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双子の姫

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 デヴァルト王国王城の一室では、念願の第一子が誕生しようとしていた。
 呪われた王家と噂されるデヴァルト王家は代を重ねる毎に子が授かりにくくなり、王は何十人も側室を迎える事が慣例となっていた。
 それは国内の有力な上級貴族の令嬢から下級貴族の娘、最終手段として子を身篭った事の有る平民の娘までも連れて来た。しかしそのどの娘達も子は出来なかった。そして初めに正室として輿入れしていた他国の姫がまさかの懐妊。無事出産が済むまで公表はせず、静かにその時を待った。



「王妃様、お腹のお子は順調に育っておいでです。予定通り行けば来週中にもお生まれになるでしょう。お腹の大きさから、かなり大きなお子様のようでございます。お輿入れの際にお聞きと思いますが、万が一、双子の姫がお生まれになった場合は……惨いと思われましょうが、妹姫様はその場で天に召されて頂きます。それがこの国のしきたりでございます。ご理解下さい」
「理解できぬ。双子の王子は良くて姫は駄目とは、理由を何度聞いてもそなたらは答えられぬではないか。理由も無く私の子を殺めるなど、許しませんよ」
「しかし、しきたりに従わねば王家の呪いが……王妃様、どうされました?脂汗がこんなに……」
「陣痛が……始まったかもしれぬ……」


 それから丸一日陣痛に苦しみ、王妃は女の子を産み落とした。周囲はバタバタと慌しく姫の誕生に沸き、宴の準備に取り掛かる。隣室で待機していた国王は喜び、外で待つ国民に姫の誕生を発表した。
 王妃はまだ後産に苦しんでいた。部屋には助産師と、王妃に付いて一緒にこの国に来た乳母のみとなり、苦しむ王妃を見守っていた。王妃は陣痛に似た痛みに思わずいきんだ。その時、小さな女の子が出て来た。一人目の姫よりもかなり小さい。泣き声も無く、呼吸も無い。助産師は死産として処理し、手当てもせず乳母に渡し、森に埋めて来いと命令した。災いの種は初めから居なかった事にして王への報告はしなかった。

 乳母は王妃に目配せし、小さな妹姫を布で包み城を出た。城を出て湖に近い塔へ向う。誰も近寄らない、呪われた場所だと言われるこの塔は、国王が側室の元へ渡っている期間を過ごす為に王妃が勝手に整え使っていた。正妃として輿入れしたにも関わらず、一度も来ない国王への苛立ちを解消するために、ここで好きな事をして過ごして来たのだ。
 布に包まれた妹姫は、人目に付かない場所で乳母に尻を叩かれ、弱々しく泣き声を出した。
 到着した塔の中にはベビーベッドや産着、おしめ等育児に必要な物は何でも揃っている。お腹の様子から双子である事が分かっていた乳母は着々と準備を進め、もし女の子だったら殺されてしまう前に姫様を守ろうと、王妃と話し合っていたのだ。訳のわからない王家の呪いなど、他国から来た者には関係ない。こうして呪われた双子の妹姫は、呪われた塔で育てられることとなった。



「ディアナ様、また湖で泳がれたのですか! 下着姿ではしたないと何度も申し上げておりますのに、誰かに見られたらどうなさるおつもりですか!」
「大丈夫よ。ここへは誰も近づかないもの。だって呪われているのでしょう?」

 双子の妹姫はディアナと名付けられスクスク成長し16歳になった。母である王妃によく似た銀髪にアメジストのような大きな目。森を駆け回り剣を振る体は程よく締まり無駄が無く、しなやかで女性らしいラインを描いている。

「あなた様は、こんな所で生活していてもこの国の姫様なのですよ。もっと自覚して下さい」
「自覚したところで誰にも言えないのに、何の意味があるの? ねぇ、それよりも、私のお姉さんの話を聞かせてよ。いつも話を逸らされて、まともに聞けたためしがないわ」

 この国の第一子として華々しく迎えられた姉姫はアデルハイトと名付けられ、蝶よ花よと甘やかされて育ち、父王に似た面立ちで金髪に翡翠のような目を持つ、我がまま姫へと成長していた。年頃となったアデルは彼女の伴侶となりたい男達を侍らせて、勉強もせず、好き放題遊んでいた。

「あまりお伝えしたくないのですが、アデルハイト姫はディアナ様とは見た目も中身も似ていません。王妃様の注意も聞かず、遊び惚けているみたいです。国王様は孫さえ産んでくれれば何をしても良いと仰っているとか」
「この国は大丈夫なのかしら。ねぇ、シーラ、城の書庫で調べたいことがあるのだけど、少年用の服を用意してくれない? 学生達に開放しているのでしょ。男の子の振りをしたら私でも入れるんじゃないかしら」
「何を調べたいのですか? 必要な本は私が取ってきます」
「王家の呪いと双子の姫についてよ。古い文献になら載っていると思うの。理由も分からず殺されてしまうところだったのよ? シーラは知りたくないの?」
「それがありそうな場所は私には入れません。わかりました。男性用の衣装一式ご用意します。明日までお待ち下さい」



 ディアナは豊かな胸を布でぐるぐる巻きにして潰し、髪は青年達と同じ様に首の所で一つに纏めた。凛々しく見えるように少し眉を書き足し、なんとか13才位の少年に見えるようにした。
 シーラの案内で城内にある書庫へ行き、目的の本を探し始める。ディアナは初めて入る書庫に興奮し、目を輝かせて本を探す。目的の本はその階には無く、階段を下りもっと古い本を探し始めた。

「お前、見ない顔だな」

 ドキッとして振り向くと20歳くらいの、凛々しい騎士服に身を包んだ青年が立っていた。鳶色の長めの髪にヘーゼルの目、鼻筋が通り形よく引き締まった唇。長身でしっかり鍛えていると分かる体躯は近くに立たれると威圧感があり、ディアナは思わず後ずさりした。

「何ですか? この階は立ち入り禁止ではありませんよね」
「違うが、お前は中等部の学生か? ここへ来た事が無いだろう。見た覚えが無い」
「書庫へ来たのは初めてです。調べ物がしたくて来たのですが、駄目ですか?」
「いや……しかしここは古い本しか無いぞ。学生が読む物ではない。何か調べたい事でもあるのか?」

 やけに詮索してくる青年に、ディアナは正体がばれてしまったかと内心ドキドキしていた。

「古い文献に興味があるのです。この国の歴史や歴代の王について知りたいと思って……」

 青年はディアナを見て何度か頷き、ある本棚を指した。

「あの辺に王家の歴史書があったはずだ。学校で習うよりもさらに深い知識を得ようとは、感心だな。俺はジークだ。お前は?」

 名前を聞かれるとは思っていなかったディアナは咄嗟に思い付いた名を口にする。

「ディ……ディーンです。あの、本の場所を教えて頂きありがとうございます」

 礼を言ってそそくさとその場を去った。ジークの教えてくれた場所には確かに目的の本があり、持ち出し禁止と書かれた棚に鎖で繋がれていた。鎖の届く範囲に簡易的な閲覧用の台と椅子があり、ディアナはそこで読む事にした。夢中で読み進め、一冊読み終わる頃には書庫に他の学生の姿は無く、司書の男性に退出するよう注意された。とっくに閲覧を許されている時間は過ぎていて、ジークの計らいで読み終えるのを待ってくれていたらしい。ディアナは湖の塔へ急いで帰った。

「シーラ! 歴史書を読んできたわ。呪いについて少しだけわかったわよ」
「まぁ、ディアナ様、こんな時間まで書庫に篭っていたのですか? お昼になっても戻って来られないので心配しておりましたよ」



 翌日もディアナは書庫へ足を運び、今度は古書のあるフロアに直行した。階段を下りるとまたしてもジークが居た。

「また来たのか。ディーンはそんなに歴史が好きなのか? この国の歴史にそこまで興味を引く物があったとはな」
「おはようございます、ジーク様。実はこの国の呪いの噂が本当か調べているんです。何かご存知ですか?」
「ハハッ、そんな事を調べているのか? 俺も聞いた事はあるが、噂は噂だろう。双子の姫が生まれると国が滅ぶ、だったか? もし生まれても妹の方を殺して迷いの森に埋めれば災いは回避できるとか何とか」
「え? そんな話なんですか? それ理由とか知ってたりしますか?」
「お前調べてるくせに何で何も知らないんだよ。俺も知り合いに聞いただけで理由までは知らないけどな。1000年前の国王様が戦の援護を魔女に頼んで、戦には勝ったが魔女が出した条件を飲まず塔に幽閉してしまった。周囲の森には魔女の力で結界が張られていて迷って塔へは近づけないって話だ。その迷いの森には幾つも小さな石が並んでいて、その下に歴代の妹姫が眠ってるんだろ。本当かどうかは知らないけどな。それを調べてどうするつもりだ?」

 ディアナはこの話に思い当たる事があった。城から森に入ってすぐの場所に、小さな石碑のような物が9個並んでいる。そして城から近いにも関わらず、誰も塔には来ない。来ないのではなく、辿りつけないのであれば説明がつく。逆に何故王妃と乳母のシーラとディアナには森も塔も出入り出来るのか、謎は深まる。

「もっと詳しく知りたいんですけど、1000年前の当時の事がわかる書物は残ってるんでしょうか?」
「さぁな、知りたければ司書に聞けば良い」
「あ、そっか。ありがとう!」

 ディアナはジークに礼を言って司書に聞くため階段を上った。すると一斉に学生達がディアナを見た。朝来た時はまだ他の学生達は居なかったのに、昨日よりも人数が増えている。何故か興味深そうに見てこそこそと話をしている。


 まずい、学生じゃ無いってばれた? あ、なるほど、昨日は気付かなかったけど中等部の子はここに来ないのか。皆大きいお兄さんばかりだわ。これじゃ目立っても仕方ないわね。


 とにかく司書に書物の場所を聞こうと、その姿を探す。昨日の司書を見つけ、早足で近づき小声で話し掛ける。

「あの、1000年前の王家に関する詳しい記録を見たいんですけど、場所を教えてくれますか?」
「君は昨日の……王家に関して閲覧を許されている書物は君が昨日見ていた棚にあるものが全てだ。1000年前の記録は公開されていない。王族のみが入れる最奥の扉の向こうには、色々な書物が保管されているが、君には無理だ」
「そんな場所があるんですね。因みにそれはどこにあるんですか?」
「聞いても無駄だがな。下のフロアの奥に、王族が触れれば開く扉がある」

 それを聞いてディアナは司書に礼を言い、階下へ戻った。
 ジークはいつも何をしているのか閲覧用の椅子に座り何かを読んでいるようだが、ディアナが戻って来たのに気付いて近寄ってきた。

「ディーン、司書は居なかったのか?」
「王族にしか入れない場所にあるから見られないと言われました」
「そうか。噂程度で良ければ、また情報を仕入れてやろうか?」
「本当ですか、ジーク様!あっと……」

 思わず声を上げてしまいディアナは口を押さえると、ジークに笑われた。

「ディーン、腹減らないか? 昼飯おごってやるからついて来い」
「お昼にはまだ早過ぎますよ。ジーク様朝食べてないんですか?」
「朝は食欲が出なくてな。でも、お前見てたら腹減ってきた」
「意味がわかりません。お茶なら付き合っても良いですよ」

 ジークの後ろを付いて階段を上ると、やはり一斉に視線を向けられた。ジークと一緒のところを見て何人かが声を掛けて来た。

「君、中等部の子か? 名前は?」
「え……?あの、ディーンです」
「ディーンか。良かったら俺達と外で話をしないか?」

 ジークがグイッと間に入り、彼らを見下ろす。

「お前ら、俺が見えてないのか? ディーンは俺と一緒にいるんだ。割り込みは止めてくれないか」
「あ……ジーク様のお連れの方でしたか、ハハ、これは失礼しました」

 彼らはそそくさと書庫を出て行った。いったい何をしに来ていたのか。ジークは不愉快そうに彼らを見て、ディアナに忠告する。

「お前、狙われてるな。普通の女より可愛い顔してるし、体も華奢だ。まぁわからないでも無いが……寮に入って男ばかりの生活をしている奴らには良くあるらしいが、可愛い男を好きになる奴もいるって事を忘れるな。お前にそっちの気があるなら余計なお世話だろうが、男同士だと思って油断してると痛い目をみるぞ」
「何の話をしてるのか良くわからないですけど、忠告ありがとうございます。ジーク様にもそんな経験があるんですか?なんだか実感のこもった言い方でしたね」
「やめろ、気持ち悪いこと言うな」


 これだけの美男だもの、学生時代は男にもモテたに違いない。当時何があったのか聞いてみたいけど無理そうね。というか、騎士の正装のような服を着ているけど何をしている人なのかしら?湖でたまに見る騎士の制服より格段に豪華だわ。この国には王子は居ないし、騎士団の上部の方なのかしら。


 二人は城を出て城下町へとやって来た。ディアナは初めて城の敷地を出て外の世界を見た。16歳まで王妃である母親と乳母しか話相手の居なかったディアナには衝撃的だった。特に今いるのは商業地域で人が多い。見たことも無い数の人の波に飲まれて、いつの間にかジークとはぐれてしまっていた。そのまま流れに逆らえず歩き続けていると噴水広場に出た。ディアナは途方に暮れて噴水の淵に腰掛ける。


 どうしよう、軽い気持ちで付いて来てしまったけど、一人で帰れるかしら?
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