没考

黒咲ユーリ

文字の大きさ
上 下
22 / 26
腐々

腐々 その4

しおりを挟む
 お堂の扉は閉められていたが、格子から中の様子が確認できた。
 中心に日本人形の様のような女性の像が置いてあり、それを中心に神棚のように諸々のお供え物が置いてあるといった感じだ。
 お堂の看板「あかがね姫」のストーリーを確認し、写真撮影を何枚か。
 M川氏に車で駅前まで送っていただき、さらにあかがね姫の資料の書類までいただいた。これは嬉しい。
 観光案内所の皆様に丁寧にお礼を言い、取材はいったん完了とした。

 さて、そんなわけで俺は、観光マップに載っていた温泉にやってきた。
 山の麓に建っており、木造の建物の周りは木々に囲まれている。創業は江戸時代からだそうで、町の歴史を感じさせてくれる。

 俺は温泉でひとっ風呂浴び、喫煙所でタバコを吸いながらあかがね姫の資料に目を通していた。
 あかがね姫の話のあらすじは大体こんな感じだ。


 その昔、この地方を収める殿様の娘にあかがね姫がいた。(年代不明。統治者も大名か貴族か寺社か国人かも不明)  

 ある時、この地によその勢力が攻め込んできて戦となった。(この地方での合戦の記録は確認できたが、どの合戦かは特定できず)

 戦には敗れ、居城は炎に包まれた。(複数の城跡は確認できたが特定できず) あかがね姫は複数の従者と落ち延びた。

 しかし、追手の捜索が厳しく、姫たち一行は洞窟の中に身を隠したという。(すでに採掘などで坑道があったのだと思われる)

 姫たち一行は一旦は難を逃れた様だが、追手の目を気にしてか脱出が叶わず、やがて時が流れた。(この坑道はすでに採掘は終了していたのか?)

 ある時、村人たちは坑道の中で複数の白骨死体を発見した。(どれぐらい年月が経ったのかは不明)

 しかし、その複数体ある人骨の中に一人だけ座っている人影があった。

 それは、あかがね姫であった。

 あかがね姫はもちろん、死亡していたのだが、他の人物とは違い、生前の姿のまま、その場に座っている死体として発見された。

 村人は驚愕し、恐れおののき、そして姫の身に起きた出来事を哀れに思い涙した。

 村人たちは姫を弔い、そこにお堂を立てたという。



 そして、現在に至るという。これが「あかがね姫」の伝説だ。

 いかにも昔話といった感じの話ではあるが、そこは民間伝承のさだめ。
 口伝などによって伝わるため、時代の影響などを受けて形は変わっていくもの。たとば「あかがね」という部分。これは漢字で書くと「銅」。鉄の「くろがね」とか金の「こがね」とか言った感じの和名だ。銅の鉱山跡の地元らしいネーミングではないか。
 というわけでこの姫様の本名は不明。ではただの作り話の姫様かといえば、そうとも言い切れない。
 古来より人類は鉱物資源を手にし、勢力を築いてきているからだ。紀元前のヒッタイト王国は製鉄の技術を発展させ、それまでの青銅器時代から脱却し大いに勢力を拡大した。また中世のモンゴル帝国は各国に侵略を繰り返し、イナゴのような解釈をされてきたが、鉱山資源を奪うのが目的の戦略だったという説もある。
 鉱山資源がいかに重要な戦略か。それは日本の地方の大名たちにとっても同じであるといえる。有数の銅の採掘資源を各施療が奪い合った、とは想像に難くない。その中でどかの家の名もなき姫が非業の死を遂げた、というようなことは起こっていてもおかしくないだろう。

 ではここからさらに、このあかがね姫のオカルト成分に切り込んでいく。
 姫は死亡していたが、死体が生前のままだった、という点だ。これには2つの可能性が考えられる。

 一つ目は「屍蝋(しろう)」と呼ばれる現象だ。
 死体は言っての条件下において腐敗せず、その体が蝋状になって残るというものだ。
 ヨーロッパなどで古代人の屍蝋死体の発見は複数報告されており、日本では福沢諭吉の墓を発掘した際に遺体が屍蝋化していたという話もある。
 死体に脂肪分を多く含んでいるなど細かい条件などがある為、自然に屍蝋化したと考えた場合、他の白骨化した死体と比べても差別化することもできる。勿論洞窟内である為、虫などによる分解が進むのが普通だが、今回はそれを考慮しない。

 二つ目は「成り行きで残った」可能性だ。
 何を言っているのかと思ったかもしれないが、もう少し具体的に詰める。
 約200年ほど前のフランスにナポレオン・バナパルトという男が登場した。
 彼は軍人から皇帝にまで成り上がり、ヨーロッパを席巻した。人類史においてナポレオンという現象になった。
 しかしその後、戦争において連敗し最後にワーテルローの戦いにおいて敗戦し、セントヘレナ島へと流刑となった。その後、ナポレオンはその地で死亡し埋葬された。1821年のことだ。
 その19年後、1840年にナポレオンの遺体をフランスに戻そうという運動がおこり、墓は発掘された。そこで確認された遺体は一切の腐敗が進んでおらず、19年の時間経過を感じさせなかったという。
 遺体を調べた結果、ヒ素が検出され、ナポレオンはヒ素中毒によって死亡した、といわれる。(死亡後に防腐処理をされた、死体は偽物だ、などの諸説あるが今回は割愛する)
 ポイントはヒ素が検出された、という点だ。
 過去にヒ素は、はく製などに防腐剤として使用されている。毒性は高いが防腐効果も高かった為だ。
 あかがね姫は銅鉱山の坑道に身を潜めた。銅鉱山では銅とともに硫ヒ鉄鉱が採掘されることもある(もちろん場所にもよるが)。硫ヒ鉄鉱は焼くことによって亜ヒ酸となる、つまりあかがね姫は坑道内の天然に近いヒ素によって中毒死し、その死体はヒ素の防腐効果によって保存された可能性もあるということだ。ただこのケースだとヒ素中毒によって他の死体も屍蝋化していてもおかしくない。
 また銅には銅イオンによる雑菌の繁殖、抗菌作用があるといわれる。この効果により死体に防腐効果があったと考えることもできるが、やはり他の死体も屍蝋化しないと条件にそぐわない。前述と同じく今回も、虫などによる分解は考慮しないとする。(あくまで伝説に沿った仮説の為)

 とまあ、大体こんな感じか。あかがね姫の話をいったん区切る。
 もともと、ドグサレ様について収穫は無いだろうと予想しある仮説を立てていたのだが、このあかがね姫の伝説はいいヒントになった気がする。
 次は最初の仮説と、さらにあかがね姫の考察を重ねた仮説をまとめていこうか。

 俺は温泉を出ると、そのままS町からU市へと戻るために電車に乗った。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

喪失~失われた現実~

星 陽月
ホラー
 あらすじ  ある日、滝沢の務める会社に桐生という男が訪ねてきた。男は都立江東病院の医師だという。  都立江東病院は滝沢のかかりつけの病院であったが、桐生という名の医師に聞き覚えがなかった。  怪訝な面持ちで、男の待つ会議室に滝沢は向かった。 「それで、ご用件はなんでしょう」  挨拶もそこそこに滝沢が訊くと、 「あなたを救済にきました」  男はそう言った。  その男が現れてから以降、滝沢の身に現実離れしたことが起こり始めたのだった。  さとみは、住んでいるマンションから15分ほどの商店街にあるフラワー・ショップで働いていた。  その日も、さとみはいつものように、ベランダの鉢に咲く花たちに霧吹きで水を与えていた。 花びらや葉に水玉がうかぶ。そこまでは、いつもとなにも変わらなかった。  だが、そのとき、さとみは水玉のひとつひとつが無規律に跳ね始めていくのを眼にした。水玉はそしてしだいにひとつとなっていき、自ら明滅をくり返しながらビリヤードほどの大きさになった。そして、ひと際光耀いたと思うと、音もなく消え失せたのだった。  オーナーが外出したフラワー・ショップで、陳列された店内の様々な花たちに鼻を近づけたり指先で触れたりしながら眺めた。  と、そのとき、 「花はいいですね。心が洗われる」  すぐ横合いから声がした。  さとみが顔を向けると、ひとりの男が立っていた。その男がいつ店内入ってきたのか、隣にいたことさえ、さとみは気づかなかった。  そして男は、 「都立江東病院の医師で、桐生と申します」  そう名乗ったのだった。  滝沢とさとみ。まったく面識のないふたり。そのふたりの周りで、現実とは思えない恐ろしい出来事が起きていく。そして、ふたりは出会う。そのふたりの前に現れた桐生とは、いったい何者なのだろうか……。

白い扉

宮田 歩
ホラー
病院の片隅にある開かずの白い扉。 その扉は瀟洒な洋館を思わせ、どこか異世界に通じている様に思えた——。

【完結】本当にあった怖い話 コマラセラレタ

駒良瀬 洋
ホラー
ガチなやつ。私の体験した「本当にあった怖い話」を短編集形式にしたものです。幽霊や呪いの類ではなく、トラブル集みたいなものです。ヌルい目で見守ってください。人が死んだり怖い目にあったり、時には害虫も出てきますので、苦手な方は各話のタイトルでご判断をば。 ---書籍化のため本編の公開を終了いたしました---

野花を憑かせて〜Reverse〜

野花マリオ
ホラー
怪談ミュージカル劇場の始まり。 主人公音野歌郎は愛する彼女に振り向かせるために野花を憑かせる……。 ※以前消した奴のリメイク作品です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

招く家

雲井咲穂(くもいさほ)
ホラー
その「家」に招かれると、決して逃げられない――。 仕事を辞めたばかりで先の見えない日々を送っていた谷山慶太は、大学時代の先輩・木村雄介の誘いで、心霊調査団「あやかし」の撮影サポート兼記録係としてバイトをすることになった。 初仕事の現場は、取り壊しを控えた一軒家。 依頼者はこの家のかつての住人――。 ≪心霊調査団「あやかし」≫のファンだという依頼人は、ようやく決まった取り壊しの前に木村達に調査を依頼する。この家を、「本当に取り壊しても良いのかどうか」もう一度検討したいのだという――。 調査のため、慶太たちは家へ足を踏み入れるが、そこはただの空き家ではなかった。風呂場から聞こえる水音、扉の向こうから聞こえるかすかな吐息、窓を叩く手に、壁を爪で削る音。 次々と起きる「不可思議な現象」は、まるで彼らの訪れを待ち構えていたかのようだった。 軽い気持ちで引き受けた仕事のはずが、徐々に怪異が慶太達の精神を蝕み始める。 その「家」は、○△を招くという――。 ※保険の為、R-15とさせていただいております。 ※この物語は実話をベースに執筆したフィクションです。実際の場所、団体、個人名などは一切存在致しません。また、登場人物の名前、名称、性別なども変更しております。 ※信じるか、信じないかは、読者様に委ねます。 ーーーーーーーーーーーー 02/09 ホラー14位 ありがとうございました! 02/08 ホラー19位 HOT30位 ありがとうございました! 02/07 ホラー20位 HOT49位 ありがとうございました! 02/06 ホラー21位 HOT81位 ありがとうございました! 02/05 ホラー21位 HOT83位 ありがとうございました! 

二つの願い

釧路太郎
ホラー
久々の長期休暇を終えた旦那が仕事に行っている間に息子の様子が徐々におかしくなっていってしまう。 直接旦那に相談することも出来ず、不安は募っていくばかりではあるけれど、愛する息子を守る戦いをやめることは出来ない。 色々な人に相談してみたものの、息子の様子は一向に良くなる気配は見えない 再び出張から戻ってきた旦那と二人で見つけた霊能力者の協力を得ることは出来ず、夫婦の出した結論は……

処理中です...