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潜入捜査、開始

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「モレーナ。今度の夜会、私と共に潜入できるかい?」


 モレーナは ――王命により使用を規制された媚薬の裏取引を取り締まるために立ち上げられた秘密組織『ノクス』―― の団員だ。

 そして、これまでのノクスの地道な調査によって、ついに大規模な夜会(という名の乱交パーティー)の情報を掴めたと聞いていた。
 既に紹介状も入手し、後は潜入のみというところで入団したばかりのモレーナに声がかかったのだ。


「わ、私でいいんですか」

 まだ実力も経験も足りていないのにそんな重要な任務に行っていいのか、ともごもごと口ごもる。

「悩んだんだけどね。今回は捉えることが目的ではなくて、黒幕の情報を探ることが目的だ。そうなると、場慣れしていない子に見せてあげるていで動けば気兼ねなく会場内を一巡できるし、行動がしやすいと思ってね」

「なるほど……」

 夜会には男女ペアでの入場が原則らしい。しかし、ノクスの団員に女性は極わずかだ。そして、その女性陣は妖艶な容姿をもつ熟女ばかり。
 つまり、容姿と年齢の都合によりモレーナに白羽の矢がたったのだ。

(先輩方の美貌なら、絶対にボディタッチどころでは済まないもんね)

 思い浮かべて、次いで頭を下げて自分の体を見下ろす。
 モレーナは18歳だ。成長し終わっているとはいえ、色気という大人の魅力は残念なことにまだない。体型だってそこそこだ。大きくも小さくもない胸を見て、溜息を吐く。

(寄せれば谷間ができるにはできるけど……)

「モレーナ? 嫌なら断っていいからね。服装も、服とも下着とも言えないものになるだろう。なるべく君には誰も触れないようにしたいが、怪しまれないことが第一優先になる。この意味はわかるよね?」

「はい、私は大丈夫です。だって、女性の被害を防ぐためにこうしてノクスに入団したんですから! 精一杯頑張ります!」

 身の危険すら感じられる警告に身震いをしそうになるが、セオと一緒であれば怖くても耐えられる。
 そう思えるのは、モレーナがノクスに入団するきっかけとなったある事件が深く関わっている。


 忘れもしない、2年前のある日――、モレーナは成人の儀に参加していた。

 普段は着れない華やかで光沢のあるドレスに身を包み、他の参加者と宴会場で楽しんでいたのだ。
 初めて飲むお酒を堪能しまくって、すっかり酔ったモレーナが庭園に酔い冷ましに出た時だった。数人の男が茂みから現れてモレーナを囲った。男達はモレーナと同様に成人の儀に参加していた者達だが態度が良くなくて、モレーナはなるべく近づかないようにしていたからすぐに気づいた。
 抵抗するモレーナがハンカチに沁み込ませた薬品を嗅がされ、もう助けを呼べないと諦めかけたその時、セオは現れた。

 遅くなってすまない、と漆黒のマントを靡かせて。

 その時からモレーナの憧れの白馬の王子様は、漆黒のマントに身を包むセオになった。
 幸いなことにモレーナが嗅がされた薬品は睡眠薬と薄めた媚薬を混ぜたものだったらしい。「眠って一夜明ければ薬の効果はきえているだろう」と自宅に送り届けてくれたセオを引き留めて連絡先をなんとか聞き出した。

 そうして、2年という月日を経てようやくノクスに入団する許可をもらえたのだ。
 もちろん同じような被害に会う女性を少しでも減らしたいという思いも強い。しかし、セオの役に立ちたい、そばにいたいという願望がモレーナの動力源となっていた。



「とは言っても……、これはちょっと……」


 緊張しながら迎えた夜会の当日。
 モレーナは用意された衣装を前に頭を抱えていた。

 紐を指でつまんで顔の前に掲げる。
 紐とレース、そして面積の狭すぎる布地。
 下着にもならないこの衣装と、裸体を飾るための宝石が輝くアクセサリー。フード付きのマントに目元を覆う華美な仮面。ハイヒールのパンプス。

「……ううん、覚悟はしてたもん。頑張るぞー!」

 おー! と一人で拳を高く上げて意気込んだモレーナは、着ていた衣類を脱ぎ捨てた。



***


「モレーナ。最終確認だけど、お互いの名前は呼ばない。そして、君は極力声をださないように。君の役は興味を惹かれながらも恥じらう少女だよ。何かあれば私の腕を引いてね」

 目的地に着いた馬車の中でセオが声を潜めて話す。
 お互いに仮面で目元が覆われているが、真剣な眼差しを見つめ返してゆっくりと頷いた。

「わかりました」

「それじゃあ行こうか」
「はい!」

 セオのエスコートで馬車を降りると、門の前に控えていた使用人が礼をする。

「招待状をお持ちですか?」
「これを」

 紺碧の封筒と一緒にセオが差し出したのは、真っ白な花弁をもつ一輪の夜顔だ。これが案内される広間の合図にもなるらしい。

「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」

 深々と礼をした使用人の後ろをセオに腰に腕を回された状態のままゆっくりとついていく。
 全身を覆うマントを羽織っているとはいえ、その中はほぼ裸だ。布地一枚の隔たりでは、セオの温度は遮れないし、モレーナの肉感も隠せない。

(こんな状況でもドキドキするなんて……私、最低!)

 今は潜入中だ。
 地道な調査でようやく辿りついた、またとない機会だ。
 失敗するわけにはいかないのだと己を戒める。

 長い廊下を歩いて、階段を登り、再び歩いて。そうして、武器を持った衛兵が待機している扉の前に着いた時には、モレーナの胸の高鳴りは全く異なるものとなっていた。

(もしバレたら絶対に逃げられないよ……)

 ここに到るまで、多くの衛兵が待機しているのを見た。
 その全員が顔全面を覆う仮面をつけていたが、その異様さに身震いした。

(私は好奇心はあるけど、恥じらう少女――)

 自分の役割を復唱する。
 そうして、仰々しく開かれていく扉の向こう側へと足を踏み出した。

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