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第5章 夜明けのプリンス
第20話 「佐古川さんバテるの早くないですか?」
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それから尚也は、十八時を回るまでずっとスポーツを楽しんでいた。
今までの分を取り返すかのように延々とシュートを決め、それに満足したら今度は二階にある卓球――勿論付き合わされた――をやり始めた。そうこうしている内に良い時間になり、志摩子に迎えに来て貰うべく先程連絡を入れ、とろとろと引き上げる支度をしていた。
「あ~疲れた……きつかぁ……」
ボールを拾ってるだけならまだ良かったが、中学時代ぶりにやった卓球で、二の腕から太ももまで至るところが悲鳴を上げる事になった。
明日か明後日、確実に筋肉痛が襲って来るだろう。今日が金曜日な事に感謝しかない。
「佐古川さんバテるの早くないですか?」
水分補給をした後。受付を済ませ、足取り重く出入り口に向かっていたところ、満足気な表情を浮かべている尚也がこちらを振り向きながら言って来た。
「若い子と一緒にせんで……俺、小学校の時のあだ名雑魚川よ? そんなんが体力あるわけ無かやん……」
疲れきった低いテンションで返す。幾ら車椅子に座っているとは言え、同じ空間に居た尚也が涼しい顔をしている事に衰えを感じる。
尚也は自分の言葉におかしそうに笑った一拍後、どこか真剣味を帯びた声で続けてくる。
「佐古川さん、その……佐古川さんは寧ろ良い事をしてくれましたから、気にしないでくださいね」
「んっ?」
尚也が何の話をしているのか、すぐにピンとは来ず首を傾げる。視線を少し下げたところに居る少年の声は僅かに小さい。
「さっきの事です」
ああ! と思わず大きな声が出た。先程泣いた事をこの少年は言っているのだ。
「いやいや、別に良かよ。ばってんそげん風に言われるとばり気になるわぁ。理由ば教えてくれると?」
受付に向かって歩きながら会話を交わす。その件の事は無理に聞くまいと思ったばかりだったが、本人から振って来た事なら気にする事でもないのだろう。
「えーそれはどうしよう。ちょっと恥ずかしいですし……まあ、今度」
と思ったがはぐらかれてしまった。
ええー、と肩を落として落ち込み、帰りの受付を済ませる。
ふふっとおかしそうに笑った尚也と、意を決してまだまだ明るい空が見える自動ドアを潜った。途端、むわっとした空気が肌にまとわり付き、声を揃えて「あっつ」と言っていた。
「佐古川さん中で待ってませんか……? ガチで溶けますよ、これ」
「そやね、車椅子溶けてまうかもね……ばってんお母さんすぐ来ると思うんよ、自動ドアの近くで待ってよっか」
十八時を過ぎると、スポーツセンターの利用者も雰囲気が変わってくる。志摩子を待っている時間だけでも、足を引きずっている会社帰りのサラリーマンや、車椅子に乗った女性が付き添いの女性と自動ドアを開けて中に入っていった。
出ていくグループも多いので、その度冷気が頬を一無でしていき一瞬だけ安心できた。
「暑い……」
尚也が呟いた時、さん・さんプラザの駐車場に赤色の軽自動車が入ってきたのが見えた。光沢のある車を見て「あ」とすぐ近くの少年が呟いたので、この車に志摩子が乗っているのだとすぐ理解する。
思った通り、その車の中から出てきたのはミディアムヘアの女性――志摩子だった。別れた時と同じくばっちりと化粧を決めている。
「お待たせしました! 佐古川さん、有り難う御座います~。尚也、どうだった? ……って、その顔だと楽しめたみたいね。良かった……お母さん嬉しいわ」
先ほどとは別人のように吹っ切れた尚也の表情を見て、志摩子は返事を聞く前に胸を撫で下ろしていた。腫れている目元を見て驚いていたが、特に何も聞かなかったので、やはりこの人はイケメンだと改めて思う。
「じゃっ、帰って夕飯にしようか? おおぞらさんの昼が夏野菜カレーって聞いたら私も食べたくなっちゃって。うちもカレーにしちゃったわ」
尚也の車椅子を持った女性は、雪解けを目の当たりにしたかのようにアイシャドウの乗った目を細めて息子に話し掛ける。そのまま駐車場まで行き、畳んだ車椅子をトランクに乗せる作業を手伝った。
鴻野家の今日の夕飯はカレー。
羨ましいと思うと同時に、自分の舌も「カレーば食べたい!」と疼き始めた気がした。なら今晩はカレーだ、と誓いを立てる。
今までの分を取り返すかのように延々とシュートを決め、それに満足したら今度は二階にある卓球――勿論付き合わされた――をやり始めた。そうこうしている内に良い時間になり、志摩子に迎えに来て貰うべく先程連絡を入れ、とろとろと引き上げる支度をしていた。
「あ~疲れた……きつかぁ……」
ボールを拾ってるだけならまだ良かったが、中学時代ぶりにやった卓球で、二の腕から太ももまで至るところが悲鳴を上げる事になった。
明日か明後日、確実に筋肉痛が襲って来るだろう。今日が金曜日な事に感謝しかない。
「佐古川さんバテるの早くないですか?」
水分補給をした後。受付を済ませ、足取り重く出入り口に向かっていたところ、満足気な表情を浮かべている尚也がこちらを振り向きながら言って来た。
「若い子と一緒にせんで……俺、小学校の時のあだ名雑魚川よ? そんなんが体力あるわけ無かやん……」
疲れきった低いテンションで返す。幾ら車椅子に座っているとは言え、同じ空間に居た尚也が涼しい顔をしている事に衰えを感じる。
尚也は自分の言葉におかしそうに笑った一拍後、どこか真剣味を帯びた声で続けてくる。
「佐古川さん、その……佐古川さんは寧ろ良い事をしてくれましたから、気にしないでくださいね」
「んっ?」
尚也が何の話をしているのか、すぐにピンとは来ず首を傾げる。視線を少し下げたところに居る少年の声は僅かに小さい。
「さっきの事です」
ああ! と思わず大きな声が出た。先程泣いた事をこの少年は言っているのだ。
「いやいや、別に良かよ。ばってんそげん風に言われるとばり気になるわぁ。理由ば教えてくれると?」
受付に向かって歩きながら会話を交わす。その件の事は無理に聞くまいと思ったばかりだったが、本人から振って来た事なら気にする事でもないのだろう。
「えーそれはどうしよう。ちょっと恥ずかしいですし……まあ、今度」
と思ったがはぐらかれてしまった。
ええー、と肩を落として落ち込み、帰りの受付を済ませる。
ふふっとおかしそうに笑った尚也と、意を決してまだまだ明るい空が見える自動ドアを潜った。途端、むわっとした空気が肌にまとわり付き、声を揃えて「あっつ」と言っていた。
「佐古川さん中で待ってませんか……? ガチで溶けますよ、これ」
「そやね、車椅子溶けてまうかもね……ばってんお母さんすぐ来ると思うんよ、自動ドアの近くで待ってよっか」
十八時を過ぎると、スポーツセンターの利用者も雰囲気が変わってくる。志摩子を待っている時間だけでも、足を引きずっている会社帰りのサラリーマンや、車椅子に乗った女性が付き添いの女性と自動ドアを開けて中に入っていった。
出ていくグループも多いので、その度冷気が頬を一無でしていき一瞬だけ安心できた。
「暑い……」
尚也が呟いた時、さん・さんプラザの駐車場に赤色の軽自動車が入ってきたのが見えた。光沢のある車を見て「あ」とすぐ近くの少年が呟いたので、この車に志摩子が乗っているのだとすぐ理解する。
思った通り、その車の中から出てきたのはミディアムヘアの女性――志摩子だった。別れた時と同じくばっちりと化粧を決めている。
「お待たせしました! 佐古川さん、有り難う御座います~。尚也、どうだった? ……って、その顔だと楽しめたみたいね。良かった……お母さん嬉しいわ」
先ほどとは別人のように吹っ切れた尚也の表情を見て、志摩子は返事を聞く前に胸を撫で下ろしていた。腫れている目元を見て驚いていたが、特に何も聞かなかったので、やはりこの人はイケメンだと改めて思う。
「じゃっ、帰って夕飯にしようか? おおぞらさんの昼が夏野菜カレーって聞いたら私も食べたくなっちゃって。うちもカレーにしちゃったわ」
尚也の車椅子を持った女性は、雪解けを目の当たりにしたかのようにアイシャドウの乗った目を細めて息子に話し掛ける。そのまま駐車場まで行き、畳んだ車椅子をトランクに乗せる作業を手伝った。
鴻野家の今日の夕飯はカレー。
羨ましいと思うと同時に、自分の舌も「カレーば食べたい!」と疼き始めた気がした。なら今晩はカレーだ、と誓いを立てる。
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