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第三章 新たなる被害者
1-16 「おはようございますっっ!」
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小さく笑い、アンリはグラスの水を煽る。
イヴェットが物心付く前と言うと、ユスティンもアンリもまだまだ小さい筈だ。アンリはユスティンと古い付き合いなのだろうか。
「アンリさん、叔父さんと同い年で幼馴染みなのー」
「ああ、そうなのか」
自分の疑問を察したかのようにイヴェットが付け加えてくれた。それなら納得だ。
「っと、アイスコーヒーください。イヴェットちゃん決まった?」
「うん、期間限定のマロンショコラってフレーバーティーくださいっ!」
「はいよー」
注文を承り、ノアはカウンターに戻った。ヴァージニアに注文を伝えようとしたが、女店長はいつの間にか電話対応に追われていた。
電話が終わるのを待っている間、少しでも飲み物の準備をしておこうと、ノアはグラスとティーカップに手を伸ばした。
***
姪は今頃喫茶店に居るのだろうか。
貼り紙に案内を書き、予想の人数より少し多めの聖書と献金袋を用意し終え、ユスティン・スティグセンは誰も居ない教会で一度足を止めた。黒い牧師服に袖を通しても、頭を過るのは公園横の喫茶店に行った姪のことだった。
気付けば高校生になっていた姪は、もう自分の後ろを着いて歩いていた少女ではない。いつかは誰かと恋をし、向日葵のような笑顔を伴侶に向ける日が来るだろうことは理解している。それでも今は、どうしてあの人なんだと拗ねていたかった。
「っと、駄目ですね!」
このままでは礼拝に集中出来そうになかったので、気持ちを切り替えるべく声を張る。大声を出したら少し気持ちが落ち着いた。
つい数ヶ月前、父から教区を任されたのだからしっかりしなければ。
就職活動を面倒臭がり学校を出てすぐ教会で働きだした幼馴染みと違い、自分は最近まで神学校での勉強と実習がメインだった。腑抜けてばかりいてはキャリアに差がある幼馴染みに笑われてしまう。それも悔しい。
後は清掃だけかと、ユスティンは教会のゴミを捨てる準備を始めた。教会の外に出て蒸し暑さの残る空気に触れる。
「きゃぁっ!」
紙袋片手に川沿い指定のゴミ捨て場まで歩いていくと、道の脇に黄色い声を上げる女性が数人立っていた。減少傾向にあるものの自分目当てで礼拝もせず待ち構えている女性は毎日居る。
姪以外割とどうでもいい自分を目当てにしてくれても「お疲れ様」としか正直思えなかった。
が、入口は何であれ教会に興味を持ってくれるのは有り難い。礼拝に出てくれればもっと有り難いが、それはしてくれないらしい。
「お早うございます」
それでも今は牧師服を着ているので、信徒に向ける時と同じ笑顔で挨拶をする。
「おはようございますっっ!」
すぐに上擦った声が返ってきた。ゴミを置きもう一度笑みを浮かべる。
「今度、良かったら涼でも暖でも求めに礼拝に来てください。教会は外よりかは適切な温度ですから」
「は、はいっ」
女性達はそれしか出来ない壊れたマリオネットのようにこくこくと首を縦に振る。ユスティンは失礼します、と断りを入れその場を後にした。ゴミ捨て場から離れる時も後ろからは黄色い声が耳に届いて辟易した。
イヴェットが自分の顔を好きなようなので自分も自分の顔が好きだが、時々鬱陶しいと思う時がある。教会に戻りながら、ユスティンは僅かに口角を下げた。
***
「あ、店長電話終わった? マロンショコラとアイスコーヒーな!」
受話器を置いてカウンターに戻ってきた金髪の女性に、ノア・クリストフは二人の注文を告げた。
アコースティックギターの素朴な音がラジオから流れ、アイスボックスクッキーが焼けてきた香ばしい匂いが漂い、朝の光を受けた空間は穏やかな時間が流れていた。
「はい、有り難うね。それと小皿も二枚出してくれる? ちょうどクッキーが焼けるから、それを二枚ずつサービスにするね」
「へへっ、あんがとさん!」
ヴァージニアは早速コーヒーと紅茶の準備を始めながら言ってくる。このクッキーはしょっちゅう店内を良い匂いにさせているだけあって出やすい人気商品だ。本当にサービスしてくれることが嬉しくて、自然と頬が緩んだ。
自分の表情を見て、ヴァージニアも微笑を返してくれた。その目元の皺に気付き、一瞬思考が止まる。身近な人の加齢はどうしてか気付きにくい。施設に入った祖父母も、いつの間にか白髪になっていた。
ヴァージニアの変化に気付いたのは昨日様々な経験をしたからだろうか。自分が守っていかなければと身が引き締まる思いだ。そんなことを考えながら、言われた通り小皿を二つ取り出す。
「いらっしゃいませ」
扉が開く音と同時にヴァージニアの声が耳に入る。自分も通勤前に良く来る常連客に挨拶を続けた。
注文を取りに行ったり、グラスに水を注いでいる内に、イヴェットとアンリの飲み物が同時に出来上がった。店長のこのタイミングは流石だと思う。
焼き立てのクッキーが入った小皿と共に、二人が座るテーブルに向かった。イヴェットが笑顔なので寛いで貰っていることが伝わり、こっちも嬉しかった。
「お待たせ、アイスコーヒーとマロンショコラです。後これ、友達サービス」
「えっ、有り難う! やった~良い匂いしてたのこれかな、嬉しい」
サプライズプレゼントを貰った時のような驚き混じりの笑みを浮かべてイヴェットが喜びの声を上げる。対面のアンリは、早速クッキーに手を伸ばし軽く指で触れていた。
「まだ熱いしそうじゃない? 有り難うね、ノア君」
「どういたしまして。これ以外は金取るけどな」
クッキーとフレーバーティーの匂いで周囲が甘ったるい匂いに包まれる。
「そう言えばノアさん、学校休みって言ってたけどどうしたの?」
立ち去ろうとした時、ふとイヴェットに話しかけられる。
「昨日ちょっと疲れることがあったから休んだ。イヴェットは学校間に合うのか?」
「うん。でもぱっぱと飲んで出ないとかな~……残念」
スカートのポケットから懐中時計を取り出し、イヴェットは肩を落としていた。黙ってアイスコーヒーを飲み始めたアンリのアンバー色の瞳が、その動作をじっと見ている。
このアンリと言う人物は、人を食っているし偏見を持ちかけたものの、ユスティンより分別が付いているように思う。だが何を考えているかいまいち分からなかった。
「すみません」
「あっ、はーい! じゃぁな」
他の客に呼ばれ、断りを入れて二人の席を離れた。次なるアイスボックスクッキー生地をオーブンに入れる店長の後ろ姿を映しながら、呼ばれたテーブルの注文を受ける。いつの間にか店内には様々な層の客が入っていて、先程のようにゆっくり話していられる暇はもう無かった。
こうなると結構やることが多い。ポピーには自分以外バイトが居ない。自分が学校に行っている時、店が狭いとは言え一人でこれを回しているヴァージニアは器用だと感心する。おしぼりを作っていると、ふと会計台の方から声をかけられた。
イヴェットが物心付く前と言うと、ユスティンもアンリもまだまだ小さい筈だ。アンリはユスティンと古い付き合いなのだろうか。
「アンリさん、叔父さんと同い年で幼馴染みなのー」
「ああ、そうなのか」
自分の疑問を察したかのようにイヴェットが付け加えてくれた。それなら納得だ。
「っと、アイスコーヒーください。イヴェットちゃん決まった?」
「うん、期間限定のマロンショコラってフレーバーティーくださいっ!」
「はいよー」
注文を承り、ノアはカウンターに戻った。ヴァージニアに注文を伝えようとしたが、女店長はいつの間にか電話対応に追われていた。
電話が終わるのを待っている間、少しでも飲み物の準備をしておこうと、ノアはグラスとティーカップに手を伸ばした。
***
姪は今頃喫茶店に居るのだろうか。
貼り紙に案内を書き、予想の人数より少し多めの聖書と献金袋を用意し終え、ユスティン・スティグセンは誰も居ない教会で一度足を止めた。黒い牧師服に袖を通しても、頭を過るのは公園横の喫茶店に行った姪のことだった。
気付けば高校生になっていた姪は、もう自分の後ろを着いて歩いていた少女ではない。いつかは誰かと恋をし、向日葵のような笑顔を伴侶に向ける日が来るだろうことは理解している。それでも今は、どうしてあの人なんだと拗ねていたかった。
「っと、駄目ですね!」
このままでは礼拝に集中出来そうになかったので、気持ちを切り替えるべく声を張る。大声を出したら少し気持ちが落ち着いた。
つい数ヶ月前、父から教区を任されたのだからしっかりしなければ。
就職活動を面倒臭がり学校を出てすぐ教会で働きだした幼馴染みと違い、自分は最近まで神学校での勉強と実習がメインだった。腑抜けてばかりいてはキャリアに差がある幼馴染みに笑われてしまう。それも悔しい。
後は清掃だけかと、ユスティンは教会のゴミを捨てる準備を始めた。教会の外に出て蒸し暑さの残る空気に触れる。
「きゃぁっ!」
紙袋片手に川沿い指定のゴミ捨て場まで歩いていくと、道の脇に黄色い声を上げる女性が数人立っていた。減少傾向にあるものの自分目当てで礼拝もせず待ち構えている女性は毎日居る。
姪以外割とどうでもいい自分を目当てにしてくれても「お疲れ様」としか正直思えなかった。
が、入口は何であれ教会に興味を持ってくれるのは有り難い。礼拝に出てくれればもっと有り難いが、それはしてくれないらしい。
「お早うございます」
それでも今は牧師服を着ているので、信徒に向ける時と同じ笑顔で挨拶をする。
「おはようございますっっ!」
すぐに上擦った声が返ってきた。ゴミを置きもう一度笑みを浮かべる。
「今度、良かったら涼でも暖でも求めに礼拝に来てください。教会は外よりかは適切な温度ですから」
「は、はいっ」
女性達はそれしか出来ない壊れたマリオネットのようにこくこくと首を縦に振る。ユスティンは失礼します、と断りを入れその場を後にした。ゴミ捨て場から離れる時も後ろからは黄色い声が耳に届いて辟易した。
イヴェットが自分の顔を好きなようなので自分も自分の顔が好きだが、時々鬱陶しいと思う時がある。教会に戻りながら、ユスティンは僅かに口角を下げた。
***
「あ、店長電話終わった? マロンショコラとアイスコーヒーな!」
受話器を置いてカウンターに戻ってきた金髪の女性に、ノア・クリストフは二人の注文を告げた。
アコースティックギターの素朴な音がラジオから流れ、アイスボックスクッキーが焼けてきた香ばしい匂いが漂い、朝の光を受けた空間は穏やかな時間が流れていた。
「はい、有り難うね。それと小皿も二枚出してくれる? ちょうどクッキーが焼けるから、それを二枚ずつサービスにするね」
「へへっ、あんがとさん!」
ヴァージニアは早速コーヒーと紅茶の準備を始めながら言ってくる。このクッキーはしょっちゅう店内を良い匂いにさせているだけあって出やすい人気商品だ。本当にサービスしてくれることが嬉しくて、自然と頬が緩んだ。
自分の表情を見て、ヴァージニアも微笑を返してくれた。その目元の皺に気付き、一瞬思考が止まる。身近な人の加齢はどうしてか気付きにくい。施設に入った祖父母も、いつの間にか白髪になっていた。
ヴァージニアの変化に気付いたのは昨日様々な経験をしたからだろうか。自分が守っていかなければと身が引き締まる思いだ。そんなことを考えながら、言われた通り小皿を二つ取り出す。
「いらっしゃいませ」
扉が開く音と同時にヴァージニアの声が耳に入る。自分も通勤前に良く来る常連客に挨拶を続けた。
注文を取りに行ったり、グラスに水を注いでいる内に、イヴェットとアンリの飲み物が同時に出来上がった。店長のこのタイミングは流石だと思う。
焼き立てのクッキーが入った小皿と共に、二人が座るテーブルに向かった。イヴェットが笑顔なので寛いで貰っていることが伝わり、こっちも嬉しかった。
「お待たせ、アイスコーヒーとマロンショコラです。後これ、友達サービス」
「えっ、有り難う! やった~良い匂いしてたのこれかな、嬉しい」
サプライズプレゼントを貰った時のような驚き混じりの笑みを浮かべてイヴェットが喜びの声を上げる。対面のアンリは、早速クッキーに手を伸ばし軽く指で触れていた。
「まだ熱いしそうじゃない? 有り難うね、ノア君」
「どういたしまして。これ以外は金取るけどな」
クッキーとフレーバーティーの匂いで周囲が甘ったるい匂いに包まれる。
「そう言えばノアさん、学校休みって言ってたけどどうしたの?」
立ち去ろうとした時、ふとイヴェットに話しかけられる。
「昨日ちょっと疲れることがあったから休んだ。イヴェットは学校間に合うのか?」
「うん。でもぱっぱと飲んで出ないとかな~……残念」
スカートのポケットから懐中時計を取り出し、イヴェットは肩を落としていた。黙ってアイスコーヒーを飲み始めたアンリのアンバー色の瞳が、その動作をじっと見ている。
このアンリと言う人物は、人を食っているし偏見を持ちかけたものの、ユスティンより分別が付いているように思う。だが何を考えているかいまいち分からなかった。
「すみません」
「あっ、はーい! じゃぁな」
他の客に呼ばれ、断りを入れて二人の席を離れた。次なるアイスボックスクッキー生地をオーブンに入れる店長の後ろ姿を映しながら、呼ばれたテーブルの注文を受ける。いつの間にか店内には様々な層の客が入っていて、先程のようにゆっくり話していられる暇はもう無かった。
こうなると結構やることが多い。ポピーには自分以外バイトが居ない。自分が学校に行っている時、店が狭いとは言え一人でこれを回しているヴァージニアは器用だと感心する。おしぼりを作っていると、ふと会計台の方から声をかけられた。
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