人類はレベルとスキルを獲得できませんでした。

ケイ

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黄泉比良坂編

島根県警察研究所の過去と今

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所長の言葉に、僕は黙ったまま思考を巡らせる。
黄泉比良坂の有事。
恐らくダンジョンブレイクのことを言っているのだろう。
進入すら許されないダンジョンなら、今日まで一度も誰も入れていないことになる。

「ダンジョンブレイクの兆しはないんですか?」
「幸運なことに、今までそういった兆しはないですよ。入り口の散らばった屑魔石を拾うことでダンジョンブレイクを抑えているのかもしれないというのが、私たちの推測ですが、全く油断はできません」

いつ何時ブレイクするか分からないダンジョンと毎日睨めっこしているのか。

「いっそのこと、現状では封印という事は出来ないのでしょうか?」

僕の質問に、所長は首を横に振った。

「黄泉比良坂の入り口で屑魔石を集めている探索者たち・・・。現時点で100人を超していますが、その人数は年々増え続けています。あのダンジョンは、あの人たちの生命線なんです。その生命線を断つことは・・・私にはできません」

黄泉比良坂を封印すれば、そのエリアから魔石が取れなくなってしまう。
今いる探索者たちにとって、ここ以外の場所での生活はもう不可能に近いのだろう。
・・・ダメだな。
僕程度が出せる浅知恵では何の解決にもならない。

コンコンっと扉がノックされて、下にいた受付の人が中に入ってきた。

「所長さん、お茶を持って来ましたよ」
「ありがとうございます、瑞護さん。あの人は・・・ああ、いましたか」

入って来たのは瑞護さんだけではなかった。

「初めまして、阿蘇の英雄さん。私は陸上自衛隊中部方面隊の隊長をしてます、野中茉莉です。よろしくね」

その姿を見て、所長が立ち上がり、僕らもつられて立ち上がった。
年齢は60に近いのだろうか?
でも、背筋はしっかり伸びていて髪も染めているためもっと若い可能性もある。

僕は差し出された手を握って彼女の目を見た。

「初めまして。瀬尾京平です。英雄と呼ばれていますが、まだまだ半人前ですので、色々ご教授頂ければありがたいです」
「あらあら、貴方を半人前と呼んでしまったら、うちの隊員のほとんどが半人前になってしまうわね」

コロコロと上品に笑って僕の手を離す。
それからミラクルミスティーの3人を見て同じように挨拶をして、野中さんは所長の横に座った。
お茶もペットボトルで全員の前に置かれたので蓋を開けて一口飲んだ。

「さてさて、どこまでお話は進んだのかしら?」
「今は黄泉比良坂ダンジョンの現状と、有事の際の私たちの行動について伝えました」
「行方不明になった研究員がいた研究所については、まだ何も説明していないのね?」
「はい。それについては、県警か市警に行って説明を受けた方がいいと思いましたので私からは言わないつもりでした」
「そうなのね。でも、基本的な知識なら伝えていた方がいいでしょう」
「野中さんがそう判断されるのであれば、それはお任せします」

野中さんは所長の言葉に頷いて、僕とミラクルミスティーの人たちを真剣な目で見た。

「黄泉比良坂ダンジョンの周辺はちょっとした森になっていて、腐臭はそこから広がることはないのだけれど、何かあった時のために周辺に住んでいた人たちにはダンジョン発生当時、別の場所に転居をしてもらっていて、警察関係の研究者がそこに住んでいたの」

自分の携帯を取り出してマップを呼び出し、天国へのポストと記載された場所を中心にして僕らに見せる。

「ここが黄泉比良坂。その北・南・西は揖屋地区といって、南側の住宅街に問題の研究員たちは住んでいたらしいわ。研究所はマップの揖屋小学校って記載された場所よ。腐臭の範囲は黄泉比良坂から半径200メートルといったとこかしら?」
「そうですね。国道9号がギリギリのラインだったはずです」
「・・・研究所がこの位置はおかしくないか?」
「そうね。有事とやらがが起きた時、貴重な研究資料が消失する可能性があるわね。いくら何でもダンジョンに近すぎる」

金田さんと真山さんがマップを覗き込みながら指摘すると、野中さんの表情が少し曇ってゆっくりと口を開いた。

「当時の・・・所長の判断で黄泉比良坂ダンジョンに近い土地が選ばれたわ。当時の研究のテーマと黄泉比良坂の相性が良かったという理由だったはずよ」
「組合にも記録が残ってます。何かあった場合、研究施設での探索に関する活動を許可する旨の覚書も資料室にありますね」
「すみません。一つ質問ですが、当時は何の研究をしていたんですか?」

野中さんの目が質問した朱野さんを見る。

「荒唐無稽な研究よ。今では研究テーマは変わっているし、聞いても意味のないことだけど、それでも聞きたい?」
「えっと、まあ、多少興味はありますので、言えない内容でなければ・・・」
「特に情報封鎖はされてなかったわね。だからといって開示もされていないのだけど。・・・蘇生や不死の類の研究よ」

僕を含めて皆んな難しい顔をした。
昔からある眉唾な研究なのだが、魔力が与えられてすぐの頃は、各国がこぞってこのての研究施設を立ち上げた。
結果、10年ほどで夢物語と理解すると研究施設はなくなったり方向転換をしたりするのだが、日本もその例にもれなかったらしい。

「特に、黄泉比良坂は神様を黄泉がえりさせようとした逸話がありますからね。凄く期待されたようですよ」
「今はどんな研究をしているかご存知ですか?」
「モンスターの研究でしたね。受肉したモンスターを解体して、どこどこにこんな臓器があるとか、どこを攻撃したら1番効果的とか、そういうのを纏めて報告書をあげてるようですよ。その情報が組合や自衛隊に回って効率のいいダンジョンアタックに繋がるという流れらしいわ」

どこを流れているかは知らないけど、と野中さんが小さくいったのを僕は聞き逃さなかった。
僕が阿蘇にいる初期まで、三つの組織は歪み合っていたはずだ。
その頃から情報が回っていたとしたら、上の方は繋がっていたということだろうか?
それにしても・・・、

「凄く重要な施設じゃないですか」

僕自身は加重のおかげでその情報の世話になったことはないが、一般の探索者からしたら、モンスターの弱点を教えてくれる情報だ。
お金を出してでも知りたい内容だろう。

「だからこそ慎重になるのよ。基地があるとしたら・・・そこしかないから」

情報を発信する重要施設が反神教団の基地だった。
沈黙が会議室を支配する。

そのタイミングでコンコンと扉がノックされた。

「どうぞ」
「すまない、ここにいると聞いて来たんだが・・・ああ、良かった。一条さん、岸田さん、来てください」

日野さんが所長の声の後に扉を開けて入って来て、さらにその後ろから2人の男性が入って来た。
共に顔に傷が入っていて、体格からしても現場上がりだということがすぐに分かる。

2人の目が全員を見回して、最後に僕で止まった。
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