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 「商売?」
 七海以外の三人が、一斉に声を上げた。いきなり商売などという言葉が飛び出してきたからだ。
 「商売って、どんなことするの?」口に運ぼうとしたサンドを皿に戻した拓海は、聞き返した。
 「何か、いいアイデアでもあるわけ?」美咲も聞き返す。
 「そういうわけじゃないんだけどね。でも、お金が欲しい欲しいとか言っていたって、天から降ってくるわけじゃないでしょ。誰かがくれるわけでもないのだったら、自分たちで稼ぐしかないわけじゃん」
 「だって、うちの学校、バイトが禁止されているんだよ」
 「商売とバイトは違うと思うけどなぁ」
 「どこがどう違うんだよ?」
 「バイトは、どこかに雇われて他人から指示されながら仕事をするわけだけど、商売は雇われなくてもいいし指示も受けなくていいから、自分たちの好きな時間に好きな方法でやれるでしょ。だったら、勉強にも支障が出ないし、校則違反にはならないと思うんだけど」
 拓海にも、七海の言うことが、もっともらしく聞こえていた。
 「儲けた分は、全部自分たちの自由なお金になるってことだよな」海斗が、目を輝かせる。
 「親にばれないようにお金を手にすることもできるしね」拓海も、秘密のお金を手にしたかった。
 美咲も、乗り気な言葉を口にする。
 「ちょっと。みんな、本気なの?」七海が、困ったような表情で聞き返した。
 「本気って、七海が言い出したことじゃん」
 「そうだけど……。商売をやるには、元手がいるんだよ」
 「元手は、みんなで持ち寄ればいいじゃん」
 「どのくらいのお金が必要なのかな。何十万とか言われても、オレには無理だし」
 「いくらなら出せるの?」
 「今すぐは、わかんないけど……」
 元手の話が広がった。
 「ねぇねぇ。いきなり元手の話をしても、しょうがないんじゃない? 何をするのかを決めてからのことだと思うんだけどな」美咲が、広がり出した話を収めにかかった。彼女は、話をまとめるのがうまい。
 「それもそうね。ちなみに、この中で、何か具体的なアイデアがあるって人いる?」
 七海が、三人の顔を見回した。
 問われた三人も、互いに相手と顔を見合わす。みな、アイデアを口にできなかった。
 海斗が、グラスの中の爽健美茶を一口飲み、皿に残ったエッグベネディクトを口に運んだ。考え事をしているかのような表情で口を動かす。
 女子二人も、パンケーキを口に運びながら、各々考えるような表情を浮かべた。
 拓海も、三人に倣って、サンドの残りを口に運びながら、頭の中でアイデアを考えてみた。しかし、これといったアイデアは浮かんでこない。元手が限られているということが、発想を狭くしていた。
 「ねぇ。別に、今決めなくてもいいんじゃない?」沈黙の中、七海が、三人に声をかけた。声をかけられた三人が、目が覚めたかのように、視線を元に戻す。
 その後、四人で話し合い、それぞれがアイデアを考えたうえで、二日後の土曜日に、どのようなことをやるのかを決めようという話になった。
 「商売をやるんだったら、リーダーを決めたほうがいいと思うんだけど」
 七海が、リーダーがいたほうがいいと言い出した。行き当たりばったりでは商売はできないから、計画を管理する人間が必要だというのが理由だった。四人の間で意見が分かれたときのまとめ役としても必要だという考えでもある。
 七海の意見に、他の三人も賛成した。
 しかし、問題は、そのあとだった。誰がリーダーになるかである。
 四人は、それぞれ、自分はリーダーには向いていない、誰々さんがいいのではないのかなどと口にし合った。
 すんなりとは決まりそうにない空気が漂う。
 「だったら、くじ引きにすれば? その方が公平だし、すんなりと決まるでしょ」
 美咲の提案に、他の三人が頷いた。
 その様子を目にした美咲が、ペーパーナプキンを一枚手に取り、あみだくじを書いた。縦線を四本引き、手で隠しながらどこかの線の下に当たりの印を付け、裏側に折り曲げて見えなくした後に、線と線の間に横線を入れる。
 「私は最後に引くから、みんな、好きなところに名前を書いて」美咲が、引きたいくじの上に名前を書くように指示をした。
 テーブルの上を滑らすようにくじを手元に引き寄せた海斗が、一本の線の上に名前を書いた。その後、テーブルの上を滑らせながら、拓海にくじを回す。
 拓海、七海の順に名前を書いたくじが、美咲の元に戻ってきた。
 残った線の上に名前を書いた美咲が、折り曲げていた部分を開いた。
 一番左の線から順に、あみだをなぞる。
 その結果、拓海がリーダーに選ばれた。
 「どうしよう、どうしよう」拓海は、狼狽した。
 「出た! 拓ちゃんの、どうしよう、どうしようが」七海が、茶々を入れる。
 「そういえば、こいつ、よく言うよな」海斗が、指をさしてきた。
 「どうしよう、どうしよう」とは、物事を決めるのが苦手な拓海の口癖だった。
 「オレ、無理だって。物事を決めるのが苦手だし」拓海は、救いを求めるように、三人の顔を見回した。
 「別に、拓海君一人で何もかもをやれっていう話じゃないわけだし」
 「そうだよ。やるのは、みんなで協力してやるんだから」
 「優柔不断な性格を直すチャンスだと思って、頑張ってみたら?」
 三人の言葉は励ましにも聞こえたが、妥協は許さないという言葉でもあった。
 とりわけ、「優柔不断な性格を直すチャンスだと思って、頑張ってみたら?」という七海の言葉は、拓海の胸に重くのしかかっていた。常々、物事をすんなりと決められない自分の性格のことを七海が快く思っていないのではないかと感じていたからだ。
 プレッシャーが、拓海の全身を襲った。
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