人類はレベルとスキルを獲得できませんでした。

ケイ

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黄泉比良坂編

空気清浄機が働く部屋

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目を開けたら白い天井が見えた。
さっきまで黄泉比良坂にいたはずなのに・・・。

僕は上体を起こすと、柔らかい掛布団が落ちる。
そして思い出したかのように脇腹から痛みが走った。
快適な布団に顔を埋めて痛みに耐える。
もう一回横になって、顔が動く範囲で周囲を確認した。

「主人、ようやく起きたぜ」
「エイジ・・・僕は?」
「蝿の王を喰ったあと、主人は気を失ったんだぜ。その後、安全を確認したのか分からねーけど、いろんな人が来て、まあ見覚えのある人もいたから任せて主人を運んでもらったんだぜ」

なるほど、救出されたのか。

僕は周囲を見渡して・・・さっきから唸り声を上げている機械たちを見る。
うるさく稼働し続ける・・・空気清浄機。
色々な会社の製品が一台ずつ並んでいる。

『起きましたか、瀬尾さん』
「この声は、才城所長ですか?」

天井に付けられたスピーカーから才城所長の声が聞こえた。

『そうです。君は蝿の王を討伐した後、早急に救出され、この部屋で治療を受けてもらいました』
「ここは、病院ですか?」
『いえ・・・特殊隔離部屋です』
「隔離・・・」

僕は・・・何か無意識にやってはいけないことをしてしまったのだろうか?
いや、それでなくとも黄泉比良坂に入っていたんだ。
もしかしたら危険なウイルスに侵されているのかもしれない。

『あ、危険とかそんなことはありませんよ。ご安心ください。ただ・・・その・・・』

黙ってしまった僕を安心させようと才城所長が言葉を続けるが、肝心なところで言いづらそうに口をモゴモゴさせた。
何だろう?
危険はないのに言いづらいことって。

「言ってください。危険で無ければ僕としては問題ありませんから」

僕の言葉に、才城所長はフーッと息を吐いた。

『実は、・・・臭いんです』
「・・・え?」
『凄く臭うんです! あ、誤解のないように言いますが、一緒に突入した警察の方とミラクルミスティーの3人も同じ状況です』

臭い・・・臭い・・・。
地味にショックを受けて凹む僕だが、黄泉比良坂に突入したのだから、しょうがない事なのだろう。

「僕はどのくらいここに居なければならないのでしょうか?」
『・・・申し訳ありませんが、前例がないため答えることができません。私から言えるとしたら、そこにある7台の空気清浄機が全て通常稼働になったら、臭いの検査を受けてもらう事になる、という事だけです』

部屋を囲むように配置された空気清浄機は、どれもこれも凄まじ唸り声を上げて稼働している。
機械に意思があったら「過労死させる気か!」と文句が出てもおかしくない音だ。

「あ、皆さんの怪我は!? 金田さんと真山さんが特に酷かったはずです!」
『大丈夫ですよ。傷の大小はありますが、皆さん無事に処置されて、警察と自衛隊の医療班が交代で近くに常駐しています。命に別状はありません』

命に別状がないのなら大丈夫か・・・。
だけど、真山さんは探索者を引退するだろう。
右腕が残っていて、手術なり装備なりができれば続けていけたのだろうが・・・食べられたからな・・・。
金田さんはトラウマになっていなければ続けるだろうけど、彼も大怪我していたからどうなるか・・・。
日野さんと朱野さんは特に怪我は・・・齧られてたか。


それから僕の臭いが改善されるのに2週間かかった。
1週間後には空気清浄機がだいぶん静かになったが、臭い検査をしてもらったら顔を顰められた。
それからさらに1週間経って、ようやくオッケーが出て外に出ることを許可された。
口臭までチェックされるとは思わなかったよ。
ただ、肋骨は完治とはいかなかった。
入院するほどではないが、コルセットはしばらく付けててくださいと言われたので、常に着用している。

今まで着ていた病院の患者服を脱いで自分の服に着替え、工場で消臭されたベルゼブブの籠手を受け取った。
合わせて黄泉比良坂に置いていた増幅装備と死霊術、道術のアイテムも受け取る。
ホテルに置いていた僕の荷物は探索者組合の方で受け取ってくれたみたいで、確認を終えた後、自衛隊と警察から連絡があるとかでしばらく時間を潰す事になった。
潰すとしたらテレビしかなく、チャンネル変えていると見知った顔がでたので音量を上げる。

『木下探索者が、本日1級になったことを探索者組合が正式に発表しました。反神教団の動向も気になる中での新たな1級探索者の誕生に、関係者からは教団に対する牽制との見方が強まっています』

あいつも1級になったのか。
まあ、すでにA級モンスターを単独で倒していたし、時間の問題だったのだろう。

しばらくニュースを観ていると、コンコンと扉がノックされた。
来たのかな? と思って扉を開けると、そこには真山さんが立っていた。
左手を上げて挨拶をしてくれたが、無くなった右腕にどうしても目がいってしまう。

「真山さんも、退院・・・ですか?」
「私は転院だね。臭いも治ったから病院で経過観察。金田と朱野も一緒に転院するから寂しくともなんともないけど」
「探索者は引退ですか?」
「そうだね・・・。あの化け物と戦ったとは言えない戦いだったけど、生きているだけで儲けものだったよ。流石にこれ以上自分の命を賭ける気は起きないかな」
「そうですか・・・すみません」

僕の謝罪に、真山さんは左手を振って嫌そうに顔を顰めた。

「謝罪される筋合いはないよ。探索者をしてるんだから、こういう事になる可能性も頭にあったから。全ては自己責任。それに、さっきも言ったけど、命があるだけ私たちは運が良かったの」

確かに・・・運が良かったのだろう。
僕も含めて・・・。
僕は考えを変えて、真山さんを見た。
そんな僕に、彼女は優しく微笑んでくれた。
僕の責任はかけらも無いと言うように。

「そういえば、金田さんは腹を裂かれてましたけど、朱野さんはどこか怪我したんですか? どこか齧られてましたか?」
「朱野は鼓膜よ。本人曰く、蝿の王の叫び声でやられたらしいわ」

あー、羽を切り飛ばした時のやつか。
指向誘導で剣の向きを修正してもらったな・・・。
あの時に鼓膜がやられたのか。

「瀬尾くんはよく鼓膜が無事でいられたね?」
「衝撃無効とエイジのおかげですね。直接あの悲鳴を聞いていたら僕の鼓膜もただじゃ済まなかったでしょうけど、エイジがヘルメットのように頭も覆っていましたから」
「やっぱり、状況によって有効なスキルって違うのね。まあ、あなたが持っているような強力なスキルは滅多にないけど」

フフフと真山さんは微笑んだ。

それから真山さんの今後の話をした。
基本的に日本はどこでも人手不足なので、土地を借りて農業をやるそうだ。

「何を育てるか分かりませんが、出来たら教えてください。買いますよ」
「買って得したと思えるぐらい美味しいのを作ってみせるわ」

彼女のいい笑顔を見れたとこで、コンコンと扉がノックされた。
次こそ、関係者の人だろう。
結構話し込んだけど、ここに来るまで、何か確認することがあったのだろうか?

「来客?」
「自衛隊の方と警察の方が来るって言ってました」
「そうだったんだ。じゃあ、私は席を外すよ」
「あ、ちょっとこれだけ」

そう言って、僕は真山さんに死霊術の指輪と道術のミサンガを渡した。

「これって・・・」
「何かやるにしても、先立つものは必要でしょう」
「・・・ありがとう。出来たら一番に連絡するわ」

左手で握手して、小さく僕の今後を祈ってくれた。
短い期間だったけど、頼れる人だった。
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