人類はレベルとスキルを獲得できませんでした。

ケイ

文字の大きさ
上 下
117 / 155
黄泉比良坂編

黄泉比良坂

しおりを挟む
真っ白の防臭・防菌スーツに身を包んだ。
中には酸素ボンベと扇風機が付いていて、いざとなったら手を中に入れて汗を拭けるようになっている。
それだけ長時間現場にいる人たちが多いのだろう。
その日の生活費を稼ぐためだけに・・・。

「なんか、風船の中にいるみたい」
「慣れるまでが大変ね。地面に落ちてる魔石をこの状態で拾うのってかなり難しいわよ」
「不測の事態が起きたら、スーツのことは無視して動くしかないな。この状態だとまともに動けん」

3人も体を動かしながら感想を言っていく。
金田さんの盾もスーツの中に入れて背負い臭いが付かないようにしていたが、あれではまともに戦うのは不可能だろう。

「酸素ボンベのマスクで目・口・鼻を覆っていれば、悪臭が戦闘を妨げることはないはずだ」
「その際は、装備は再度消臭工場行きになるんだけどね」
「1日強制的に空くのは辛いですね」
「試したくないけど、どのくらい臭いのか興味あるよね」

朱野さんが危険な興味を持ち出した。
そういえば、エイジは環境に該当する腐臭を吸収出来るのに、前回の戦いで装備を消臭行きにしなければならなかったのはなんでだろう?

「主人、確かに俺様は環境に該当するものは吸収できますが、ゾンビどもの腐肉や血とかは防げませんぜ」

なるほど。
前回はその臭いが付いていたから工場に回されたのか。

そんな話をしていると、僕らを乗せたバスは黄泉比良坂前に到着してバスを降りる。
他の探索者達が、何事だろうかと僕らを横目で見ながら一人一人ダンジョンの中に入っていき、その姿を消していく。

「彼らは?」
「聞いた話だと、各々自分の採取場があるみたいで、よほどのことがない限り不干渉みたいよ」
「そうですか・・・」

そうなると、少年の採取場も他の人が知らない場所になるだろう。
それでも同じバスに乗って来た人がいた可能性はある。
僕は今降りようとする人の肩を軽く叩いた。
ボスボスっと何とも形容し難い音が出たが、その人は凄く驚いたらしく、防護スーツの中で体が跳ねたのが振動で分かった。

「だれ!」
「すみません。ちょっとお願いがあって・・・」
「ほ、他を当たってくれ」

そう言ってその人はそそくさとバスを降りてしまった。
その人以外にも降りる人はいたが、僕らを警戒して話をしようともしない。
八方塞がりの状況にどうしたものかと悩んでいると、最後の1人がおずおずと僕に近づいて来た。

「みんな・・・不干渉を貫いててコミ症状態なんだ。あんた達が採取目的で来ていないのは見て理解している。でも、俺たちを巻き込まないで欲しい」
「あ・・・えっと」

その人もコミ症なのか、言うだけ言って僕らを見ずにバスを降りていく。
これは・・・難関だ・・・。

「俺たちだけで探してみるしかないか」
「ここはモンスターがいないから、個々に探した方が効率がいいかもね」
「そうした方が良さそうですね・・・」

金田さんと真山さんの意見に頷いて、僕たちは四方に分かれて日向くんを探すことにした。
ただ、それも凄く難しいことが数分後に判明した。
木々の枝葉が進路を塞いで邪魔をする。
切り払おうにもナイフや鉈などは持って来ていないし、膨らんだ手で払おうにもスーツが破けそうで怖い。
さらに、身体の面積が増えたことに慣れることができず、気を抜くとスーツのあちらこちらを擦ってしまう。
そういうこともスーツが破ける要因になってしまうため、かなり注意をしながら移動しないといけないみたいだ。

「エイジに任せてしまえば楽なんだけどね」
「探索者を守るためにスーツ着用義務があるらしいですぜ。主人には不要な規定ですが、脱ぐのはダメなのか?」
「脱いだ瞬間スーツの中に臭いが入るから、組合に戻った時にバレるだろうな。バレたら装備は強制的に消臭行きになるから、それだけは避けないと」

いつ敵が出て来てもおかしくない状況の中で、身を守る装備がなくなるのは凄く怖い。
スーツが破けないように僕は西側を探したが、結局何も見つからずに集合場所として予定していた天国のポストがある場所に向かった。

指定の場所に着いて、しばらく見落としがなかったか考えていると、金田さんと朱野さんが東側から現れた。
手に何も持っていないことから、特に痕跡のようなものはなかったみたいだ。
さらに数分後、真山さんが来たが、こちらも収穫なし。
途中出会った探索者に日向くんが何処で採取していたか尋ねたが、知らないの一点張りだったそうだ。
取り付く島もないとはこのことだと思ったらしい。

「これが黄泉比良坂ダンションの本当の入り口を塞ぐ大岩ですか」

バスの発車時間までまだ余裕があったので、黄泉比良坂ダンションの周囲を散策することにして、僕は朱野さんと黄泉比良坂ダンションの入り口に来た。

「危険だから、あまり近づかないように書いてあるわ」

横に立てかけられた看板を見ると、『ダンジョンブレイクの可能性あり! 危険! 触るな!』と書いてあった。

「ダンジョンブレイクって、80年以上もしてないダンジョンなのに」
「まあ、危険なことはするなってことですよ。あの大岩はどんなことをしても動かないですからね」
「組合に資料があったの?」
「黄泉比良坂ダンションが発生した当初、いろんな人が試したそうですよ。それこそ、身体強化やブースト系のスキルホルダーがこぞって挑戦したそうです。1ミリも動かなかったそうですが」

もし動くのなら・・・じいちゃんばあちゃんを連れて来れただろうか?
お父さん・・・お母さんも、そこに居るのだろうか?

「戻ろうか・・・」

静かになった僕に、朱野さんが優しく声をかけてくれた。
僕は頷いて来た道を戻りバスに乗り込む。
しばらく待っていると、金田さんと真山さんが戻って来て、それから大きな袋を肩や背に担いだ探索者達が、ゾロゾロとバスに乗って来た。
運転手が最後に全員の人数を数えてバスを動かし、組合へと戻る。
・・・運転手に訊けばよかったじゃないか!?


「それで、運転手にも確認したのですが、どうも朝は彼の姿を見ていないそうです。他の運転手の可能性もありますから、そちらで確認をしてもらってもいいですか?」
「承知しました。・・・ちょっと心配ですね。この町ではこんなトラブルはないと思っていましたから」

受付の人が力のない声で呟いた。
確かに、島根県のダンジョンといえば、あの黄泉比良坂以外に聞くことはない。
もしかしたら、警察や自衛隊が何も言わずに潰しているのかもしれないが、それゆえに、力自慢や荒くれ者がこの土地に根付くことはほとんどない。
良く言えば安定。
悪く言えば停滞。
でも、だからこそ疲れきった人たちはこの地を求めてやってくるのだろう。

「それでは、何かありましたら連絡します」
「よろしくお願いします」

それからこの日は、何も起きずに1日を終えた。

・・・次の日の朝。
僕らは島根県警察本部に呼び出された。

案内された会議室に入ると、知事を始めとした人たちがずらりと揃っていて、僕らを待っていた。

促されて席に座ると、挨拶もそこそこに一条本部長が口を開く。

「図面にない通路が発見された」

会議室に緊張が走り抜けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

異世界で家をつくります~異世界転移したサラリーマン、念動力で街をつくってスローライフ~

ヘッドホン侍
ファンタジー
◆異世界転移したサラリーマンがサンドボックスゲームのような魔法を使って、家をつくったり街をつくったりしながら、マイペースなスローライフを送っていたらいつの間にか世界を救います◆ ーーブラック企業戦士のマコトは気が付くと異世界の森にいた。しかし、使える魔法といえば念動力のような魔法だけ。戦うことにはめっぽう向いてない。なんとか森でサバイバルしているうちに第一異世界人と出会う。それもちょうどモンスターに襲われているときに、女の子に助けられて。普通逆じゃないのー!と凹むマコトであったが、彼は知らない。守るにはめっぽう強い能力であったことを。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

クラスまるごと異世界転移

八神
ファンタジー
二年生に進級してもうすぐ5月になろうとしていたある日。 ソレは突然訪れた。 『君たちに力を授けよう。その力で世界を救うのだ』 そんな自分勝手な事を言うと自称『神』は俺を含めたクラス全員を異世界へと放り込んだ。 …そして俺たちが神に与えられた力とやらは『固有スキル』なるものだった。 どうやらその能力については本人以外には分からないようになっているらしい。 …大した情報を与えられてもいないのに世界を救えと言われても… そんな突然異世界へと送られた高校生達の物語。

魔法少女になれたなら【完結済み】

M・A・J・O
ファンタジー
【第5回カクヨムWeb小説コンテスト、中間選考突破!】 【第2回ファミ通文庫大賞、中間選考突破!】 【第9回ネット小説大賞、一次選考突破!】 とある普通の女子小学生――“椎名結衣”はある日一冊の本と出会う。 そこから少女の生活は一変する。 なんとその本は魔法のステッキで? 魔法のステッキにより、強引に魔法少女にされてしまった結衣。 異能力の戦いに戸惑いながらも、何とか着実に勝利を重ねて行く。 これは人間の願いの物語。 愉快痛快なステッキに振り回される憐れな少女の“願い”やいかに―― 謎に包まれた魔法少女劇が今――始まる。 ・表紙絵はTwitterのフォロワー様より。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

異世界で俺だけレベルが上がらない! だけど努力したら最強になれるらしいです?

澤檸檬
ファンタジー
旧題 努力=結果  異世界の神の勝手によって異世界に転移することになった倉野。  実際に異世界で確認した常識と自分に与えられた能力が全く違うことに少しずつ気付く。  異世界の住人はレベルアップによってステータスが上がっていくようだったが、倉野にだけレベルが存在せず、行動を繰り返すことによってスキルを習得するシステムが採用されていた。  そのスキル習得システムと異世界の常識の差が倉野を最強の人間へと押し上げていく。  だが、倉野はその能力を活かして英雄になろうだとか、悪用しようだとかそういった上昇志向を見せるわけでもなく、第二の人生と割り切ってファンタジーな世界を旅することにした。  最強を隠して異世界を巡る倉野。各地での出会いと別れ、冒険と楽しみ。元居た世界にはない刺激が倉野の第二の人生を彩っていく。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

処理中です...