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第2章

しつこいマリエラ

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 アリアはグレンとランスに詳しい説明はせず、誰かにクロエの事を聞かれても絶対何も言うなと釘を刺した。ランスは困った顔をしてその理由を聞く。

「何で?」
「詳しい理由は聞かないでくれる? そうね、クロエにとって害になる人が居て、その人にあの子の居場所を知られたくないの。そのくらいの事出来るでしょう?」

 アリアは真剣に二人に頼んだ。

「わかりました。何か事情があるんだな。ランス、お前は特に気をつけろよ」
「……わかってるよ」
「よろしくお願いしますね。さっきグレンさんが言っていたこと、クロエに伝えておきます。配達が遅れたからクレームが来るかもしれないんですよね。こんな時間までご苦労様でした」

 ぼーっとアリアに見惚れているグレンの袖を引っ張り、ランスはもう帰ろうと合図を送るが、グレンは一向に動こうとしない。アリアも二人に帰ってもらわなければ家に入る事が出来ず、困った顔になる。

「グレンさん、ランス君、また明日ね。私、休暇の間ここに居ますから、不信な人を見かけたらクロエに気付かれない様に私かイザーク様に知らせて下さい。では、気をつけてお帰り下さいね」
「ほ、本当に暫くここに居るんですか? やった……いえ、じゃ、また明日。ランス、帰るぞ。アリアさん、困った事があれば何でも言って下さい」

 グレンは何度も振り返りながらその度に会釈して鼻歌交じりに帰って行った。ランスはそんなグレンに軽蔑の眼差しを向けてクロエのいる台所の明かりを心配そうに見た。


 イザークはその一時間後に帰って来た。今回はお酒の匂いはさせていない。

「お帰りなさいませ、イザーク様。何か飲みますか?」
「ああ、ただいま。では紅茶を。アリアはどうした?」
「今はお風呂を先に使ってもらっています。あ、さっきグレンさんとランスが来て、配達が遅れてしまって先方からクレームが来るかもしれないそうです」

 イザークは椅子に座ると頭を抱えた。

「はぁ……ランスに行かせたな。道に迷ったか。あいつが普段行かない地域ばかりだったからな。わかった、まぁ何も言ってこないとは思うがな。他に誰か来なかったか?」
「いいえ。このあたりに不審者が出たんですってね。だからイザーク様も心配しているのですか?」
「ん? ああ、そうだ。だから不用意にドアを開けるんじゃないぞ。アリアが居る間は店にも出なくて良い。しばらくは新しい注文は受けずに、溜まった仕事を消化することにした」
「予約注文の分が結構ありますもんね。それに店頭で即売する分も必要ですし、私もお手伝いします。アリアも器用なんで手伝ってもらいましょう」


 それからの数日は何事も無く過ぎた。クロエとアリアとで店頭販売用の人形を作り、小物も作った。二人は楽しそうに着せ替え用の服なども作り、これは売れるとアリアの太鼓判を貰った。

「ククク、お前達は商品開発が得意なのだな。それに本当に手先が器用だ。アリアもうちで働かないか? クロエと二人、良いコンビになりそうだ」
「たまにアルバイトに来るくらいなら良いですよ。クロエにも会えるし」
「まぁ、アリアが来てくれると助かるわ。ふふふ」

 和気あいあいと会話しながら作業していると、誰かが店のドアガラスを叩いた。一瞬で場の空気が変わる。イザークはドアのカーテンを少しだけ開けて外を見ると、マリエラが立っていた。その顔を見て思わず舌打ちしてしまう。

「しつこい女だ。クロエを見ても引き下がらない女が居るとは思わなかった。このまま放っておくか」

 クロエ達に聞こえない声で呟いて、イザークは作業に戻った。

「イザーク様、どなたでしたか?」
「マリエラ嬢だ。いいから放っておけ。そのうち帰るだろう」

 しかし中々しつこい性格のマリエラは、中にイザークが居ると分かると何度もガラスを叩き、何かしゃべっていた。外の喧騒にかき消されてこもった声しか聞こえないが、それでも彼女の耳障りな声はドア越しに聞こえてきた。

「ねぇ、居るんなら開けてちょうだい。私を締め出すなんて酷いわ。イザーク、開けてったら!」

 あまりのしつこさにイザークは不機嫌になり、クロエでさえも眉間にシワを寄せた。アリアは外にいる馬鹿娘を罵りたくてウズウズしていた。それでも相手は貴族の娘、いくらアリアが勝気な性格でもマリエラの百倍は常識人なのだ、そんな事はしない。

「イザーク様、とんでもない娘に付き纏われてますね。ちょっと同情します。クロエも、あんなのの対応するの大変でしょう」
「私は店にお客様が居る時は顔を出さないから、この体になってからマリエラ様と顔を合わせたのは一回だけよ」
「イザーク様、はっきりクロエを恋人か婚約者だと紹介してはどうですか? 彼女、曖昧な言葉で突き放しても自分に良い様に捻じ曲げて解釈するタイプですよ」

 はっきり恋人とは言わなくても、入り込む隙は無いと言ったのだ。それがどんな意味か理解できないなら相手にするだけ無駄だろう。


「ただいまー。イザーク様、表に居るうるさい女は何なんですか? オレ買出しから戻ったらあの人に睨まれて、わざわざ遠回りしてきたんだぜ? あれがこの辺りに出るって言う変な人なのか?」

 ランスは買出しから戻って最短で勝手口に行こうとした所でマリエラに見付かり、遠回りして裏路地に入って帰って来たらしい。ランスにしては気の効いた行動だ。

「あれもそうだが、他にも居る。だからこれからも警戒するように」
「この辺は治安が良い方なんだけどなー。でも着てる物が綺麗だったし貴族なんじゃないんですか?」
「ランス君、その人はイザーク様に付き纏っている伯爵家の娘さんよ。関わらない方がいいわ」
「うへぇ、やっぱお貴族様か。すっげー偉そうだった。じゃあ、一緒にいたのはお付の人か」

 ランスは心底嫌そうな顔をして工房を出て行った。クロエは食材を片付けるため一緒に台所へ向う。

「ねぇランス、マリエラ様は誰かと一緒だったの?」
「うん、綺麗なおばさんと一緒だったぜ。ちょっとクロエに似てたかもしれない」
「え……?」 
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