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track 05 「萎んで終わった」

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 ひと月の内の数日間、喪う事を強要される。

 耳の奥に嵐が起こってとても心を乱される。

 だから返してもらう。

 だからあなたたちから返してもらう。

 いけない事だと分かっているけど。

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 少しだけ、あなたの手首を切らせて欲しい。

 最中にそう伝えると大概の男は萎んで終わった。

 きっと罪悪感を拭う為、去り際に札片を撒いていくものもあった。

 いつだって可哀想なのはあなたたち。

 本当は立つ瀬なんてないあなたたち。

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 それを私が暴いたなんて、見当違いも甚だしい。

 道理に昏いあなたの握る、逆恨みの刃が私を毀す。

 気の毒な私、残念な私。

 毀される瞬間が延々と続く、繰り返される瞬間を私は生き続けている。

 不幸な私、救われない私。

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 恨み、呪い、殺す。

 いつか私の怨念は必ずあなたを無惨に殺す。

 この場所から誰も私を引き剥がせなかった理由はその一念が故。

 なのに心が千切られた。

 耳の奥に逆巻く風が思考に至る萌芽の全てを掻っ攫った、私を伽藍に置き去った。

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 だからお前を憑り殺さねばならぬ道理。

 頼みもしないのに踏み入って、勝手に同情して、一方的に喋って満足して帰ったお前。

 お前が、昨日観た野球の試合の内容にどうして私が興味を持つと考えたのか不思議でならない。

 その身勝手な振る舞いこそがお前を殺す。

 毀され続けた恨みつらみがお前に憑りついて殺す待っていろ。

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 河童。

 河童。

 河童が守護霊だとして特に驚きはない、けれど功夫着姿には違和感を禁じ得ない。

 使うのはたぶん截拳道、親指で自分の鼻を弾く仕草はお道化、それとも挑発。

 いずれ野球馬鹿に憑りつく為に河童を斃す必要があるのなら私に、やらない道理はない。

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track 05 「萎んで終わった」

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 そんな馬鹿な。

 出鱈目な、道理に外れた、優しくもない蹴りの一発で。

 私が昇る破目に陥るなんて。

 重いと幾度も拒絶された私の怨念が想いの籠らぬ蹴りの一発で。

 昇る破目に陥るなんて。

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 それとも、無間に殺され続けるあの場所が光の届かない闇だったならば。

 閉ざされて出られずにいただけならば。

 道理に昏いのは可哀想な私。

 それを暴いたのは馬鹿と河童。

 それとも私は、誰を呪い殺したなら納得がいったんだろう。

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 私は死ぬ。

 心を伽藍にされたから。

 私は死ぬ。

 なにも為せないと分かってしまったから、だから。

 私は、死ぬ。



('21.11.23)
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