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第12話 死の追いかけっこ
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ダッと何かが地面を蹴る強い音もすぐに続いた。剣を持ったロベルトがこちらの腹部目掛けて向かってきていた。
不味い、と咄嗟に体を上体に逸らしたが、反応が遅すぎた。逸らし遅れた腕を切っ先が抉っていく。
「──っ」
びりっと高圧電流が走ったような痛みが左腕を支配する。殴打とは全く違う痛みに顔を歪めた。血が、破れた作業服の生地を赤く染め上げていく。
ぼたり、ぼたり、と腕から流れた血が地面に落ちる。
「ちっ……ちょこまかと往生際の悪い奴だ。次は今度こそ足を狙ってやる!」
腕だったからまだこの程度で済んでいるが、足を刺されたらその時点で捕まってしまう。そして生きたままロベルトに食べられ、あの少女にももう会えなくなる。
それは背筋に寒気が走るほど怖くて、嫌だった。ようやく見付けた場所なのだ。
先程ロベルトが急いでいる理由に気がついたので、防戦一方になる理由はもうない。失敗すればもう他に手段が思いつかないが、やるしかない。
ギリッと一度歯を噛み締め、ブラッドはきびすを返した。
「待て!」
苛立ちをあらわにした怒鳴り声を背中に聞きながら、ブラッドは花畑を後にした。
向かう先は自分が目を覚ました所、焚火のある空き地だった。
花畑から空き地まで近かったようで、森の中だろうと迷うことなく辿り着けた。
空き地の中央には変わらず焚火が燃えている。周囲の空気を飲み込みながら、パチパチと静かに己の存在を主張していた。
人一人ゆうに飲み込めそうな焚火は、もしかしたら自分を炙るためにあったのだろうか。その時のロベルトはきっと、最高級の肉を味わっているような至高の表情を浮かべているのだろう。
口周りを拭くこともせず貪りついている姿が目の裏に浮かび、ブラッドはその映像を振り払うように首を左右に振った。
「血が落ちている先にお前がいるんだから見付けるのも簡単だな。そろそろ本当に時間がないんだ、もうお前と遊んでいる暇はない」
後ろからロベルトの淡々とした声が聞こえてきた。顔だけで振り返る。
「俺は、もっとあんたから逃げるつもりなんだけど。あんたの時間が切れるまでね」
落ち着いて返したつもりだったが、息が上がっていた。最後にふうと息をつき再びロベルトから離れるように走り出す。
ちらっと見えたロベルトは、自分の狙いに気付き盛大に舌打ちしていた。そしてすぐに自分を追いかける足音が聞こえてくる。
この距離だ。
剣を持った相手に背中を向けて逃げることはしたくないし、やる気もない。
ブラッドは焚火の周辺を逃げ始めた。逃げ回ると同時に先程拾っておいた石を取り出す。
足音や距離からロベルトがちょうど反対側にいることが感じられる。
ブラッドはそれを感じ、焚火が自分を隠してくれている内に石を地面に落とした。
地面に二つ、決して無視出来ない程の大きさの石を落とす。
それだけのことだが、余裕のない今のロベルトなら何周かしたら足を引っ掻ける筈だ。頭に血が上っているロベルトなら簡単に引っかかってくれるだろう。
そうしたら態勢を崩させることが可能で、その間に動きを封じることが出来れば、自分はあの村に戻れる筈だ。
石に引っ掛からなかったら、と思うとおぞましい。が、賭けることにした。
落としたことにロベルトは気付かなかったようだが、タイミングよく足を石に引っ掛けることなくこちらを追い掛け回してくる。
元気だなクソ、と内心舌打ちして、自分が石につまづかないよう注意しながらロベルトから逃げる。逃げる。
「待て…っつ!!」
頭の中がじわじわと白くなっていた頃、ロベルトが声を詰まらせる音が聞こえてきた。
視界の端に態勢を崩し前のめりになっているロベルトが映り、今だと思った。足で地面を削るように急ブレーキをかけ、体のバネを使ってロベルトに飛び掛かった。
「うわあああ!」
態勢が崩れた人物の上に乗るのは、両手が塞がれた状態で歩く時よりもずっと簡単だった。
「おい!」
ロベルトが鋭い声を上げるが、構ってはいられない。
ロベルトの髪の毛を掴み、顔を側面から焚火に押し付ける。
「ぐあ、ぁあああ……!!」
自分の手も態勢もあるので、顔面全部を焚火の中に入れることは難しかったが、それでも動けないくらい苦痛であることには変わりないようで、獣じみた悲鳴を挙げている。髪が燃える嫌な臭いが周囲に漂う。
髪から襟に掴む場所を変え、今度はがっつりと顔を火に押し付けた。顔面が全部火に埋まったせいか、咆哮とも言えるロベルトの絶叫もぷつりと消えてしまった。
股の下の体は抵抗を続けじたばたと悶えているので、振り払われないよう注意を払う。眉を寄せ表情が険しくなる。
ロベルトの動きを封じている間、自分の手ぎりぎりのところに火があるのでずっと汗が流れていた。火は当たっていなくても火傷くらいにはなるだろう。
けれどロベルトの動きは封じた。
死ねないロベルトには辛い状況であるようだ。
後は契約の時間が過ぎ、ロベルトの時が動き出すまで我慢すればいい。
ブラッドは浅い呼吸を繰り返していた。まだ不老不死にあるロベルトは身もだえ、炎から逃れようと足掻いている。
火の間近にある手が不自然な悲鳴を絶えず上げ始めた頃、ロベルトの体に異変が起こった。
不味い、と咄嗟に体を上体に逸らしたが、反応が遅すぎた。逸らし遅れた腕を切っ先が抉っていく。
「──っ」
びりっと高圧電流が走ったような痛みが左腕を支配する。殴打とは全く違う痛みに顔を歪めた。血が、破れた作業服の生地を赤く染め上げていく。
ぼたり、ぼたり、と腕から流れた血が地面に落ちる。
「ちっ……ちょこまかと往生際の悪い奴だ。次は今度こそ足を狙ってやる!」
腕だったからまだこの程度で済んでいるが、足を刺されたらその時点で捕まってしまう。そして生きたままロベルトに食べられ、あの少女にももう会えなくなる。
それは背筋に寒気が走るほど怖くて、嫌だった。ようやく見付けた場所なのだ。
先程ロベルトが急いでいる理由に気がついたので、防戦一方になる理由はもうない。失敗すればもう他に手段が思いつかないが、やるしかない。
ギリッと一度歯を噛み締め、ブラッドはきびすを返した。
「待て!」
苛立ちをあらわにした怒鳴り声を背中に聞きながら、ブラッドは花畑を後にした。
向かう先は自分が目を覚ました所、焚火のある空き地だった。
花畑から空き地まで近かったようで、森の中だろうと迷うことなく辿り着けた。
空き地の中央には変わらず焚火が燃えている。周囲の空気を飲み込みながら、パチパチと静かに己の存在を主張していた。
人一人ゆうに飲み込めそうな焚火は、もしかしたら自分を炙るためにあったのだろうか。その時のロベルトはきっと、最高級の肉を味わっているような至高の表情を浮かべているのだろう。
口周りを拭くこともせず貪りついている姿が目の裏に浮かび、ブラッドはその映像を振り払うように首を左右に振った。
「血が落ちている先にお前がいるんだから見付けるのも簡単だな。そろそろ本当に時間がないんだ、もうお前と遊んでいる暇はない」
後ろからロベルトの淡々とした声が聞こえてきた。顔だけで振り返る。
「俺は、もっとあんたから逃げるつもりなんだけど。あんたの時間が切れるまでね」
落ち着いて返したつもりだったが、息が上がっていた。最後にふうと息をつき再びロベルトから離れるように走り出す。
ちらっと見えたロベルトは、自分の狙いに気付き盛大に舌打ちしていた。そしてすぐに自分を追いかける足音が聞こえてくる。
この距離だ。
剣を持った相手に背中を向けて逃げることはしたくないし、やる気もない。
ブラッドは焚火の周辺を逃げ始めた。逃げ回ると同時に先程拾っておいた石を取り出す。
足音や距離からロベルトがちょうど反対側にいることが感じられる。
ブラッドはそれを感じ、焚火が自分を隠してくれている内に石を地面に落とした。
地面に二つ、決して無視出来ない程の大きさの石を落とす。
それだけのことだが、余裕のない今のロベルトなら何周かしたら足を引っ掻ける筈だ。頭に血が上っているロベルトなら簡単に引っかかってくれるだろう。
そうしたら態勢を崩させることが可能で、その間に動きを封じることが出来れば、自分はあの村に戻れる筈だ。
石に引っ掛からなかったら、と思うとおぞましい。が、賭けることにした。
落としたことにロベルトは気付かなかったようだが、タイミングよく足を石に引っ掛けることなくこちらを追い掛け回してくる。
元気だなクソ、と内心舌打ちして、自分が石につまづかないよう注意しながらロベルトから逃げる。逃げる。
「待て…っつ!!」
頭の中がじわじわと白くなっていた頃、ロベルトが声を詰まらせる音が聞こえてきた。
視界の端に態勢を崩し前のめりになっているロベルトが映り、今だと思った。足で地面を削るように急ブレーキをかけ、体のバネを使ってロベルトに飛び掛かった。
「うわあああ!」
態勢が崩れた人物の上に乗るのは、両手が塞がれた状態で歩く時よりもずっと簡単だった。
「おい!」
ロベルトが鋭い声を上げるが、構ってはいられない。
ロベルトの髪の毛を掴み、顔を側面から焚火に押し付ける。
「ぐあ、ぁあああ……!!」
自分の手も態勢もあるので、顔面全部を焚火の中に入れることは難しかったが、それでも動けないくらい苦痛であることには変わりないようで、獣じみた悲鳴を挙げている。髪が燃える嫌な臭いが周囲に漂う。
髪から襟に掴む場所を変え、今度はがっつりと顔を火に押し付けた。顔面が全部火に埋まったせいか、咆哮とも言えるロベルトの絶叫もぷつりと消えてしまった。
股の下の体は抵抗を続けじたばたと悶えているので、振り払われないよう注意を払う。眉を寄せ表情が険しくなる。
ロベルトの動きを封じている間、自分の手ぎりぎりのところに火があるのでずっと汗が流れていた。火は当たっていなくても火傷くらいにはなるだろう。
けれどロベルトの動きは封じた。
死ねないロベルトには辛い状況であるようだ。
後は契約の時間が過ぎ、ロベルトの時が動き出すまで我慢すればいい。
ブラッドは浅い呼吸を繰り返していた。まだ不老不死にあるロベルトは身もだえ、炎から逃れようと足掻いている。
火の間近にある手が不自然な悲鳴を絶えず上げ始めた頃、ロベルトの体に異変が起こった。
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