スマイリング・プリンス

上津英

文字の大きさ
上 下
22 / 24
第5章 夜明けのプリンス

第22話 「鴻野君が東京戻っちゃったと」

しおりを挟む
 本当は両親も居る祖父母宅に顔を出す予定だったが、「筋肉痛酷いけん行けんわぁ……」と素直に打ち明け「歩も老けたねぇ、大丈夫と?」と笑われながら、土日は家でずっとゴロゴロしていた。
 カレーを食べて体調も万全を期した月曜日。「尚也から理由を聞けるかもしれない」と期待しておおぞらに行った。せっかくなので今日さん・さんプラザに行こうとも考える。
 今日の味処奥津はラタトゥイユにミモザサラダのようで、どっちも好きだと胸を踊らせながらおおぞらの自動ドアを開けたところ。
 複雑そうに眉間に皺を寄せている小百合がいたのだ。

「藤沢さんどげんしたとですか?」

 小百合が事務所ではなくホールに居るのは珍しい。気になって声をかけた。

「鴻野君が東京戻っちゃったと」
「え」

 突然の言葉が信じられなかった。何を言っているんだろうと思ったが、少しも変わらない小百合の表情に、その言葉が真実である事をじわじわと理解していく。

「な、何でですと?」
「鴻野君のお姉さんがね……妊娠しちゃったげな」

 お姉さん。
 一度志摩子の話題に出た事を思い出す。大学生で、彼氏と博多に旅行に来たと言っていた。

「それ、は……確かに、東京さい戻らないけんですたいね……」

 相変わらず複雑そうな表情を浮かべている小百合も、自分の言葉に同意するように頷いた。

「うん。お姉さんも相手も動揺しとーげな、お母さん放っておけんくて鴻野君と一緒に戻る事にしたんやと」

 大学生が妊娠となれば両親は側に居たがるだろう。あのイケメンな母親なら特に。

「一昨日の夜に東京さい行ったってさっき連絡貰って……あ、佐古川さん有り難う、ってお母さん言ってたばい」

 小百合は相変わらず複雑そうな、困ったような表情を浮かべていた。そうだろう、と思う。急逝以外でこんな急に利用者が辞めるなんて、おおぞらで初めてではないだろうか。

「うーん、鴻野君大丈夫やろか。また塞ぎ込むんやないかねぇ」
「それは大丈夫ですばい!」

 心配そうに言う小百合に、拳を握って大きな声で言う。
 今の尚也なら、きっと大丈夫だろう。
 不思議と心配にはならなかった。「理由」が聞けずじまいで終わってまったのだけは心残りだったが。
 おおぞらの頭上を飛行機が飛んでいく。何時もうるさく感じるその音が、今日は何故だか穏やかな物に聞こえた。



 尚也がおおぞらに来なくなってから初めての冬。帰省中の人が増えて何時もよりも至るところで標準語を耳にするようになった。
 液晶画面の中や公園でバスケットボールを見る度あの黒髪の少年の事を思い出してしまって、教えて貰えずじまいだった「理由」を考えてはモヤモヤする時間も確実に増えたように思う。頭上を飛んでいる飛行機も、冬のせいか色が鈍く見えた。
 目にゴミが入っただけとか、自分が何かやらかしてしまったとか、色々と推測は試みているが、どれも違う気がして首を傾げるばかりだった。

 そうこうしている内にあっという間に正月休みは終わり、今日は一月四日。おおぞらの仕事始めである。
 年明け一番のおおぞらにはちょっとした楽しみが待っている。それは、一部の利用者からの年賀状だ。
 手が不自由な人が一生懸命書いた年賀状も、絵しか描かれていない年賀状も、「あけましておめでとうございます」の「あ」の字も書かれていない年賀状も、その全てに気持ちを感じるし愛しい。

「今年はどないな感じやろね~」

 原付バイクで切る冷たい風から気を逸らすように呟くと、公園をまたいだ先におおぞらの白色の壁が見え出した。
 駐輪場に原付バイクを止めおおぞらの中に入ると、暖房の効いた空間が待っていてホッとする。誰か人が居ないか視線を巡らせ――丁度事務室に入ろうとしていた小百合の姿を認めた。年明けはいつも所長が一番に来ている。

「藤沢さん! あけましておめでとうございます~っ!!」

 他に人の居ないおおぞらには自分の声が良く響いた。その声にハッと反応した小百合が足を止めこちらを向く。

「あら佐古川君。あけましておめでとう、今日は早いのね」
「みんなからの年賀状が見たかったんですたい」
「ああ。年賀状。いっぱい来とーよ」

 そう言い小百合は事務所の中を指差した。きっとあの先に年賀状が置かれているのだろう。早速事務所に入り、十数枚の官製ハガキに目を通していく。

「利用者さんから年賀状貰うって嬉しかねえ」
「あっ、佐古川君。これプリンスから来てたけんね。佐古川君宛てやったけん見んどいたばい」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

地獄三番街

有山珠音
ライト文芸
羽ノ浦市で暮らす中学生・遥人は家族や友人に囲まれ、平凡ながらも穏やかな毎日を過ごしていた。しかし自宅に突如届いた“鈴のついた荷物”をきっかけに、日常はじわじわと崩れていく。そしてある日曜日の夕暮れ、想像を絶する出来事が遥人を襲う。 父が最後に遺した言葉「三番街に向かえ」。理由も分からぬまま逃げ出した遥人が辿り着いたのは“地獄の釜”と呼ばれる歓楽街・千暮新市街だった。そしてそこで出会ったのは、“地獄の番人”を名乗る怪しい男。 突如として裏社会へと足を踏み入れた遥人を待ち受けるものとは──。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

サイケデリック!ブルース!オルタナティブ!パンク!!

大西啓太
ライト文芸
日常生活全般の中で自然と編み出された詩集。

よこはま物語 壱、ヒメたちとのエピソード

セキトネリ
ライト文芸
 ぼくの中学高校の友人で仲里というヤツがいる。中学高校から学校から徒歩20分くらいのところに住んでいた。学校帰り、ぼくはよく彼の家に行っては暇つぶしをしていた。彼には妹がいた。仲里美姫といって、ぼくらの学校の一駅手前の女子校に通っている。ぼくが中学に入学した時、美姫は小学校6年生だった。妹みたいなものだ。それから6年。今、ぼくは高校3年生で彼女は2年生。  ぼくが中学1年の時からずっと彼女のことをミキちゃん、ミキちゃんと呼んでいた。去年のこと。急に美姫が「そのミキちゃんって呼び方、止めよう!なんかさ、ぶっとい杉の木の幹(みき)みたいに自分が感じる!明彦、これからは私をヒメと呼んで!」と言われた。 「わかった、ヒメ。みんなにもキミのことをヒメと呼ぶと言っておくよ」 「みんなはいいのよ。明彦は私をそう呼んで」 「ぼくだけ?」 「そういうこと」 「・・・まあ、了解だ」みんなはミキちゃんと呼んで、ぼくだけヒメって変だろ?ま、いいか。 「うん、ありがと」  ヒメはショートボブの髪型で、軽く茶髪に染めている。1975年だから、髪を染めている女子高生というだけで不良扱いされた時代。彼女の中学高校一貫教育のカトリック系進学校では教師に目をつけられるギリギリの染め方だ。彼女は不良じゃないが、ちょっとだけ反抗してみてます、という感じがぼくは好きだ。  黒のブランドロゴがデザインされたTシャツ、デニムの膝上15センチくらいのミニスカートに生足。玄関に立った彼女の目線とぼくの目線が同じくらい。  ポチャっとしていて、本人は脚がちょっと太いかなあ、と気にしている。でも、脚はキレイだよ、無駄毛の処理もちゃんとしてるんだよ、見てみて、触って。スベスベだよ、なんて言う。小学生の時だったらいいが、ぼくも高校3年生、色気づいていいる。女子高生に脚を触ってみて、なんて言われても困る。彼女は6年前と変わらず、と思っていた。 「よこはま物語」四部作 「よこはま物語 壱½、ヒメたちとのエピソード」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/343943156 「よこはま物語 弐、ヒメたちのエピソード」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/245940913 「よこはま物語 参、ヒメたちのエピソード」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/59941151 「よこはま物語 壱、ヒメたちとのエピソード」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/461940836

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~

釈 余白(しやく)
ライト文芸
 今より少し前の時代には、子供らが荒川土手に集まって遊ぶのは当たり前だったらしい。野球をしたり凧揚げをしたり釣りをしたり、時には決闘したり下級生の自転車練習に付き合ったりと様々だ。  そんな話を親から聞かされながら育ったせいなのか、僕らの遊び場はもっぱら荒川土手だった。もちろん小学生最後となる六年生の夏休みもいつもと変わらず、いつものように幼馴染で集まってありきたりの遊びに精を出す毎日である。  そして今日は鯉釣りの予定だ。今まで一度も釣り上げたことのない鯉を小学生のうちに釣り上げるのが僕、田口暦(たぐち こよみ)の目標だった。  今日こそはと強い意気込みで釣りを始めた僕だったが、初めての鯉と出会う前に自分を宇宙人だと言う女子、ミクに出会い一目で恋に落ちてしまった。だが夏休みが終わるころには自分の星へ帰ってしまうと言う。  かくして小学生最後の夏休みは、彼女が帰る前に何でもいいから忘れられないくらいの思い出を作り、特別なものにするという目的が最優先となったのだった。  はたして初めての鯉と初めての恋の両方を成就させることができるのだろうか。

サプレッション・バレーボール

四国ユキ
ライト文芸
【完結まで毎日更新】 主人公水上奈緒(みなかみなお)と王木真希(おうきまき)、右原莉菜(みぎはらりな)は幼馴染で、物心ついたときから三人でバレーボールをやっていた。そんな三人の、お互いがお互いへの想いや変化を描いた青春百合小説。 スポーツ物、女女の感情、関係性が好きな人に刺さる作品となっています。

処理中です...