差し出されたラジオを受け取り、ユスティンは早速金髪に隠れた耳にイヤホンを挿す。
「本当に音がしますね」
「っつーことはこの辺にイヴェット嬢が居るってことか。この辺で隠れ家になりそうな所つったら……この廃工場しか無いだろうな」
リチェは廃工場に視線を向けふむと考え込んだ。数日後に取り壊される旨の看板が立てられたここは、犯人グループが一時的なアジトにするには良い場所だろう。
「応援を呼ぶか?」
「……その方が確実だとは思う、けど……」
「そんな悠長な事出来ませんよ! アンリは夜まで、と聞いたみたいですが、犯人の気がいつ変わるか分かりませんしっ。本当に夜まで待ってくれるか分からないですし、何時頃が夜に当たるかも人それぞれです!」
「まーな、警察は居るわけだし、早い方が良いだろ。これが一斉突入なら呼ぶべきだろうけど、今はイヴェットさえ救出出来れば良いんだから」
「なら犯人グループだけ追い出せば良いわけか。……地味に難しくないか?」
自分以外はみな目立つ姿なので、犯人グループに見られては不審がられてしまう。自然と壁に隠れていた。
リチェの言う通りイヴェットだけ助けるのは難しい。なにせ相手は複数だ。どうにか上手い方法はないかと、自分達の間に沈黙が流れる。
クルトはその間もずっとラジオを聴いていたが、何も言わない辺り音声は拾えないのだろう。今もイヴェットが樽に入れられているなら、外部の音がハッキリ拾えるわけない。
ふと一つの案が頭に浮かび、ノアは薄い笑みを浮かべた。
「リチェ、クルト。警察官なら拳銃持ってるよな?」
「まあな。……言っとくが俺は射撃の成績悪かったし、人を撃つのは御免だぞ。そうじゃない射撃ならクルトにさせろよ、こいつ首席だったし」
腰からぶら下げている皮のホルダーに視線を落としたリチェが、嫌そうに口を動かす。二人を手招き、ノアは口元をリチェとクルトの耳に近付けた。こそり、と今しがた思い付いた作戦を伝えて顔を離す。
「おっまえなぁ……女の子が助かるなら良いけどさ。どうなんだ、それは?」
「え? なんです? 何言われたんですか?」
若干呆れ気味に頷くリチェに、ユスティンが食い気味で尋ねていた。声を潜めたリチェがユスティンに説明している様子を見ながら、クルトとノアは改めて静まり返った廃工場を視界に映した。
***
申し訳程度に空気穴の開けられた窮屈な樽の中、同じ姿勢を取らされ続けているので、首を始め体が痛い。せめてもっと楽な体勢を取らせて欲しかった。
「んーっ、んー!」
どうしてか、この人達はイヴェット・オーグレンが幾らうるさくしようが、脅し付けてくるだけで手を上げて来ることは無かった。それもあってイヴェットは絶え間なく唸り声を上げていた。
「ああ、連続連れ去り事件の通報だけど……なんだお前、まさかこれにも関わってるのか?」
「そのまさかだ! イヴェットが攫われたんだよ、力を貸してくれ!」
「是非お願いします。私の歳の近い姪イヴェットさんが、今朝、中央公園横にある喫茶店の前で馬車に連れ去られたんですよ」
自分の代わりに掻い摘んだ説明をしてくれたのはユスティンだった。
「説明どうも。それで二人は何で工業区に居るんだ?」
「あーっとな科学の授業より難しい感じで、発信機と電波とラジオが色々あって、ざっくり工業区だろ、って目星がついたからだよ。とにかくイヴェットはここに連れ去られたんだ! 昨日のも工業区に向かったぽいし」
アンリの説明を自分なりに伝えてみたが、リチェは「はぁ?」と顔を歪めてしまった。いつの間にかリチェの後ろに隠れていたクルトが「無線のアレンジみたいな物……」と捕捉してくれたので、納得したらしい眼鏡の青年がふんふんと頷く。
「そのイヴェット嬢が工業区に居るとして。さっきクルトがすれ違った樽の中から不審な音を聞いてるんだ。そいつらを追いかけてたらお前にぶつかってって……タイミング的に怪しいと思わないか?」
「怪しいです、物凄く怪しいです! 私達もただ歩いていただけですから、不審な目撃情報があるならそれを調べた方が良いでしょう。案内して頂けませんか?」
「おう、多分こっちだ。っつかこの人ノアの友達か?」
「ただ面識があるだけです! ……申し遅れました、私エルキルス教会で牧師をやらせて頂いているユスティン・スティグセンと申します。姪がノアさんと顔見知りですし、ノアさんは目撃していますし、合同で探しているんです」
「あー。俺はリチェ、後ろのは後輩のクルトだ。ところで牧師さん噂通りいい男だな。あんたんとこの礼拝やっぱり女の子多い?」
「はい? 噂?」
リチェに話を振られたユスティンが目を丸める。自分に注意した二重敬語をリチェには言わない事が少し腹立たしい。
「エルキルス教会の新任牧師が格好いい、って女の子達が噂してるぞ。で、女の子多い?」
「リチェ」
ユスティンに繰り返し尋ねていた先輩を、後輩が名前を呼んで咎める。注意されたリチェはしれっと街並みに視線を向けていた。
その光景に笑いを噛み締めつつ、改めて通りの左右に視線を巡らせる。貸し倉庫が多く少し歩けば廃工場もある一画で、馬車の往来も人通りも少ない。
この辺りのどこかにイヴェットがいる確率が高い。ノアは緊張から一度、唾を飲み込んでいた。
「あ」
ラジオを聴いていたクルトが彼にしては大きな声を上げ、かつて羊毛工場だった前を歩いていたノアは足を止めた。
「どうした?」
「聞こえた……音。複数人の話し声がするけど、よく聞こえない」
「ちょっと貸してください!」
間を割って入ってくるユスティンに迫られ、見るからにクルトが肩をびくつかせた。不良に恐喝された優等生のように戦々恐々と差し出されたラジオを受け取り、ユスティンは早速金髪に隠れた耳にイヤホンを挿す。
「本当に音がしますね」
「っつーことはこの辺にイヴェット嬢が居るってことか。この辺で隠れ家になりそうな所つったら……この廃工場しか無いだろうな」
リチェは廃工場に視線を向けふむと考え込んだ。数日後に取り壊される旨の看板が立てられたここは、犯人グループが一時的なアジトにするには良い場所だろう。
「応援を呼ぶか?」
「……その方が確実だとは思う、けど……」
「そんな悠長な事出来ませんよ! アンリは夜まで、と聞いたみたいですが、犯人の気がいつ変わるか分かりませんしっ。本当に夜まで待ってくれるか分からないですし、何時頃が夜に当たるかも人それぞれです!」
「まーな、警察は居るわけだし、早い方が良いだろ。これが一斉突入なら呼ぶべきだろうけど、今はイヴェットさえ救出出来れば良いんだから」
「なら犯人グループだけ追い出せば良いわけか。……地味に難しくないか?」
自分以外はみな目立つ姿なので、犯人グループに見られては不審がられてしまう。自然と壁に隠れていた。
リチェの言う通りイヴェットだけ助けるのは難しい。なにせ相手は複数だ。どうにか上手い方法はないかと、自分達の間に沈黙が流れる。
クルトはその間もずっとラジオを聴いていたが、何も言わない辺り音声は拾えないのだろう。今もイヴェットが樽に入れられているなら、外部の音がハッキリ拾えるわけない。
ふと一つの案が頭に浮かび、ノアは薄い笑みを浮かべた。
「リチェ、クルト。警察官なら拳銃持ってるよな?」
「まあな。……言っとくが俺は射撃の成績悪かったし、人を撃つのは御免だぞ。そうじゃない射撃ならクルトにさせろよ、こいつ首席だったし」
腰からぶら下げている皮のホルダーに視線を落としたリチェが、嫌そうに口を動かす。二人を手招き、ノアは口元をリチェとクルトの耳に近付けた。こそり、と今しがた思い付いた作戦を伝えて顔を離す。
「おっまえなぁ……女の子が助かるなら良いけどさ。どうなんだ、それは?」
「え? なんです? 何言われたんですか?」
若干呆れ気味に頷くリチェに、ユスティンが食い気味で尋ねていた。声を潜めたリチェがユスティンに説明している様子を見ながら、クルトとノアは改めて静まり返った廃工場を視界に映した。
***
申し訳程度に空気穴の開けられた窮屈な樽の中、同じ姿勢を取らされ続けているので、首を始め体が痛い。せめてもっと楽な体勢を取らせて欲しかった。
「んーっ、んー!」
どうしてか、この人達はイヴェット・オーグレンが幾らうるさくしようが、脅し付けてくるだけで手を上げて来ることは無かった。それもあってイヴェットは絶え間なく唸り声を上げていた。
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