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兵士になります

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 午後一で診療所に現れたのは軍服を来た人物だった。特に怪我をしている様子でも無く、アリシアを見て一瞬驚いた様子を見せたが、真っ直ぐその目を見据え敬礼した。
 椅子に座ってそれを見ていたアリシアはギョッとする。

「私はヴィルゴクラード駐屯兵団のエッカートと言う。最近噂に聞く白魔法使いアレックスに頼みたい。我々にその力を貸してはくれないか。平民でありながら治癒魔法を使えると聞いて来た。我が兵団には生憎今は黒魔法使いしか居なくてな。兵団に入り貴重な力をこの国を守るために使って欲しい」

 エッカートと名乗る兵士は二十台半ばの気の弱そうな優しげな顔の男であるが、頼みに来たという割りに彼の目はOK以外受け付ける気は無いと雄弁に語っている。

「まるでお願いしに来たような口ぶりですが、それは命令ですよね? 僕が今ここでNOと言ったらどうなりますか?」
「私はあくまでお願いしに来たのだから、それも致しかたない。無理強いはするなと言われて来ているので、君に断られたら……私が上官に責められるだけだ」

 これが建前である事はアリシアにもわかっている。NOと言う言葉を発した瞬間、彼の目が細められ、優しげな雰囲気は消えて無くなったのだから。

「僕は今、この教会に雇われている身なのです。雇い主へも了解を得て下さい」
「それは勿論だ。教会も君を頼りにしているのだろう。だが、こちらを優先するのが当然だ、神父様とて理解してくれるだろうから、すぐに荷物を纏めて来なさい」

 薬棚の向こうでチェスター神父はこの話を聞いていた。ガタッと椅子から立ち上がり、アリシアの元へ向かう。

「今のお話聞いていましたが、彼はこの教会から通いでそちらのお手伝いに行かせます。絶対にそれだけは譲れません」

 兵団の宿舎に入ってしまえば性別がばれてしまうだろう。個室など下級兵士には与えられないのだから、良くて二人部屋、新入りなら大部屋に入れられるのは目に見えている。

「悪いが、こちらにも都合がある。彼にはすでに上官達と同じ棟に個室を用意してある。下級兵士と言っても白魔法使いだから、格別の配慮をするようにと師団長から言われている」
「それはもう、本当にお願いでもなんでもありませんね。命令だというなら行く以外ないでしょう。アレックス、荷物を纏めましょう、私も手伝いますよ」

 階段を上がりアリシアの部屋へと入ると、チェスター神父は真剣な顔で彼女の肩を掴み、小声で話し始めた。

「アリシア様、宿舎に入る前に身体検査があります。男と偽っている事がばれてしまいますよ。今のうちに裏から逃げますか? それとも、身分を明かしてアルバーン家の跡継ぎとして保護してもらいますか?」
「チェスター神父様、私は逃げません。あの日屋敷に来た兵士がどこに所属している者達なのかも分からないのに名乗るつもりもありません。何とかしますから、心配しないで下さい」

 アリシアは少ない荷物をパパッと袋に詰めて、小さな肩に背負った。そしてチェスター神父の頬に唇を寄せる。

「今までありがとうございました。トムの事、よろしくお願いします」

 アリシアは覚悟を決めて教会を出た。外ではエッカートが馬に乗ってアレックスが出てくるのを待っていた。

「私の前に乗りなさい」

 手を差し出され、その手を掴むとグイッと軽く引き上げられ、エッカートの前に座らされてしまった。

「軽いな。何歳なんだ?」
「……じゅう……さん」
「13歳にしちゃ発育が悪いな。宿舎に着いたら飯を食わせてもらえ。教会じゃ碌な飯も出なかったんだろう」

 発育が悪いと言われムッとしていると、馬は駐屯地に向け歩き出した。

「舌を噛むなよ。少し急ぐから、私に体を預けなさい。落としたりしないから心配するな」

 そう言うなり、片腕でアリシアの体を支えてもう一方の手で手綱を握り、エッカートは馬を走らせた。


 少しって言ったくせに、実は凄く急いでいるわね。こっちは馬に乗るのは久しぶりなのよ。自分で手綱を握れないなんて怖いじゃないのっ。


 アリシアは大きく揺れる馬の上で必死にエッカートの腕にしがみ付いた。駐屯地は領地内にあると言っても町の外なので馬を駆けさせ20分は掛かる距離だ。
 駐屯地に着いた頃にはアリシアの目は虚ろで、顔色は真っ青だった。馬から滑り降り、草むらへ駆け込む。

「悪かったな。急いでいたから、お前に気を使う余裕が無かった。治まったらそこの建物に入れ。私は馬を預けてくる」

 エッカートは厩舎に馬を戻しに行ってしまった。アリシアは涙目になりながら言われた建物に入った。するとそこは兵士の食堂のようだった。簡素な木製の長テーブルとベンチが幾つも並び、奥の方では何人かが食事をしている。

「あら、可愛い坊やね。お父さんに会いに来たの?」

 不意に後ろから声を掛けられビックリして振り返ると、二十代前半と思しき長髪の青年が立っていた。軍服を着ている事から兵士である事は間違い無いだろう。しかし言葉使いが女性のようだったのが気になる。

「あ……エッカートさんを待ってます」
「あらやだ、エッカートったら、こんな大きな子供が居たの?」
「レイ・バークス少佐、冗談は止めて下さい。私はまだ24歳です。彼は13歳ですよ、11歳で父親になったとでも?」

 厩舎から戻ったエッカートは呆れたようにレイ・バークス少佐に反論した。

「やぁね、冗談に決まってるでしょ。あなたの子供がこんなに可愛いわけが無いじゃない。じゃあ、この子どうしたの?」
「彼が例の白魔法使いですよ。名前はアレックスです。アレックス、この方はレイ・バークス少佐。この駐屯兵団に在籍する黒魔法使いだ」

 黒魔法使いと言えばチェスター神父もそうだったなと思いながら、帽子を脱いで挨拶をする。

「アレックスと申します。簡単な治癒魔法しか使えませんが、お役に立てるよう努力致します。どうぞよろしくお願いします」
「あらあら、綺麗な白い髪。珍しいわね。それに平民の男の子と聞いていたからどんな無作法な子供が来るかと思っていれば、随分行儀の良い子ね」

 バークス少佐は礼儀正しいアレックスを気に入ったらしい。頭をなでなでし始めた。

「もしかして、アルバーン家に居たのか? あそこで働いた子はどこに出しても恥かしくない教育を受けられるからな」
「あー、はい。アルバーン家に居ました」

 アルバーン家と聞いて、バークス少佐の手は止まった。撫でるのを止め、真面目な顔で話し始めた。

「皆にも話さなくちゃいけないんだけど、エッカートが居ない間に、大変な情報が入ったの。行方不明だったアリシア・アルバーン伯爵令嬢が見付かったわ」
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