二十五の夜を越えて

深見萩緒

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12月20日【リスのおうち】

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 リスのおうちは、ツリーの真ん中よりちょっと上った、太くてしっかりとした枝の上にありました。
 もみの木の皮や枝や葉を組み合わせて作った、可愛らしいおうちです。見た目も可愛らしいのですが、大きさも可愛らしいので、ゆうちゃんはとても入ることが出来ません。だけど、ミトラは入れるくらいの大きさだったので、『おじゃましまーす』と言って、中へ入っていきました。
 ゆうちゃんが、リスのおうちのそばに掛かっていたオーナメントをつついて待っていますと、ミトラが出てきて、『木の実がたくさんあったよ』と教えてくれました。

 さて、それでは、リスのおうちにぴったりのクリスマスツリーを、どうやって作りましょう? まわりにたくさんぶら下がっているオーナメントを拝借しても良いのですが、それでは、リスには大きすぎます。リスにぴったりの飾りは、ないものでしょうか?
「あっ」
 良いことを思いついたのは、ゆうちゃんでした。
「ちょっと待ってて」
 と言って、ゆうちゃんは、さっき上ってきたばかりの階段を、風みたいに駆け下りていきます。ゆうちゃんが、階段をふたつみっつ飛ばしてひゅんひゅん降りていきますので、ミトラとリスは、目をまんまるにして感心しました。

 ゆうちゃんは、すぐに戻ってきました。手には、プレゼントの包みをひとつ、持っています。
『ゆうちゃん、これなあに?』
 ミトラが包みを開けますと、ビーズがいっぱい入った宝石箱が出てきました。ビーズを組み合わせてテグスに通したら、アクセサリーが作れるのです。
「ビーズを使って、おうちを飾り付けたらどう? きっと綺麗だよ」
 ゆうちゃんが、ダイヤモンドみたいにカットされたビーズをリスに見せますと、リスの金色の毛並みが、きらきらっと輝きました。
「とても良いですね! 色んな色があります! 大きさも、ちょうどいいです! こんなものがあったなんて、知りませんでした!」
『ゆうちゃん、すごいねえ! おうちごと、クリスマスツリーにしちゃうってこと? ナイスアイデア、だね!』
 たくさん褒められて、ゆうちゃんはくすぐったくなってしまいました。頬っぺたのあたりがむずむずして、胸のあたりがふくふくします。恥ずかしいのと嬉しいのとが、半分半分です。


 早速、ゆうちゃんとミトラ、金色のリスは、それぞれ持てるだけのビーズを手に持ちました。ビーズをくっつけるのには、松ヤニを使います。ゆうちゃんは、ハートの形をしたビーズをたくさん持ちました。ミトラは、砂粒みたいに小さな、銀色のビーズをたくさん持ちました。リスは、自分と同じ、金色のビーズをたくさん持ちました。
 そして、リスのおうちの屋根の上。おうちの周りの枝の先。おうちの中の壁や天井。くっつけられるところならどこにでも、ビーズをくっつけていきました。

『うぃーうぃっしゅあめりくりすま、うぃーうぃっしゅあめりくりすま』
 ミトラが、意味が分かって歌っているふうではない、聞きかじりのクリスマス・ソングを歌います。
『あんだはっぴーにゅーやー』
 ゆうちゃんも一緒に歌います。リスも一緒に歌います。ビーズも、楽しくなってきたのでしょう。最初はただの色付きプラスティックだったのに、段々とほんのり光るようになってきて、しまいにはイルミネーションと同じように、ちかちかぴかぴか、陽気にまたたくようになりました。


 最後の仕上げは、ゆうちゃんに任されました。リスのおうちの屋根の上、一番高いところに金のお星さまのビーズをつけて、プレゼントの包みに使われていた、赤いリボンを結びました。
 さあ、これで完成です。リスのおうちはビーズでいっぱい。ガラスや錫のオーナメントに負けないくらい、プラスティックのビーズたちも美しく、誇らしげです。
「きれい……」
 リスが、呟きました。大きな黒い両目から、涙がぽろぽろこぼれています。
『どうして泣いてるの? まだ、サンタさんが来るか、心配?』
「いいえ。もう、心配じゃありません。ぼくのおうちがあんまり綺麗で、嬉しくって泣いているんです」
 リスがまばたきをするたびに、もみの木の枝に涙が落ちます。涙の粒は葉っぱを伝ってツリーの根元へ、雨みたいに降り注ぎました。
「ああ、綺麗だなあ。嬉しいなあ。ぼくはもう、サンタさんが来なくったって、構いやしないと思います。なんて美しいんだろう。なんて幸せなんだろう」

 それからゆうちゃんとミトラは、リスと一緒に長いこと、リスのおうちを眺めていました。ゆうちゃんも、とっても幸せな気持ちになりましたが、その一方で、おかしいな、とも思っていました。
 リスは、ゆうちゃんにとても似ていました。自分の欲しいものが見付からない。不安で、不安で仕方ない。だから、リスを助けてあげれば、ゆうちゃんも一緒に助かるような、そんな気がしていたのです。
 それなのに、ゆうちゃんは不安でたまらないまんま。


 ずっと、ずっとそうなのです。夜の海に、パンプスを投げたあの時から。いいえ、もっとずっと前から。ゆうちゃんの心には、空虚がぽっかりと口を開けて、居座っています。どうして?
 どうして、こんなに不安なの? どうして、ここにいるの? どうして、一体何に突き動かされて、ここまで歩いてきたの?
 ゆうちゃんは、本当は全部分かっています。この不安をどうにかする方法も、分かっています。それはとっても簡単なこと。ゆうちゃんはずっと宙ぶらりんで、宙ぶらりんだから不安なのです。宙ぶらりんじゃなくなるためには、ただ、選択をすれば良いのです。
 おねえさん天使が言っていました。選択できることは幸福だと。

『ゆうちゃん、これから、どうしようか? また、どこまでも、歩いて行こうか?』
 光に照らされながら、ミトラがゆうちゃんを見上げます。
「そろそろ、決めなくちゃ」
 ゆうちゃんが言うと、『そっか』とミトラが言いました。


 ゆうちゃんとミトラは、階段を上って、クリスマスツリーのてっぺんを目指します。
 ふたりを見送ってくれていた金色のリスは、しばらく上ると見えなくなってしまいました。リスのおうちのビーズたちも、もっと上ると見えなくなってしまいました。
 いつしかツリーの飾りもイルミネーションも数を減らして、階段の周りは、黒黒とした枝葉だけが揺れています。

 頭上には宇宙。天頂に輝くあの星が、クリスマスツリーのてっぺんの星です。
 ゆうちゃんは言葉も忘れて、ただひたすらに階段を上りました。息が切れて、胸が苦しくなります。ミトラは黙って、ゆうちゃんの肩にひっそり貼り付いて、ゆうちゃんの呼吸の音を聞いていました。


 今夜の夢は、ここでおしまい。
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