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黄泉比良坂編

旅館と食事

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流石に周囲の目があるため、少年と2人で話をさせてほしいと所長に伝え、施設の駐車場で横に並んで座った。
ちょっと暴れるかと思ったが、意外とおとなしくついてきて座っている。
それからいくつか質問して、少年の名前はは日向秀雄で、まだ11歳だということがわかった。
父親の手伝いで魔石拾いをしていたらしいが、お金は全て父親が持っていっているようで、僕に突っかかってきていた理由は、彼がレベルを欲していたことが一番のようだ。
母親は? っと訊くと、

「どっかに逃げた」

らしい。
ネットでしか知らない家庭環境だが、あるところにはあるみたいだ。

「なあ」
「うん・・・」
「秀雄くんは父親から逃げないのかな?」
「俺が逃げたら、オヤジが可哀想だから」
「お金取られ続けても?」
「うん。・・・情けないオヤジだけど・・・オヤジだから」
「そっか」

身内を見捨てられない性格みたいだけど、損しか取れないだろうな・・・。

「なあ・・・」
「なに?」
「本当に・・・レベルシステムはダメなのかな?」
「ダメだよ」
「・・・悪い人がいるから?」
「そうだよ」
「・・・俺たちは、もうここから抜け出せないのかな」
「・・・どうだろうな」

安易な道を教えることはできない。
腕や足を切り飛ばして装備すればいいなんて、間違っても言いたくない。
付いてくるスキルも運次第・・・ハズレだった時は恨まれることになる。

「人生は上手くいかないようにできているんだよ」
「成功したやつに言われても響かねーよ」
「僕はね・・・探索者になるつもりはなかったんだよ。信じれる?」
「・・・だったら成功するなよ・・・文句言えねーよ」

秀雄くんが頭を膝につけて目を伏せる。
外がそこまで暑くなくてよかった。
中の会議室とかで話をすると、どうしても圧迫感があるから、子供と話をするのには不適格だ。

「それじゃ、僕は行くよ。もう二度とああいう事はしないでね」
「・・・」

何も言わずに秀雄くんは目を伏せたまま頭を小さく動かす。
縦に振っているのだろうが、既に頭を膝に付けている状態なので動かせないようだ。
僕はその場から離れて所長とミラクルミスティーと合流した。

「皆美館という旅館を警察の方で取っているそうです。ここから歩いて10分ほどの場所ですよ」

皆美館と特殊清掃工場が記された地図を受け取って、僕らは皆美館に向かった。
途中で金田さんが皆美館を調べて携帯を持つ手が震えていたから、多分金額が高い旅館なのだろう。

「それじゃ、後で男性部屋に来てください」
「もう食事にするの?」
「ええ。念の為、清掃施設に行きますから、食べれるうちに食べていたほうがいいでしょ」
「コンビニで買って行ってもいいけど、どうせならここで食べようぜ」

金田さんがそう言いながら、携帯におそらく夕食の画像を出して僕らに見せてきた。
思わず涎が出そうになった。

「うわー、島根和牛って興味あるわー」
「鯛とか超高級品だぜ。食えるかはその日次第らしいけど」
「鯛は高望みかもしれませんが、鰻が僕は食べてみたいですね」
「島根和牛も鯛も鰻も食べれるのなら食べてみたい」

流石に大浴場でゆっくりする時間はないので、各々手荷物を部屋に運んで身支度を整える。
それから男性部屋に食事の準備ができたのを確認して真山さんと朱野さんを呼んだ。

「美味い! 美味すぎる。やばい! 私は今日で死ぬかもしれない!」
「この後戦いがあるかもしれないのに、不吉な事は言わないで! でも私も美味しくて死ねそう!」
「鰻・・・これが鰻・・・」
「鯛だ! 俺の舌は今、猛烈に感動しているぞ!」

皿の上に鰻や鯛や和牛などの希少な食材が丁寧に調理され、色とりどりの野菜と盛り付けられている。

「こ・・・これは、海老!?」
「な・・・何ですって!?」
「ま・・・幻の海老が・・・」
「ば・・・馬鹿な・・・俺は飲んでしまった」

なんと、茶碗蒸しに中にプリッとした海老が入っていた。
旧暦は世界中で食べられていたらしいが、もうこの世界中、どこを探しても海老を普通に食べれる場所はない。
僕たちが美味しいと思うのと同様に、ある種の受肉したモンスターが好物として食べているため、決死の覚悟で海釣りをする人たちが、ごく稀に釣り上げるぐらいしか出てこないのだ。

目を輝かせて味わう僕らと絶望する金田さん。
飲んでしまう気持ちも分からんでもないけれど、美味しいものこそ味わって食べなければならない。
こんな固形物を違和感なく飲み込むその喉にびっくりだけど。

食事を食べ終わったら、旅館の女将さんが出てきて、丁寧な挨拶をいただいた。
もし観光できるなら、と幾つかのスポットを教えていただき、記念に写真を撮ってサインを書いて手渡した。

「受付の目立つ場所に飾らせていただきます。今後島根に来られるときは、当館にお越しいただければ、いつでも部屋をご用意いたしますので、よろしくお願いいたします」

深々とお辞儀をして、にこやかな笑顔で女将は退室していった。

「さて、それじゃ行きますか」

金田さんが立ち上がって右腕を回す。
体力は十分のようだ。

「装備が欠けたハンデ戦ですから、戦うときは用心しましょう」
「あんたはメインウエポンを預けているんだから、いつもみたいに突進しないでね」
「サポートか。武器が心許ないな。サポート関係のスキルがついたアイテムって何かあったっけ?」
「えっと・・・硬化系や防御アップ系のほうがいいよね。結界の籠手とマジックシールドがあるけど」
「マジックシールドは1発で割れるやつだよな。しかも、広範囲や長めの攻撃は防げないし。今回は籠手かな。キョンシーがどんなモンスターか知らないけど、結界の籠手なら噛まれても問題ない」

僕はどうするか・・・。

「俺様がいれば、主人に危険を近づけさせねーぜ。全部吸収するぜぇ」
「そうだな。攻撃は加重もあるし、身体強化で動き回って大鎚で殴ればいけるだろう」
「衝撃無効だけ仲間はずれだぜ」

エイジが嬉しそうにしてるが、本当に大丈夫だろうか?
こんなに軽装でモンスターと戦うことは、甘木市の最初のダンジョン以来のはず。
失敗だけはしないように注意しよう。

それから全員でくにびき大橋へ向かい、中州に下りてそこから東へ少し歩くと大きな工場に着いた。
ゲートの警備員と話をすると、警備員はどこかに電話をして、その後僕たちは「1号館のロビーでお待ちください」と言われた。
警備員の言う通り、施設の中に入ってロビーで待っているとエレベーターの扉が開いて、ちょっとメタボな体型の男性が出てきて僕らを見た。

「初めまして。瀬尾さまとミラクルミスティーの金田さま、真山さま、朱野さまですね。私はこの施設の統括工場長を務めている西田といいます。よろしくお願いします」
「初めまして、瀬尾京平です。よろしくお願いします」

どうも、僕たちのことを誰かから聞いていたのか自己紹介する前に名前を言われてしまった。
僕たちはそれぞれ工場長と握手をして彼の名刺を受け取る。
縦書きのカッコいいと思わせるセンスが光る名刺だった。
こういうのを見ると自分も作ってみたいと思ってしまう。
・・・今度調べてみようかな。
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