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黄泉比良坂編
死体の定義
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研究所の中は、まるで緊急事態宣言下の病院のように殺伐としていて、廊下から見える研究員たちは皆んな目が死んでいて、機械のようにモンスターを解体していた。
そんな彼らをガラス越しに見ながら、皆嶋さんに続いて廊下を歩く。
「みんな疲れるみたいだな」
「疲れてるよ・・・。僕も所長のやる事まで背負わされて、帰宅する時間すら惜しいから少しの睡眠に充ててる」
「家には帰っているのか?」
「帰れるわけない。ちょっと誤解したのか? 僕は、帰宅時間を睡眠時間にしているんだよ」
「なんか・・・ブラックまっしぐらだな」
「憐れむな、鬱陶しい」
日野さんと皆嶋さんの会話を後ろで聞きながら歩いていて、なんとなく彼女の年齢が気になった。
僕よりも年上なのは確実なのだろうが、身長が低く、髪も若者風にしているのに顔は疲れ切っていて20代後半か30代前半に見える。
「日野と皆嶋はほぼ同期だ。日野は探索者上がりで皆嶋は別の研究所からの転職という前歴があるがな」
「歳も一緒ぐらいなんですか?」
「皆嶋の方が年下だったはずだ。俺も詳しくは資料を見ないと分からんな」
「一条本部長」
僕と一条さんが喋っていると、前から皆嶋さんが肩越しにこっちを見て一条さんを睨みつける。
「個人情報は安易に他の人に喋らないように・・・年齢はセンシティブな面もあるんですよ」
「ああ、そうだな。個人情報の漏洩は大問題だ。分かっとる分かっとる。・・・こわ」
クマの濃い目力は、僕から見ても迫力満点でした。
「それで? ここに来たのは研究所の・・・五十嵐所長の資料を回収するため?」
「いや、それは別の日でいい。今日は研究所自体の調査だ」
「あっそう」
特に興味なさそうに、皆嶋さんは言ってデスクが幾つも並んだ部屋に入り、打ち合わせができそうなテーブルを指さして座るように促して彼女は給湯室に向かって行った。
僕らがそれぞれ着席して皆嶋さんがそれぞれの前にペットボトルのお茶を出す。
「正直に言って、僕は何にも知らないし聞かされてないから手伝える事何もないよ? それでもいいかな?」
「いいぞ。敷地内を案内できる人は付けれるか? いれば皆嶋も仕事に戻っていいんだが」
「今はいないね。そんな時間があるなら、彼らの睡眠時間に充ててあげたいし・・・僕しかいないか~」
「別に事務員に案内してもらってもいいんだぞ?」
「あの子にはデータの取りまとめと送信をお願いしてるから、手を止めさせたくない」
タイミングよく、事務をしているっぽい女性が部屋に入ってきてトレーを離れたデスクに置いて何も言わずに出て行った。
「無愛想だな」
「皆んな疲れてるから、責めないであげて」
はぁ~っと皆嶋さんがため息をついてデスクに行き、トレーを持って戻ってきた。
トレーには幾つかの肉片と木片、あと紙と布。
「さっきの死体だけど、あんた達ってなんか変なのに狙われてる? 僕たちを巻き込まないで欲しいんだけど」
「何か特殊な物があった?」
皆んなでそのトレーを覗き込むが、どこに注目すればいいのか分からない。
「まず、これね。ゴブリンの肉。こっちはコボルト。こっちは鶏肉でこっちは豚肉」
「継ぎ接ぎか・・・」
「そう。骨も頭以外は木とか使って代用してるし、こんな僕たちレベルで解体していないと無理だし、こんな事すると操作するにしても魔術や道術で操るにしても、すごく技術や精神力が必要になるよ」
「魔力で何とかなったりしますか?」
「うーん、どうだろう? 僕自身試した事ないからな・・・」
「そもそも、この肉片で死体操作とか死霊術とかできるもんなのか?」
金田さんがピンセットに摘まれた肉片を指差す。
「これが死体って言うのが無理がある気がするんだが・・・」
「ふむ、いい疑問点だよ。君の名前は?」
「金田公一って言います。ミラクルミスティーのリーダーをしいる」
「そう、金田くんね。この肉片だけど、君にとってこれは死体じゃないって言うんだね」
「そうですね。死体って言ったら全身が揃ってないと、何となく・・・」
「あー、まあ分かるよ」
確かに、道術にしろ死霊魔術にしろ、死体だからこそ術の対象にできる気がする。
それに、肉片を操るって言っても、幾つの肉片を同時に操っているのか疑問が出てくる。
「君にとっては人型か動物、まあ昆虫も場合によっては入るのかな? ともかく、部分ではなく全体が揃ってないと死体として該当しないと言うわけだね」
皆嶋さんの言葉に金田さんは頷く。
「じゃあ、電車に轢かれて粉々になった人はどう見る?」
「粉々・・・ですか」
「そう。頭があれば死体? 胴体があれば? それとも心臓があれば死体なのかな? でも、僕たち死霊魔術やその系統のスキルを持つ研究者にとっては死体という物についてとてつもなくドライに定義している。つまり、それ単体で生命活動を維持できない生命体だったもの、だ」
改めて僕は肉片を見た。
なるほど、単体で生命活動を維持できていない。
「では、俺たちの腕の肉が千切れ飛んで、もうくっつかない場合は」
「死体だね。本体としては怪我で済む話だけど、千切れた肉はもう生命活動を維持できていないから。もちろん、この定義の根底にあるのは、この肉を死体の一部として再建できる死霊魔術というスキルがあるからなんだけどね」
みんなが納得する中で、皆嶋さんは肉片をトレーに置いて紙片を今度はつまみ上げる。
「問題はこれよ」
僕には、ただの紙の切れ端にしか見えない。
だけど、皆嶋さんは親の仇を見るかのようにそれを睨んで軽く振り、トレーに戻す。
「これは道術の符よ。死体の一部として構成されていたみたいね。つまり・・・幽幻道士が今回の襲撃に関わっているってこと。・・・巻き込まないでね」
皆嶋さんはなんとも言えない表情で、最初に日野さんを、次に一条さん、そして、僕を見た。
そんな彼らをガラス越しに見ながら、皆嶋さんに続いて廊下を歩く。
「みんな疲れるみたいだな」
「疲れてるよ・・・。僕も所長のやる事まで背負わされて、帰宅する時間すら惜しいから少しの睡眠に充ててる」
「家には帰っているのか?」
「帰れるわけない。ちょっと誤解したのか? 僕は、帰宅時間を睡眠時間にしているんだよ」
「なんか・・・ブラックまっしぐらだな」
「憐れむな、鬱陶しい」
日野さんと皆嶋さんの会話を後ろで聞きながら歩いていて、なんとなく彼女の年齢が気になった。
僕よりも年上なのは確実なのだろうが、身長が低く、髪も若者風にしているのに顔は疲れ切っていて20代後半か30代前半に見える。
「日野と皆嶋はほぼ同期だ。日野は探索者上がりで皆嶋は別の研究所からの転職という前歴があるがな」
「歳も一緒ぐらいなんですか?」
「皆嶋の方が年下だったはずだ。俺も詳しくは資料を見ないと分からんな」
「一条本部長」
僕と一条さんが喋っていると、前から皆嶋さんが肩越しにこっちを見て一条さんを睨みつける。
「個人情報は安易に他の人に喋らないように・・・年齢はセンシティブな面もあるんですよ」
「ああ、そうだな。個人情報の漏洩は大問題だ。分かっとる分かっとる。・・・こわ」
クマの濃い目力は、僕から見ても迫力満点でした。
「それで? ここに来たのは研究所の・・・五十嵐所長の資料を回収するため?」
「いや、それは別の日でいい。今日は研究所自体の調査だ」
「あっそう」
特に興味なさそうに、皆嶋さんは言ってデスクが幾つも並んだ部屋に入り、打ち合わせができそうなテーブルを指さして座るように促して彼女は給湯室に向かって行った。
僕らがそれぞれ着席して皆嶋さんがそれぞれの前にペットボトルのお茶を出す。
「正直に言って、僕は何にも知らないし聞かされてないから手伝える事何もないよ? それでもいいかな?」
「いいぞ。敷地内を案内できる人は付けれるか? いれば皆嶋も仕事に戻っていいんだが」
「今はいないね。そんな時間があるなら、彼らの睡眠時間に充ててあげたいし・・・僕しかいないか~」
「別に事務員に案内してもらってもいいんだぞ?」
「あの子にはデータの取りまとめと送信をお願いしてるから、手を止めさせたくない」
タイミングよく、事務をしているっぽい女性が部屋に入ってきてトレーを離れたデスクに置いて何も言わずに出て行った。
「無愛想だな」
「皆んな疲れてるから、責めないであげて」
はぁ~っと皆嶋さんがため息をついてデスクに行き、トレーを持って戻ってきた。
トレーには幾つかの肉片と木片、あと紙と布。
「さっきの死体だけど、あんた達ってなんか変なのに狙われてる? 僕たちを巻き込まないで欲しいんだけど」
「何か特殊な物があった?」
皆んなでそのトレーを覗き込むが、どこに注目すればいいのか分からない。
「まず、これね。ゴブリンの肉。こっちはコボルト。こっちは鶏肉でこっちは豚肉」
「継ぎ接ぎか・・・」
「そう。骨も頭以外は木とか使って代用してるし、こんな僕たちレベルで解体していないと無理だし、こんな事すると操作するにしても魔術や道術で操るにしても、すごく技術や精神力が必要になるよ」
「魔力で何とかなったりしますか?」
「うーん、どうだろう? 僕自身試した事ないからな・・・」
「そもそも、この肉片で死体操作とか死霊術とかできるもんなのか?」
金田さんがピンセットに摘まれた肉片を指差す。
「これが死体って言うのが無理がある気がするんだが・・・」
「ふむ、いい疑問点だよ。君の名前は?」
「金田公一って言います。ミラクルミスティーのリーダーをしいる」
「そう、金田くんね。この肉片だけど、君にとってこれは死体じゃないって言うんだね」
「そうですね。死体って言ったら全身が揃ってないと、何となく・・・」
「あー、まあ分かるよ」
確かに、道術にしろ死霊魔術にしろ、死体だからこそ術の対象にできる気がする。
それに、肉片を操るって言っても、幾つの肉片を同時に操っているのか疑問が出てくる。
「君にとっては人型か動物、まあ昆虫も場合によっては入るのかな? ともかく、部分ではなく全体が揃ってないと死体として該当しないと言うわけだね」
皆嶋さんの言葉に金田さんは頷く。
「じゃあ、電車に轢かれて粉々になった人はどう見る?」
「粉々・・・ですか」
「そう。頭があれば死体? 胴体があれば? それとも心臓があれば死体なのかな? でも、僕たち死霊魔術やその系統のスキルを持つ研究者にとっては死体という物についてとてつもなくドライに定義している。つまり、それ単体で生命活動を維持できない生命体だったもの、だ」
改めて僕は肉片を見た。
なるほど、単体で生命活動を維持できていない。
「では、俺たちの腕の肉が千切れ飛んで、もうくっつかない場合は」
「死体だね。本体としては怪我で済む話だけど、千切れた肉はもう生命活動を維持できていないから。もちろん、この定義の根底にあるのは、この肉を死体の一部として再建できる死霊魔術というスキルがあるからなんだけどね」
みんなが納得する中で、皆嶋さんは肉片をトレーに置いて紙片を今度はつまみ上げる。
「問題はこれよ」
僕には、ただの紙の切れ端にしか見えない。
だけど、皆嶋さんは親の仇を見るかのようにそれを睨んで軽く振り、トレーに戻す。
「これは道術の符よ。死体の一部として構成されていたみたいね。つまり・・・幽幻道士が今回の襲撃に関わっているってこと。・・・巻き込まないでね」
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