特売小説短編

杉山

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#18 How to write a shitty novel 3: Dead End

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 愛を詠うでなく、孤独を叫ぶでなく、怒りを叩き付けるでもない。

 ただ自らを慰めようという逃避であり、空虚から目を背けようという誤謬であり、不満を押し流そうという作業に過ぎない。我慢を強いられて遵わざるを得ず、明るい色も楽しい音も届かない地下室に閉じ篭もり壁に死体を塗り込めているに過ぎない。

 死体の数は増え続けている。

 塗り込めた筈が息を吹き返してまたぞろ塗り込めろと苦痛を訴える。

 延々と続く。

 何故なら死体が自らのものであるが故にその作業は延々と続き、地下室からの脱出は叶わない。

 愛を詠うでなく孤独を叫ぶでなく怒りを叩き付けるでもない、目標を持った途端にその作業は行為に変容するがしかし果たして満足する形に結実する事が決してないと自明なのだから。

 その地下室には決して、明るい色も楽しい音も届いて来はしないのだ。

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 一年を費やして彼女の心を動かした。そして面接の日を迎えた。

 果たして杉山は、希望の糸を絶ち切られ目の前を暗闇に閉ざされ落胆喪心し、色も音も自己の存在も認識不可能になるどこかへ俺を逃がしてくれと願わずには居れなかった。

 なにしろブスだった。

 インターネット上の匿名掲示板の片隅でひっそりとlineのIDを晒し友人を探していたところに接触、そして懇意になった彼女が想像以上にブスだった。

 その大惨事を予感させるキーワードは彼女のメッセージ上に幾らでも散見された。しかし、恋人が出来た事が一度もないという打ち明け話には恋愛に対する興味が希薄だった結果とその事実を解釈し、自撮り要求に応えた途端に音信不通が常と知れば外見で人を判断するなど言語道断と反論した。

 満身創痍、行く手にかざすべくの情熱も風前の灯火、酷く弱った心が地下牢に閉ざされてしまう前にその場所から離れる為には彼女こそが唯一の光明、そんなふうに思い込んでしまったが最後、ものの本をなぞり意に染まない手練手管をも駆使し、この一年の間我武者羅に無我夢中に一意専心に彼女を口説いた。果たしてその努力を結実させ面接まで漕ぎ着けた。

 そして彼女がブスだった。

 賭けたチップを首切り鎌で全没収していった死神の笑い声がいつまでも脳内で反響していた。

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 宇宙人などいない。

 と、その時々の話題に何かと関連付けてはそう主張している級長の横関くんは、スポーツ用品店主催のサッカー教室では元プロ選手の指導員から熱視線を送られ、インディーズながら全国流通盤の発売を控えるバンドの正式メンバーとしてドラムを担当し、日商簿記検定試験二級合格を目指す、爽やかな言動と外見で隣の中学校にもファンがいるくらいのスーパー小学生。

 だけど彼の主張は隠れ蓑、僕は横関くんこそが宇宙人なんじゃないかと疑いを持っている。

 何故なら僕は見てしまったのだ。

 体育の授業中、誰も居ない教室で素っ裸になった横関くんが下山田さんの縦笛を股間にあてがい前後に動かしながら奇声をあげている様子を。

 あれはきっと雲の上にいる母船と通信する為の儀式に違いないのだ。

 ちなみに下山田さんはブスだ。

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 駅前のロータリー沿いの歩道、戯言を走らせた色紙を並べた詩人が男の浮気をテーマに一くさり講釈を打つというので足を止めた。うっかり最後まで聴いてしまった。

 その講釈とやらは不安を植え付けた上での対処法伝授までを一連とする保険商品の押し売り紛い、或いはエンタテインメントがそれを行ったならば浅薄千万のマッチポンプ、そう断じて彼の者を一笑に付したが、しかし杉山は、そうする事で勝利した気分を貪り自信回復を図っている自分こそが卑小であり余程打ちのめされているのではないかと、複雑な感情を覚えてそしてただただ、苦笑いを浮かべた。

 愛を詠ったとて孤独を叫んだとて怒りを叩き付けたとて、そのいずれも自分を慰めはしないのだから苦笑いを浮かべるしかなかった。

 何しろブスだったのだ面接相手の彼女が。

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 奥さん米屋です。

 それが私と、彼の間でだけ通じる愛の言葉。昂る感情を伝えずにはいられない、けれど直接的な言葉は照れ臭い、そうした彼の可愛らしい一面が感じられる秘密の決まり事。

 今日は二ヶ月振りに彼に会える日。

 お互いに忙しく電話する時間もなかなか取れなかったけれど、気持ちはいつも一緒だったよね。今日はいっぱいお話ししようね。

 ちょっと愚痴っぽくなっちゃうかもだけど、こないだ仕事で失敗した時の話、聞いてね。lineでもちょっと言ったけど、弟にお風呂を覗かれた話もするね。

 私はあなたに話したい事がいっぱいあるよ。あなたは私にどんな事を話してくれるかな。いっぱいいっぱい、お話ししようね。

 そして話し疲れたら、きっとあなたは私に言うの。

 奥さん米屋です、って。

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 書いても書いても終わらねえ。

 書いても書いても埋まらねえ。

 書いても書いても治らねえ勝てねえ戻らねえ納得いかねえ。

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 君は、メイド喫茶で抹茶フロートを飲み干した直後のブルーな気分を味わった事があるか。

 君は、メイド喫茶で抹茶フロートを飲み干した直後にブルーな気分を抱いたりはしないのか。

 空になった硝子容器に柄の長いスプーンを投げ入れた時の、僕らのテーブルの上でだけ踊る軽やかで涼やかで少女たちの明朗な笑い声のようなあの音はしかし、楽しかった一日の終わりを告げる物哀しいチャイムだ。

 終電に間に合うには残りはあと何分か、そんな事を考えなくちゃいけない。

 そんな事を考えなくちゃいけないのだとチャイムが僕らを急き立てるのだ。

 読み終わらない本はない、海に着かない川はない、いずれ絶頂に達したならば後始末が残るだけ。時間の流れが不可逆だなんて経験則に照らすまでもなく理解している。

 だけど待ってくれ、ボックスティシューに手を伸ばすのはもう少しの間だけ待ってくれ。

 君は、メイド喫茶で抹茶フロートを飲み干した直後に日付変更を間近に感じ憂鬱な気分になったりはしないのか。

 俺はなるんだ、俺はなるんだメイド喫茶で抹茶フロートを飲み干した直後にブルーな気分に。

 だからさ、だからさぁ君、だからねえ君、約束をしようじゃないか僕らがまたメイド喫茶でテーブルを囲み談笑して過ごす次の一日を。たとえ延期されたって、宙に浮かぶしゃぼん玉のように風に消されてそのまま果たされなくたって、今のこの憂鬱な気分を少しでも軽くする為にそう、約束をしようじゃないかねえ君。今日という日は終わるけれどまた次の楽しい一日が約束を今しておけばやがて来るんだよ、ねえ君。

 ああ、そうだねえ。

 抹茶フロートは美味しいねえ、甘いねえ。

 或いは期間限定のメニューであるなら今はただ味わうべきだねえ目の前の抹茶フロートを。

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 苦し紛れに記憶の断片を寄せ集めて束ね、表紙にそれらしい表題を記入。

 以上が、小説の作り方のその全工程となります。

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 健全なるの健全なる営みを対岸から指を銜えて眺めていて湧き起こる陰性思念を僅かでも健全なるに返却するべくに見栄えのする包装紙に包む。

 以上が、小説の作り方のその全工程となります。

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 こんな実にならない事やってらんねえよ馬鹿馬鹿しいもう辞めっちまおうぜ、と思って閉じたファイルを他にする事もないからという理由でまた開く。

 以上が、小説の作り方のその全工程となります。

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 才能とは実益を生む技能、詰まり技術の事を言います。

 情熱とは技術を買う財力のない者が逃げ込む最後の砦の事を言います。

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 自分とはなにかと悩む僕の前に野良の猫ちゃんがやってきてこう言った。

 にゃー、と。

 にゃんと素晴らしい御言葉だろうか、にゃー。

 そうなのだ自分とはにゃーなのだ。

 そうなのだ自分とは高々にゃーなのだ、それが真理だ。

 ありがとう猫ちゃん。

 ミルクを飲むかい、目の玉も飛び出るほど高価な煮干も買ってあげようね。

 孤高なる猫ちゃんはキャットフードなんて口にしちゃ駄目だ、あんなものは豚の餌だ。

 にゃー。

 他人とはなにかと考える僕の前に野良犬先生がやってきてこう仰られた。

 わん、と。

 わんっだふるです素敵です、犬先生、わん。

 そうなのだ他人とはわんなのだ。

 そうなのだ他人とは所詮わんなのだ、それが前提だ。

 感服しました犬先生。

 骨などお食べになりますか、愚かなるものが紡いだくだらぬ歴史の成れの果てたる骨を。

 崇高なる犬先生にドッグフードなどお似合いではありません、あんなものは豚の餌です。

 わん。

 人間とはなにかと問い掛けた僕にあなたは黙って服を脱いで裸を見せてくれた。

 ぼっきーん。

 現実とはなんとわんだふるなんだにゃー、ぼっきーん。

 独り善がりな妄想の果てに見る現実とはなんと悪意に満ちてわんだふるなんだ。

 にゃー。

 ぼっきーん。

 ところでお小遣いの二万円とは別にホテル代も食事代も僕持ちだよね、そうだよね当たり前だよね余計な事を訊いてしまってすいませんでした。

 にゃんてわんだふるな現実だろうか。

 ぼっきーん。

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 随分と深くなるまで掘っていた事に気付き、自分でも驚いた。

 それとも、良くも悪くも無恥厚顔にして鈍感だという自己認識は願望交じりの錯覚、潜在意識下では自分は自分の生き方を恥じているという事なのだろうか、それほど自分を深くに埋めてしまいたいと思っていたのだろうか。

 穴を掘り進める作業を休んでそんな事を考えていたそのちょうどのタイミングに、僕の遥か頭上に位置する入り口から底を覗き込んだ誰かが、頑張れ、と言って寄越した。いつか自らを埋葬する為の墓穴を掘る僕に頑張れと言って寄越した。

 その誰かに届くかどうかは別としてともかく僕は、ありがとうと応えた。もっと深く掘らなくてはと内心で溜め息を溢しながら。

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 選択の誤りではなくそもの権利がなかっただけの事、その結果の惨憺たる現状を自らの怠惰や甘えが招いたものとするなら略奪による充当もまた順当な手段であると訴える他ない。

 以上が、ものづくりに臨む動機となります。

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 そもが、恋愛義務履行証書の入手を目的としたこれは偽装恋愛であると互いに認識を同じくし、予防線を張るように面接もまた冗談の延長に過ぎないと茶化してもいた。だから、相手の見た目を理由に落胆するという事は冗談も理解出来ない不届きものと自己紹介をするに等しい。

 ならば当初の目的に立ち返るまで、恋愛義務履行証書発行の条件を満たす為、杉山は連れ込み宿へと誘った、ブスを。

 果たして。

 再三の面接の誘いをのらくらと躱しつつ挙句に渋々乗せられた体で応じて見せたが本心では今日を楽しみにしていた、杉山に対しても好印象を抱いた、だから裏切るような真似は心苦しいが自分にも譲れない一線がある事をどうか理解して欲しい、などと長々とした前置きの後に、ブスが、四日前に事態が急転、バイト先の店長と交際する事になったと宣った。

 恋人ではない相手に肌を許すなど出来ないと宣った。

 確かに。

 確かにそもが。

 そもそもが冗談、ならばいずれ如何なる展開もまた冗談として受け入れるべきだ。

 だが。

 だが、杉山にとっては確実に。

 目を逸らす事が不可能なほどに確実に。

 姉が勝手にタレント事務所に送付した履歴書が豪快なばつ印付きで返送されてきたみたいな気分を押し付けられるバッドエンドへの急降下、納得は出来るが一方的にさせられるとなれば不愉快極まりない事態。

 ならば言うべきは一つ、振り絞るように杉山は応えた。

「おめでとう。この際だから僕の分まで幸せになってよ」

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 タイトスカートが包むヒップに浮き出たパンティラインは君と僕との間を隔てて横たわる国境か。

 君と僕とを繋いで存在するかもしれない架け橋である可能性を否定するのならばそれを証明してみせろ。

 意味のない凹凸ならば躓いて転んで痛いのは何故だ。

 君のタイトスカートのヒップに浮き出たパンティラインは僕をこの世界に留めるへその緒なんだ。

 こんにちわ。

 素敵な曲線ですね。

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 直線を描くように進んでも曲線をたどるように向かってもいずれ目指す場所はいつだって、同じ。

 常に視界の内に在ってしかし遥か彼方に位置する、そんな厄介な場所を面倒と識りながら目指してしまう理由は、本能が促すから。

 即ち、如何に死ぬか、という不可避なる命題との取り組み。

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 土の感触を尻のすぐ下に感じながら座り込んで、首を目いっぱい曲げて見上げる穴の出入り口は、まるで、動かない月のように見えた。

 それは見上げるものに絶対的な孤独と相対的な恐怖を与え、決して裏切る事はなかった。

 それは見上げるものに豊かな時間と静かな空間をもたらし、決して裏切る事はなかった。

 幽閉、軟禁、或いは隔離と認識すべき状況に彼はいるのかもしれないが動かない月は決して見上げるものを、裏切る事はなかった。

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 ででっで、ででっで、で。

 つって小太りのひげのおっさんが飛び上がって下から頭突きをかますとその空中に浮かんだ奇妙なブロックが金貨を吐き出した現場を、俺は確かにこの目で見たのだ。

 だから俺もひげのおっさんに倣って同じようにしたのだが、しかし、たとえば手順に誤りがあったのかそれとも必須条件を満たしていないなどの理由からか、硬いブロックに勢いよく頭突きをしたその結果として当然のように俺自身が治療費を吐き出さなくてはならなくなったと言う訳だ。

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 とても言葉には出来ない衝動的な怒りを感じながらも相手との関係性と自らの立場を鑑みればその感情は独りで、明るい色も楽しい音も届かない地下室に籠って堪えるしかない類いと理解をして、杉山は。

「おめでとう。この際だから僕の分まで幸せになってよ」

 などと精一杯、物分かりのいい人間を演じたが、それで負の感情がなくなる事など無論、ありはしなかった。

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 何を目的に誰が掘ったものなのか、全くの偶然でその存在を発見しただけの僕には知り得ない事だが、とまれその穴こそが僕の社会生活を支えていたと言っても過言ではなかった。

 優しさを演じる為に抑えた欲を、その際に生じた不満を。

 大人ぶって我慢をして呑み込んだ言葉を、犠牲にした感情を。

 誰に憚る事もなくその穴に向かって叫んで解消出来ていたからこそ僕は、従順で正常な社会の一員で在れたのだ。我慢強く大人しく居られたのはその穴に依存をしていたからこそなのだ。

 その穴が或る日、誰がどういう積もりでそうしたものか、なかった事にされるみたいに埋められていた。

 ならば正常且つ従順で在る事を止めてしまおうか、それとも僕自身が穴を掘ってみようか。

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 にんにきにきにき、にんにきにきにき、ににんが死。

 斯様に散々たる体たらくですよ。

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 ぬぬぬ。

 ぬぬぬ。

 ぬび太のくせに生意気だー。

 斯様に散々たる散々たる散々たる体たらくですよ。

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 猫の歩く姿を目で追いかける。ゆっくりと首の筋を伸ばす。目を瞑り、風に交じってようやく聞こえてくる電車の到着アナウンスに耳を傾ける。左手の爪の不揃いな伸び具合の理由として思い当たる節を考えてみる。夕暮れの空に星を探す。テレビで見たアスリートがやっていたストレッチ運動を試してみる。スマホのデータを整理する。

 それで果たして虚仮にされたような気分が紛れる筈もない。

 猫と視線を合わせて意思疎通を図る。靴の紐を結び直す。帰途にいずれのコンビニで立ち読みをしようかとシミュレーションする。故障中のゲーム機を修理に出すかどうか、その費用をググってみる。昨日、何を食べたかを思い出してみる。まるで思い出せず自身の記憶力を疑う。或いは今はそれこそが好都合ではないかと考える。

 それで果たして笑いものにされたような気分が紛れる筈もない。

 猫が、人の言葉を喋るとしたら今の自分に何を言って呉れるだろうかと考える。

 そうして気を紛らわせようという意識を働かせれば働かせるほどに反対に、益々感情が荒んでゆく。しかしそれは表してはならず発散のしようもない。堪えるべきと理解をしていてもそれが誰の為かと考えると馬鹿馬鹿しく感じられてくる。

 或いはそんな、半ば捨て鉢な今だからこそ、恋愛義務履行意思証明活動をこなせるのではないかと考えた。

 杉山は、幼馴染が勤めている特殊浴場へと足を向けた。

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 残りの弾数を気にするようになってしまったらそれがきっと人生が消化試合に突入した事の証左なのだろうと、男たちはそのように認識を同じくしていた。

 だから、いつか社会に迎合をしてそうした生き方を選んでいた時には互いに引導を渡す役を任せ、銃弾を一発、預け合った。

 その銃弾はおよそ二十年後に発射された。

 だが、当初の取り決め通りにではなくそれは、参加を余儀なくされる勝負を降り続ける事に疲弊しきった果てに互いに自決を許し合った形だった。

「結局、俺たちの敗北って事か」

「そんな事は残された奴が決めろよ馬鹿野郎」

 故にその死に様はいずれも、なにも語る事がないと語るものだった。

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 場所は映画館。

 家族客が座席を埋める館内でまんじりともせず映写幕から視線を外し続けて、男は言った。

 これが芸術だ、と。

 場所はデパート屋上のゲームコーナー。

 雨がしとどと降る中で感電の恐怖に脅えながらテトリスが入ったテーブル筐体の上に百円玉を積み上げて、男は言った。

 これが闘争だ、と。

 場所はコインランドリィ。

 ぐるぐると回る空の乾燥機に導火線に火を着けた爆竹の束を投げ入れて、男は言った。

 これが革命だ、と。

 場所は警察署内の面会室。

 透明な強化プラスチック板の向こうで肩をすぼめ背を丸くして座っている男に対し、私は言った。

 貴方は英雄だ。けれどこの世界に貴方の居場所はないのだ、と。

 男は力なく微笑むと軽く握った拳で強化プラスチック板を二つ叩いて、言った。

 これが国境だ、と。

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 酷く自分本位な理屈を相手に押し付ける蛮行を正当化出来る便利な言葉ってなーんだ。

「愛」

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 ふざけんじゃねえぞ馬鹿野郎。

 以上が、ものづくりに臨む動機となります。

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 べろべろと手前らの糞みたいな理屈を上塗りするみてえに気軽に舐め倒しやがってほんとふざけんじゃねえぞ馬鹿野郎。

 以上が、ものづくりに臨む動機となります。

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「ほんとあんたは要領が悪いなぁ」

 杉山による面接の結果報告をベッドの上で聞いていた幼馴染が、そう感想を述べた。期待通りの反応とばかりにベッドの縁に下着姿で腰掛けていた杉山が、嬉しそうにぼやく。

「貧乏くじばっかりだよ」

「アウトレイジの大友親分ね」

「なんかもう疲れたよ」

「ソナチネの村川組長ね」

 場所は特殊浴場の個室、機能性より装飾性を優先させた下着を身に着けた幼馴染は即ち淫売婦、杉山は、恋愛義務履行証書取得希望者として当局に報告義務のある生殖行為への興味を証明する目的で、つうと言えばかあの仲である彼女の下を訪れた次第。

 この場合通常のサービスを受ける事は勿論、肉体的接触も違反となる為、杉山は自らの手などを使い射精に至る必要がある。

「出せえ、出しちゃいなよ早く」

「ゼブラシティの逆襲の仲里依紗ね、ほんとエロいよね」

 陰茎を扱きながら妄想の雲を浮かべようとする杉山、しかし幼馴染がそれを咎める。

「今は目の前の生身に集中しなよ」

 下着を外し、涅槃像と同じ姿勢になって微笑む。その協力的態度に事は捗るが、しかし決して越える事の叶わない境界線が幼馴染との間に厳然と存在する事実も承知。

「腹上射精も夢のまた夢」

 行き着くべきを目指す精子の勢いを自ら殺して自慰も作業として終わる。それでも支払い義務は生じ、金と、金以外のなにかを代価として引き渡す。

「ほんともう疲れたよ」

 ズボンのポケットに仕舞っていたその金以外のなにか、随分と目減りしてしまったそれは確か、いつか必要となる大切なものだと薫陶を受けた先人から学んだ筈だが、納得を思う機会は未だ来たらずない。

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 前を歩く女性の腕の振りがあまりに大きくて、僕の股間に当たってしまわないかと心配になるのです。

 当たってしまったら僕のサイズを知られてしまってきっと幻滅されるに違いなく、とても不安になるのです。

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 見様見真似で、手引きのようなものもないままに掘ってみたその穴がいつか一端の穴になったような感触を得た。

 果たしてその穴に向かって僕は、我慢強く大人しい人間として社会に居場所を確保しておきたいなら理想としては捨て去るべき、いずれ独りで解消せねばならぬ感情を、叫んだ。

 何か、手順に誤りがあったのかそれとも必須条件を満たしていない為か、心は晴れず何も解消されはしなかった。

 ただ、徒労感だけが残った。

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 無理矢理に歩く事に疲れたように立ち止まっていたその男は、スーパーの通路に置き去りにされたらしき使い古された雑巾を見詰めていた。

 人が自らの内面と向き合う時の目付きをしていた。

 やがて妻らしき女性が彼に近寄り声を掛けると、男は暗い雰囲気をさっと脱ぎ捨て笑顔で応えた。

 雑巾が更に草臥れたように見えた。

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 目の錯覚であり幻覚でしか有り得ない、そう判じた。

 だが、先の電柱の陰から顔を突き出し真っ直ぐな視線を向けてくる小学六年生の頃の姿をした自分の幻影が、放つ現実感たるや特殊浴場の個室で拝んだ幼馴染の裸体以上だった。そして自らの幻影がその視線になにを訴えようという積もりであるのか、杉山には容易に想像が出来た。

「三つ前の席の安月さん可愛いよね。自分はがさつだって言って気にしてるとことか、地味なとことか好いよね」

 その情熱に応え杉山が、冷静に切り返す。

「気が多い人は嫌いだって言われて振られたな。他人から見た自分をまるで知らない他人のように感じた、もしかしたらそれからずっと俺は自分を見失っているのかもしれないな」

 一刀両断、水風船が弾けるみたいにして小学六年生の杉山は消滅した。

 歩き進んだ先、次の電柱の陰に杉山は中学生の頃の自分を見た。

「図書委員の千秋ちゃん、優しいよね。掌の上で巧く俺を転がしてくれるのが心地好いよね」

 その無邪気に応え杉山が、冷淡に切り返す。

「それで甘えて調子に乗って、最終的にお前は彼女を蔑ろにしたな。反省しろよ」

 冷酷無情、中学生の杉山が水風船みたいに弾けた。その中から小学六年生の杉山が現れて、言った。

「無邪気なままでいられたらよかったよね」

 更に進んだ先の電柱の陰に、高校生の頃の自分を見た。

「後輩の明日美ちゃんが何故だか慕ってくれて、我儘も許してくれて健気に想ってくれる姿が嬉しいよね」

 それを傲岸不遜と断罪するように杉山が、不安を煽るように冷たく嗤う。

「それで増長して極端な態度で不安にさせたな。最後はただ怯えさせた。反省しろよ」

 効果覿面、高校生の杉山が水風船みたいに弾けた。その中から小学六年生の杉山が現れて、言った。

「素直になれたらよかったのにね」

 また更に次の電柱の陰に、一年二ヶ月前の自分を見た。

「綾菜が泣くんだよ。だから言いたい事も呑み込んで我慢したその結果が地下室に逆戻りだよ。俺はなにを恨み誰に復讐すりゃいいんだよ一体」

 その混乱を、馴致し得ない不条理の産物と言い聞かせるべくに杉山が、二度と再び情熱の目覚めないよう冷徹な口調で切り返す。

「過去の教訓を踏まえながら臨んでそれでも駄目になったんだ。お手上げだな」

 問答無用、一年二ヶ月前の杉山が水風船みたいに弾けた。その中から小学六年生の杉山が現れて、言った。

「反省が生きなかったね」

「全てに当て嵌まる正解はないと納得するしかないな」

「納得出来るの」

「するしかねえんだ」

「嘘吐くのって疲れるよね」

「自分だけが傷付いたなんて言うのもちょっとな」

「それが大人なの」

「しらねえけど、見とうもないのは避けたいだろ」

「大人じゃーん」

「じゃなきゃブスを連れ込み旅館に誘えねえ」

「ブスだったね、今日会った下山田さん」

「ああ、すこぶるブスだった」

 そうして同調が得られた事に喜んで笑って、小学六年生の頃の杉山の幻影が水風船みたいに弾けて消滅した。

 その先の電柱の向こうにやっと、コンビニエンスストアの灯りが見えた。

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 ものの言い回しをその時々の気分や興味対象により変化させて何度も、一つのモチーフ、いやさテンプレートを何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返し弄くり倒す。

 以上が、小説を書き続けるその方法となります。

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「やっと逢えたね」

 半ば本気でその冗句を、待ち合わせ場所で相手に繰り出すべくに用意して事前に何度も脳内で予行練習を重ねていた自分を、即ち浮かれてはしゃいでいた自分を。

 実地を迎えた今、杉山は、出来る事なら呪い殺してやりたいと思っていた。

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 夢見心地で約束の日を指折り数えていた自分を、即ち冷静な判断力を失い浮かれていた自分を。

 待ち焦がれていた瞬間を迎えたと同時にいつもの砂を噛むような現実に追い付かれた今、杉山は、出来る事なら生皮を剥いだ上に振り出しまで送り返してやりたいと思っていた。

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 世の中に無謀な戦いを挑んだ諸先輩方から学んだ怒りと孤独と愛のその有効な使い途の覚え書き。

 それこそが小説なるものの正体であります。

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 裸体にえらく興奮し、自然と箍の外れた情態に身を任せる事がとても心地好かった。しかしその射精は自由意思ではなく作業、男が男としてその体裁を繕う時の或いは最後の砦を自らの意思で敵対者に明け渡してしまう行為、即ち不甲斐なき惨敗の記憶。

 ならば自由は取り戻されねばならない、如何なる犠牲を払おうとも。

 命辛々コンビニエンスストアに飛び込んだ杉山はただ快感を欲して自慰に耽溺する為のおかずをレジカウンターに差し出した。

「らっしゃせー、こちら年齢確認ボタンを押していただけますかー。続けて変態性欲認証ボタンを押していただけますかー。最後に人として間違っている自覚の有無を証明していただけますかー。ではこちら成人雑誌一冊お買い上げですねー」

 面白くない作業に機械的に当たる摩滅しきった店員のだらけた態度が今はちょうどいい。

 少子化対策の一環として恋愛が義務化されて以降、生殖行為外に於ける射精は正しくないものとして扱われる。だが、生産性なき射精こそが男を義務や立場、使命や責任から解き放つのであり、それを経てこそ男はまた自らの役割を果たしに戻ってゆけるのだ。

 踵が磨り減るのもプリンターが資料を吐き出すのも或いは男が自由に射精を楽しんでいる結果だ。人として間違っていると烙印を押されながらも。

 果たして杉山が、腰に命綱を巻き付けて欄干に立っているような気分で成人雑誌が紙袋に仕舞われる様子を見ていると、店外でごみ箱を漁っている浮浪者の姿に気付いた店員が手を止め、生気を取り戻したみたいに目を爛々と輝かせた。

「少々お待ちください」

 興奮気味に上擦った声で言うなり、防犯用のショットガンを手に機敏な動きで店外へ走り出て、そして警告も躊躇もなく浮浪者を撃ち殺した。

「やっぱあすこまで人として間違ってたらもう生きてる資格なんかないすからね」

 レジに戻った店員の表情はなにか達成感を得たように満足そうだった。だから杉山は、レジカウンターを乗り越えた彼にぶつかられた際に自分の眼鏡が飛んでレンズにひびが入ってしまった事も、ズボンのポケットに仕舞っていた金以外のなにか大切なものが毀れる音がした事も、黙っておく事にした。

 遣る瀬ない気持ちで杉山が店の外に出ると同時、腹に警備会社名の入った車がタイヤを鳴らしながら駐車場に入ってきて急停止した。

「汚物処理班緊急出動だベー」

 車内から顔が四角く、せむしを患った背の低い男が飛び出し、射殺された浮浪者の死体を生ごみを扱うように拾い上げて去っていった。

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「理屈じゃ抑えられない、独りじゃ処理し切れない感情を男はぽこちんから流す訳じゃん。それをわたしたちは受け止める訳だけど、実際は受け止めてないよね、受け止めてもらえたと思うように仕向けるだけだよね。だって本当に受け止めてたらこっちの心身がもたないからね」

「なんて明け透けな」

「事実だからしょうがないよ。その事実呑み込んで馬鹿になれたらそれが大人になるって事だよ、きっと」

「淫売婦にも五分の純情か」

「ちょっと。わたしも人間だからね。人として間違ってるのはあんたの方だよ、そんな事ばっかり言うなら」

「確かに。ものの考え方が単純で極端な自覚はあるんだ」

「自分のキャパ超えて処理出来ないような事なら始めから無かった事にしちゃえばいいじゃん。わたしは無意識にそうしてるよ。けど、あんたはほんと要領が悪いからなぁ」

「いっそ人として間違ってる事に振り切ってみるかちょっとばかし」

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 累々と重なり山を形作った人の屍の頂で胸を張っているような、傍から見ると男はそんな雰囲気をまとって立っていた。

 実際にそれは無駄死にさせた自らの精子に対し誠意を示そうという身勝手な考えの延長上の行為であったから、或いはそうした印象を与える事も必然だったのかもしれない。

 詰まりその男、杉山は、朝のラッシュ時の駅のホームに全裸で仁王立ちをしていたのだ。

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 憐憫の情を押し付けるな。

 俺からもうなにも奪うな。

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 ろくでもない繰り返しの日々、その一日の始まりの朝。改札を抜け階段を降りた先のホームにもいつもと同じ光景がある筈が、この日は違っていた。

 人が避けて出来た空っぽの輪の中心で全裸の男が仁王立ちしていた。

 全裸の男が。

 仁王立ちしていた。

 或いは退屈な日常を覆してくれるものならヒーローと呼びたいところだが、女の目に彼の陰茎はしめじ程の大きさのおとなしい座敷犬のように映った。

 まるで刺激を感じさせなかった。

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 若い、スーツ姿のサラリーマンが薄ら笑いを浮かべながらその全裸の男、杉山に近付いて口を開いた。

「あんた、なんなの」

「俺は人として間違ってるマンだ」

 決然たる杉山の口調、そして態度はしかし若いサラリーマンを怯ませなかった。

「ふーん、あっそう。その人なんとかマンてのはどーゆー必殺技を使うの」

「自慰だ。他者の為になにかする事など決してない。人として間違ってるマンの必殺技はただ自分の快楽の為だけにする自慰だ」

「ふーん。それで、その人なんとかマンてのはどーゆー活動をするの」

「包茎手術は受けない。絶対に、どれだけ条件が揃おうが絶対にだ」

「ふーん、あっそう。じゃあその人なんとかマンてのは要するに頭のおかしい人って事だ」

 サラリーマンの語勢に判然と苛立ちが覗いた。が。

「人として間違ってるマンは人として間違っているのだ。その事実を自覚すればこそなにも恐るるものはないのだ」

 杉山の決然たる口調、態度は決して揺らがなかった。

「ふーん、あっそう」

 そうして遂に、若いサラリーマンの薄ら笑いが緊張で凍り付き、電車到着が間近と知らせる案内に呼応するように固く握られた彼の右の拳が持ち上げられようとしたその瞬間。

     ====================

「をるあっ」

 という気合の掛け声と共に杉山に体当たりを見舞った者があった。

     ====================

「んがぐぐ」

 と、後頭部をしこたま打ち付けた衝撃を噛み殺すように呻き、転がり落ちた先の線路の上から杉山が、体当たりを見舞って寄越した何者かの姿を蜘蛛の巣状にレンズにひびの入った眼鏡越しに確認すると。

「あんたはほんと要領が悪いなぁ」

 それは淫売の幼馴染だった。

「パンツを脱いでその中身をどう見せるかがエンタテインメント、工夫もなくただ出しただけじゃあ自慰にも満たないが自論だったんじゃないの」

 覚醒を促す荒療治として体当たりの効果は覿面、ならば対する感謝の気持ちにポケットに仕舞っていた金以外のなにか大切なものを差し出そうとしてそうして杉山は、気付いてしまう、幼馴染の横に立つ若いサラリーマンが幼馴染と同じ顔をしている事に。彼だけでなくホームに立つ全ての人間が幼馴染と同じ顔をしている事に。

 なるほどつうと言えばかあの間柄の淫売の幼馴染などという都合の好い存在は現実世界ではあり得ない、ならばこれは決して受け容れてはならぬ抗うべき事態、そうした意思が固まり先ずは窮地を脱する為に今こそポケットに仕舞っていた金以外のなにか大切なものを使う時だと理解をしたのだが、しかし。

 電車はもう目前に迫っていて、そして。

「えーっと」

 手のひらの上の五百円玉、変身前にポケットから取り出して握っていたそれを幾ら見詰めても杉山は。

「これは一体」

 どうやって使ったものか、閃く事の出来なかった。



('12.11.10)
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