魔法省魔道具研究員クロエ

大森蜜柑

文字の大きさ
上 下
25 / 42
第2章

クロエを守るために

しおりを挟む
 イザークがドアの鍵を開けるが、ご婦人は店に入っては来なかった。どうやら店内を覗きたかっただけなのか、イザークを通り越してその奥をキョロキョロと見て帰って行ってしまった。

「一時間以上も外で待って、中を見たかっただけなのか? 変な女だ」
「イザーク様、何か手伝う事ありますか?」

 クロエは洗濯と昼食の下ごしらえを済ませ、ランスに掃除を頼むと工房に顔を出す。イザークはドアを開け外を見ていた。

「ん? ああ、そこの出来上がった人形にそれぞれの服を着せて箱詰めしてくれ。午前中のうちにグレンが取りに来る事になっている」
「はい、わかりました。どうかしたんですか? 外を見ていた様ですけど」
「おかしなご婦人が開店前からずっとドアの前に立っていたのだ。俺が鍵を開けても中に入らず店内を覗いて帰ってしまった」

 クロエは首をかしげながら「ふぅん」と相槌を打ってイザークに指示された仕事を始めた。ドレスや帽子などの装飾品は仕立て屋で作ってもらい、それを着せて完成となる。
 クロエの提案で、人形のサイズはどれも同じなら着せ替え用のドレスや装飾品を安く仕入れて店内で売ろうという事になり、今実験的に店のショーウィンドウから見える場所に陳列して販売している。店内に入らず外から見て行く人も多く、クロエはそのご婦人もその類の人だろうと予想した。

 グレンが来る前に箱詰めと宛名書きを終えたクロエは昼食の準備の為、一旦台所へ行った。

 カラン、とドアの開く音がして、朝来たご婦人が現れた。イザークは顔を上げ無愛想に挨拶する。

「いらっしゃいませ」

 ご婦人は店内に入るなり店の奥に続くドアを気にし始め、イザークに話し掛けた。

「お兄さん、ここにクロエって娘が居ると聞いて来たんだけど、居るなら呼んでくれない?」

 イザークは怪訝な表情でそのご婦人を見た。身形は良さそうに見えたが貴族という感じでは無いし話し方も横柄で品が無い。どこかの豪商や貴族の愛人か、商売女のようだ。クロエとどの様な関係かは分からないが、関わって良い事は無いだろうと思い、どこでその名を聞いたのか尋ねてみた。

「まず先に名を名乗れ」
「はぁ? なにその偉そうな態度。お兄さんには関係ないでしょ。ここに居るの? 居ないの?」
「どこで聞いて来たのだ?」
「ドミニク伯爵のお嬢さんがこの人形工房にクロエって綺麗な娘が居て、恋人を取られたって騒いでいたから……どんな容姿かまでは聞いてないけど、てっきりあの子の事だと思って確認しに来たのよ。じゃあさ、お兄さん、私に似た16歳位の綺麗な銀髪に青い目の女の子見たこと無い? この辺で聞いたら確かにこの店にクロエって子は居るって聞いたんだけど、でもどうも容姿が違うのよね。太ったクロエは私が探してるクロエじゃないのよ」

 この女が言っているのは間違いなくクロエの事だとわかったイザークは女を追い帰す事にした。

「悪いがうちで働いているのはふくよかなクロエだ。どうやら人違いのようだな。もう来ないでくれ」
「ふん、言われなくてももう来る事は無いだろうさ。邪魔したね」

 女は結局名乗りもしないで店を出て行った。 

 イザークは昼食時にクロエの母親について聞いてみた。

「クロエは母親が今どこで何をしているのか知っているのか?」
「何ですか、急に? 知りませんけど、イザーク様は何か知っているんですか?」
「いや、ダミヤンが居なくなって、お前達親子の元に帰ろうと行方を捜している可能性を考えただけだ。特に意味は無い。もしまた一緒に暮らしたいと言って来たらどうするつもりだ?」

 クロエは一瞬考えて、きっぱり断言した。

「私は母さんは居ないものと思って暮らして来ました。これからもそうします。父も流石に許さないと思います」
「まぁ、当然だな。お前がこうなった原因は全て母親にある。その事を父親に話しておいた方が良いのではないか?」
「駄目です。父さんは母さんが戻って来るかもとすぐにあの家を引っ越さなかった事を未だに後悔しているんです。話せばまた自分を責めてしまいますから、話すつもりはありません」
「俺は話しておくべきだと思うがな。母親がどんな容姿なのか聞いても良いか?」
「母さんは私と顔立ちは似ていると思います。髪はプラチナブロンドで目は青です」
「お前のその見事な銀髪は父親ゆずりなのだな。俺は顔も父親似だと思っていたが、そうか、母親似か」 

 クロエは初めて父親に似ていると言われ、嬉しくなった。 

「イザーク様はどちらに似ているのですか?」
「俺は母親に似ている」
「へぇ、お母様は美人なんですね。ではサラ様はお父様に似ているんですね。タイプの違うキリッとした美人ですもの。イザーク様と雰囲気は似ているけど、顔立ちは違いますよね」
「姉は半々といった所だな。間に兄がいるのだが、兄はどちらかと言えば父寄りだな。フッ、こんな話を誰かとするのは初めてだ」
「私はもっとイザーク様の話を聞きたいです。ご家族の事はサラ様しか知りませんから」
「そうか、ではそのうち話そう」

 ランスが居ないからこそ話せる内容だ。グレンが昼前に集荷に来た時にそちらの手伝いをする為に一緒に出たのだ。そうでなければお喋り小僧の前でこんな話は出来ない。

「クロエ、午後は店を閉める事にする。ちょっと用が出来たのでな。帰りに食料も買って帰るからお前は戸締りをしっかりして家にいろ。店に客が来ても対応するなよ」
「はい、わかりました。ではこれ、買い物リストです。よろしくお願いします」 

 イザークはクロエからメモと袋を受け取り、店を閉めてどこかへ出かけてしまった。

「さて、それじゃ工房の掃除を済ませちゃいますか」

 クロエはいつも通り、工房の掃除を始め、伝票整理や注文書の確認などをして夕食の支度に向った。


 イザークはクロエの父、エドモンドに会いに兵士の詰め所に来ていた。兵士長に昇進したエドモンドは忙しく、中々詰め所に居る事はないらしい。魔物討伐で数日前から隣国との境にある森に出ているというのだ。

「クロエの父に会いたかったのだが、仕方がない、出直すか。エドモンドはいつ頃戻る予定なのだ?」
「エドモンド兵士長は本日、日が暮れる前までには戻る予定です。何か伝言があればお伝えしますが」
「では、この店に来るよう伝えてくれ」

 イザークは食堂の名前を書いたメモを渡し、詰め所を出ると今度は魔法省に向った。サラにアリアの研究室に案内してもらい、話をする。

「イザーク様がお一人で私の所へ来るだなんて、クロエに何かあったのですか?」
「実は今朝クロエの母親が工房を訪ねて来た。いまさら何の目的があって来たのかわからないが、彼女を傷つける様なマネはさせたくない。もう十分に傷つけられたクロエを母親から守りたいのだ。協力してはもらえないか」
「勿論です。何をすれば良いですか?」
「クロエには暫く工房を離れて欲しいのだが、何か研究の手伝いが必要だとか理由をつけてこちらに呼び寄せる事は可能か?」

 アリアは答えに困った。たとえ数日でもクロエはイザークの元を離れたがらないだろう。今クロエの助けが必要な研究もしていないし、レオ達も同様だ。

「それは難しいです。イザーク様も一緒にこちらに来るなら話は別でしょうけど……こうしている間、クロエは一人でいるのですか? それなら私が暫くそちらに居させていただいて、クロエを守ります。研究は一段落ついて休暇に入ろうと思っていたところです。それでは駄目ですか?」
「いや、助かる。母親と一対一で対峙するのが一番避けたい事なのだ。他人の目があるところでなら、下手な事はしてこないだろう。いつから来る事ができる?」
「今日にでも。休暇申請を出し次第そちらに向います。知らせて頂いてありがとうございました」

 アリアの研究所を出たイザークは市場で買い物を済ませると工房へ戻った。

「お帰りなさいませ、イザーク様」
「クロエ、俺の居ない間に誰か尋ねて来なかったか?」
「いいえ? 買出しありがとうございました。重かったでしょう? 直ぐに冷たいお茶をお出しますね」

 クロエはササッとお茶の用意を始めた。

「クロエ、今日サラに会いに行って偶然アリアにも会ったのだが、休暇をクロエと過ごしたいから今晩からうちに泊まりたいと言っていた。お前の部屋に簡易ベッドを入れてやるから迎える準備をしておきなさい。それから、俺はまた出かけるから夕食はアリアと二人で済ませてくれ」
「アリアが来るのですか? それならお布団出して少しでも干さなくちゃ。イザーク様、お茶どうぞ! 私アリアを迎える準備をしてきますね!」 

 クロエがウキウキと台所を出て行く姿をイザークは黙って見ていた。お茶を飲み干し、地下倉庫に向う。

「フフ、嬉しそうだったな。母親の事さえ無ければ幸せに暮らせるのだが。後はエドモンドと話し合うしか無いな」

 日が暮れ始めた頃アリアは大荷物を持ってやって来た。二人はキャッキャと楽しそうにクロエの部屋に入っていき、それと入れ替わるようにイザークは夜の街に出る。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

荷車尼僧の回顧録

石田空
大衆娯楽
戦国時代。 密偵と疑われて牢屋に閉じ込められた尼僧を気の毒に思った百合姫。 座敷牢に食事を持っていったら、尼僧に体を入れ替えられた挙句、尼僧になってしまった百合姫は処刑されてしまう。 しかし。 尼僧になった百合姫は何故か生きていた。 生きていることがばれたらまた処刑されてしまうかもしれないと逃げるしかなかった百合姫は、尼寺に辿り着き、僧に泣きつく。 「あなたはおそらく、八百比丘尼に体を奪われてしまったのでしょう。不死の体を持っていては、いずれ心も人からかけ離れていきます。人に戻るには人魚を探しなさい」 僧の連れてきてくれた人形職人に義体をつくってもらい、日頃は人形の姿で人らしく生き、有事の際には八百比丘尼の体で人助けをする。 旅の道連れを伴い、彼女は戦国時代を生きていく。 和風ファンタジー。 カクヨム、エブリスタにて先行掲載中です。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

反魂の傀儡使い

菅原
ファンタジー
亡き祖母から託された伝統技術を、世界に広めようと奮闘する少女の物語です。 今後の為に、ご意見、ご感想、宜しくお願いします。 作品について― この作品は、『臆病者の弓使い』『救世の魔法使い』と同じ世界観で書いた、シリーズ物です。 あちらを読んでいなくても問題ないように書いたつもりですが、そちらも読んで頂けたら嬉しいです。 また「小説の書き方」を色々模索しながらの投稿となっていますので、文章表現が不安定な箇所があります。ご了承ください。

オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我
ファンタジー
 幼馴染みである奥田一八と岸野玲奈には因縁があった。  なぜなら二人は共に転生者。前世で一八は災厄と呼ばれたオークキングであり、玲奈は姫君を守護する女騎士だった。当然のこと出会いの場面は戦闘であったのだが、二人は女神マナリスによる神雷の誤爆を受けて戦いの最中に失われている。  女神マナリスは天界にて自らの非を認め、二人が希望する転生と記憶の引き継ぎを約束する。それを受けてオークキングはハンサムな人族への転生を希望し、一方で女騎士は来世でオークキングと出会わぬようにと願う。  転生を果たした二人。オークキングは望み通り人族に転生したものの、女騎士の希望は叶わなかった。あろうことかオークキングであった一八は彼女の隣人となっていたのだ。  一八と玲奈の新しい人生は波乱の幕開けとなっていた……。

処理中です...