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デリックの証言

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 食堂にはレイ・バークス少佐ともう一人、初めて見る三十代くらいの落ち着いた雰囲気の男性が居た。軍服の胸には幾つもバッジが付いていて、この駐屯地でも上の立場の人だという事が一目でわかる。
 こっそりエッカートが耳打ちしてくれて、その男性の正体を知る事ができた。

「アレックス、バークス少佐と一緒にいるのがウォレス中将だ。この駐屯地で一番偉い人だぞ。失礼の無いようにな」
「はい、わかりました」

 ここへ来る前にもう一人の怪我人の治療を済ませてきたので、ほぼ同時にデリックが身形を整えて食堂へやって来た。頭は綺麗に刈られ、軍服姿で現れた彼は初めて屋敷で会った時の姿を思い出させた。今は眉が無いので顔は少し怖いが、元に戻れば相当整った容姿だろう。

「お、来たか。髪を短く刈ったんだな。前のボサボサの長髪よりその方が良いんじゃないのか? 真面目な好青年に見えるぞ」
「また伸ばしますよ。それより腹減った……ウォレス中将が居たんじゃ、話が終わるまで飯抜きか」

 デリックはお腹を擦って空腹を訴える。しかし無常にもバークス少佐はアリシア達を手招きし、食堂の奥に陣取る自分達の下へ呼び寄せた。
 駆け足で上官の前に行くと、二人はデリックを見て目を見開き、驚きの声をあげた。

「デリックか?」
「アレックス、あなた本当に白魔法使えるのね。それも相当優秀だわ。あれだけの怪我を治癒させて、まだそんなに元気だなんて……体は小さいくせに魔力は大人並みにあるようね」

 バークス少佐は小さな白魔法使いにそこまで期待していなかったので、これを見てアリシアの評価はぐっと上がったらしい。
 そしてウォレス中将はアリシアに労いの言葉をかけた。

「アレックスと言ったな、良くやった。私はこの駐屯兵団の総責任者、団長のウォレスだ。デリック・カルヴァートはもう駄目だろうと皆が諦めていたのだ。優秀な兵士の命を救ってくれて、感謝する」
「いえ、勿体無いお言葉です。私こそ恩人を救えて良かったと思っています」

 ひとまず会話が途切れた事を確認してエッカートは一歩前に出て敬礼し、上官二人にデリックについて報告を始める。
「早速ですが、お二人に報告があります。デリック・カルヴァートはユアン・ワイアット伯爵の私兵としてアルバーン家襲撃に加わっていた事が判明しました。本人からも、ここに居るアレックスからも証言を得ました。あの事件の真実を問いたいと思います」
「え? 本当なのデリック? あなた、私達があの襲撃事件を調べていると知っていて何故黙っていたの?」

 デリックは怪訝な表情を浮かべ、反論した。

「ここではあれが襲撃事件という事になっていたとは知りませんでした。あれはアルバート・アルバーン伯爵の不正を暴き、改心させる為の行動だと聞いていましたし、歯向かったアルバーン伯爵が亡くなった事は残念ではありますが、証拠は見付かっています」

 あの夜兵士が来た理由を知らなかったアリシアは衝撃を受けた。チェスター神父はその事を教えてくれなかったのだ。父が不正を働くとは到底信じられず、デリックに詰め寄り問いただしたかった。それをぐっと飲み込んで黙って話しの続きを聞く。

「あの日の捜索で、使用人として各地に送り込まれた者達が盗んだ物は寝室の隠し金庫に入れられていました。実を言うと、俺の実家でもアルバーン家から来たという少女を雇ったのですが、確かに良く躾けられていて仕事も丁寧でした。しかし彼女が来て以来、母の宝石が無くなったり高価な物が次々消えたので不信に思い調べようとした所で、彼女は居なくなりました。家からは代々伝わる大事な指輪が消えていて、母はパニックに……。アルバーン家に問い合わせると、うちで雇った少女の事は知らないと言われてしまい、丁度私兵を集めていたワイアット伯爵の話に乗ったんです。うちの指輪はあの屋敷にありました。それが動かぬ証拠です。アルバーン伯爵は使用人達に盗みを働かせていたんです」

 アリシアは堪らず口を開いてしまった。

「待って、屋敷から送り出す時には必ず推薦状を持たせています。領主の印とサインが入った物です。それは提出されていましたか?」
「あ、ああ。勿論最初に確認したさ。あの家の名前を騙って雇われようとする者は多いからな。間違いなく本物だった。あの泥棒娘が消えたと同時にそれも無くなっていたがな」
「で、では、その少女の名前は? どんな容姿でした?」
「何だよ、逃げたくせにお前もアルバーン伯爵を信じてる側の人間か? 名前は確かリンジーだったよ、金髪でアイスブルーの目だった。背は170センチ近いヒョロっとした子だ」

 アリシアは孤児院から来た少女達を思い出してみた。リンジーという少女は確かに存在した。しかし記憶にある姿は濃い茶色のくせ毛で緑の目の小柄な少女だった。

「それ、偽者です。リンジーはオールクラード領のオルブライト侯爵家へ行きました。他にリンジーという名の子はいませんから、問い合わせてみれば直ぐに別人だと分かります。それに変ですよ、家令のクラークが窓口になって勤め先を探したり、依頼のあった家に向わせたりしていたはずです。自分から売り込みになんて行かせませんよ」
「何だって? お前の記憶違いじゃないのか? よし、わかった。調べれば分かる事だな。他に被害に遭ったという家は8件あるんだぞ。それも全て偽者だと言い切れるか?」
「はい、勿論です。屋敷から巣立った者達がどの家に行ったのか、全て記憶しています。名前と特徴を教えて下さい」

 二人のやり取りを黙って聞いていたバークス少佐とウォレス中将は、あの不可解な襲撃事件の捜査要員としてこの二人を使う事を決めた。

「アレックスはアルバーン家で一体どんな仕事をしていたのかしら? 随分人事に詳しいのね。あなたの年齢だと直接知らない人の方が多いでしょう?」

 アリシアは自分が喋りすぎてしまった事に気付き、どう誤魔化そうか考えた。孤児院から来た子供達だけでなく使用人すべてと交流があったため、誰かの勤め先が決まると皆喜んで報告に来るのだ。一日に何度も同じ報告を受けるのだから、自然と覚えてしまう。

「か、家令の下で仕事を学んでいたものですから」

 それで納得したのかそれ以上の言及は無かった。アリシアは心の中でホッと息を付く。

「オルブライト侯爵家と言えば、ワイアット伯爵のご実家だけれど……爵位を継いだのは弟のダレル様よね。何かしら、ワイアット伯爵との繋がりがある家だなんて、嫌な感じだわ。そもそも私、あの男は嫌いよ。侯爵家の長男という肩書きは既に代替わりした今は無いといのに、未だに自分は侯爵家の人間だと思っているらしいわ。お情けで名ばかりの伯爵の称号を与えられて、まともに働きもせずあちこちでお金の無心をして歩いているとか」
「ダレル・オルブライト侯爵は立派な方だ。長男を差し置いて跡継ぎになるほど優秀な人物だし、この件に関わりがあるとは思えないな」


 何かにつけてワイアット伯爵が関与している事は明白なのに、どうして調べが進まないのかしら? あの夜父を殺した人もワイアット伯爵で、彼の連れて来た女性の訴えで屋敷に調べが入った。調べたのは彼の私兵で……


「どうした、アレックス。顔色が真っ青だぞ」
「あら、やっぱり魔力を使いすぎたのね。無理をしちゃ駄目よ。エッカート、部屋に連れて行ってあげて。デリックはまだここに居てちょうだい。聞きたい事はまだあるのよ」
「俺も腹が減って倒れそうなんですけど」

 魔力を使いすぎたわけでは無いが、考え過ぎて熱が出てしまったらしい。もう少しで考えが纏まりそうだったのに、アリシアはそこで意識を失ってしまった。


 
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