6年生になっても

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母の気遣い

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保健室に誘導された陽子は真紀が持ってきた換えのおむつを履かされて、保健の先生から靴下とスカートを着せられた。どうやら真紀は勝手に陽子のランドセルの中をあさり、巾着に入れられたおむつを見つけ出したようだ。
藤田先生は陽子がお尻拭きを保健室に常備している事を伊藤先生から聞き「わざわざお尻を洗わなくても良かったんですね」と言い残し保健室を出て行った。
「陽子さん。クラスの皆には須藤先生から何も言わないように言ってくれるらしいから、あまり落ち込んじゃダメよ」
失意に沈む陽子には、先生の声は届かなかった。

もうホームルームは終わったようで、保健室の窓からはクラスメイトの下校する姿を確認できた。クラスメイトと目が合いそうになり、陽子は保健室の窓から離れてソファの傍に立ち尽くしていた。伊藤先生が陽子のランドセルを教室から持ってきてくれたようだ。
「陽子さん。須藤先生には連絡しておいたから、今日はこのまま帰りなさい。また来週からも真紀ちゃん達も仲良くしてくれるって言っていたから、元気出しなさい」
先生の一言で、今日が金曜日だった事を思い出した。あと2日、学校にこないですむかと思うと少しだけ気が楽になった。陽子はランドセルを背負って保健室から顔を出したが、クラスメイトを見つけてしまい、保健室の中に引っ込んでしまった。伊藤先生が気を使ってくれる。
「もう少し保健室で休んでいきなさい。そうしたら他の子達もいなくなるでしょうから」
先生はソファに腰をかけるように促してくれたが、気の沈んでいる陽子はくつろぐ気分にはなれず、ランドセルを背負いながら立ち尽くしていた。


下校する生徒が見えなくなたころ、陽子は伊藤先生と保健室を後にし、帰宅した。家では母が優しく出迎えてくれた。伊藤先生は母に、陽子のおむつがクラスメイトに見られてしまった事を報告していたが、傷ついているだろうと思い触れないことにしていた。
「陽子、明日せっかくお休みだから、一緒にお買い物行こうか?」
気を紛らわそうと母が声をかけてくれた。
「別にいい。家にいる」
陽子はぶっきらぼうな返事を返した。母はソファに腰掛ける陽子の隣に移動し、もう一度話しかけた。
「明日は陽子のパンツを買いに行きたいの。だから付き合って」
この時、陽子は完全に心を閉ざしてしまっていた。自虐的な返答を返す。
「パンツ?今日も学校で失敗しちゃったけど?」
母は陽子に少しでもポジティブな気持ちをもって欲しかった。
「陽子は学校で皆と違う下着履いているから、学校に行くのが恥ずかしいのよね。けどパンツだとおもらしが怖いから、お母さんはトレーニングパンツにしたらいいと思うの」
「トレーニングパンツ?また友達に笑われそうなんだけど?別にいらないよ」
陽子は正直、もうどうでもよかった。陽子は成績が良いと度々先生やクラスメイトに褒められることを、今まで何度も家で自慢し、その度に両親に褒められる事を何よりも嬉しく感じていた。
5年生でクラスにおむつがばれてからは、学校における陽子の尊厳は損ねられてしまった。陽子に残されたプライドは両親からの「みんなに褒められる良い娘」としての評価だけで、それを守りたい、ただその一心で学校に通い続けていたのだ。
陽子は学校でいじめられたり、馬鹿にされたりした「学校で与えられた悪い評価」を、誰よりも両親に知られたくなかった。しかし、6年生になってからおもらしを続けて、挙げ句の果てにおむつに戻された事をクラスメイトに知られてしまい、その全て親に告げられてしまった陽子は、学校に通い続けるモチベーションを失ってしまっていた。
「陽子、来週からまた学校に行ける?」
「…正直今は行きたくない。行ったら皆に馬鹿にされるもん」
「保健の伊藤先生が言っていたんだけど。真紀ちゃんとかはこれからも仲良くしてくれるみたいよ。陽子はお友達に恵まれているみたいだし、お母さんは勇気を出して学校に行って欲しいな」
実際の真紀ちゃんとの関係はそこまで良いものではない。しかし、今まで「学校では真紀ちゃんと香奈子ちゃんが仲良くしてくれている」と言い続けた手前、整合性をとるためにも、また見栄を張ってしまった。
「それなら少しだけ考えてみようかな…」
しかし、通学後に馬鹿にされる恐怖を想像して、考え直してしまう。
「でもやっぱりやだ。男子とかに馬鹿にされるし」
「お母さん少し調べてみたんだけどね、最近のトレーニングパンツって外見は普通のパンツと変わらないのよ。陽子が一回おもらしするくらいなら吸収してくれるから、すごくいいと思うんだけど。予備は保健室に沢山置いておいてもらえばいいし」
「うん…」
陽子は曖昧に答える。
「あと、夜のおむつも布おむつにしない?濡れた感じがわかるとおもらしが治りやすいらしいのよ」
「夜はどっちでもいい。とりあえず、もうおむつしてなら絶対に学校に行かない。本当にパンツみたいならいいかもしれないけど…」
陽子は母がの期待を裏切れなかった。気持ちとは裏腹な、半端な譲歩の返事をしてしまった。意地っ張りだが、優しい子供だった。




翌日、大型ショッピングセンターの児童下着コーナーに母と来た。トレーニングパンツを購入するためだ。
朝におねしょしてしまった事と、久しぶりにオムツ着用で過ごす休日という事で、陽子は乗り気ではなかったが、母親と一緒に大きなサイズのトレーニングパンツを選ぶことになった。トレーニングパンツは確かに下着と変わらない外見だった。これなら馬鹿にされる事はないだろうと、陽子の母は水玉模様のトレーニングパンツを陽子に勧めた。もともと乗り気ではなかった陽子は適当に相槌をうち、トレーニングパンツを7枚購入することになった。4枚は家に置いておき、残り3枚は保健室におもらしした時用に置いておこうという考えだ。
会計後、母と食品コーナーを物色していると、両親と買い物に来ている近所の彩を見つけた。彩も陽子を見つけたようで、彩の母と一緒にこちらに近づいてくる。
「陽子、陽子のお母さん、こんにちは。陽子は今日何を買ったの?」
陽子が持っているビニール袋を見つけて、彩は質問を投げかける。
「あっ、パンツだよ。新しいの買いに来たんだ。」
トレーニングパンツとは答えられなかったが、嘘はついていないと思い、虚勢を張った。
「ふーん。パンツ買ったんだ。今日はお家にもう帰るの?だったら帰ったら一緒に遊ばない?」
「多分大丈夫だよ。じゃあ帰ったら彩の家に行けばいい?」
「おっけー!前に借りた漫画の続きをもってきてね!」
遊ぶ約束をして二人は離れたが、陽子の母が彩を呼び止める。
「彩ちゃん。陽子学校でお下がだらしない事があるみたいなんだけど、それが原因で辛そうにしてたら仲良くしてあげてくれる?」
母は彩にも陽子がおもらししても優しくして欲しいと伝えたかったのだ。陽子は恥ずかしい気持ちで一杯だったが、顔を赤らめながら黙っているだけだった。
「全然いいですよ。陽子、真紀とか香奈子は意地悪じゃない?クラスに居づらかったら隣のクラスに遊びに来てね」
やはり同学年の生徒から見たら、真紀と香奈子と陽子の関係は良くは映っていないようだ。
「ううん、大丈夫。もしそうなったら彩のクラスに遊びに行くね」
彩は陽子がおもらししても本当に優しくしてくれた初めての友人だった。沈んだ気持ちが少しだけ上向いて帰路に着く事ができた。
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