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夏休みのお台場は、大勢の人でにぎわっていた。駅の改札から、ひっきりなしに人があふれ出てくる。
夕方からフジテレビが主催する無料のイベントがあることも、人が集まってくる原因だった。
そんな中、拓海と七海は、人の波をかき分けるように海浜公園へ向かった。海浜公園も人でにぎわっていたが、ショッピングゾーンほどの混み方ではなかった。
二人は、お台場に来る前に、映画を鑑賞した。ジャニーズタレントが主演を務める新作映画の試写会のチケットを二枚手に入れた七海が、拓海のことを誘ってくれたのだった。
午前十時から始まった試写会を見終えた後、映画館のそばのファストフードで昼ごはんを食べていた時に、七海が、お台場へ行きたいと言い出した。
二人は、砂浜へ足を踏み入れた。海風が、陸へと吹き付ける。
八月の風が、汗ばんだ肌を乾かしていった。
風に当たりながら、二人は、海を眺めた。
どこを見回しても建物や高速道路が目に映る景色は、海というよりも湖のようだった。レインボーブリッジの橋げたが、太陽の光に照らされて、まぶしく反射する。
「海って、いいよね」目を細めながら、七海が呟いた。
「山よりは海の方がいいよね」拓海も、海を見るのが好きだった。
「あそこまで泳げって言われたら、泳げるかな?」七海が、レインボーブリッジを指さす。
「楽勝でしょ」
「こういうのって、近くに見えて、意外と距離があるんだよ」
「でも、せいぜい五百メートルくらいでしょ?」
拓海は、五百メートルなら泳ぎ切る自信があった。
「拓ちゃんは、水泳が得意だもんね」そう言う七海も、泳ぎは上手である。
「お台場の海を見ていると、小学四年のときの遠足を思い出しちゃう」七海が、話題を変えた。
「小学四年のときだっけ?」拓海も、お台場に遠足に来た時のことを思い出した。
「そう、小学四年。拓ちゃんがチームリーダーに選ばれて、思いっきりテンパった時の遠足」
「なんだよ、それ?」
「もしかして、忘れたの? チームごとに海にちなんだ絵を描くことになって、拓ちゃんがじゃんけんに負けて、思いっきりテンパったじゃん」
拓海も、その時のことを思い出した。
四年生の生徒全員で、お台場に遠足に行った。
海浜公園に着いたとき、先生が、みんなで海にちなんだ絵を描きましょうと言った。それも、一人一人が好きに描くのではなくて、チームごとに大きな紙に描くというものだった。
さらに先生は、チームの中からリーダーを選び、リーダーはみんなが作業に参加できるようにチームをまとめ、リーダー以外の人間はリーダーに協力しながら作業を進めるようにという指示を出した。集団生活に順応するための訓練だということだった。
拓海は、七海と同じチームになった。
そんな中、リーダーは、じゃんけんで決めることになった。そして、拓海は、じゃんけんに負けた。
チームで絵を描くためには、どのような絵を描くのかやチーム内での役割分担を決めなければならなかったが、拓海は、チームをまとめることができなかった。
メンバーから判断を求められても、どうしようどうしようの繰り返しだった。
あまりにものテンパりぶりを見かねた同じクラスの男子生徒がリーダーを代わると言い出し、拓海たちのチームも絵を描き上げることができた。
あのとき、七海が情けないなあというような表情を浮かべていたことを、拓海は思い返した。
「思い出した?」七海が、笑いながら顔を覗き込んでくる。
「あったね、そういうことも」拓海には触れてほしくない話題だった。特に、七海には。
七海が、再び、視線を海に戻した。拓海も、海に視線を戻す。
「でもさ。最近の拓ちゃんは、かっこいいよ」
「えっ?」拓海は、横を振り向いた。七海の整った横顔が、目にまぶしく映った。長い髪が、風になびいている。
「何が、だよ?」聞き返した拓海の胸は、ざわめいていた。
「最近の拓ちゃんは、周りをぐいぐい引っ張って行っているでしょ。決断もできるし。食事会のときのしゃべりも、かっこよかったよ」
「そうかなあ……」拓海の胸のざわめきが、さらに大きくなった。頬が、熱を持ってきた。
拓海は、表情の変化を悟られないように、顔をうつむけた。
「くじに負けたのが、拓ちゃんにとって、よかったのかもね」
「どういうこと?」
「くじに負けて、孫代行チームのリーダーになったでしょう。あれから、拓ちゃん、変わったような気がする」
「……」
「最近の拓ちゃんは、頼もしいなあって感じる」
「頼もしいとは?」
「頼りがいがあって、信頼が持てるってこと」
「じゃぁ、今までは、頼りがいがなくて、信頼が持てなかったってことか?」
「信頼はしていたけど、頼りがいは、正直なかったなぁ。男なんだから、もっとしっかりとしなさいよって思っていた」
横を振り向いた七海が、いたずらっぽく笑った。
拓海は、再び、視線をうつむけた。恥ずかしさと嬉しさが、胸の中で混ざり合っていた。
やはり、今までの自分は、七海の目には頼りなく映っていた。七海のことを意識するようになってからは、特に強く感じるようになっていた。七海が男らしい男性が好きなのもわかっており、何とかしたいと思っていた。
そんな七海から、頼りがいがあるという言葉をかけられた。つまり、男らしくなったと思われるようになったわけだ。
拓海は、自分が、七海の好きなタイプの男性に近づけたのかなと思った。
横風が、強く吹いた。七海の髪が大きくなびき、髪の先端が、拓海の唇に触れた。それとともに、洗い立てのシャンプーのような匂いが、鼻に伝わった。
拓海は、七海が自分にもたれかかってきたような錯覚に陥った。七海の肩を抱き、二人で海を眺めているシーンを妄想する。遠くに見える船を指さしながら、いつか二人でクルージングをしたいねと囁き合っている。
「暑くなってきた」
七海の呟く声で、拓海は、妄想から覚めた。七海の首筋に、汗が伝っていた。拓海の額も、汗でぬれている。
「中に入ろうか?」拓海は、後ろを振り向き、建物のある方向を指さした。
「うん」七海が頷く。
拓海は、無意識に、七海に向って手を差し出した。七海が、その手を握り返す。
再び胸がざわめきだした拓海の視線の先で、波をかき分けながら近づいてくる海上バスの先端が、太陽の光を浴びながらきらりと光るのが映った。
夕方からフジテレビが主催する無料のイベントがあることも、人が集まってくる原因だった。
そんな中、拓海と七海は、人の波をかき分けるように海浜公園へ向かった。海浜公園も人でにぎわっていたが、ショッピングゾーンほどの混み方ではなかった。
二人は、お台場に来る前に、映画を鑑賞した。ジャニーズタレントが主演を務める新作映画の試写会のチケットを二枚手に入れた七海が、拓海のことを誘ってくれたのだった。
午前十時から始まった試写会を見終えた後、映画館のそばのファストフードで昼ごはんを食べていた時に、七海が、お台場へ行きたいと言い出した。
二人は、砂浜へ足を踏み入れた。海風が、陸へと吹き付ける。
八月の風が、汗ばんだ肌を乾かしていった。
風に当たりながら、二人は、海を眺めた。
どこを見回しても建物や高速道路が目に映る景色は、海というよりも湖のようだった。レインボーブリッジの橋げたが、太陽の光に照らされて、まぶしく反射する。
「海って、いいよね」目を細めながら、七海が呟いた。
「山よりは海の方がいいよね」拓海も、海を見るのが好きだった。
「あそこまで泳げって言われたら、泳げるかな?」七海が、レインボーブリッジを指さす。
「楽勝でしょ」
「こういうのって、近くに見えて、意外と距離があるんだよ」
「でも、せいぜい五百メートルくらいでしょ?」
拓海は、五百メートルなら泳ぎ切る自信があった。
「拓ちゃんは、水泳が得意だもんね」そう言う七海も、泳ぎは上手である。
「お台場の海を見ていると、小学四年のときの遠足を思い出しちゃう」七海が、話題を変えた。
「小学四年のときだっけ?」拓海も、お台場に遠足に来た時のことを思い出した。
「そう、小学四年。拓ちゃんがチームリーダーに選ばれて、思いっきりテンパった時の遠足」
「なんだよ、それ?」
「もしかして、忘れたの? チームごとに海にちなんだ絵を描くことになって、拓ちゃんがじゃんけんに負けて、思いっきりテンパったじゃん」
拓海も、その時のことを思い出した。
四年生の生徒全員で、お台場に遠足に行った。
海浜公園に着いたとき、先生が、みんなで海にちなんだ絵を描きましょうと言った。それも、一人一人が好きに描くのではなくて、チームごとに大きな紙に描くというものだった。
さらに先生は、チームの中からリーダーを選び、リーダーはみんなが作業に参加できるようにチームをまとめ、リーダー以外の人間はリーダーに協力しながら作業を進めるようにという指示を出した。集団生活に順応するための訓練だということだった。
拓海は、七海と同じチームになった。
そんな中、リーダーは、じゃんけんで決めることになった。そして、拓海は、じゃんけんに負けた。
チームで絵を描くためには、どのような絵を描くのかやチーム内での役割分担を決めなければならなかったが、拓海は、チームをまとめることができなかった。
メンバーから判断を求められても、どうしようどうしようの繰り返しだった。
あまりにものテンパりぶりを見かねた同じクラスの男子生徒がリーダーを代わると言い出し、拓海たちのチームも絵を描き上げることができた。
あのとき、七海が情けないなあというような表情を浮かべていたことを、拓海は思い返した。
「思い出した?」七海が、笑いながら顔を覗き込んでくる。
「あったね、そういうことも」拓海には触れてほしくない話題だった。特に、七海には。
七海が、再び、視線を海に戻した。拓海も、海に視線を戻す。
「でもさ。最近の拓ちゃんは、かっこいいよ」
「えっ?」拓海は、横を振り向いた。七海の整った横顔が、目にまぶしく映った。長い髪が、風になびいている。
「何が、だよ?」聞き返した拓海の胸は、ざわめいていた。
「最近の拓ちゃんは、周りをぐいぐい引っ張って行っているでしょ。決断もできるし。食事会のときのしゃべりも、かっこよかったよ」
「そうかなあ……」拓海の胸のざわめきが、さらに大きくなった。頬が、熱を持ってきた。
拓海は、表情の変化を悟られないように、顔をうつむけた。
「くじに負けたのが、拓ちゃんにとって、よかったのかもね」
「どういうこと?」
「くじに負けて、孫代行チームのリーダーになったでしょう。あれから、拓ちゃん、変わったような気がする」
「……」
「最近の拓ちゃんは、頼もしいなあって感じる」
「頼もしいとは?」
「頼りがいがあって、信頼が持てるってこと」
「じゃぁ、今までは、頼りがいがなくて、信頼が持てなかったってことか?」
「信頼はしていたけど、頼りがいは、正直なかったなぁ。男なんだから、もっとしっかりとしなさいよって思っていた」
横を振り向いた七海が、いたずらっぽく笑った。
拓海は、再び、視線をうつむけた。恥ずかしさと嬉しさが、胸の中で混ざり合っていた。
やはり、今までの自分は、七海の目には頼りなく映っていた。七海のことを意識するようになってからは、特に強く感じるようになっていた。七海が男らしい男性が好きなのもわかっており、何とかしたいと思っていた。
そんな七海から、頼りがいがあるという言葉をかけられた。つまり、男らしくなったと思われるようになったわけだ。
拓海は、自分が、七海の好きなタイプの男性に近づけたのかなと思った。
横風が、強く吹いた。七海の髪が大きくなびき、髪の先端が、拓海の唇に触れた。それとともに、洗い立てのシャンプーのような匂いが、鼻に伝わった。
拓海は、七海が自分にもたれかかってきたような錯覚に陥った。七海の肩を抱き、二人で海を眺めているシーンを妄想する。遠くに見える船を指さしながら、いつか二人でクルージングをしたいねと囁き合っている。
「暑くなってきた」
七海の呟く声で、拓海は、妄想から覚めた。七海の首筋に、汗が伝っていた。拓海の額も、汗でぬれている。
「中に入ろうか?」拓海は、後ろを振り向き、建物のある方向を指さした。
「うん」七海が頷く。
拓海は、無意識に、七海に向って手を差し出した。七海が、その手を握り返す。
再び胸がざわめきだした拓海の視線の先で、波をかき分けながら近づいてくる海上バスの先端が、太陽の光を浴びながらきらりと光るのが映った。
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