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黄泉比良坂編

地を這う者の足掻き

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急いで戻った。
竜巻を全て消すのに戸惑ったが、それでも可能な限り急いだと思った。
だが、それでも僕は遅かった。

「あら、もう戻って来たのね。もうちょっとゆっくりしていてもよかったのに」

そう言って、蝿の王は一番上の足に持っていた・・・真山さんの腕を口の中に入れてボリボリと音を立てて食った。

「やっぱり眷属1匹だけじゃ、力不足だったみたいね。こっちは5匹で十分だったからもう1匹そっちに送ればよかった」

呑気に喋っている蝿の王の右側に、日野さんが枯れた木を背になんとか立っているが、身体のあちこちに傷がある。
それも何かに喰われたような痕だ。
そして、ヤツの奥には日野さんよりもまずい傷を負った金田さんと真山さんがいて、2人を守っている朱野さんが立っていた。
真山さんは右腕がなく、金田さんは右脇腹を血で染めていた。
しかも、金田さんはマスクが破壊されたのか、口に何も着けていない。
あれでは戦うことは不可能だろう。

ブゥゥゥゥンっと蝿が3匹こっちに飛んできた。
さっきのやつと速さは同じ。
僕はハエ叩きを大きくして、蝿たちとの距離を測りタイミングを見て一気にそれを振った。
蝿たちは、急に進路に現れた穴だらけの襲いかかってくる壁に対処しきれず、正面からそれを受けてしまって格子状に切断された。

「エイジ、吸収を」
「承知ですぜ」

モヤになろうとしている蝿たちを、エイジの口が全て吸収する。

「本当に厄介ね・・・今も、あの時も!」

蝿の王の羽が不快そうに震えて、その視線に込められた憎しみを隠すことなく僕を睨む。

「あの時お前があの場にいなければ、今頃私はあらゆる物を食べてこの世界を満喫していたはずなのに・・・お前がいたせいで全てが台無しになった! そして今も! 私を前にしてその不快な武器を持って立っている! 不快よ! 不愉快よ!」

憎しみがプレッシャーとなって僕に降り注ぐ。
普通の人間では自意識喪失しそうな圧だが、僕はグッと腹に力を入れて耐えた。
だいたい、さっきコイツが言ったことは完全な八つ当たりだ。
僕たちからすると、こんな物騒なモンスターを野に放つわけにはいかない。
あの場で絶対に倒さなければいけなかった。
だから倒した。
それだけだ。
それに・・・

「一つ確認したい」
「・・・いいわよ。くだらない事なら即殺すから」

僕が蝿の王を睨む。
蝿の王も僕を睨んだ。

「そんなにあの時のことを言うのなら、なんであの時暴食を使わなかった?」
「・・・はぁ?」
「僕があの時使ったスキルは生命力吸収だ。だったらさっきみたいに、暴食で周りから生命力を吸収することで行動できるようになるんだろ? あの時そうすればよかったじゃないか。なんであの時しなかった?」
「・・・」
「・・・なんで黙ってる?」
「・・・」
「・・・」

急に喋らなくなった蝿の王に僕は首を傾けるが、蝿の王は何も反応しない。
・・・1発入れるチャンスか?
そう思ってハエ叩きを構えようとしたとこで、エイジがププっと笑った。

「主人。これはアレですぜ、アレ」
「アレ?」

エイジの確信めいた言葉に僕は聞き返す。

「鳥頭ってやつです。いや、それよりも酷いと思うぜ。虫頭で十分だぜ。おそらくコイツは、あの時ってやつも暴食のことなんて頭になかったと思いますぜ。なんせ虫だから。所詮は虫だぜ」

ウケケケと意地悪そうに笑い蝿の王を煽る。
対する蝿の王は何も言わずに身体を震わせていた。
ブゥゥゥゥンっという羽の音が不快に響く。

「あの時に倒された理由が自分自身のミスだって気づいて、今どんな気持ち? 今後の参考に俺様にも教えてくれよ。蝿どもの王様よ!」

エイジの言葉に、蝿の王の震えがピタリと止まった。
・・・静寂が・・・流れる。
今にも切れそうな糸が張りつめる。
そして・・・、

「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」

蝿の王がキレた!

早い!
来るのは予想できていたから、すぐに飛び退くと、ヤツの右足が僕が立っていた場所の地面を抉り飛ばした。
とんでもない威力に、土や石が周囲に飛び散って木々を抉っていく。
近くにあった木はそのせいでメキメキと音を立てて倒れていった。
さらに二撃目三撃目を避けて朱野さんたちから離れた。
本当は戦いに参加して欲しかったが、これ以上は無理だろう。

「キエエエエエエエエエエエエエエエ!」

彼らの姿が見えなくなって蝿の王が奇声を上げた。
風が渦巻いて蝿の王の口へと入っていく。
暴食の力なのだろう。
木が一斉に葉っぱを落として朽ちる。

「エイジ!」
「主人は大丈夫だ! 俺様が生命力吸収をしているぜ!」

エイジの言葉に僕は安堵する。
問題はこの暴食の範囲だ。
明らかにエイジより範囲が広い。
最悪朱野さんたちのとこまで届いているかもしれない。

「叫ぶな、五月蝿い!」

ハエ叩きを巨大化させて振り下ろす。
バシィン! と大きな音を立ててやつの頭に当たったが、蝿の王には全くダメージが見られない。
それどころか、左足でハエ叩きを掴まれた!
マズイ!
グッと引かれて、耐えきれず身体が宙に浮く。

「エイジ! 変化!」

ハエ叩きを大鎚に変えて向かってきた右足を防いだ。
だが、宙に浮いていたせいで僕は飛ばされて最初の木の枝を折り、次の木の幹に当たって止まることができた。
しかし、背中のプロテクターは完全に壊れて、バンドで繋がっていた胸のプロテクターもだらりと外れてしまった。
僕は急いで装備を取って投げ捨て大鎚を構える。
・・・正面には蝿の王はいない。
だが、羽の音は響いている・・・上から!

「キエエエエエエエエエエエエエエエ!!」

奇声と共に幾つもの風の塊が撃ちだされて地面を破壊していく!
地面と共に僕も爆風で宙に飛ばされた。
蝿の王がくるかと思ったが、ヤツはそのまま上空で風の塊を撃ち続けている。
向かってきてくれれば何かしら対処できるのに、今のままでは飛べない僕には何もできない!
エイジに風の塊から魔力を吸って消し去ろうとしたが、魔力を吸った瞬間、風が弾けて爆風を生み出した。
圧縮された空気が開放されただけなのだろうが、エイジでは吸えないためまともにくらってバランスを崩す。
その時を狙ったかのように蝿の王が特攻して来て足を伸ばす。
僕は身体を倒してそれを避ける。
足が僕の上を通っていく。
通り過ぎたと確信した瞬間、バキ! という音と共に、ヘルメットのバンドが急に締まって僕の体を引っ張った。

「グェ! ゲホ!」

地面を転がって急いで顎紐を外しヘルメットを取ると、側頭部から天辺にかけて割れていた。
躱したと思ったが、どうやら引っ掛かっていたらしい。
僕はヘルメットを投げ捨てる。
これでインカムも使えなくなった。
他の人と連絡を取ることができない。
蝿の王は上空に戻って、また風の塊を作り出す。

何か突破口はないか・・・何か光は!

「ウォォォォォオオオオオオオオ!」

雄叫びを上げながら、何かが蝿の王に体当たりした。
あれは・・・

「日野さん!」

無茶だ!
すでに満身創痍なのに!
暴食の対策もできていないのに!

日野さんは風の塊を消滅させ、蝿の王の周りを飛んでヤツの気を僕から逸らす。
だが、やはり暴食の影響を受けたのか徐々に動きが鈍くなって危ない場面が増えていく。

「何か! 何か方法は!」

ヤツを地上に叩き落とすか、僕が飛ぶか、何か・・・何か!

「ありますぜ、主人」
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