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第5章 夜明けのプリンス
第23話 拝啓、佐古川歩様へ。
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ん? と。プリンスって何の事だと思いながら、小百合が教えてくれた茶封筒に視線を向けハッと息を飲んだ。
茶封筒の送り主の名前は――鴻野尚也。
「鴻野君……!」
懐かしさすら感じる字面に慌てて中を見てみると、そこには十枚にも及ぶルーズリーフが入っていた。
「手紙……?」
小百合と目配せした後、ルーズリーフの文字に目を通していく。
『拝啓、佐古川歩様へ。
あけましておめでとうございます、お久しぶりです。元気にやっていますか?
あの時は「また月曜日に」なんて言いながら急に東京に戻る事になってしまい、また連絡が遅くなってしまって申し訳ありませんでした。
佐古川さんにあの時俺が何を思って泣いてしまったのか教える約束をしたのに、手紙を書く機会が全然無くて……。やっと最近になって落ち着いて来て、良い機会なので今出させて頂きました。
聞いているとは思いますが、あの後姉の妊娠が発覚して、俺を含めた家中がパニックになったんです。
姉と姉の彼氏は付き合って間もなかったし、当人達だけでこの問題を乗り越えられる訳もなくて、母と俺はバリアフリーリフォームがまだ十分ではない家に戻る事になったんです。姉は結婚して産むと決めたので、俺は家族の手を煩わせないよう「自立する」とリハビリの目標を決めて頑張りました。
電動車椅子で一人動くのは、最初は大分勇気が入りました。東京は人が多いし物も多いし。慣れない内はしょっちゅう柱にぶつかっていました。
それからの日々はあっという間でした。通院もあったし、地元の障害者スポーツセンターで開催されていた、車椅子バスケットボールの体験教室を機に車椅子バスケットボールにハマったのもあったし。
車椅子バスケって俺が今までやっていたバスケとは別物なのに、少しずつ同じところがあるんです。それが面白かったんだ。
……で。
あの時俺が何を思ったかですが。
今思うと凄く生意気で甘ったれていたんですが、あの頃俺は周囲の人も自分も嫌で嫌で堪らなかったんです。
入院中、俺はスマホばっかり見ていたんです。ブログから匿名掲示板にSNSまで、同じ下半身付随になった人の情報を探しまくってて。
そうしたら……障害者に対する悪口ばっかり出てきたんです。「障害者は生きている価値がない」「邪魔」「あいつら生きてて楽しいの?」って、そんなのがいっぱい。
ショックでした。同じ人間にどうしてこんな事を言えるんだろう? と暫く頭が真っ白になったんです。
見なきゃ良いって分かってたんですけど、ショックすぎると人間逆に見ちゃうものみたいで。ただでさえショックなのに、これでまたショックを受けました。俺も、その障害者だから。
みんな障害者の事をそんな風に思ってるんだなって思ったら、生きているのが急に怖くなったんです。そうしたら畳み掛けるように彼女にもメッセージ一つでフラレたんです。「先輩との付き合い方が分かりません、別れて下さい」って。
付き合い方なんて今までと同じで良いのに。そりゃデートする場所は考えないといけないかもだけど。俺は俺なのに一方的に突き放されて、それもまたショックで。
悲しかったです。何でこんなに悲しい思いをしなきゃいけないんだ、って辛かった。悔しいのに歩けもしないし、泣く事しか出来ない自分もまた悲しかった。
これだけ辛いのに心は消えてくれないんですよね。試合以外でこんなに悔しい事があるなんて知りませんでした。そんな事……知りたくなかったです。
……障害者になって世界が一変した俺は、当たり前のように塞ぎ込んでいきました。少なくとも心を閉ざしていれば、これ以上悲しい事は起こらないだろうから。だから俺は心を動かしたくなくて、東京から自分を知っている人が殆ど居ない博多に来たんです。
そして俺は、看護師さん達は仕事だから俺に優しくしてるだけ。親だって産んだ責任があるから俺の側に居るだけ、と思うようになりました。……今思うと最低ですね。
そんな俺の世界に光がある訳がなくて、いつの間にか笑顔も消えていました。障害者の俺には笑う資格なんて無いと思ったから。
何時の間にか行く事が決まったおおぞらに行く事になったんですが、施設の人達も仕事だからどうせ流れ作業になるよな……腫れ物扱いもしちゃうよなって気付いて、そこでも辛くなったんです。
でも。
でも、佐古川さんは違ったんです。佐古川さんは俺が幾ら無視しても、周囲が腫れ物みたいに扱っているだろう俺にも構わず接してきて、雑談は振ってくる。
そんな当たり前の事が、俺には凄く衝撃的だったんです。世の中にはこんな人も居るんだなって驚きました。青天の霹靂……ってやつでしたよ。
相変わらず他の人が来ると気持ちが塞ぎ込んでしまったけれど、この人と居れば何か見えて来るのかな、って久しぶりに誰かに期待して。病院に来てくれた時もやっぱり雑談するし。
障害者スポーツセンターの事を教えて貰った時は、凄く衝撃を受けました。でも最初、今すぐ飛んで行きたいのにその日に行けないのかなって思った。やっぱり俺は後回しにされる存在で、何か言うと人を困らせるんだ……ってまた悲しくなりました。
でも。
茶封筒の送り主の名前は――鴻野尚也。
「鴻野君……!」
懐かしさすら感じる字面に慌てて中を見てみると、そこには十枚にも及ぶルーズリーフが入っていた。
「手紙……?」
小百合と目配せした後、ルーズリーフの文字に目を通していく。
『拝啓、佐古川歩様へ。
あけましておめでとうございます、お久しぶりです。元気にやっていますか?
あの時は「また月曜日に」なんて言いながら急に東京に戻る事になってしまい、また連絡が遅くなってしまって申し訳ありませんでした。
佐古川さんにあの時俺が何を思って泣いてしまったのか教える約束をしたのに、手紙を書く機会が全然無くて……。やっと最近になって落ち着いて来て、良い機会なので今出させて頂きました。
聞いているとは思いますが、あの後姉の妊娠が発覚して、俺を含めた家中がパニックになったんです。
姉と姉の彼氏は付き合って間もなかったし、当人達だけでこの問題を乗り越えられる訳もなくて、母と俺はバリアフリーリフォームがまだ十分ではない家に戻る事になったんです。姉は結婚して産むと決めたので、俺は家族の手を煩わせないよう「自立する」とリハビリの目標を決めて頑張りました。
電動車椅子で一人動くのは、最初は大分勇気が入りました。東京は人が多いし物も多いし。慣れない内はしょっちゅう柱にぶつかっていました。
それからの日々はあっという間でした。通院もあったし、地元の障害者スポーツセンターで開催されていた、車椅子バスケットボールの体験教室を機に車椅子バスケットボールにハマったのもあったし。
車椅子バスケって俺が今までやっていたバスケとは別物なのに、少しずつ同じところがあるんです。それが面白かったんだ。
……で。
あの時俺が何を思ったかですが。
今思うと凄く生意気で甘ったれていたんですが、あの頃俺は周囲の人も自分も嫌で嫌で堪らなかったんです。
入院中、俺はスマホばっかり見ていたんです。ブログから匿名掲示板にSNSまで、同じ下半身付随になった人の情報を探しまくってて。
そうしたら……障害者に対する悪口ばっかり出てきたんです。「障害者は生きている価値がない」「邪魔」「あいつら生きてて楽しいの?」って、そんなのがいっぱい。
ショックでした。同じ人間にどうしてこんな事を言えるんだろう? と暫く頭が真っ白になったんです。
見なきゃ良いって分かってたんですけど、ショックすぎると人間逆に見ちゃうものみたいで。ただでさえショックなのに、これでまたショックを受けました。俺も、その障害者だから。
みんな障害者の事をそんな風に思ってるんだなって思ったら、生きているのが急に怖くなったんです。そうしたら畳み掛けるように彼女にもメッセージ一つでフラレたんです。「先輩との付き合い方が分かりません、別れて下さい」って。
付き合い方なんて今までと同じで良いのに。そりゃデートする場所は考えないといけないかもだけど。俺は俺なのに一方的に突き放されて、それもまたショックで。
悲しかったです。何でこんなに悲しい思いをしなきゃいけないんだ、って辛かった。悔しいのに歩けもしないし、泣く事しか出来ない自分もまた悲しかった。
これだけ辛いのに心は消えてくれないんですよね。試合以外でこんなに悔しい事があるなんて知りませんでした。そんな事……知りたくなかったです。
……障害者になって世界が一変した俺は、当たり前のように塞ぎ込んでいきました。少なくとも心を閉ざしていれば、これ以上悲しい事は起こらないだろうから。だから俺は心を動かしたくなくて、東京から自分を知っている人が殆ど居ない博多に来たんです。
そして俺は、看護師さん達は仕事だから俺に優しくしてるだけ。親だって産んだ責任があるから俺の側に居るだけ、と思うようになりました。……今思うと最低ですね。
そんな俺の世界に光がある訳がなくて、いつの間にか笑顔も消えていました。障害者の俺には笑う資格なんて無いと思ったから。
何時の間にか行く事が決まったおおぞらに行く事になったんですが、施設の人達も仕事だからどうせ流れ作業になるよな……腫れ物扱いもしちゃうよなって気付いて、そこでも辛くなったんです。
でも。
でも、佐古川さんは違ったんです。佐古川さんは俺が幾ら無視しても、周囲が腫れ物みたいに扱っているだろう俺にも構わず接してきて、雑談は振ってくる。
そんな当たり前の事が、俺には凄く衝撃的だったんです。世の中にはこんな人も居るんだなって驚きました。青天の霹靂……ってやつでしたよ。
相変わらず他の人が来ると気持ちが塞ぎ込んでしまったけれど、この人と居れば何か見えて来るのかな、って久しぶりに誰かに期待して。病院に来てくれた時もやっぱり雑談するし。
障害者スポーツセンターの事を教えて貰った時は、凄く衝撃を受けました。でも最初、今すぐ飛んで行きたいのにその日に行けないのかなって思った。やっぱり俺は後回しにされる存在で、何か言うと人を困らせるんだ……ってまた悲しくなりました。
でも。
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