魔法省魔道具研究員クロエ

大森蜜柑

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第2章

最終話

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 ドミニク伯爵家で行われた夕食会の場は、一人の非常識な女と躾けのなっていない伯爵令嬢のおかげでカオスと化していた。互いに言いたい事を言い合い、攻撃し合う。


 エドモンドはツカツカとカミラに近付き、パン! と小気味良い音を響かせ頬を叩いた。
 「カミラ、お前はクロエを何だと思っているんだ! お前とあの子は縁を切ったんだ、もう親子でも何でもない、他人だ! あの子の結婚に口出しする権利はお前には無い!」

 カミラに対して初めて声を荒げた。

 カミラは自分に惚れ込んでいて絶対に無いと高を括っていたエドモンドからの叱責に動揺し、叩かれた頬を押さえて怯えた目を向けた。どんなに酷い扱いをしようとも男は自分に手を上げる事も怒鳴りつける事も無かった。そして徐々にこれが怒りに変わると、今度は反撃に出ようと椅子から立ち上がり、エドモンドに拳を向けた。兵士長まで務める男に女の一撃など通用するわけも無く、振り上げられた手は簡単に捻り上げられた。

「痛い! 離してよ!」

 エドモンドはポケットに忍ばせていた魔道具の手錠を掛け、カミラを拘束した。

「駄目だ。お前はこのまま拘束する。話し合いで解決すれば見逃してやろうと思ったが、あの子に手を出したというならもう庇う事もできないぞ。聞け、カミラ、お前の産んだ娘は今やこの国の産業の中心となり、国王陛下の気に入りの魔法省の筆頭研究員だ。お前も知っている、今は再生魔道具と呼ばれている魔道具を作ったのはクロエだ。俺の失った利き腕を補う為に作り出した義手が国王陛下の目に留まり、平民ながら魔法学園に入学した。その後は研究員となって次々に人の役に立つ魔道具を生み出した。もう、お前如きの思惑でどうこうできる相手じゃないんだ!」

 カミラはエドモンドの大声にビクリとしてその場にへたり込んだ。

「国王陛下はクロエの働きを御認めになり、爵位を授けるというお話しだ。イザーク様との婚姻もこれで不可能ではなくなる。陛下が今一番恐れているのは、クロエの機嫌を損ねる事。出来損ないの第三王子になど嫁がせる訳が無い。忘れたのか? 俺の腕を奪ったヤツこそ第三王子ルートヴィヒ殿下だという事を。
 悪いが、俺は昨日陛下に謁見し、お前とダミヤンのして来た事をすべて話させてもらった。陛下はお怒りになり、ダミヤンの父ハリス侯爵にこの責任を負わせると仰せだった。そしてカミラ、お前はあの子を産んだという理由だけで命は守られた。だが、国外追放処分を受けるだろう。いや、今回の事で罪が重なったから、それだけでは済まないかもしれないな」

 カミラは呆然としてエドモンドの言葉を聞いていた。チラリとアードラー子爵の方を見るが、庇ってくれる様子も無い。ドミニク伯爵とマリエラは黙って彼らの話を聞いていた。

「そんな……嘘でしょ、学園を卒業したばかりで、そんな凄い物を作り出せるわけ無いじゃないの。筆頭研究員? 私の娘が? エドは嘘を言ってるのよ、そんな事ありえない」
「クロエは2年早く入学する事を陛下に許されたんだ。あの子は天才だ、お前は知らないだろうが、俺たちの子とは思えないほど賢い子なんだ。お前はもう少し我慢できれば良かったな。自ら幸せを手放した事、死ぬほど後悔しろ」

 アードラー子爵がこっそりこの部屋を出て行こうとするのをイザークが阻止し、彼も今回の件に関わった人物としてエドモンドに拘束させた。イザークの依頼でこの断罪の場を提供してくれたドミニク伯爵は驚愕の事実を耳にし、益々エドモンドを婿にしたいと思った。

 それから少しして数名の兵士がタイミングを見計らったかのように駆けつけ、カミラとアードラー子爵を連れて行った。カミラは気が抜けた様に脱力し、一気に老け込んでしまったようだ。アードラー子爵はカミラに唆され、利用されただけの哀れな男だった。


 イザークとエドモンドは協力してくれたドミニク伯爵に礼を言って、屋敷を後にした。急いでイザークの家に戻ると、ダイニングからは楽しそうな声が聞こえていた。

「あ、お帰りなさいませ、イザーク様。父さんも一緒に来たのね。聞いて下さいイザーク様、アリアったら外に干しっぱなしの洗濯物をランスだと思ってずっと話しかけていたんですって。街頭が壊れていて暗かったでしょう? だから良く見えなかったって言うけど、ふふふっ、ランスとグレンさんが来て初めて間違いに気付いたんですって。アリアらしくない失敗でしょ?」

 カミラがアードラー子爵に頼んだ手の者は、クロエに気付かれる事無く周囲を警護していた兵士により捕まえられていた。そしてアリアが見た影に潜む黒ずくめの男は、遅れて来たグレンの手で捕まえられ、ランスが表に待機していた兵に知らせて引き渡していたのだった。
 この一件は誰もクロエには話さなかった。いつもなら興奮してしゃべってしまうランスですら口を閉ざした。


 クロエに王宮からの使者が来たのはそれからひと月後の事だった。カミラとアードラー子爵への刑が執行され、カミラは国外追放で遠く離れた文明の遅れた島に送られた。アードラー子爵は領地を削られ、その土地にはクロエの寄付金で平民が通える魔法学校が建てられた。平民こそが新しい魔道具を作ることに向いていると常々考えていたクロエは無料で学校を開放し、後に素晴らしい研究員をここから多く排出する事になる。 
 クロエは国王より王宮に呼び出され、例外中の例外であるが特別にヘンドリクス伯爵の称号を頂き、領地も与えられた。跡継ぎも無く取り潰され国の直轄地とされていた旧伯爵領をそのまま譲り受けた形だった。



 夕食後のお茶を飲みながらクロエはイザークに褒美の件を相談していた。

「イザーク様、過ぎた褒美を頂いてしまって、どうしていいか分かりません。女伯爵だなんて、私に務まると思いますか?」

 クロエは予想もしていなかった破格の褒美に戸惑っていた。辞退を申し出たがそれは聞き入れてもらえなかったのだ。国としても他国に狙われ始めたクロエをこの国に繋ぎとめなければならないと危機感を感じており、領主にして土地に縛り付けるという手段に出たのだった。

「クロエ、領地の運営は俺が引き受けよう」
「イザーク様が、ですか? でもそれだと工房は? 店をたたんで私のために家令になるという意味ですか? 侯爵家の方にそんなまねさせられませんよ」

 クロエはイザークの真意をつかめず質問する。するとイザークはポケットから二つの箱を取り出しクロエに渡した。そしてその場で中を見るよう言った。

「開けてみろ」

 クロエは箱を開けてみた。中には指輪が入っている。クロエの瞳の色と同じ深海の青の宝石の付いた立派な物だった。しかし、それはクロエには大きすぎる気がした。
 もう一つを開けてみる。中に入っていたのはイザークの瞳と同じ紫色の宝石とダイヤが付いた可憐なデザインの指輪だった。こちらはサイズが小さく今のクロエにピッタリの大きさだった。 

「あの、これは?」

 クロエは指輪を送られる事の意味くらい知っている。ただサイズの違う指輪を二つもらう意味がわからなかった。大きい方は大きいと言ってもイザークの指には小さすぎるし、クロエの親指でも大き過ぎる。

「この青い石の指輪は、お前がダミヤンに襲われた日に渡そうと用意していた物だ。あんなことがあって、渡せずにずっと工房の机の引き出しに仕舞ってあった」
「あ……」

 クロエはこの箱に見覚えがあった。いつも通り何気なく工房に入った時に、イザークが握り締めていた箱ではないか。その時は悲しそうで、泣いているのかと思い台所に引き返したのだ。あれはこの体になってすぐの頃ではなかったか。

「もう一つは、クロエの再生が完全に終わった後に作った物だ」

 イザークは紫の石の付いた指輪を手に、クロエの横に跪き、その手を取った。クロエは慌ててイザークの方に向いて据わり直す。緊張して表情が硬くなった。
 イザークはそんなクロエを見てフッと笑い、目を見て息を吸った。

「クロエ・ヘンドリクス、お前を愛している。いつのまにか、ふくよかなお前を愛おしいと感じていたのだ。もっと早くこうしたかった、クロエ、お前の事が好きだ。私と結婚して欲しい」

 クロエは目を潤ませ、何度も頷いた。

「はい、イザーク様、私もあなたが大好き。愛しています。プロポーズ、お受けします。どうかよろしくお願いします」

 イザークはクロエの左手の薬指に指輪をはめると、ぎゅっと抱きしめ、優しく口づけした。それは少しぎこちなく、お互い初めての口づけだった。




 イザークは婿としてヘンドリクスを名乗り、領地を運営しながら店を移して人形工房も再開していた。結婚式は王都の大聖堂で行われ、見に来た民衆は美しすぎる二人の姿に溜息しか出なかった。エドモンドは号泣し、アリアが隣で涙を拭いた。カール、フランツ、レオは幸せそうなクロエを心から祝福した。

 結婚後、領地はイザークの手腕で発展し、小さな町は倍の大きさになった。クロエは魔法省で研究を再開し、魔力が足りなくて移植が受けられない人の為の魔力バンクの研究を始めた。人の善意で集められた魔力は多くの人を救い、クロエは女の子達の憧れの的となった。


END

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