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第二章 回り出す歯車
1-11 「ん? クルト、どこ行くんだ?」
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「…………長電話してたりして」
「あー……」
その言葉を聞いて少し腑に落ちてしまった。もしリチェが話しこんでいたら、ヴァージニアはきっと受話器を置くまで聞いてしまうだろう。
扉を開く音が聞こえたのは、その時だった。
「悪い! ちょっと広報課の女の子に捕まっちまってさ!」
慌てた様子でプラチナブロンドの青年が取調室に入ってきて、真っ先にクルトに視線を向ける。が、自分と向き合って話している様子を見て、真夏に雪が降ったかのように驚きに満ちた表情を浮かべて口をパクパクと動かしていた。
「おかえり。帰りが遅いから長電話してんのかと思ってたぞ」
「いや、してない、してない、女の子もお前の存在を気にしてただけだし……。え、クルト、大丈夫なのか?」
慌ただしく首を動かすリチェを見てクルトが頷きクスクスと笑う。釣られて自分も笑ってしまえば、一人状況を理解していないリチェが疑問符を浮かべて扉の前に棒立ちしていた。
「なんだなんだ? 若い奴の流行りか何かか? ってこれ言ったら俺もおっさん街道まっしぐらだし、まーいいや。ノア、ヴァージニアさんに電話しといたぞ。迎えに来るってさ、優しい人だな」
「迎えなんて良いのになぁ……。つか、優しくねぇよ。結構怒るし」
「まあ人間そんなもんだ。んじゃ、それまで話いいか?」
気持ちを切り替えたらしいリチェが尋ねてくる。話と言われても、道中二人に話したことが全てだ。だが一応、自分のことも含めて再び話すことにした。
***
ノアの話を聞き終えた後。取調室は、どうしてかカレーパーティー会場になっていた。
「つーかリチェ? お前働かないでカレー食ってていいのかよ」
「どうせ泊まりだし良いだろ! 休憩しなきゃ人間駄目になるって学校で習わなかったか? それにお前夕飯まだだろ」
「まーな。つかこのカレー、今日も甘ぇな」
三人分取っておいてくれたカレーを食べながらリチェとノアが騒いでいる。ノリが同じなのか一瞬で二人は意気投合していた。
良くないんじゃないかな、と内心先輩に突っ込みを入れつつ、クルト・ダンフィードはカレーを食べずにノアの話を書類に纏めていた。出来上がったので刑事課に居る先輩に持って行こうと思う。
本当は嫌だが食事の邪魔はしたくなかった。外の聞き込み捜査と違い、署内の配達くらいは出来るだろう。
「ん? クルト、どこ行くんだ?」
書類を持って立ち上がると、カレーを乗せたスプーンを持ったリチェが声を掛けてくる。
何て返そう。どう返そう。
短い間で考えた結果、無視という一番楽な道を選んでしまった。自分にも優しくしてくれるこの先輩とだったら同年代のノアとのように楽に話せるかと思ったが、そうは言っても先輩だと思うと緊張してしまう。
外に出て薄暗い廊下を歩きながら自己嫌悪に陥りそうだった。が、手に持った書類のことを思うとそんな時間はない。
一度深呼吸をしてからノックをし、同じ階にある刑事課の部屋に入った。途端、煙草の臭いが充満した部屋に居る人達の視線が一斉に自分に向けられ、逃げ出したい気持ちに襲われる。反射的に目を反らし、一番近くの机に書類を置いた。
「……これ」
消えそうな程小声で呟き、逃げるように部屋を出た。こういう時微塵も表情筋が動かない自分を呪いたい。後ろ手に扉を閉めた後も心臓がばくばく言っている。どうして治安を守る側の人間があんな人殺しのようなおっかない目をしているのだろう。
「あの新人は相変わらず愛想が悪いな」
「最近の若い奴は人を敬うことを知らんのですよ!」
「リチェもあんな奴庇わなくてもいいでしょうに」
扉越しに聞こえてくる先輩達の声。きっと聞こえるようにわざと大きく言っているのだろう。自分が先輩に良く思われていないことは気付いていたが、実際に耳に入れるのは初めてだ。
ラジオドラマで憧れた警察官を目指し、遊ぶこともせず必死に勉強をしてきた。首席で高専を出て念願の職業に就いたはいいが、自分なんかが頑張るには現場は思っていた以上に厳しい物があった。そんな風に言われずとも、自分の欠点は自分が一番分かっている。
この仕事、合っていないのかな。
ふとそんな考えが頭を過る。いつの間にか俯いていた顔を上げ、歪みかけた視界を直すように制服の裾で目を拭った。
気を取り直して二人がカレーを食べている部屋に戻ることにした。失踪者の見直し、ノアを保護者に渡す、広報課とのやり取り。やらなければいけない事は山ほどある。
その前に夕食も取りたかった。部屋に入った瞬間、カレーの残り香が鼻腔を擽ってきたので一層強く思う。
「おっ、おかえりー。クルトもカレー食べろよ。要らねぇなら食べちまうぞ」
自分を迎えてくれたのは、満足そうな笑みを浮かべたノアだった。手元の紙皿はもう空で、空腹を満たしたのだろう、ということが分かる。
「お前ちょっと休んでけよ。んでこいつの保護者が来たら見送っといてくれ。俺は刑事課に戻る!」
俺が書類持っていけば良かったな、と笑って迎えてくれたのはリチェだ。自分を疎ましく思っていない二人が今は嬉しい。
頷き、すれ違ったリチェを見送る。扉が閉まったのを見てから、ノアの向かいに座ってテーブルの片隅に退けられていたカレーの容器に手を伸ばした。蓋を開け、仕度を始める。
「それ結構甘ぇぞ。店長……あー今から迎えに来てくれる僕の保護者だけどな、その人が作るカレーのが百倍は辛いんじゃないかって思うわ」
「……それは盛りすぎじゃない?」
大袈裟に話しすぎだ、と返すと、バレたか、と直ぐに反応があった。
「僕、炊き出しがある日はこのカレーを食べるんだけどさ、毎回甘ぇんだよな。何でだろ、スタッフの趣味?」
「……炊き出しだから……辛くしすぎると、食べられない人が出てくるんじゃ……」
そっか、と唸るノアを見ながら早速カレーを口に含む。林檎の甘味を感じるカレーはたしかに甘くて、クルトは僅かに目元を緩ませた。
***
ノアからの電話だと思って取ったそれは、警察からの物だった。
ヴァージニア・エバンスは緊張しながら、つい最近聞いた事がある気がする青年の声に耳を傾けていた。どうも今ノアが警察署に居るらしい。
「あー……」
その言葉を聞いて少し腑に落ちてしまった。もしリチェが話しこんでいたら、ヴァージニアはきっと受話器を置くまで聞いてしまうだろう。
扉を開く音が聞こえたのは、その時だった。
「悪い! ちょっと広報課の女の子に捕まっちまってさ!」
慌てた様子でプラチナブロンドの青年が取調室に入ってきて、真っ先にクルトに視線を向ける。が、自分と向き合って話している様子を見て、真夏に雪が降ったかのように驚きに満ちた表情を浮かべて口をパクパクと動かしていた。
「おかえり。帰りが遅いから長電話してんのかと思ってたぞ」
「いや、してない、してない、女の子もお前の存在を気にしてただけだし……。え、クルト、大丈夫なのか?」
慌ただしく首を動かすリチェを見てクルトが頷きクスクスと笑う。釣られて自分も笑ってしまえば、一人状況を理解していないリチェが疑問符を浮かべて扉の前に棒立ちしていた。
「なんだなんだ? 若い奴の流行りか何かか? ってこれ言ったら俺もおっさん街道まっしぐらだし、まーいいや。ノア、ヴァージニアさんに電話しといたぞ。迎えに来るってさ、優しい人だな」
「迎えなんて良いのになぁ……。つか、優しくねぇよ。結構怒るし」
「まあ人間そんなもんだ。んじゃ、それまで話いいか?」
気持ちを切り替えたらしいリチェが尋ねてくる。話と言われても、道中二人に話したことが全てだ。だが一応、自分のことも含めて再び話すことにした。
***
ノアの話を聞き終えた後。取調室は、どうしてかカレーパーティー会場になっていた。
「つーかリチェ? お前働かないでカレー食ってていいのかよ」
「どうせ泊まりだし良いだろ! 休憩しなきゃ人間駄目になるって学校で習わなかったか? それにお前夕飯まだだろ」
「まーな。つかこのカレー、今日も甘ぇな」
三人分取っておいてくれたカレーを食べながらリチェとノアが騒いでいる。ノリが同じなのか一瞬で二人は意気投合していた。
良くないんじゃないかな、と内心先輩に突っ込みを入れつつ、クルト・ダンフィードはカレーを食べずにノアの話を書類に纏めていた。出来上がったので刑事課に居る先輩に持って行こうと思う。
本当は嫌だが食事の邪魔はしたくなかった。外の聞き込み捜査と違い、署内の配達くらいは出来るだろう。
「ん? クルト、どこ行くんだ?」
書類を持って立ち上がると、カレーを乗せたスプーンを持ったリチェが声を掛けてくる。
何て返そう。どう返そう。
短い間で考えた結果、無視という一番楽な道を選んでしまった。自分にも優しくしてくれるこの先輩とだったら同年代のノアとのように楽に話せるかと思ったが、そうは言っても先輩だと思うと緊張してしまう。
外に出て薄暗い廊下を歩きながら自己嫌悪に陥りそうだった。が、手に持った書類のことを思うとそんな時間はない。
一度深呼吸をしてからノックをし、同じ階にある刑事課の部屋に入った。途端、煙草の臭いが充満した部屋に居る人達の視線が一斉に自分に向けられ、逃げ出したい気持ちに襲われる。反射的に目を反らし、一番近くの机に書類を置いた。
「……これ」
消えそうな程小声で呟き、逃げるように部屋を出た。こういう時微塵も表情筋が動かない自分を呪いたい。後ろ手に扉を閉めた後も心臓がばくばく言っている。どうして治安を守る側の人間があんな人殺しのようなおっかない目をしているのだろう。
「あの新人は相変わらず愛想が悪いな」
「最近の若い奴は人を敬うことを知らんのですよ!」
「リチェもあんな奴庇わなくてもいいでしょうに」
扉越しに聞こえてくる先輩達の声。きっと聞こえるようにわざと大きく言っているのだろう。自分が先輩に良く思われていないことは気付いていたが、実際に耳に入れるのは初めてだ。
ラジオドラマで憧れた警察官を目指し、遊ぶこともせず必死に勉強をしてきた。首席で高専を出て念願の職業に就いたはいいが、自分なんかが頑張るには現場は思っていた以上に厳しい物があった。そんな風に言われずとも、自分の欠点は自分が一番分かっている。
この仕事、合っていないのかな。
ふとそんな考えが頭を過る。いつの間にか俯いていた顔を上げ、歪みかけた視界を直すように制服の裾で目を拭った。
気を取り直して二人がカレーを食べている部屋に戻ることにした。失踪者の見直し、ノアを保護者に渡す、広報課とのやり取り。やらなければいけない事は山ほどある。
その前に夕食も取りたかった。部屋に入った瞬間、カレーの残り香が鼻腔を擽ってきたので一層強く思う。
「おっ、おかえりー。クルトもカレー食べろよ。要らねぇなら食べちまうぞ」
自分を迎えてくれたのは、満足そうな笑みを浮かべたノアだった。手元の紙皿はもう空で、空腹を満たしたのだろう、ということが分かる。
「お前ちょっと休んでけよ。んでこいつの保護者が来たら見送っといてくれ。俺は刑事課に戻る!」
俺が書類持っていけば良かったな、と笑って迎えてくれたのはリチェだ。自分を疎ましく思っていない二人が今は嬉しい。
頷き、すれ違ったリチェを見送る。扉が閉まったのを見てから、ノアの向かいに座ってテーブルの片隅に退けられていたカレーの容器に手を伸ばした。蓋を開け、仕度を始める。
「それ結構甘ぇぞ。店長……あー今から迎えに来てくれる僕の保護者だけどな、その人が作るカレーのが百倍は辛いんじゃないかって思うわ」
「……それは盛りすぎじゃない?」
大袈裟に話しすぎだ、と返すと、バレたか、と直ぐに反応があった。
「僕、炊き出しがある日はこのカレーを食べるんだけどさ、毎回甘ぇんだよな。何でだろ、スタッフの趣味?」
「……炊き出しだから……辛くしすぎると、食べられない人が出てくるんじゃ……」
そっか、と唸るノアを見ながら早速カレーを口に含む。林檎の甘味を感じるカレーはたしかに甘くて、クルトは僅かに目元を緩ませた。
***
ノアからの電話だと思って取ったそれは、警察からの物だった。
ヴァージニア・エバンスは緊張しながら、つい最近聞いた事がある気がする青年の声に耳を傾けていた。どうも今ノアが警察署に居るらしい。
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