二十五の夜を越えて

深見萩緒

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12月16日【ホットミルク】

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 パレードに加わって、楽しく演奏をしていますと、向かう先の正面に、光の噴水が見えました。
 どうやらあのあたりからは、アーケードが途切れているようです。そしてアーケードの途切れから空へ、空からまたアーケードのところへ、めくるめく黄金の光たちが、点滅しながら行ったり来たりしているのです。

 ああ、あの循環する光。あれはガラスです。澄んだ鉛ガラスの天使たちが、ヘリューム風船を捕まえては空に放し、空から舞い戻ってきて、また風船と一緒に天へ昇っています。天使たちの服の裾や、頭上の輪っかや、背中の羽の端が金色にふちどられていて、それがキラキラ光っています。それで、遠くから見たら、まるで光が流れているように見えたのでした。
 風船たちは、ずっとアーケードの下を飛んでいましたので、屋根のない空へ行くことを喜ぶものもおり、怖がるものもおりました。それでも風船たちは、天使たちのもとへ到達したものから順ぐりに、どうやら否応なしに、空へと放されていきます。

 ゆうちゃんとミトラは楽隊の最後尾にいましたが、天使たちに見とれているうちに、とうとう順番が回ってきました。
 風船の紐を掴んでいるのと反対の手を、ガラスの天使が握りました。ひやっと氷のような冷たさが、ゆうちゃんの手を包みます。ゆうちゃんも、空へ放されるのでしょうか。ゆうちゃんは身構えましたが、天使は「おや?」という顔をして、ゆうちゃんを見つめます。
「あたなは風船でなはいのすでか?」
「私は人間です。こっちはミトラ」
 天使が「おーい、ほーい」と呼ぶと、仲間たちが集まってきて、ゆうちゃんとミトラを取り囲みました。怒っているようでは全くありませんでしたが、とても困っているようです。
「風船なら、うゅちうに飛ばがすの決まりです。でも、人間やミトラは、どすうるか決っまてませいん」
 全ての風船は空に飛ばされてしまって、商店街のアーケードに引っかかっているのは、もうゆうちゃんとミトラだけです。天使たちは顔を寄せ合って「どすうる?」
「どしうよう?」とおろおろするばかり。

 そうこうしているうちに、ちらほらと粉雪が降り始めました。天使のひとりが、ぷるりと震えました。よく見れば、天使たちはみな、歳もようやく片手の指の数を脱したかと思われるほど、幼いのです。12月の寒さに、小さく幼いガラスの体では、芯まで冷えてしまいそうです。
 なんだか可愛そうになって、ゆうちゃんは「ちょっと、あそこで休憩しませんか」と提案しました。ゆうちゃんはさっきから、真下に見えるカフェが気になっていたのです。
「そでうすね。そしうましょう」
 天使たちとゆうちゃんとミトラは、連れ立って商店街へ降り立ちました。石畳の上には、もううっすらと雪が積もり初めています。


 ゆうちゃんがカフェのドアを開けますと、カランコロン、木製のドアベルが、来客を知らせました。やっぱり店内は真っ暗で、人の気配はありません。でも、お腹が鳴りそうなほど良い香りが、隅々まで満ち満ちています。
 巻毛の天使が、真っ先に店内に入りました。それから、長い髪をお下げにした天使と、すっきりとした短髪の天使。3体のガラスの天使たちは、窓際の丸テーブルを囲んで座りました。そのテーブルの上に、ミトラがちょこんと乗りました。

 ゆうちゃんは席にはつかずに、カウンターの奥を覗きました。するとそこには、ちょうどゆうちゃんを待っていたかのように、お鍋でことこと温められている、甘いミルクがありました。ゆうちゃんは、それを陶器のマグカップに均等に注ぎました。

『それでね、電車に乗ったの。電車って知ってる? 大きな音がするんだよ。すごく速くて、どこまでも行くんだよ』
 テーブルに行きますと、ミトラがこれまでの旅路を素敵に大袈裟に、天使たちに話している最中でした。天使たちは夢中でそれを聞いているようでしたが、ゆうちゃんがホットミルクを持ってきたことに気が付くと、みんな一斉に「わあっ」と歓声をあげました。

 暗いカフェの中に、ミルクの甘い香り。白い湯気。窓の外は、もうすっかり銀のヴェールに覆われています。
 ゆうちゃんも席について、一緒にホットミルクを飲みました。体の奥がぽかぽかして、頬っぺたがりんごみたいに赤くなります。ガラスの天使たちは、ホットミルクを飲んだからか、仲良くすりガラスになっています。
「ああ、おいかっした。ごちそさうでしまた」
 天使たちがホウッと至福の溜息をつきますと、それはきらきら輝くダイヤモンドダストになって、ミトラの頭に積もりました。
 冷たかったのか、ミトラが『ひゃあーっ』とひょうきんな声を出すと、巻毛の天使がくすくす笑いました。


 今夜の夢は、ここでおしまい。
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