スマイリング・プリンス

上津英

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第5章 夜明けのプリンス

第21話 「あーあ帰りたくなかぁ……」

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「では佐古川さん、今日は本当に有り難う御座いました。失礼致します」
「いえ、こちらこそ有り難う御座いました。鴻野君、またね」

 運転席で軽く頭を下げる志摩子を見て、自分も礼をする。頭を上げた時、助手席に座っている尚也と目が合った。

「佐古川さん、今日は本当に有り難う御座いました。楽しかったです。じゃあまた月曜日に!」

 朗らかに言ってくる尚也を目の当たりにする度に、涙腺が緩みそうになった。グッと堪えて口角を持ち上げる。

「うん、またね。月曜日、筋肉痛で行けんかったらごめん。……理由、今度教えーよ」
「理由?」

 自分の言葉に志摩子が首を傾げた。

「お母さんには秘密。……今度、気が向いたら佐古川さんには教えます」

 あら残念、と志摩子は肩を揺らし、窓を閉めて車を動かし道路へと消えていった。

「またねー」

 目を細めてもう見えなくなった車へと呟く。あの様子だと尚也は月曜日も笑顔を見せてくれるだろう。その光景を想像するだけで心が弾んだ。
 が。
 生温い風に吹かれて冷静になり、ふと小百合の顔が思い浮かんだ。あの女所長は絶対に頭に角を生やしているだろう。
 取り出したスマートフォンを見ると、思った通り小百合からの着信が何件も入っていた。通知をスライドで表示させると、「こら」と短いメッセージが来ている。
 怒っている。これは絶対にお怒りだ。

「あーあ帰りたくなかぁ……」

 荷物をおおぞらに置いている以上、帰らないという選択肢は無い。
 「はあ」と深い溜め息をついてから駐車場にとぼとぼと歩いていった。



「おかえりー?」

 おおぞらの駐輪場に着き、テストの点が悪かった小学生のように忍び足で裏口から戻ったところ。
 薄暗くなったホールで待ち構えていた小百合が、不自然極まりない程にこやかな笑顔を浮かべて出迎えてくれた。
 駐輪場に入った時点で察していたが、ホール以外は消灯している事から考えるに、同僚達は全員帰ったようだ。

「ご、ごめんなさい……」
「あら、なんで佐古川君が謝ると? 悪か事した自覚があるとね? あるよね、こっちは午後や送迎の配置考え直す羽目になったんやからっ! まあそれは百歩譲って良いとして、報連相怠りすぎっしょ何年社会人やっとんの!」

 笑顔だった小百合の表情がどんどん険しくなっていく。まさに怒髪天を衝く、という言葉を体現しているかのようだった。

「ごめんなさい……」

 最もすぎる小百合の言葉に謝罪以外何も言えず、シュンと項垂れて怒声を受け止める。

「まあ……反省しとるみたいやし良かけん、今回はお咎め無しにしたげるわ。次からは気ぃ付けんしゃいよ!」

 小百合はそんな自分の様子に「はあ」と深い溜め息をつく。勿論だとばかりに力強く何度も頷いた。

「で。鴻野君とどこさい行ってたと?」

 真正面から聞かれ、流れが流れだった事もあり素直に答えた。
 ランチの時スポーツセンターの話になった事。すると尚也が行きたがったが、志摩子の都合が悪く断念しかけた事。尚也に灯った火をこんな事で絶やしたくなくて、だったらと自分が付き添いに名乗りを上げた事。体育館で尚也が何故か泣いた事。そうこうしている内に帰りがこんな時間になってしまった事を。 

「そかそか、そげん事になっとったか。着いて行ってあげるなんて佐古川君らしかねえ。私は許さんけど。……やけん何で泣いたんやろうね? 嫌な事何も無かったと思うんやけど」
「それは俺も気になったですばってん……今度ね、って鴻野君教えてくれんかったと」
「あら、恥ずかしかったんかな。まあそんなら今度教えてくれるかもね。じゃ、佐古川歩容疑者への事情聴取も終わったし、私はそろそろ帰るばい」

 中学生の息子が居る女所長は納得したように頷き、施設の施錠を自分に託して自動ドアを開いた。
 その姿を見送った後自分もアパートに帰る支度をし、完全に暗くなったおおぞらの施錠を確認して帰った。



 思った通り土日は筋肉痛に襲われた。
 割合動き回る仕事をしているので、もしかしたらそんなに痛まないのでは……と体育館でバテた事も忘れて都合の良い夢を見ていたが、現実はそんなに上手く行ってくれなかった。
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