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第三章 新たなる被害者
1-21 「おぉっ? 話してくれて有り難うな」
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声だったようにも思うが、微かすぎてそもそも本当に樽から聞こえてきたのか自信がない。まさか本当に人が入っているのだろうか。人ではなくても、密猟と言う線もあり得る。
困惑して振り返り、音がした樽を視界に映す。
やはり普通の樽に思えて瞬きを繰り返した。が、シャツの袖から盛り上がった筋肉を露にしている少年が目の前を横切り、あっという間に樽は見えなくなってしまった。
職務質問をした方が良いのだろうが、人に声をかける位ならしなくても問題ないように思える。リチェが全く不思議に思っていないのも、自分としてはハードルが高い。しかし、万が一がある。無視したくはない。
「リ、リチェ……」
「ん?」
先輩の名前を呼び伝えようと思ったが、こんな不確かなことを伝えても困らせるだけじゃ無いかと怖くなった。急に怖じ気付いて言葉が出なくなった。視線をリチェから外して地面に落とす。
「まー何かあったら言ってくれ」
何も言えずに居るとリチェは小さく笑って再び前を向いた。その後ろ姿を見ていたら、どうしてか動悸がした気がした。
これで良いのだろうか。何の為に警察になったのだろうか。こんなんだから同僚にも悪く言われてしまうのだ、と泣きたくもなった。
ふと、昨日会った少年のことを思い出した。連続連れ去り事件の目撃者として名乗り出たノアは、同年代ながら行動をした。ノアもきっと、何らかは思っただろうに。
「……リチェ!」
自分も勇気を出していいはずだ、と先程よりも大きな声でリチェの名前を呼んだ。
思いの外大きな声が出てしまい、先輩の肩がびくりと跳ねた。道を歩いていた人の中には何事かとこちらを振り返る人も居た。知らない人の視線は怖かったが、ここで臆しては駄目だと拳を握る。
「どうしたんだ?」
「今……樽を持った人達が居たでしょ。俺、その樽から人の声……物音かもだけど、とにかく聞いた気がして…………追い掛け、ない?」
つっかえながらも今見たことを報告して提案する。こちらを向いた眼鏡の先輩は自分の言葉を聞き驚いたように目を見張った後、内容に反して目を細めた。
「おぉっ? 話してくれて有り難うな」
弟がテストで満点を取ってきたのを喜ぶ兄のようにまず笑ったリチェは、次にふむと唇を結んだ。
「そういりゃさっき樽を持ってる奴らが居た……工業区じゃ珍しくない光景だが、そいつらが悪い奴らならこうやって堂々と歩いてた方が気付かれない物だしなぁ。追い掛けて話を聴く価値は十分あるな。そいつらどっち行った?」
リチェが自分の話を聞いてくれて良かった。小さく笑い、少年達が消えた方向を指差した。
「んじゃ早速後追い掛けるぞ!」
そう言って道を進み直すリチェの後を追い、クルトは胸を撫で下ろし、良く頑張ったと心の中でガッツポーズをした。
***
「っと、これからどうするつもりなんだ?」
馬車から飛び降りて工業区の交差点に立ち、ノア・クリストフは支払いを済ませたアンリに問いかけた。
この交差点は工業区で一番利用者が多い。作業服を着た男性から気の強そうなキャリアウーマンまで、思い思いに交差点を闊歩していた。
「さっき言ったラジオは二つ作ってあるんだ。だから二手に分かれてイヴェットちゃんを探そう。一方はこの交差点から右、もう一方はこの交差点から左って具合にね。ところでノア君、工業区詳しい?」
「詳しいっつの、学生舐めんな! エルキルスは地元だぞ」
「そう、なら良かった。じゃあ君はユスティンと一緒に動いて貰っていい?」
「はあぁぁっ?」
さも当然と提案してくるので、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。この青年は自分とユスティンの仲が悪いのを知っているだろうし、ユスティンの幼馴染だ。ここの二人が一緒になって動くものとばかり思っていた。
「これくらい我慢してよ? 俺は従業員のフリでも何でも出来るけど、君は学生だしその服制服っぽいし、社会人の多い工業区じゃ道しか歩けないよ。でもユスティンと一緒だったらまあ大丈夫でしょ。それにこいつ、工業区なんて同じ道を歩いたことしかないから案内人が必要だ」
「居たことも一回ありますよ、一回! お葬式で呼ばれたので仕事でしたけど」
「ほらね、一人に出来ないでしょ?」
胸を張るユスティンを見て不安を覚えつつも仕方ないと頷く。ここは一つ、自分が大人になれば済む問題だ。
「じゃあ、そういう事だから宜しく。イヴェットちゃんはきっと夜まで無事だから、大体の場所が分かったら焦らないで警察を呼ぼう。ノア君、右と左どっちがいい?」
先程のラジオを受け取りながら、目で右を示した。製鉄所や発電所の多い左よりも、こっちは倉庫や飲食店など自分達がうろついてても比較的自然な施設が多い。
「分かった。じゃあ気を付けてね、喧嘩しないでよ!」
真剣な表情になったアンリが、蒸気の排出が一際多い一画に姿を消していく。箱馬車が横切ったこともあり姿が見えなくなったアンリを見送り、ノアは隣に立っているユスティンを見上げた。
「おい僕らも行くぞ。お前はラジオ聴きながら僕に着いて来い。勝手にどっか行くんじゃねーぞ」
「その言葉そのままお返し致します。今回は辛酸を舐めてあげますが、イヴェットさんの命は貴方の肩に掛かっていると思って慎重なナビゲーションをお願い致しますよ」
言葉の割に上から目線で物を言ってくるので、ユスティンを振り返らないよう努めながら足を進める。渦巻きを描くように歩くのが一番だろうと思ったので、まずは工業区の端に向かうことにした。
困惑して振り返り、音がした樽を視界に映す。
やはり普通の樽に思えて瞬きを繰り返した。が、シャツの袖から盛り上がった筋肉を露にしている少年が目の前を横切り、あっという間に樽は見えなくなってしまった。
職務質問をした方が良いのだろうが、人に声をかける位ならしなくても問題ないように思える。リチェが全く不思議に思っていないのも、自分としてはハードルが高い。しかし、万が一がある。無視したくはない。
「リ、リチェ……」
「ん?」
先輩の名前を呼び伝えようと思ったが、こんな不確かなことを伝えても困らせるだけじゃ無いかと怖くなった。急に怖じ気付いて言葉が出なくなった。視線をリチェから外して地面に落とす。
「まー何かあったら言ってくれ」
何も言えずに居るとリチェは小さく笑って再び前を向いた。その後ろ姿を見ていたら、どうしてか動悸がした気がした。
これで良いのだろうか。何の為に警察になったのだろうか。こんなんだから同僚にも悪く言われてしまうのだ、と泣きたくもなった。
ふと、昨日会った少年のことを思い出した。連続連れ去り事件の目撃者として名乗り出たノアは、同年代ながら行動をした。ノアもきっと、何らかは思っただろうに。
「……リチェ!」
自分も勇気を出していいはずだ、と先程よりも大きな声でリチェの名前を呼んだ。
思いの外大きな声が出てしまい、先輩の肩がびくりと跳ねた。道を歩いていた人の中には何事かとこちらを振り返る人も居た。知らない人の視線は怖かったが、ここで臆しては駄目だと拳を握る。
「どうしたんだ?」
「今……樽を持った人達が居たでしょ。俺、その樽から人の声……物音かもだけど、とにかく聞いた気がして…………追い掛け、ない?」
つっかえながらも今見たことを報告して提案する。こちらを向いた眼鏡の先輩は自分の言葉を聞き驚いたように目を見張った後、内容に反して目を細めた。
「おぉっ? 話してくれて有り難うな」
弟がテストで満点を取ってきたのを喜ぶ兄のようにまず笑ったリチェは、次にふむと唇を結んだ。
「そういりゃさっき樽を持ってる奴らが居た……工業区じゃ珍しくない光景だが、そいつらが悪い奴らならこうやって堂々と歩いてた方が気付かれない物だしなぁ。追い掛けて話を聴く価値は十分あるな。そいつらどっち行った?」
リチェが自分の話を聞いてくれて良かった。小さく笑い、少年達が消えた方向を指差した。
「んじゃ早速後追い掛けるぞ!」
そう言って道を進み直すリチェの後を追い、クルトは胸を撫で下ろし、良く頑張ったと心の中でガッツポーズをした。
***
「っと、これからどうするつもりなんだ?」
馬車から飛び降りて工業区の交差点に立ち、ノア・クリストフは支払いを済ませたアンリに問いかけた。
この交差点は工業区で一番利用者が多い。作業服を着た男性から気の強そうなキャリアウーマンまで、思い思いに交差点を闊歩していた。
「さっき言ったラジオは二つ作ってあるんだ。だから二手に分かれてイヴェットちゃんを探そう。一方はこの交差点から右、もう一方はこの交差点から左って具合にね。ところでノア君、工業区詳しい?」
「詳しいっつの、学生舐めんな! エルキルスは地元だぞ」
「そう、なら良かった。じゃあ君はユスティンと一緒に動いて貰っていい?」
「はあぁぁっ?」
さも当然と提案してくるので、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。この青年は自分とユスティンの仲が悪いのを知っているだろうし、ユスティンの幼馴染だ。ここの二人が一緒になって動くものとばかり思っていた。
「これくらい我慢してよ? 俺は従業員のフリでも何でも出来るけど、君は学生だしその服制服っぽいし、社会人の多い工業区じゃ道しか歩けないよ。でもユスティンと一緒だったらまあ大丈夫でしょ。それにこいつ、工業区なんて同じ道を歩いたことしかないから案内人が必要だ」
「居たことも一回ありますよ、一回! お葬式で呼ばれたので仕事でしたけど」
「ほらね、一人に出来ないでしょ?」
胸を張るユスティンを見て不安を覚えつつも仕方ないと頷く。ここは一つ、自分が大人になれば済む問題だ。
「じゃあ、そういう事だから宜しく。イヴェットちゃんはきっと夜まで無事だから、大体の場所が分かったら焦らないで警察を呼ぼう。ノア君、右と左どっちがいい?」
先程のラジオを受け取りながら、目で右を示した。製鉄所や発電所の多い左よりも、こっちは倉庫や飲食店など自分達がうろついてても比較的自然な施設が多い。
「分かった。じゃあ気を付けてね、喧嘩しないでよ!」
真剣な表情になったアンリが、蒸気の排出が一際多い一画に姿を消していく。箱馬車が横切ったこともあり姿が見えなくなったアンリを見送り、ノアは隣に立っているユスティンを見上げた。
「おい僕らも行くぞ。お前はラジオ聴きながら僕に着いて来い。勝手にどっか行くんじゃねーぞ」
「その言葉そのままお返し致します。今回は辛酸を舐めてあげますが、イヴェットさんの命は貴方の肩に掛かっていると思って慎重なナビゲーションをお願い致しますよ」
言葉の割に上から目線で物を言ってくるので、ユスティンを振り返らないよう努めながら足を進める。渦巻きを描くように歩くのが一番だろうと思ったので、まずは工業区の端に向かうことにした。
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