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黄泉比良坂編

人殺しの定義

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僕は香野の顔から目を離せず呆然と立っていた。
だって、こいつは木下と違って甘木の高校に残ったはずだ。
木下のこともあって香野ももしかしたらと思っていたが、名前が少しも聞こえてこないから探索者を目指さず大学に行っているのだと思っていた。
何がどうなってこうなったのか・・・。

何も思い浮かばず呆然としている僕の耳にインカムからの声がうるさく騒ぐ。

「・・・これだけ! ・・・くから!」
「・・・行きます・・・ね」

その騒めきに混じって、二つの声が僕の耳に届いた。
奥の扉からだ・・・。
扉の横には新生児と思われる死体まであった。
・・・胸糞が悪くなっていく。

「ほらほら! 始まった! 頑張れー、頑張れ! きみは若いんだ! どんな状況も適応できる力があるんだ!」
「そんなこと言っても結果は同じだと思われ」

ガタガタと何かが暴れる音が響いて十秒ほど後に突然止んだ。

「ほら、こんなに中途半端で終わった。だから見つかる前に早く行こうって言ったのに」
「仕方ないじゃないか。この子の年齢ではまだ実験していなかったんだ。サンプルとして試したかったんだよ」

その声に・・・ギリ! と誰かの歯軋りをインカムが伝える。
そして・・・音が聞こえる扉を、日野さんが開けた。

『シルフィード、遮音を解除だ』

部屋の中では・・・知らない男性と皆嶋さんがモンスターと融合した死体の前に立ってこっちを見て驚いている。

「皆嶋ぁ・・・」
「あらら」
「ほら、だから言ったんだよ。それじゃ、俺だけ逃げるから、自分で何とかしてね」

日野さんがテーザー銃を抜いて男性に向けて撃つ。
だが、男性の体が壁に吸い込まれるかのように消えていき、2本の針は壁に弾かれてしまった。

「透過か!?」
『動画を全国に回せ! 透過の姿を捉えた!』

もう1人は透過と呼ばれているらしい。
姿を現したのなら、警察が一気に個人情報を調べ上げるだろう。
それよりも・・・、

「日向くん・・・」

動物型のモンスターだろうか?
顔の半分と手足を変化させた彼が寝台の上に寝ている。

「皆嶋、説明が必要だと思うんだが?」
「こっちは忙しいんだ。説明する時間がもったいないぐらいにね」
「そんな自分勝手が許されると思っているのか」
「許されるよ。僕がやったことなんて些細なことでしかないから」
「些細だと? ・・・35名の研究員と数名の民間人を殺しておきながら!」
「・・・ん? 何を言っているんだい?」

激怒する日野さんに、皆嶋さんは冷静な表情で首を傾げる。
その顔は、敵のはずなのに全く敵意を感じさせない、本当にこれから戦わないといけないのか相手なのか疑わしい表情を浮かべていた。
だから、僕はこの一瞬、もしかしたら話し合いでおさめられるかもしれないと考えた。
次の言葉を聞くまでは・・・。

「僕は1人も殺していないよ?」

ぞわりと背中を怖気が駆け抜けた。

「お前・・・だったら向こうにいる水槽の中の人たちは何だ?」
「死体だね」
「お前が殺したんだろうが!」
「それは間違っているよ。確かに僕の実験で死体にはなったけど、僕は人殺しじゃない。だいたい、失敬だよ。あんな異常者どもと僕を一緒にするなんて。謝罪してくれないかな」

話が通じない。
彼女は実験で彼らを殺しておきながら自分のことを人殺しではないと言っている。
何でそんなに自信満々に断言できるのか?
実際に殺しているはずなのに!

「まさか・・・生き返らせるから殺していないとか・・・言うんじゃないでしょうね」

そう言ったのは朱野さんだった。
後ろの彼女を振り返ってみると、まるで得体の知れないものを見るかのように皆嶋さんを見ている。
そんな彼女に、皆嶋さんは我が意を得たりと言わんばかりに笑みを浮かべて指を鳴らした。

「コレクト! その通りさ! 僕は人殺しじゃない。だってみんな黄泉帰るからね!」

狂っている。
狂った研究者が目の前にいる。

「出来るわけないだろうが・・・そんなことが!」
「一般人の悪いとこだな。何でもかんでもやる前に無理無理無理。だったらベッドから出てこないでくれるかな? 僕たちは前に向かって進もうとしているのに、わざわざ前に立ち塞がるなんて性格が悪いとしか言いようがないよ」

皆嶋さんは首を振って、出来の悪い生徒を見るかのように僕たちに視線を向ける。

「ここには黄泉比良坂があるんだよ? 日本で唯一完璧に死者を黄泉帰らせる場所だ。しかも、やり方も全て僕たち日本人は知っている。失敗なんてありえないぐらいに有名な伝説だからね! 死体になったからといって、どうと言うことはない。何故なら黄泉帰るから。せいぜい自分の死体を見て驚くぐらいじゃないかな? あ、その反応は見る価値あるかもね! 自分の死体を見た時、人は何を思うのか? 面白いテーマになると思うよ」
「皆嶋さんは・・・」

途中から楽しそうに語りだす彼女に、僕は努めて冷静に声をかけた。

「黄泉帰らせるから、あそこにいる人たちは殺していないと言うんですか?」
「当然だよね。生きているのに殺人罪に問われるわけがない」
「黄泉比良坂で黄泉帰り出来るかもわからないのに?」
「この土地に決して入り口が開くことがないダンジョンができた。だったらそれは黄泉比良坂以外にありえない。そして黄泉比良坂なら黄泉帰りは絶対に可能だよ」
「あれが本当に黄泉に通じる黄泉比良坂として、あの大岩はどうするんですか?」
「そのための実験だよ。人の身ではどんなに足掻いても動かすことができなかった大岩。じゃあ・・・人の身じゃなければいい」

ニタリと笑みを浮かべて嬉しそうに喉を鳴らす彼女。
僕は薄気味悪さを感じながらも質問を続ける。
僕の後ろでは金田さんがテーザー銃を持っていつでも撃てる体勢になっている。

「モンスターにあの大岩が動かせるとは思えませんが、もし仮に動かせたとして、次はどうします?」
「次って?」
「伝説通りと言うなら、その先には神すら叩き出した醜女がいます。伝説でもその怪力は恐ろしく描かれているほどです。そんなモンスターたちを相手に、貴方はどうするつもりですか?」
「レベルを上げて叩き潰すに決まっているよ」

ああ・・・それでか・・・。

「そこまでして・・・お前は誰を黄泉帰りさせたいんだ? 全員を黄泉帰りさせるとして、最初の1人は誰だ?」
「・・・」

黙る彼女を前に、僕はふと水槽に入っていた新生児を思い出した。
思えばあの子だけモンスター化していなかった。

「そこにいた新生児は・・・皆嶋さんの?」
「・・・」

皆嶋さんの顔から表情が抜けていく。
さっきとは打って変わって、冷たい目が僕を睨みつける。

「僕の子供だ。名前は知也。お腹の中にいる時から、愛おしくて愛おしくて・・・。でもね、生まれたときには息をしてくれなかった。何でだろうね? お腹の中にいたときは、ちゃんと生きていたんだよ? ずっと考えてた。研究すら手につかないほどに・・・。反神教団から声をかけてもらったときは運命を感じたよ。それから色々実験をしたんだ。レベルシステムを手に入れて黄泉比良坂を目指すための実験を」
「・・・そんな事をして子供が喜ぶのか?」
「お前が知也を語るな!!」

日野さんが投げかけた言葉に、皆嶋さんは憤怒の表情で彼を睨む。

「お前にあの子の何がわかる!? 生まれて呼吸ができずに死ぬしかなかったあの子の何がわかる!! そんな事して喜ぶか? 喜ぶに決まっているだろう! 僕たちと生活して! 人生を楽しんで! 色々な経験をしていくんだ!」
「その前に母親が何人もの非人道的な人体実験を行っているんだぞ! それを子供に言えるのか!?」
「言うさ! 僕の母親としての愛は! 色々な困難を乗り越えて、色々な人たちに協力してもらって君を取り戻したと! 誇りを持って知也に伝えてやるよ!」
「俺の恋人だった紗良にはできないやり方だな! あいつに人体実験の結果生き返ることができたなんて、そんな十字架は背負わせられない!」
「君にとってその恋人はその程度だったってことさ! そんな覚悟もないのに、僕を否定するな!」
「てめー、ほざいてくれたなぁ!」

日野さんの頭に血が上った。
ダメだ! ここは冷静にならないと!

「金田さん!」
「おう!」

僕の声に合わせて金田さんが引き金を引いた。
2本の針が皆嶋さんに向けて飛び出すが、突然起き上がった日向くんに遮られて突き刺さり、電気が彼の体を震わせてまた倒れた。

「主人・・・おかしいぜ?」
「エイジ、どうした?」
「あの女が死霊術と道術のスキルを持っていることがわかった。会話は出来なかったけど、それだけは確認したぜ。でも・・・」

エイジが悩みながら言葉を口にする。

「二つとも魔力占有率が20%を切っている。どっかの工場で操っていた力は出せないはずだぜ」

その言葉を聞いて、僕は彼女を見た。
先ほどの憤怒の表情が嘘のように笑顔を浮かべている。

「それが喋るアイテムか。すごく興味あるけど、もう時間がないんだよ。だから、答えだけ教えてあげるよ。縮小解除」

ブワッとその肩に布が広がり、彼女の右手に杖が握られる。
二つとも見たことがある・・・。
それは・・・、

「植木さんの・・・魔力増幅装備!」

拳を握る手に力が入った。

「いいアイテムだよね。人の手で作ったんだからたいしたものだよ。有難く使ってるって作った人にお礼言っておいて」
「巫山戯るな! エイジ!」

僕が飛びかかる。
エイジの目を彼女に向ける。
もう少し近づけばというところで、日向くんが再度起き上がって僕にしがみついた。
しまった!
彼女しか見えていなかった!

「しばらく彼らと遊んでてね!」
「皆嶋ぁ!」

日野さんが風の刃を放つが、それよりも先に皆嶋さんは奥の扉から逃げ出した。
そして元いた部屋からガタガタっと物が倒れる音がして、死体たちが襲いかかってきた!

「瀬尾くん! ここは僕たちが引き受ける! 日野さんと一緒に彼女を追ってくれ!」
「朱野も行きなさい! 死体の相手なら私たち2人で十分だから!」

金田さんと真山さんが、それぞれ扉から入ってこようとする死体を盾で押し返したり首を切り飛ばして応戦する。

「お願いします!」
「後でちゃんと来てよね!」

僕たちは皆嶋さんが出た扉を開けて、走って彼女を追った。
植木さんと製作チームが作った装備を、これ以上悪用されるわけにはいかない。

ここで必ず回収する!
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