人類はレベルとスキルを獲得できませんでした。

ケイ

文字の大きさ
上 下
107 / 151
黄泉比良坂編

死体の定義

しおりを挟む
研究所の中は、まるで緊急事態宣言下の病院のように殺伐としていて、廊下から見える研究員たちは皆んな目が死んでいて、機械のようにモンスターを解体していた。
そんな彼らをガラス越しに見ながら、皆嶋さんに続いて廊下を歩く。

「みんな疲れるみたいだな」
「疲れてるよ・・・。僕も所長のやる事まで背負わされて、帰宅する時間すら惜しいから少しの睡眠に充ててる」
「家には帰っているのか?」
「帰れるわけない。ちょっと誤解したのか? 僕は、帰宅時間を睡眠時間にしているんだよ」
「なんか・・・ブラックまっしぐらだな」
「憐れむな、鬱陶しい」

日野さんと皆嶋さんの会話を後ろで聞きながら歩いていて、なんとなく彼女の年齢が気になった。
僕よりも年上なのは確実なのだろうが、身長が低く、髪も若者風にしているのに顔は疲れ切っていて20代後半か30代前半に見える。

「日野と皆嶋はほぼ同期だ。日野は探索者上がりで皆嶋は別の研究所からの転職という前歴があるがな」
「歳も一緒ぐらいなんですか?」
「皆嶋の方が年下だったはずだ。俺も詳しくは資料を見ないと分からんな」
「一条本部長」

僕と一条さんが喋っていると、前から皆嶋さんが肩越しにこっちを見て一条さんを睨みつける。

「個人情報は安易に他の人に喋らないように・・・年齢はセンシティブな面もあるんですよ」
「ああ、そうだな。個人情報の漏洩は大問題だ。分かっとる分かっとる。・・・こわ」

クマの濃い目力は、僕から見ても迫力満点でした。

「それで? ここに来たのは研究所の・・・五十嵐所長の資料を回収するため?」
「いや、それは別の日でいい。今日は研究所自体の調査だ」
「あっそう」

特に興味なさそうに、皆嶋さんは言ってデスクが幾つも並んだ部屋に入り、打ち合わせができそうなテーブルを指さして座るように促して彼女は給湯室に向かって行った。
僕らがそれぞれ着席して皆嶋さんがそれぞれの前にペットボトルのお茶を出す。

「正直に言って、僕は何にも知らないし聞かされてないから手伝える事何もないよ? それでもいいかな?」
「いいぞ。敷地内を案内できる人は付けれるか? いれば皆嶋も仕事に戻っていいんだが」
「今はいないね。そんな時間があるなら、彼らの睡眠時間に充ててあげたいし・・・僕しかいないか~」
「別に事務員に案内してもらってもいいんだぞ?」
「あの子にはデータの取りまとめと送信をお願いしてるから、手を止めさせたくない」

タイミングよく、事務をしているっぽい女性が部屋に入ってきてトレーを離れたデスクに置いて何も言わずに出て行った。

「無愛想だな」
「皆んな疲れてるから、責めないであげて」

はぁ~っと皆嶋さんがため息をついてデスクに行き、トレーを持って戻ってきた。
トレーには幾つかの肉片と木片、あと紙と布。

「さっきの死体だけど、あんた達ってなんか変なのに狙われてる? 僕たちを巻き込まないで欲しいんだけど」
「何か特殊な物があった?」

皆んなでそのトレーを覗き込むが、どこに注目すればいいのか分からない。

「まず、これね。ゴブリンの肉。こっちはコボルト。こっちは鶏肉でこっちは豚肉」
「継ぎ接ぎか・・・」
「そう。骨も頭以外は木とか使って代用してるし、こんな僕たちレベルで解体していないと無理だし、こんな事すると操作するにしても魔術や道術で操るにしても、すごく技術や精神力が必要になるよ」
「魔力で何とかなったりしますか?」
「うーん、どうだろう? 僕自身試した事ないからな・・・」
「そもそも、この肉片で死体操作とか死霊術とかできるもんなのか?」

金田さんがピンセットに摘まれた肉片を指差す。

「これが死体って言うのが無理がある気がするんだが・・・」
「ふむ、いい疑問点だよ。君の名前は?」
「金田公一って言います。ミラクルミスティーのリーダーをしいる」
「そう、金田くんね。この肉片だけど、君にとってこれは死体じゃないって言うんだね」
「そうですね。死体って言ったら全身が揃ってないと、何となく・・・」
「あー、まあ分かるよ」

確かに、道術にしろ死霊魔術にしろ、死体だからこそ術の対象にできる気がする。
それに、肉片を操るって言っても、幾つの肉片を同時に操っているのか疑問が出てくる。

「君にとっては人型か動物、まあ昆虫も場合によっては入るのかな? ともかく、部分ではなく全体が揃ってないと死体として該当しないと言うわけだね」

皆嶋さんの言葉に金田さんは頷く。

「じゃあ、電車に轢かれて粉々になった人はどう見る?」
「粉々・・・ですか」
「そう。頭があれば死体? 胴体があれば? それとも心臓があれば死体なのかな? でも、僕たち死霊魔術やその系統のスキルを持つ研究者にとっては死体という物についてとてつもなくドライに定義している。つまり、それ単体で生命活動を維持できない生命体だったもの、だ」

改めて僕は肉片を見た。
なるほど、単体で生命活動を維持できていない。

「では、俺たちの腕の肉が千切れ飛んで、もうくっつかない場合は」
「死体だね。本体としては怪我で済む話だけど、千切れた肉はもう生命活動を維持できていないから。もちろん、この定義の根底にあるのは、この肉を死体の一部として再建できる死霊魔術というスキルがあるからなんだけどね」

みんなが納得する中で、皆嶋さんは肉片をトレーに置いて紙片を今度はつまみ上げる。

「問題はこれよ」

僕には、ただの紙の切れ端にしか見えない。
だけど、皆嶋さんは親の仇を見るかのようにそれを睨んで軽く振り、トレーに戻す。

「これは道術の符よ。死体の一部として構成されていたみたいね。つまり・・・幽幻道士が今回の襲撃に関わっているってこと。・・・巻き込まないでね」

皆嶋さんはなんとも言えない表情で、最初に日野さんを、次に一条さん、そして、僕を見た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

千技の魔剣士 器用貧乏と蔑まれた少年はスキルを千個覚えて無双する

大豆茶
ファンタジー
とある男爵家にて、神童と呼ばれる少年がいた。 少年の名はユーリ・グランマード。 剣の強さを信条とするグランマード家において、ユーリは常人なら十年はかかる【剣術】のスキルレベルを、わずか三ヶ月、しかも若干六歳という若さで『レベル3』まで上げてみせた。 先に修練を始めていた兄をあっという間に超え、父ミゲルから大きな期待を寄せられるが、ある日に転機が訪れる。 生まれ持つ【加護】を明らかにする儀式を受けたユーリが持っていたのは、【器用貧乏】という、極めて珍しい加護だった。 その効果は、スキルの習得・成長に大幅なプラス補正がかかるというもの。 しかし、その代わりにスキルレベルの最大値が『レベル3』になってしまうというデメリットがあった。 ユーリの加護の正体を知ったミゲルは、大きな期待から一転、失望する。何故ならば、ユーリの剣は既に成長限界を向かえていたことが判明したからだ。 有力な騎士を排出することで地位を保ってきたグランマード家において、ユーリの加護は無価値だった。 【剣術】スキルレベル3というのは、剣を生業とする者にとっては、せいぜい平均値がいいところ。王都の騎士団に入るための最低条件すら満たしていない。 そんなユーリを疎んだミゲルは、ユーリが妾の子だったこともあり、軟禁生活の後に家から追放する。 ふらふらの状態で追放されたユーリは、食料を求めて森の中へ入る。 そこで出会ったのは、自らを魔女と名乗る妙齢の女性だった。 魔女に命を救われたユーリは、彼女の『実験』の手伝いをすることを決断する。 その内容が、想像を絶するものだとは知らずに――

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

処理中です...