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第1章 おおぞらは空の下
第5話 「どうかしたと?」
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「……俺博多駅あんま使わんですばいおおぞらから犯罪者は出んです安心して良かです」
思わず早口で一気に喋ると、「そういう問題じゃないでしょ」と冷たい声が返って来て、小百合は助手席に座りシートベルトを引く。自分もアプリゲームのログインボーナスを貰った事を確認し、スマートフォンをポケットに戻し、送迎車のエンジンをかけた。
「藤沢さん」
窓の外の景色が動き出した時、小百合に話し掛ける。
「……例の計画やけど、鴻野君の」
うん、と短く小百合が相槌を打った。
「俺、やっぱり鴻野君に笑って欲しかですたい。笑う事が何かのきっかけになると思いますし、単純に見たいです」
「そう。……旦那が言ってたんやけど」
簡潔に頷いた小百合の旦那は病院で働く理学療法士だ。
視線を隣に座るショートカットの女性にちらっと向ける。今日は白色のティーシャツだ。
「十代で障害を負う事になってしまう子は、障害が重ければ重い程、鴻野君みたいに塞ぎ込んでまう傾向にあるんやって。鬱……ちゅーより、人生詰んだー、どうせ治らんしーって投げやりになりがちなんやと。そげな事聞くとさ、やっぱり私達で励まそうなんて高慢かなぁ思うんやけど、それについてはどげん思っとるの?」
滑舌の良い小百合の声がエアコンのブオオという音にかき消されてしまいそうだった。
「ん。ばってん、旦那さんはそれが不治の病や言うてないっしょ? 誰もが通る道なら絶対出口があるもんですばい! やったら高慢やないと俺は思うたいよ。人を笑顔にさせる事に職業が関係あるって考えのが高慢や俺は思うたい。少しは勉強したんで地雷は踏まんと思うです。藤沢さんやみんなが乗り気やのうても、俺やるたいよ!」
角を曲がると、一番最初に迎えに行く山崎家の青々しい畑が視界に飛び込んできた。夏の作物はどれも太陽に夢中で、見ているこちらまで気持ちが良い。
「そう、まあ程々にやれば。でもね賛成はせんけん仕事ば優先しーよ、それは忘れんで。それで、名前は決めたと?」
「ん。スマイリング・プリンスと!」
速度を落としながら畑道を進み、ドヤ顔で口を動かした。
「……なんそれ、言いたい事しか分からんわぁ。まっいっか、仕事やろ」
「イエスマムッ!」
事に頬を持ち上げて返事をする。「私は船長やない」とにべもなく小百合は返し、扉を開けてすでに玄関で待っていた山崎母子に挨拶をする。自分もペコリと頭を下げた。
「山崎さんお早うございます。先日はきゅうり有り難うございました美味しかったです」
「お早う藤沢さん佐古川さん。あ~だったら良かったばい! いっつも手伝って貰っとるし、今年一番最初のきゅうり、おおぞらの方達に食べて貰いたかったんよ~」
「嬉しいです。あの味噌ディップも美味しかったです、何入ってるんですか?」
「あっ、あれねぇ……」
方言を控えた小百合は母親と味噌ディップのレシピで盛り上がりながら、きちんとダウン症の息子を助手席に誘導している。流石所長、こういう手際の良さは慣れた物で運転担当の歩がサポートをする隙もなかった。
「じゃあ山崎さん、行ってきまーすっ!」
「行って来ます」
「行ってらっしゃい、いつも有り難うね」
良く日焼けした初老の女性に見送られながら、白い車は畑道を引き返し、次の利用者の家へと向かった。
小百合と山崎の短い会話が暫し交わされていたが次第にそれも途絶え、車内にはラジオから流れるJPOPしか聞こえなくなった――その時。
「あっ」
誤タップした時のような小百合の声がした。
「どうかしたと?」
「今日味処奥津のお昼ご飯、茄子の挟み揚げやん。今晩麻婆茄子にしようと思ったのに、馬鹿……っ!」
献立表見忘れた、と嘆く小百合になんだかどっと疲れてしまった。
「……食材続きくらいええやないですか? 俺良くやるたいよ?」
「そういう問題じゃなかとよ、四人家族と一人暮らし比べんとくれる? 佐古川君は主婦の気持ちも勉強しんしゃい!」
小百合がぶつぶつ言っている中次の利用者の送迎も問題無く終え、車内がどんどん賑やかになっていく。
笑い声があちこちから聞こえてくるおおぞらが、歩は何よりも好きだ。
「ソシャゲ以外の趣味は仕事」と言ったら大家さんに笑われた事もあったが、本当の事だから仕方ない。介護職は腰に響く事も多いが、笑顔が間近で見られる事が嬉しい。
「佐古川君、またまた何ニヤついてると? 本当捕まるたいよ?」
「なんでも無かですばい!」
返すと同時におおぞらの瓦屋根が見えてきて、駐車場に入る準備をする。
今日は月曜日、自然と気合が入った。
思わず早口で一気に喋ると、「そういう問題じゃないでしょ」と冷たい声が返って来て、小百合は助手席に座りシートベルトを引く。自分もアプリゲームのログインボーナスを貰った事を確認し、スマートフォンをポケットに戻し、送迎車のエンジンをかけた。
「藤沢さん」
窓の外の景色が動き出した時、小百合に話し掛ける。
「……例の計画やけど、鴻野君の」
うん、と短く小百合が相槌を打った。
「俺、やっぱり鴻野君に笑って欲しかですたい。笑う事が何かのきっかけになると思いますし、単純に見たいです」
「そう。……旦那が言ってたんやけど」
簡潔に頷いた小百合の旦那は病院で働く理学療法士だ。
視線を隣に座るショートカットの女性にちらっと向ける。今日は白色のティーシャツだ。
「十代で障害を負う事になってしまう子は、障害が重ければ重い程、鴻野君みたいに塞ぎ込んでまう傾向にあるんやって。鬱……ちゅーより、人生詰んだー、どうせ治らんしーって投げやりになりがちなんやと。そげな事聞くとさ、やっぱり私達で励まそうなんて高慢かなぁ思うんやけど、それについてはどげん思っとるの?」
滑舌の良い小百合の声がエアコンのブオオという音にかき消されてしまいそうだった。
「ん。ばってん、旦那さんはそれが不治の病や言うてないっしょ? 誰もが通る道なら絶対出口があるもんですばい! やったら高慢やないと俺は思うたいよ。人を笑顔にさせる事に職業が関係あるって考えのが高慢や俺は思うたい。少しは勉強したんで地雷は踏まんと思うです。藤沢さんやみんなが乗り気やのうても、俺やるたいよ!」
角を曲がると、一番最初に迎えに行く山崎家の青々しい畑が視界に飛び込んできた。夏の作物はどれも太陽に夢中で、見ているこちらまで気持ちが良い。
「そう、まあ程々にやれば。でもね賛成はせんけん仕事ば優先しーよ、それは忘れんで。それで、名前は決めたと?」
「ん。スマイリング・プリンスと!」
速度を落としながら畑道を進み、ドヤ顔で口を動かした。
「……なんそれ、言いたい事しか分からんわぁ。まっいっか、仕事やろ」
「イエスマムッ!」
事に頬を持ち上げて返事をする。「私は船長やない」とにべもなく小百合は返し、扉を開けてすでに玄関で待っていた山崎母子に挨拶をする。自分もペコリと頭を下げた。
「山崎さんお早うございます。先日はきゅうり有り難うございました美味しかったです」
「お早う藤沢さん佐古川さん。あ~だったら良かったばい! いっつも手伝って貰っとるし、今年一番最初のきゅうり、おおぞらの方達に食べて貰いたかったんよ~」
「嬉しいです。あの味噌ディップも美味しかったです、何入ってるんですか?」
「あっ、あれねぇ……」
方言を控えた小百合は母親と味噌ディップのレシピで盛り上がりながら、きちんとダウン症の息子を助手席に誘導している。流石所長、こういう手際の良さは慣れた物で運転担当の歩がサポートをする隙もなかった。
「じゃあ山崎さん、行ってきまーすっ!」
「行って来ます」
「行ってらっしゃい、いつも有り難うね」
良く日焼けした初老の女性に見送られながら、白い車は畑道を引き返し、次の利用者の家へと向かった。
小百合と山崎の短い会話が暫し交わされていたが次第にそれも途絶え、車内にはラジオから流れるJPOPしか聞こえなくなった――その時。
「あっ」
誤タップした時のような小百合の声がした。
「どうかしたと?」
「今日味処奥津のお昼ご飯、茄子の挟み揚げやん。今晩麻婆茄子にしようと思ったのに、馬鹿……っ!」
献立表見忘れた、と嘆く小百合になんだかどっと疲れてしまった。
「……食材続きくらいええやないですか? 俺良くやるたいよ?」
「そういう問題じゃなかとよ、四人家族と一人暮らし比べんとくれる? 佐古川君は主婦の気持ちも勉強しんしゃい!」
小百合がぶつぶつ言っている中次の利用者の送迎も問題無く終え、車内がどんどん賑やかになっていく。
笑い声があちこちから聞こえてくるおおぞらが、歩は何よりも好きだ。
「ソシャゲ以外の趣味は仕事」と言ったら大家さんに笑われた事もあったが、本当の事だから仕方ない。介護職は腰に響く事も多いが、笑顔が間近で見られる事が嬉しい。
「佐古川君、またまた何ニヤついてると? 本当捕まるたいよ?」
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