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第2章
シイラへの同情
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「シイラ、カミラは居るか?」
「あら、私には用は無いの? 冷たいのね、元恋人なのに。姉さんなら出て行ったわ。子爵の屋敷に住むんですって。あの年でまだ子供を産むつもりみたい。9年前にも子供を産んだけど、ダミヤンには受け入れてもらえなくて産んですぐ私のところに置いて行ったのよ? 酷いでしょ。子供は男を繋ぎとめるための道具としか思ってないのよね」
エドモンドが前回会った時に聞かなかった内容がポンと出てきて耳を疑った。
「ちょっと待て、カミラはダミヤンの子を産んでいたのか?」
「ええ、そうよ。あら、この前話さなかったかしら? キリトという男の子よ。今はどこでどうしているかしら、私の付き合っていた人が嫌がるから何年も前に路地裏に置いて来ちゃった。あの辺りの住人は裕福だから、誰かが拾ってくれてると良いけど。寒かったしあのまま死んだかもしれないわね」
明らかに強がりと分かる言い方であったが、エドモンドには許せないという感情しか湧かなかった。
「置いて、って……捨てたのか? 死んでも良いと思って置いてきたと言うのか! 自分の姉の子供だろう、可愛くはなかったのか?」
付き合っていた頃のシイラしか知らないエドモンドは彼女の所業が信じられなかった。情に厚く優しい女だったはずだ。だからこそ結婚を考えた。カミラの色仕掛けに負け、17歳のエドモンドがたった一度間違いを犯したせいで彼女との関係は終わった。逆に言えばそのおかげでクロエが産まれたのだが。
「可愛くなんてないわ。姉さんの事、ずっと恨んでるもの。あの人の産んだ子供なんて可愛いわけないでしょっ。あの人のせいでこんな生活に落とされたのに。ある日突然現れたかと思えば、産まれたばかりのキリトを置いて、稼いだお金を全て持っていかれて私、一文無しになったのよ? 食堂で働いてコツコツ貯めたお金を、これっぽちしか無いのかとあざ笑って……それでも今の仕事についてキリトを3歳まで育てたわ。生活はぎりぎりだったけど、仲間と一緒に育ててそれなりに楽しかったわ。あの子がダミヤンに似てくるまでは」
シイラは当時の怒りが蘇り、ワナワナと振るえながらその怒りをエドモンドにぶつけた。誰にも愚痴る事無く過ごしてきて、やっとあの二人を知る人物が現れたのだ、聞いて欲しくて仕方が無かった。
「あのダミヤンと言う男、姉さんに高級娼婦をさせて自分はその間私の店に来て、私の体を力ずくで奪ったのよ! エドが大切にとって置いてくれたのに、何度も、何度も通って姉さんが稼いだお金を湯水の様に使っていたわ。侯爵家の息子で魔法省の研究員だって言っていたけど、ただのサイッテーな男だった。ここはお酒の相手はしても体は売らないのがモットーの店よ。それを売春宿と勘違いして、手当たり次第店の女の子に手を出して。おかげで店のモラルはめちゃくちゃ、風紀は乱れて営業停止処分を受けたわよ。そんなやつの子供を可愛いと思える?」
「無理だな。すまん、事情も知らず俺が口を出す事じゃなかった。だが手放すにしても他にやり方があっただろう。養子に出すとか、教会に預けるとか」
エドモンドは自分と別れた後の彼女がどうしているかなど少しも考えていなかった。気立ての良い娘だし、カミラ程ではないが美人だ。すぐに次の恋人ができて結婚すると思って別れたのだ。それが姉に振り回されて、思いもよらぬ人生を送っていた。
「あの子を連れて買い物に出た時、ふと間が刺したのよ。計画してやった訳じゃないの。何日か経って様子を見に行ったらもう居なかった。近所に聞いて回ったけど、だれもあの子に気付いてなかったわ。きっとすぐあの場を離れて誰かに連れて行かれたのよ。もう探しようが無いの。あの子の話はお終いよ。聞いてくれてありがとう、エド」
寂しげに目を伏せたシイラは一度息を吐き、気持ちを切り替えて話題を変えた。
「で、姉さんの事よね、子爵の家に客人として招待されたんだけど、そのまま居座るつもりみたい。妊娠を狙っているわ。跡継ぎの居ない子爵家のためにとか言ってたけど、自分のためよ。まだ見た目は美しいけど、狙った男性にはことごとく振られてしまって、後妻に納まるにも身分が低すぎて愛人までが限界だって。それじゃ将来が不安だから絶対貴族の妻になるんだって言ってたわ。どこまで強欲なのかしら。
私には兵士の妻になるなんて馬鹿だと言っておいて、エドが国の英雄と賞賛された途端手の平を返して擦り寄って行ったでしょ。姉さんはあなたを信じて支えていれば良かったのよ。兵士の妻にすらなれなかった私の気持ちを考えて欲しいわ」
「シイラ……お前はどうして結婚しないんだ? 俺と別れた後も恋人は居たんだろう?」
エドモンドは不思議でならなかった。言い寄ってくる男はいくらでも居ただろう。
「子供が出来ない体になったの。ダミヤンの子を妊娠して、堕胎に失敗したのよ。もう子供はできない。子供の出来ない嫁なんて、誰も欲しがらないわ」
「すまん! こんな質問するべきじゃなかったな。シイラ、子供がどうしても欲しいなら、俺の娘に相談したらいい。俺のこの腕は娘が作ってくれたんだ。きっと親身になってくれる。この後時間があるなら会ってみるか?」
シイラは複雑な表情を見せた。姉の娘に会うには心の準備が必要だ。しかし、まだ妊娠に希望が持てるなら早い方が良い。シイラは意を決して頷いた。
「よし、どうせ貴族の屋敷に突然行っても門前払いされるだけだ。根回しをしっかりしてからカミラと対峙するぞ。まずはシイラだな。娘は親戚が居る事を知らないんだ。きっと喜ぶよ」
エドモンドは情に流され易い男だった。こうしている間にもカミラはクロエを外に誘い出す準備をしているのに、目の前の元恋人の救済に心が傾いてしまっていた。
「あら、私には用は無いの? 冷たいのね、元恋人なのに。姉さんなら出て行ったわ。子爵の屋敷に住むんですって。あの年でまだ子供を産むつもりみたい。9年前にも子供を産んだけど、ダミヤンには受け入れてもらえなくて産んですぐ私のところに置いて行ったのよ? 酷いでしょ。子供は男を繋ぎとめるための道具としか思ってないのよね」
エドモンドが前回会った時に聞かなかった内容がポンと出てきて耳を疑った。
「ちょっと待て、カミラはダミヤンの子を産んでいたのか?」
「ええ、そうよ。あら、この前話さなかったかしら? キリトという男の子よ。今はどこでどうしているかしら、私の付き合っていた人が嫌がるから何年も前に路地裏に置いて来ちゃった。あの辺りの住人は裕福だから、誰かが拾ってくれてると良いけど。寒かったしあのまま死んだかもしれないわね」
明らかに強がりと分かる言い方であったが、エドモンドには許せないという感情しか湧かなかった。
「置いて、って……捨てたのか? 死んでも良いと思って置いてきたと言うのか! 自分の姉の子供だろう、可愛くはなかったのか?」
付き合っていた頃のシイラしか知らないエドモンドは彼女の所業が信じられなかった。情に厚く優しい女だったはずだ。だからこそ結婚を考えた。カミラの色仕掛けに負け、17歳のエドモンドがたった一度間違いを犯したせいで彼女との関係は終わった。逆に言えばそのおかげでクロエが産まれたのだが。
「可愛くなんてないわ。姉さんの事、ずっと恨んでるもの。あの人の産んだ子供なんて可愛いわけないでしょっ。あの人のせいでこんな生活に落とされたのに。ある日突然現れたかと思えば、産まれたばかりのキリトを置いて、稼いだお金を全て持っていかれて私、一文無しになったのよ? 食堂で働いてコツコツ貯めたお金を、これっぽちしか無いのかとあざ笑って……それでも今の仕事についてキリトを3歳まで育てたわ。生活はぎりぎりだったけど、仲間と一緒に育ててそれなりに楽しかったわ。あの子がダミヤンに似てくるまでは」
シイラは当時の怒りが蘇り、ワナワナと振るえながらその怒りをエドモンドにぶつけた。誰にも愚痴る事無く過ごしてきて、やっとあの二人を知る人物が現れたのだ、聞いて欲しくて仕方が無かった。
「あのダミヤンと言う男、姉さんに高級娼婦をさせて自分はその間私の店に来て、私の体を力ずくで奪ったのよ! エドが大切にとって置いてくれたのに、何度も、何度も通って姉さんが稼いだお金を湯水の様に使っていたわ。侯爵家の息子で魔法省の研究員だって言っていたけど、ただのサイッテーな男だった。ここはお酒の相手はしても体は売らないのがモットーの店よ。それを売春宿と勘違いして、手当たり次第店の女の子に手を出して。おかげで店のモラルはめちゃくちゃ、風紀は乱れて営業停止処分を受けたわよ。そんなやつの子供を可愛いと思える?」
「無理だな。すまん、事情も知らず俺が口を出す事じゃなかった。だが手放すにしても他にやり方があっただろう。養子に出すとか、教会に預けるとか」
エドモンドは自分と別れた後の彼女がどうしているかなど少しも考えていなかった。気立ての良い娘だし、カミラ程ではないが美人だ。すぐに次の恋人ができて結婚すると思って別れたのだ。それが姉に振り回されて、思いもよらぬ人生を送っていた。
「あの子を連れて買い物に出た時、ふと間が刺したのよ。計画してやった訳じゃないの。何日か経って様子を見に行ったらもう居なかった。近所に聞いて回ったけど、だれもあの子に気付いてなかったわ。きっとすぐあの場を離れて誰かに連れて行かれたのよ。もう探しようが無いの。あの子の話はお終いよ。聞いてくれてありがとう、エド」
寂しげに目を伏せたシイラは一度息を吐き、気持ちを切り替えて話題を変えた。
「で、姉さんの事よね、子爵の家に客人として招待されたんだけど、そのまま居座るつもりみたい。妊娠を狙っているわ。跡継ぎの居ない子爵家のためにとか言ってたけど、自分のためよ。まだ見た目は美しいけど、狙った男性にはことごとく振られてしまって、後妻に納まるにも身分が低すぎて愛人までが限界だって。それじゃ将来が不安だから絶対貴族の妻になるんだって言ってたわ。どこまで強欲なのかしら。
私には兵士の妻になるなんて馬鹿だと言っておいて、エドが国の英雄と賞賛された途端手の平を返して擦り寄って行ったでしょ。姉さんはあなたを信じて支えていれば良かったのよ。兵士の妻にすらなれなかった私の気持ちを考えて欲しいわ」
「シイラ……お前はどうして結婚しないんだ? 俺と別れた後も恋人は居たんだろう?」
エドモンドは不思議でならなかった。言い寄ってくる男はいくらでも居ただろう。
「子供が出来ない体になったの。ダミヤンの子を妊娠して、堕胎に失敗したのよ。もう子供はできない。子供の出来ない嫁なんて、誰も欲しがらないわ」
「すまん! こんな質問するべきじゃなかったな。シイラ、子供がどうしても欲しいなら、俺の娘に相談したらいい。俺のこの腕は娘が作ってくれたんだ。きっと親身になってくれる。この後時間があるなら会ってみるか?」
シイラは複雑な表情を見せた。姉の娘に会うには心の準備が必要だ。しかし、まだ妊娠に希望が持てるなら早い方が良い。シイラは意を決して頷いた。
「よし、どうせ貴族の屋敷に突然行っても門前払いされるだけだ。根回しをしっかりしてからカミラと対峙するぞ。まずはシイラだな。娘は親戚が居る事を知らないんだ。きっと喜ぶよ」
エドモンドは情に流され易い男だった。こうしている間にもカミラはクロエを外に誘い出す準備をしているのに、目の前の元恋人の救済に心が傾いてしまっていた。
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