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「ちょっと見せて」美咲が、七海の書いたメモを手に取った。
メモには、七海が口で説明したこと以外にも、ちょこちょこと書かれてあった。
「求めている人がいる。時代が求めている。うん、なるほどね……。この、自分たちならでは、っていうのは、どういう意味?」
美咲から問われた七海が説明した。
「自分たちだからこそやれるサービスとは何だろうなっていう意味。自分たちの特技を生かせるからやれることだとか、このメンバーだからやれることだとか、なんだろう、要するに、よそがやっていないサービスを考えなきゃいけないんだろうなってこと」
「よそがやれないサービスってことでしょ?」
「そういうのもあるだろうし、やろうとは思わないっていうこともあるだろうし、とにかく競争相手が少ない方がいいわけでしょ?」
七海の声に、力がこもった。
競争相手がたくさんいると、自分たちのことを選んでもらえる確率が低くなる。最初から競争相手がいなければ、サービスを利用したいと思う人がいれば、必ず自分たちのことを選んでもらえる。
(そういうことだよな)拓海は、胸の中で、七海のことを称賛する声を上げた。リスペクトのような感情も湧いてくる。
「競争相手のいないサービスって、どういうのがあるのかな?」海斗が、視線を上に向けながら考え込んだ。
「オレたちが普通に知っているサービスは、競争相手がすでにいるってことだよな?」拓海は、誰にともなく問いかけた。理屈の上では、そのようになる。
「そのことよりも先に、こっちの方を考えたほうがいいんじゃない?」美咲が、七海の書いたメモを拓海と海斗のほうに向けて、ある部分を指さした。そこには、『求めている人がいる、時代が求めている』という言葉が書かれていた。
「世の中から必要とされているサービスとは何なのかってことを考えろってこと?」海斗が、言葉の意味を七海に確認する。
そういうことだと、七海が返事をした。
「それって、ぱっと思いつく人いる?」海斗が、三人の顔を見回す。
三人は、沈黙した。
「どんなことが必要とされているんだろう……」海斗が、考えるそぶりを浮かべながら、拓海に視線を向け、何かないのかよと目で促した。
このまま全員で沈黙し合っていても意味がない。
何か言わなきゃと思った拓海は、「例えばだけど、お受験小学生の家庭教師とかは、どうかな?」とアイデアを口にした。
「確かに、今、お受験する人多いもんね」七海が、頷く。
四人は中学受験とは無縁だったが、小学校時代の友達の何人かは、受験して私立の中学校へ入学していた。
「そういうサービスって、普通にないのかな?」美咲が、スマホの検索で『中学受験 家庭教師』と打ち込む。
画面に、中学受験対象の家庭教師サービスが、ずらりと表示された。その中には、有名な家庭教師センターの名前もあった。
「無理か……」拓海は、ダメなことを悟った。
「厳しいかもね」美咲も、残念そうな顔をする
「でもさ、これだけいろんなところの名前が出てくるということは、世の中から必要とされているってことだよな?」
「そう。だから、そのような発想で、いろいろと考えていけばいいんじゃない」
海斗と七海が、意見をしたことをフォローしてくれた。
リーダーらしく最初に発言できたことは良かったのだが、拓海は、競争相手のいない世の中から必要とされているサービスを考えることが想像以上に難しいことだと感じていた。普通に思いつくようなことは、言い換えれば、普通に世の中に存在しているということになるからだ。すでに存在し、その存在を知っているから、似たような発想が浮かんできてしまう。
拓海は、他のアイデアを意見するために、考えるモードに入った。
「保育所に預けた子供のお迎え代行とかは、どう?」美咲が、目を輝かせた。彼女の従姉が保育所に子供を迎えに行かなくてはならないことが原因で正社員の仕事ができないと愚痴っていたことを思い出し、世の中から必要とされていることなのではないかと考えたということだった。
「子供を家に届けた後も、両親のどちらかが帰ってくるまでの間は面倒を見てあげることにしたら、喜ばれると思うんだけど」美咲が、ただのお迎え代行ではないことを強調する。
「それって、時間制限有りのサービスにするの?」
「時間制限って?」
「オレたちって、みんな門限があるじゃん。親が帰ってくるまでの間面倒を見てあげるのは喜ばれると思うんだけど、遅くまで面倒を見てあげられないんじゃないのかなと思って。利用者の家が遠かったりすると、子供を家に送り届けるので精いっぱいって感じになるでしょ」
拓海は、時間の制約があることを指摘した。
拓海の両親は、門限に対しては厳しかった。他の三人の親も同様だと聞いている。
「厳しいっか」美咲のテンションが下がった。
「お迎え代行だけだったら、いけるんじゃないの?」海斗が、美咲の意見をフォローする。
「でも、家に届けた後子供を一人にしておくのは、親は不安に思うと思うけど」
七海の一言で、美咲のアイデアは没になった。
「じゃぁ、今度は、私が意見するね」七海が、話題を変える。
「日本に来る外国人観光客の道案内とかって、面白いと思うんだけど。ガイドブックだけだと詳しいことがわからないし、もともと日本の地理に詳しくないわけだから、正しく目的地に行けるのかどうか不安に思っている外国人が多いんじゃないのかな」
テレビのニュースなどで、日本にやって来る外国人観光客の数が増え続けているということが言われていた。街を歩いていても、当たり前のように外国人の姿を見かける。
「オレ、英語は得意じゃないんだけど」
「英語圏だけの人じゃないでしょ。中国人や韓国人もいるし、東南アジアからもたくさん来ているっていうし」
海斗と美咲が、語学への不安を口にした。
「言葉は、気にしなくてもいいんじゃない? 日本に来る以上は、日常会話程度の日本語がわかっている人が一人はいると思うし、最悪言葉が通じなくても、身振り手振りで通じるじゃん」
拓海の言葉に、七海がナイスフォローとでも言いたげに笑顔を向けてきた。拓海の胸が弾む。
「道案内を必要としている外国人を、どうやって見つけるの?」美咲も、興味を示してきた。
「例えばの話だけど、何カ国語かで道案内をしますって書いたビラを街にいる外国人に配るのはどうかな? 英語だったら自分で書けるし、それ以外の国の言葉も、ネットの翻訳ソフトを使えばできると思うから」
拓海は、外国人にビラを配っている場面を想像してみた。道案内をしてもらいたい外国人が、地図を開いて、行きたい場所を指し示す。場所を確認した自分たちが、鉄道などを使って、目的地まで案内をする。やれそうな感じがしてきた。
「じゃぁ、商売ネタは、それに決める?」美咲が、早くもまとめにかかろうとした。
「とりあえず一旦保留にして、ほかにもやれそうなことがないかどうか、もう少し考えてみようよ。もっとしっくりくるものがあれば、そのほうがいいし。海ちゃんも、何か思いつくことないの?」
七海が、唯一アイデアを口にしていない海斗に視線を向けた。
海斗が「飲み物を入れてくる」と席を立った。
拓海も、グラスの残りを飲み干し、席を立つ。女子二人は、席を立つ気配がない。
コーラを注ぐ海斗の真後ろに並んだ拓海は、「何か思いついたことがあるのか?」と声をかけた。
海斗が、前を向いたまま「ある」と返事をする。
「どんなこと?」拓海の中に、海斗がどのようなことを考えたのかについての興味が湧いていた。
彼は、はっきり言って、お金に対する執着心が強い。彼との会話の中で、お金の損得の話がよく出てくる。家が貧しいわけでもなく、性格がケチというわけでもないのだが、お金に関することには敏感に反応する。そんな彼が考えたということは、お金の得につながる根拠が必ずあるはずだった。
「ネットを使った商売」コーラを注ぎ終えグラスを手にした海斗が、体の向きを変えた。右手に持ったグラス一杯に、コーラが注がれている。
「ネットね……」ドリンク機の前に立った拓海は、コーラのポケットにグラスを置いた。
「ネットで、何をするの?」
「詳しいことは後で話すけど、ネット上で何でも相談に乗りますみたいな商売って、面白くないかなと思って。誰かに相談したくても相談できる相手がいない人とか、面と向かって相談しづらいこととかも多いでしょ。だからね、ネット上で知らない相手に気軽に相談できるサービスがあったら、受けるんじゃないのかなと思って。そんな感じ」
拓海たちの年代は悩み事が尽きないが、その中には、仲の良い友達同士であっても相談しづらいこともある。親や先生となると、なおさらであった。
サービスを利用したいと思う人の数が多いのではないかということが、海斗の中で、お金の得につながる根拠になっているのだろう。
コーラを注ぎ終えた拓海は、その場で待っていてくれた海斗と一緒に、テーブルに戻った。
海斗のアイデアは、ネット上に相談専用のサイトを作り、サイト上で相談の受け答えを行うというものであった。ちょっとしたサイトであれば、海斗自身が作れるということである。高校生や小学生も含めた自分たちと年齢の近い人たちからの相談であれば、四人で対応できるだろうというのが、海斗の考えであった。
女子二人も、興味を示してきた。身近な人間に面と向かって相談しづらいことがあるという言葉に、共感したようである。
そんな中、「面白いとは思うんだけど、どうやって、私たちのことを知ってもらえばいいんだろう?」と、美咲が疑問を口にした。
「サイトの中身を充実させて、少しでもネットの検索順位が上に来るように頑張るしかないのかなと思っているんだけど」海斗が、自信なさげな口調で返事をする。
「ネットの広告って、高いんだよね?」七海が、誰にともなく問いかけた。
ネットの世界には、キーワードに連動してサイトを表示してもらえる広告やアクセス数の多いサイトにバナーを貼る広告などがあるが、どれも、そこそこのお金が必要であった。元手に乏しい四人にとって、切実な問題である。
「だから、自分たちで何とかするしかないと思っているんだけどね」海斗も、そのことはよく理解していた。
「自分たちでサイトを作るんだったらほとんどお金はかからないし、とりあえずやってみてというのもありなんじゃない?」拓海のフォローに、女子二人が頷く。
その後、七海が、もう一つ気になることがあるんだけどと、違う指摘をした。
「どうやって利用者からお金をもらうのかっていうことに関しては、海ちゃんは、どのように考えているの?」
「お金を、どうやってもらうか?」
「だってね、知らない相手に気軽に相談できることを売りにするんでしょ? だからこそ、人には言えないことも相談できると思うんだけど、でもそうなると、相談者がどこの誰なのかってことも聞きづらくなるわけじゃん。そうしたら、お金を払わない相談者がいても、回収するのが難しいってことにならない?」
海斗が、痛いところを突かれたという表情を浮かべた。
拓海にも、それに対する答えは浮かんでこなかった。美咲も、口をつぐんでいる。
「いいアイデアだと思ったんだけどな……」海斗が、肩を落とした。
「ごめん。私が、変な突っ込みを入れちゃったから。でも、その部分さえクリアーできれば、アイデアとしては面白いんだから、とりあえず保留扱いにしておかない?」七海が、とりなした。
その後も二つのアイデアが議論されたが、いずれも商売には向かないという結論になった。
四人の間で、そろそろ商売ネタを決めないかという空気が広がっていく。
そんな中、美咲が、そろそろ話をまとめたらどうかと口にした。
三人の視線が、拓海に向けられた。話をまとめるのは、リーダーの役割だった。
みなの視線を感じた拓海は、保留扱いにしていた外国人向けの道案内とネット相談のどちらかで決定しないかと口を開きかけた。
その時だった。
拓海の頭に、あることがひらめいた。
二日前に、家族みんなで、都市部で寂しい老後生活を送っている高齢者が増えていることを取り上げたテレビ番組を見た。誰にもみとられずに死んでいく人も多いという内容だった。そのような人たちの話し相手になれば、喜ばれるのではないだろうか。たとえ、商売であったとしても。
「これって、いけるんじゃないのか!」拓海の目が輝いた。
メモには、七海が口で説明したこと以外にも、ちょこちょこと書かれてあった。
「求めている人がいる。時代が求めている。うん、なるほどね……。この、自分たちならでは、っていうのは、どういう意味?」
美咲から問われた七海が説明した。
「自分たちだからこそやれるサービスとは何だろうなっていう意味。自分たちの特技を生かせるからやれることだとか、このメンバーだからやれることだとか、なんだろう、要するに、よそがやっていないサービスを考えなきゃいけないんだろうなってこと」
「よそがやれないサービスってことでしょ?」
「そういうのもあるだろうし、やろうとは思わないっていうこともあるだろうし、とにかく競争相手が少ない方がいいわけでしょ?」
七海の声に、力がこもった。
競争相手がたくさんいると、自分たちのことを選んでもらえる確率が低くなる。最初から競争相手がいなければ、サービスを利用したいと思う人がいれば、必ず自分たちのことを選んでもらえる。
(そういうことだよな)拓海は、胸の中で、七海のことを称賛する声を上げた。リスペクトのような感情も湧いてくる。
「競争相手のいないサービスって、どういうのがあるのかな?」海斗が、視線を上に向けながら考え込んだ。
「オレたちが普通に知っているサービスは、競争相手がすでにいるってことだよな?」拓海は、誰にともなく問いかけた。理屈の上では、そのようになる。
「そのことよりも先に、こっちの方を考えたほうがいいんじゃない?」美咲が、七海の書いたメモを拓海と海斗のほうに向けて、ある部分を指さした。そこには、『求めている人がいる、時代が求めている』という言葉が書かれていた。
「世の中から必要とされているサービスとは何なのかってことを考えろってこと?」海斗が、言葉の意味を七海に確認する。
そういうことだと、七海が返事をした。
「それって、ぱっと思いつく人いる?」海斗が、三人の顔を見回す。
三人は、沈黙した。
「どんなことが必要とされているんだろう……」海斗が、考えるそぶりを浮かべながら、拓海に視線を向け、何かないのかよと目で促した。
このまま全員で沈黙し合っていても意味がない。
何か言わなきゃと思った拓海は、「例えばだけど、お受験小学生の家庭教師とかは、どうかな?」とアイデアを口にした。
「確かに、今、お受験する人多いもんね」七海が、頷く。
四人は中学受験とは無縁だったが、小学校時代の友達の何人かは、受験して私立の中学校へ入学していた。
「そういうサービスって、普通にないのかな?」美咲が、スマホの検索で『中学受験 家庭教師』と打ち込む。
画面に、中学受験対象の家庭教師サービスが、ずらりと表示された。その中には、有名な家庭教師センターの名前もあった。
「無理か……」拓海は、ダメなことを悟った。
「厳しいかもね」美咲も、残念そうな顔をする
「でもさ、これだけいろんなところの名前が出てくるということは、世の中から必要とされているってことだよな?」
「そう。だから、そのような発想で、いろいろと考えていけばいいんじゃない」
海斗と七海が、意見をしたことをフォローしてくれた。
リーダーらしく最初に発言できたことは良かったのだが、拓海は、競争相手のいない世の中から必要とされているサービスを考えることが想像以上に難しいことだと感じていた。普通に思いつくようなことは、言い換えれば、普通に世の中に存在しているということになるからだ。すでに存在し、その存在を知っているから、似たような発想が浮かんできてしまう。
拓海は、他のアイデアを意見するために、考えるモードに入った。
「保育所に預けた子供のお迎え代行とかは、どう?」美咲が、目を輝かせた。彼女の従姉が保育所に子供を迎えに行かなくてはならないことが原因で正社員の仕事ができないと愚痴っていたことを思い出し、世の中から必要とされていることなのではないかと考えたということだった。
「子供を家に届けた後も、両親のどちらかが帰ってくるまでの間は面倒を見てあげることにしたら、喜ばれると思うんだけど」美咲が、ただのお迎え代行ではないことを強調する。
「それって、時間制限有りのサービスにするの?」
「時間制限って?」
「オレたちって、みんな門限があるじゃん。親が帰ってくるまでの間面倒を見てあげるのは喜ばれると思うんだけど、遅くまで面倒を見てあげられないんじゃないのかなと思って。利用者の家が遠かったりすると、子供を家に送り届けるので精いっぱいって感じになるでしょ」
拓海は、時間の制約があることを指摘した。
拓海の両親は、門限に対しては厳しかった。他の三人の親も同様だと聞いている。
「厳しいっか」美咲のテンションが下がった。
「お迎え代行だけだったら、いけるんじゃないの?」海斗が、美咲の意見をフォローする。
「でも、家に届けた後子供を一人にしておくのは、親は不安に思うと思うけど」
七海の一言で、美咲のアイデアは没になった。
「じゃぁ、今度は、私が意見するね」七海が、話題を変える。
「日本に来る外国人観光客の道案内とかって、面白いと思うんだけど。ガイドブックだけだと詳しいことがわからないし、もともと日本の地理に詳しくないわけだから、正しく目的地に行けるのかどうか不安に思っている外国人が多いんじゃないのかな」
テレビのニュースなどで、日本にやって来る外国人観光客の数が増え続けているということが言われていた。街を歩いていても、当たり前のように外国人の姿を見かける。
「オレ、英語は得意じゃないんだけど」
「英語圏だけの人じゃないでしょ。中国人や韓国人もいるし、東南アジアからもたくさん来ているっていうし」
海斗と美咲が、語学への不安を口にした。
「言葉は、気にしなくてもいいんじゃない? 日本に来る以上は、日常会話程度の日本語がわかっている人が一人はいると思うし、最悪言葉が通じなくても、身振り手振りで通じるじゃん」
拓海の言葉に、七海がナイスフォローとでも言いたげに笑顔を向けてきた。拓海の胸が弾む。
「道案内を必要としている外国人を、どうやって見つけるの?」美咲も、興味を示してきた。
「例えばの話だけど、何カ国語かで道案内をしますって書いたビラを街にいる外国人に配るのはどうかな? 英語だったら自分で書けるし、それ以外の国の言葉も、ネットの翻訳ソフトを使えばできると思うから」
拓海は、外国人にビラを配っている場面を想像してみた。道案内をしてもらいたい外国人が、地図を開いて、行きたい場所を指し示す。場所を確認した自分たちが、鉄道などを使って、目的地まで案内をする。やれそうな感じがしてきた。
「じゃぁ、商売ネタは、それに決める?」美咲が、早くもまとめにかかろうとした。
「とりあえず一旦保留にして、ほかにもやれそうなことがないかどうか、もう少し考えてみようよ。もっとしっくりくるものがあれば、そのほうがいいし。海ちゃんも、何か思いつくことないの?」
七海が、唯一アイデアを口にしていない海斗に視線を向けた。
海斗が「飲み物を入れてくる」と席を立った。
拓海も、グラスの残りを飲み干し、席を立つ。女子二人は、席を立つ気配がない。
コーラを注ぐ海斗の真後ろに並んだ拓海は、「何か思いついたことがあるのか?」と声をかけた。
海斗が、前を向いたまま「ある」と返事をする。
「どんなこと?」拓海の中に、海斗がどのようなことを考えたのかについての興味が湧いていた。
彼は、はっきり言って、お金に対する執着心が強い。彼との会話の中で、お金の損得の話がよく出てくる。家が貧しいわけでもなく、性格がケチというわけでもないのだが、お金に関することには敏感に反応する。そんな彼が考えたということは、お金の得につながる根拠が必ずあるはずだった。
「ネットを使った商売」コーラを注ぎ終えグラスを手にした海斗が、体の向きを変えた。右手に持ったグラス一杯に、コーラが注がれている。
「ネットね……」ドリンク機の前に立った拓海は、コーラのポケットにグラスを置いた。
「ネットで、何をするの?」
「詳しいことは後で話すけど、ネット上で何でも相談に乗りますみたいな商売って、面白くないかなと思って。誰かに相談したくても相談できる相手がいない人とか、面と向かって相談しづらいこととかも多いでしょ。だからね、ネット上で知らない相手に気軽に相談できるサービスがあったら、受けるんじゃないのかなと思って。そんな感じ」
拓海たちの年代は悩み事が尽きないが、その中には、仲の良い友達同士であっても相談しづらいこともある。親や先生となると、なおさらであった。
サービスを利用したいと思う人の数が多いのではないかということが、海斗の中で、お金の得につながる根拠になっているのだろう。
コーラを注ぎ終えた拓海は、その場で待っていてくれた海斗と一緒に、テーブルに戻った。
海斗のアイデアは、ネット上に相談専用のサイトを作り、サイト上で相談の受け答えを行うというものであった。ちょっとしたサイトであれば、海斗自身が作れるということである。高校生や小学生も含めた自分たちと年齢の近い人たちからの相談であれば、四人で対応できるだろうというのが、海斗の考えであった。
女子二人も、興味を示してきた。身近な人間に面と向かって相談しづらいことがあるという言葉に、共感したようである。
そんな中、「面白いとは思うんだけど、どうやって、私たちのことを知ってもらえばいいんだろう?」と、美咲が疑問を口にした。
「サイトの中身を充実させて、少しでもネットの検索順位が上に来るように頑張るしかないのかなと思っているんだけど」海斗が、自信なさげな口調で返事をする。
「ネットの広告って、高いんだよね?」七海が、誰にともなく問いかけた。
ネットの世界には、キーワードに連動してサイトを表示してもらえる広告やアクセス数の多いサイトにバナーを貼る広告などがあるが、どれも、そこそこのお金が必要であった。元手に乏しい四人にとって、切実な問題である。
「だから、自分たちで何とかするしかないと思っているんだけどね」海斗も、そのことはよく理解していた。
「自分たちでサイトを作るんだったらほとんどお金はかからないし、とりあえずやってみてというのもありなんじゃない?」拓海のフォローに、女子二人が頷く。
その後、七海が、もう一つ気になることがあるんだけどと、違う指摘をした。
「どうやって利用者からお金をもらうのかっていうことに関しては、海ちゃんは、どのように考えているの?」
「お金を、どうやってもらうか?」
「だってね、知らない相手に気軽に相談できることを売りにするんでしょ? だからこそ、人には言えないことも相談できると思うんだけど、でもそうなると、相談者がどこの誰なのかってことも聞きづらくなるわけじゃん。そうしたら、お金を払わない相談者がいても、回収するのが難しいってことにならない?」
海斗が、痛いところを突かれたという表情を浮かべた。
拓海にも、それに対する答えは浮かんでこなかった。美咲も、口をつぐんでいる。
「いいアイデアだと思ったんだけどな……」海斗が、肩を落とした。
「ごめん。私が、変な突っ込みを入れちゃったから。でも、その部分さえクリアーできれば、アイデアとしては面白いんだから、とりあえず保留扱いにしておかない?」七海が、とりなした。
その後も二つのアイデアが議論されたが、いずれも商売には向かないという結論になった。
四人の間で、そろそろ商売ネタを決めないかという空気が広がっていく。
そんな中、美咲が、そろそろ話をまとめたらどうかと口にした。
三人の視線が、拓海に向けられた。話をまとめるのは、リーダーの役割だった。
みなの視線を感じた拓海は、保留扱いにしていた外国人向けの道案内とネット相談のどちらかで決定しないかと口を開きかけた。
その時だった。
拓海の頭に、あることがひらめいた。
二日前に、家族みんなで、都市部で寂しい老後生活を送っている高齢者が増えていることを取り上げたテレビ番組を見た。誰にもみとられずに死んでいく人も多いという内容だった。そのような人たちの話し相手になれば、喜ばれるのではないだろうか。たとえ、商売であったとしても。
「これって、いけるんじゃないのか!」拓海の目が輝いた。
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